第13回 学校の使命

イエス・キリストに根ざした福音宣教する学校
-カトリック学校の使命を果たすこと-

泰星中学高等学校
浦 善孝

「教会にとって福音をのべ伝えるとは、『よい知らせ』を人類のすべての階層にもたらし、『わたしは万物を新しくする』とあるように、固有の力で人類を内部から変化させ、新しくするという意味をもっています」(教皇パウロ6世、『福音宣教』no.18、1975年「ペトロ文庫版、2006年」)。

信仰を異にする教職員が、相互に宗教意識などの差異とそれから派生する葛藤をどのように理解し、その意識化によってどの程度の統一性を達成できるかという点にかかっている。…そして、教職員一人ひとりは、カトリック学校に新たな意味を注ぎ込む主体となることが期待されている。(北川直利『ミッションスクールとは何か』岩田書院、2000年)

カトリック学校の「根本決断」
-イエス・キリストに根ざした福音宣教する学校-

(1)カトリック学校は福音宣教の使命を持った教会の一部であり、同時に「完全な学校」
①神中心の学校 God centered school / not Godless School
→キリスト教的人間論 原罪の自覚と恵みによる人間性の回復と、超越に開かれた人間。人間教育における宗教の重要性。「恩寵は自然本性を廃棄せず、むしろ予想し、完成する」。この教育理念に合致しない自然主義やプラグマティズム等に拠る教育哲学に批判的。
②イエス・キリストとその後継者である教会に結ばれて、福音宣教を行うpastoral institute。
カトリック教会と学校の関係→勝手にカトリック学校と称することができない。
③キリスト教的価値観を基盤とした教育を行う「完全な学校」(『青少年の教育』p.31)。
カトリック教会は、自らの人間観と理念に基づいて全ての人びとを教育することができる教育の主体であると考えている。(『キリスト教的教育に関する宣言』#序~2)
a)キリスト教的価値観は、特に福音書のイエスの姿(言葉と行い)に基づく。
b)「福音化」は、判断基準、価値観、関心の的、思想傾向、インスピレーション、生活様式など、人に深く関わる(『福音宣教』no. 19)。カトリック学校は、生徒一人ひとりのそのような点に関わろうとする。
c)同時にカトリック学校は、すべての「学校」と同じ目標を分かち合っている。「学校そのもの」によって提供される教育は人間が真に成長してゆくために必須であり、教会はそれをすべての人びとに提供する責任があると自覚している。
-多くのカトリック学校は、「全日制普通科」(general education)である。
-生徒に高い期待を抱かせ、よい生活習慣と高度な学力を身に付けさせる。
→上記の①~③を学校の教育理念(educational policy / educational ideology)とする。

(2)カトリック学校の使命の拠りどころ
教育共同体の一員として、同じ教育に関する価値観を分かち合い教育活動を行なうことが期待されている。それは、不可避的に自分の生き方の態度決定を迫られる経験でもある。
①福音書のイエスの姿(言葉と行い)
②学校の設立母体である修道会の創立者の精神
③日本におけるカトリック学校が共通して持つミッション

2.カトリック学校の根本決断の刷新(renovation)-新・福音宣教する学校-
(カトリック学校の健全な保守主義 healthy conservatism of Catholic schools)

(1)カトリック学校で働く教職員のministeria (ministerium→勤務、奉職、役目、任務)
①カトリック学校が特別な使命を帯びており、その使命を果たすためには、教職員もそれを自覚する必要がある。カトリック学校の校務分掌を“ministeria”と理解したい。(ロマ書10:15)そうすることで、学校の根本決断と自律的に関わることができるのでは?
②カトリック学校の根本決断(カトリック学校の使命)と、そこで働く人々一人ひとりの生き方(vocation)や教育哲学が重複する領域があるとするならば、その領域において学校に関わる人々が協力してカトリック的教育を実践することができると思われる。
③生徒や保護者、地域住民の方々と学校の根本決断を分かち合う。

(2)教職員と経営母体である修道会との対話 mission visionの共有のため
①設立母体の最新の宣教意識を共有する。→宣教意識 implementationの場である学校
②修道会と学校現場レベルの教職員との対話 相互理解と創立者の精神の共有
a)修道会から → 学校が修道会の使徒職の場であるという意識 … visionの提示
b)教職員から → 自分の人生の実現に必要な場 … sheared vision
③司教区と各カトリック学校の関係→修道会は教会(司教)とのofficialな接続点
④設立母体の修道会によるスポンサーシップ
a)修道会は理事会メンバーとして学校経営に関与する。(設立母体の権利)
b)修道者・教職員からなるアニメーター・グループの設立。
c)理事会と校長、アニメーター・グループがカトリック性を維持・発展させる核。

(3)「協働の意識」とネットワークによる新しいカトリック学校の形態
①新たな担い手によって、学校の根本決断を自由に表現して行く。<第二の創立期>
② leadership shift / カトリック学校の教職員のメンバー構成の変化は、カトリック学校のあり方に影響を与える。リーダーシップの所在が変化するというイメージ。
③ clerical leadership to lay leadership / 新しいカトリック学校の権威構造authorityを、司祭・修道者(修道会)と教職員(信徒・非信徒)のコミュニケーションによって構築してゆく。リーダーシップ・コミュニティー? / 同心円的権威構造?
④まったく新しいカトリック学校の形態を創造する可能性を探る。「信徒の教会」、「基礎共同体」のイメージ?
⑤学校のリーダーシップをとる「人」、「グループ」の形成。

a)校長は、「教会の一部である信仰共同体としての学校」の霊的リーダーシップ(spiritual leadership)をとり、学校のカリキュラム全体にキリスト教的価値観を吹き込まなければならない(infuse)。信仰に関して、学校長を補佐する「グループ」も必要。
b)霊的リーダーシップの一部を学校外の教区へ委嘱することもできる。(信仰のリーダーシップfaith leadership / witnessing to one’s faith)

3.カトリック学校の刷新された根本決断の実践 -創造的自由の獲得-
(カトリック学校の健全な世俗主義 healthy secularism of Catholic schools)

(1)カトリック学校のアイデンティティの成長 -教育理念の今日化implementation-
① institutional identity → 自校の独自性への思いを深めると共に、自らの思いを表現(実践)し、他者から認められることにより、学校のアイデンティティは深められる。
②カトリック学校の「学校の雰囲気」(school atmosphere)、「学校文化」(school culture / school climate)を大切にする。それらがカトリック学校のアイデンティティを強化する。

(2)school cultureの涵養 -全教職員で「教会の所有する5つの教育手段」を利用- 1
①koinonia 様々な種類、レベル、規模の共同体作りと、相互の関係作り。相互を結び付けるものは「愛」である。様々な形の相互関係は、信頼関係を構築し友情関係を作る。このような感覚は、宗教的センスや霊性、信仰の基盤となることが期待される。
②leitourgia 祈り。祈りは神や他者、そして自分自身に対する関心である。祈りを通して、他者の必要を考え、神の意志を見出し、また自ら自身の思いに気づいたりする。特に思春期には、抽象的思考能力の発展も伴い、祈る体験を通して世界に実在する、それまで気づかなかった領域を見出してゆくことができるようになる。
③didache キリスト教の信仰について組織的に語り、教えること。「カトリック研究会」や宗教行事でなされる「説話・福音的勧告」もdidacheである。
④kerygma 聖書や神学(信仰の内容と形式)を学問的に教えること。いわゆる「宗教科」の授業はこれにあたる。たとえば、聖書のメッセージを解釈し、説明する。
⑤diakonia 奉仕活動のカリキュラム。イエス・キリストの姿に、彼らが従うことが期待される。もし生徒がキリスト教的価値観を身につけたら、彼らはそれを実践することができるだろう。宗教科の授業で学んだ知識、カトリック研究会や宗教行事で身につけた宗教性、祈りを通して神の自分への期待を知ることと他者への関心、そして生徒間や教職員との友情や信頼関係が、生徒の現実の行動につながるように。

(3)全教職員でカトリック的教育の実践に有益な心理学、教育学(pedagogy)を利用
学校は様々な目的を追求するが、もしカトリック学校であるならば、学校のカトリック的教育理念がすべての教育活動の根底にあることが望まれる。それは、生徒を養育(nurture)し、それによって彼らが「実存の意識」(霊魂の救い)を感じることができるようになることができる教育を期待することでもある。カトリック学校は生徒の「人間性」の領域まで、関わって行くことが期待されているのである。

①ハワード・ガードナーの多重知能(Multiple Intelligence)の理論 2
a)多重知能論は、伝統的な学力観を否定する。MI理論では、IQ測定に主に利用される
言語的知性と論理数学的知性に加え、空間的知性、身体運動的知性、音楽的知性、そして人格的知性と呼ばれる心的知性と対人的知性の7つの主な能力を認める。
b)多重知能論は、教職員が生徒一人ひとりをよく知ることに依拠する。
→生活の背景、長所、短所、興味、好み、不安、経験、目標などを知る必要性。
c)生徒の最新のプロフィールによって教育的決定がなされるべき。
d)真に理解することによって行動が変る。
e)教職員が想像力豊かで、生徒の多様性を認めることが必要。

②ネル・ノディングスのケアの倫理に基づく教育論 3
a)教職員が生徒を世話すること、生徒が他者やモノをケアすることを大切にする教育観の実践への招き。男性的倫理観一辺倒な世界観に女性の視点を入れる。
b)教師と生徒、生徒間で互いにケアすること、モノをケアすることを通して信頼関係を創造する。ケアすることは、相手を傷つけないこと。
c)生徒同士が互いにケアすることに価値を見出せば、次第に自分たちの生活様式は自分たちが知らない他の人たちの生活様式にどのような影響を与えているか関心を持ち、社会的次元でもケアできるようになることが期待される。
d)世話しようとする精神は学校の内在的カリキュラム(implicit curriculum)。

③ダニエル・ゴールマンの心の知能指数論 4
a)EQとは、Emotional Quotientの略称。EQは、IQ(知能指数)を補う、別の視点から人間の能力を見るための指標(数値なし)。原著のタイトルは、Emotional Intelligence。
b)前出のガードナーのいう人格的知性(心的知性と対人的知性)を重視し、特に人間の情動(emotion)を中心に人間の能力を描く。
c)自分や他人の、怒り、不安、悲しみといった感情を肯定的に消化できるか。
d)モチベーション、希望や目標保持、集中力は自己と他者に肯定的影響を与える。
e)共感できることは大切であり、そのために情動の動きは重要。各人の持つ情動の動きは、親子関係、友人関係、職場関係で他者へ影響を及ぼす(社会的知性)。
f)他者に共感することを教えることで、生徒は衝動や怒りをコントロールでき、自己認識能力や人間関係能力を高めることができる。
g)望ましい情動の動きを学ぶ場を家庭に期待できない以上、地域社会は子どもたちの情動・社会的能力の欠如を矯正する役割を学校に期待するしかない。

④ジェームズ・ファウラーの信仰発達理論5
a)社会学や心理学の視点からも信仰について理解できき、宗教教育の意義、人生における宗教の役割を理解する手がかりを得られる。
b)人間の全生涯から見た思春期における、信仰の発達状況や役割を知ることができる。
c)「回心」と言われる体験による人間の成長のプロセスや意義を知ることができる。
d)但し、キリスト教で言う「恩恵」による信仰への招きは、それが超自然であるがゆえに予期し得ない経験を人間にもたらす。

4.展望 -「預言者的選択」の一例として-

世界はポスト・モダンの時代と言われて久しい。実は、様々な境界を乗り越えて人びとと出会い、語り、教え、行なったイエス・キリストの生き方がカトリック学校の起源とすれば、彼の生き方は「当時におけるポスト・モダンな生き方」だった。
①若者は何らかの意味で疎外され「貧しい」状態にあるので彼ら、彼女らと連帯する。
②カトリック教会は、カトリック学校を通じて教育というチャレンジの緊急性に気付く。
③社会で生きてゆくための知識と、充分な人間的、人格的養成を行なう。
④ポスト・モダンの時代に生きる生徒たちに、新しい大きな物語を語ることは無理か?
*①~③は、非キリスト教国の日本においても「カトリック学校」の使命である。

以上

*このレジュメとほぼ同じ内容で文章化された記事は、2009年度の「養成塾」のHPを参照されたい(養成塾の記録 2009年度 第10回 11月21日「福音宣教する学校」)。

付 カトリック教育関連の参考文献表

【A.ローマ教皇庁が公布したカトリック学校教育関係の公文書(1927年以降)】

① 1929年 教皇ピウス11世回勅『青少年のキリスト教的教育』(邦訳、カトリック教育協議会  1957年)
② 1965年 第二バチカン公会議『キリスト教的教育に関する宣言』(邦訳、『第二バチカン公会 議公文書全集』、サンパウロ、1986年、pp.181-193)
③ 1977年 教育省『カトリック学校』(邦訳、日本カトリック学校連合会、1978年)
④ 1982年 教育省『学校に働く信徒の使命』(邦訳、日本カトリック学校連合会、1983年)
⑤ 1983年 教育省『人間愛についての指針:性教育についてのガイドライン』(邦訳、カトリック中央協議会、1988年)
⑥ 1988年 教育省The Religious Dimension of Education in a Catholic School: Guideline for
Reflection and Renewal (上智大学神学会『神学ダイジェスト』2011年夏号[no. 110]より連載で翻訳が掲載されている。)
⑦ 1997年 教育省『紀元二千年を迎えるカトリック学校』(邦訳、日本カトリック学校連合会、 1998年)
⑧ 2002年 教育省 Consecrated Persons and Their Mission in Schools
⑨ 2007年 教育省 Educating Together in Catholic Schools: A Shared Mission Between Consecrated Persons and the Lay Faithful
⑩ 2009年 教育省『教会の宣教使命に適応する学校の宗教教育』(書簡)(邦訳、カトリック中央協議会、2010年)
*上記の公文書は、すべて英文で教皇庁のHPで閲覧できる。
http://www.vatican.va/roman_curia/congregations/ccatheduc/index.htm

【B.日本のカトリック教育についての書籍】

① ハンス・ヘルベック『第二バチカン公会議と日本におけるカトリック教育』、カトリック教育協議会、1966年。
② 同上、「『キリスト教的教育に関する宣言』解説」、『光りをおびる教会』公会議解説叢書、中 央出版社、1969年、pp. 3-108。
③ ガエタノ・コンプリ『教育者へのドン・ボスコのことば』ドン・ボスコ社、1990年。(現在、 『若者を育てるドン・ボスコのことば』と改題されている。)
④ 岡道信『共にいる教育−アッシステンツァ−』ドン・ボスコ社、1996年。
⑤ 北川直利『ミッション・スクールとは何か:教会と学校の間』、岩田書院、2000年。
⑥ イエズス会教育使徒職国際委員会編、梶山義夫監訳『仕えるために−イエズス会教育の特徴−』 ドン・ドスコ社、2005年。
⑦ 佐藤八寿子『ミッション・スクール:あこがれの園』中公新書1864、2006年。
⑧ カトリック中央協議会日本カトリック学校教育委員会編『今、カトリック学校教育に求めら れていること』ドン・ボスコ社、2009年。
⑨ 森一弘、田畑邦治、M.マタタ編『教会と学校での宗教教育再考』オリエンス宗教研究 所、2009年。
⑩ 佐々木慶照『日本のカトリック学校のあゆみ』聖母の騎士社、2010年。
*個々の修道会のカトリック教育に関わる文献は、③、④、⑥以外にも多数ある。
【C.キリスト教学校懇親会公開講演会のリーフレット(いずれもドン・ドスコ社刊)】

① 山縣喜田代『女子高は時代遅れか』、2005年。
② 倉松功『カトリック学校とキリスト教学校 力を合わせて教育にはげもう』、2006年。
③ 湊昌子『今、あえてなぜ女子教育か』ドン・ドスコ社、2007年。
④ 高祖敏明『キリスト教教育の可能性−ともに学びあい未来を拓こう−』、2008年。
⑤ 西原廉太『現代に生きるキリスト教教育』、2009年。
⑥ キリスト教学校教育懇談会編『現代に活きるキリスト教教育−21世紀のキリスト教学校−』、 2009年。
⑦ キリスト教学校教育懇談会編『魅力はどこに−キリスト教学校が大切にしていること−』、 2010年。

【D.オリエンス宗教研究所『福音宣教』誌(近年のもの)】

① 河合恒男「まなびの道しるべ−カトリック学校における信仰教育−」2001年5月号〜10月号 まで5回連載。
② M. マタタ「カトリック系中・高等学校における宗教教育」2005年5月号、pp.3-14。
③ 高橋博「子どもを育てる使命」2007年5月号、pp.9-13。
④ 浦善孝「もう一つの教育システムとしてのカトリック学校」2007年12月号、pp. 12-21。
⑤ 高祖敏明「カトリック教育がめざすもの」2008年4月号、pp.3-9。
⑥ 浦善孝「カトリック学校の日常生活−救いの秘跡としての学校」2009年6月号、pp.26-32。
⑦ 田畑邦治「生きている人間に仕える教育」2010年3月号、pp. 3-8。
⑧ 星野匡邦「カトリック学校で育てられて−イエスを伝える学校−」2010年4月号、pp.3-7。
⑨ 英隆一郎「カトリック学校の未来」2010年8・9月号、pp.46-51。
⑩ 浦善孝「福音宣教する学校−カトリック学校の使命」2011年3月号、pp.30-33、4月号、pp.37-41。

【E.上智大学神学会『神学ダイジェスト』誌】

① P. H. コルヴェンバッハ、浦善孝訳「現代に挑戦するカトリック教育」、2000年夏(88号)、pp.80-86。
② ピタウ、秋葉悦子訳「キリスト教信仰とカトリック教育の四つのイコン」2001年冬(91号)、 pp.55-60。
② B. ファインがー、宮井純二訳「学校での聖書教育」、2002年冬(93号)、pp.112-123。
③ S. ミーディマ、浦善孝訳「ミッション・スクールのアイデンティティと生徒のアイデンティティの形成」、2005年冬 (99号)、pp.6-19。*99号は「ミッション・スクールと宗教教育特集」。
⑤ T. H. グルーム、田中智里訳「総合的信仰教育」、同上、pp.20-30。
⑥ F. C. ミュラー、片柳弘史、宮井加寿美訳「修道会による学校への支援(スポンサーシップ) −カトリック学校の伝統を守るために−」、同上、pp.31-50。
⑦ M. T. ハリナン、浦善孝訳「岐路に立つ米国のカトリック学校」、2007年冬(103号)、pp.40-64。 *103号は「カトリック学校特集」。
⑧ J. J. ディジャコモ、川越尚訳「カトリック学校への提言−生きた信仰への教育」、同上、 pp.64-70。
⑨ バチカン・教育省、浦善孝訳「カトリック学校における教育の宗教的次元−評価と刷新のためのガイドライン」、2011年夏号(110号)、pp.129-137。(以降、連載で掲載される。)
(神学ダイジェスト編集室 上智大学神学部 図書館内 03-3594-4349)

*この他に、カトリック教育学会の紀要『カトリック教育研究』にも、カトリック学校やカトリック教育、宗教教育に関わる研究が紹介されている。毎号、学会でのシンポジュウムに基づく特集記事も組まれている。http://wwwsoc.nii.ac.jp/nssce/index.htm

【F.米国におけるカトリック学校に関する研究書】主なもののみ

① Bryk, Anthony S., Valerie E. Lee, and Peter B. Holland. Catholic Schools and the Common Good. Cambridge: Harvard UP, 1993.
② James Youniss and John J. Convey, Catholic Schools at the Crossroads: Survival and Transformation. New York: Teachers College Press, 2000.
③ Thomas C. Hunt, Catholic Schools Still Make a Difference: Ten years of Research 1990-2000, Washington DC: National Catholic Educational Association, 2004.
④ Thomas C. Hunt, Ellis A. Joseph, and Ronald J. Nuzzi, ed, Catholic Schools in the United States; An Encyclopedia (2 volumes) Westport, CT, Greenwood Press, 2004.

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聖園女学院中学高等学校  平野俊介 

 聖園女学院の平野です。養成塾より依頼されました、本校の「建学の精神」を、理事会中の校長に代わって、塾生の皆さまに紹介させていただきます。限られた時間ですので、別冊「聖園女学院中学校高等学校 建学の精神と取り組み」に、本校の想いと取り組みの一端をまとめました。あわせて参考にしていただけましたら幸いです。
本日は、本校の建学の精神がどのようにして形成され、現在いかにして具体化されているか、「聖園の空気」をキーワードに紹介いたします。

 本校の名称は、聖なる園と書いて「みその」女学院と読みます。読みにくのですが、一度覚えたら、忘れない学校名です。
設立母体は「聖園(みこころ)の布教姉妹会 Congregatio Sororum Missinariarum Cordis Jesu」です。1920年に、日本の秋田で、ヨゼフ・ライネルス新潟教区長によって、愛を人々に告げ知らせることを使命に、創立されました。その後、藤沢に本部を移しました。現在でも、「喜んでする奉仕」「キリストと共に十字架に」をモットーとしてカテキスタ、教育、社会福祉などの主な使徒職を果たすために、約190名のシスターが北は砂川から南は沖永良部島まで、全国に派遣されています。その一環として、聖園女学院があり、理事長をはじめ、多くのシスターがたに支えられています。ここに、「聖園の空気」の原点があります。
 聖園女学院は、富士山と江ノ島を望む、湘南の高台にあります。1946年に藤沢に設立され、多くのシスターがたの苦労で積み上げられてきた学校です。1976年に中高一貫システムを導入し、今年、60回目の卒業生を送り出すところです。これまでに、約77000人の聖園生が、創立以来の精神を胸に、活躍中です。彼女たちこそ、「聖園の空気」を纏った具現者です。
 現在(2010.11.1現在)、聖園では、一学年約120名、全校で744名の生徒が学び、日々成長しています。入学当初は、一クラス30人の4クラスでスタートし、中2から一クラス40人の3クラスとなります。高校生になると、クラスの枠を超えて学年120人の団体へと昇華し、集団としての質を高めていく仕組みを採用しています。毎年6月に行われる球技大会の応援合戦では、高校3年生が、集団としての質の高さを後輩たちに実演し、生徒たちの間でも、伝統として受け継いでいることがわかります。全校生徒744名のうち信者は44名います。6年間、聖園で学んで卒業したのち、信者になるケースも多くあります。「聖園の空気」は集団として高まる質とともに熟していくのです。
 この生徒たちの学びと成長を、校長をはじめ73名の教職員が、黒衣に徹して支えさせていただいております。幸いなことに、校長もシスターです。全国のカトリック校の校長から神父やシスターが退いていると伺っておりますが、やはり、シスターの存在感は、生徒たちにとって、理屈や論理を超えて、とても大きなものです。現在、教職員73名のうちシスター8名を含めて15名が信者です。「聖園の空気」を、伝統と将来の観点から常に検証しています。

 「聖園の空気」の柱、すなわち建学の精神として「イエスの聖心(みこころ)の愛を伝える教育」を掲げています。これを具現化し、検証できるように体系化したものが、別冊の2ページにあります、教育体系図です。

 では、「聖園の空気」の柱である“イエスの聖心の愛”を、どのような取り組みに溶け込ませているか、ご紹介します。
大きな行事としては、ミサとクリスマスタブロが挙げられます。ミサは年5回あり、生徒たちは卒業までに、6年間で30回あずかることになります。クリスマスタブロという無言劇は、年1回ですが、全学年が合唱として参加し、一般の方々にも公開しております。ミサやタブロは、イエスの聖心の愛に触れる大切な機会で、カトリック校として最も大切にしているものです。
 日々の取り組みとしては、中高別に週2回ずつ行われる講堂朝礼と聖署朝礼、宗教の授業や黙想があります。講堂朝礼では“イエスの聖心の愛”を、校長が英語を交えて生徒たちに語りかけ、聖歌と祈りが生徒たちの心に行き渡らせます。6年間で300回前後かける取り組みです。聖署朝礼は隔週で中高別に、生徒たちが執り行います。新約聖書の朗読を通して“イエスの聖心の愛”に触れます。宗教の授業は全学年週1回あり、特に高校3年生の宗教は、校長自ら教壇に立ちます。生徒たちとの双方向のやり取りで、“イエスの聖心の愛”が、生徒たちの中に、大きな礎として育まれています。そのひとつの現われとして、別冊の4ページに、生徒の感想を掲載させていただきました。
 行事や日々の取り組みに加えて、希望する生徒には、錬成会やロザリオの祈り、各種ボランティアがあります。錬成会は、神父様の導きでキリスト教について理解を広げ、「命」や「使命」について考えを深めていきます。ロザリオの祈りは年に2回、本校にある小聖堂で行われます。中学生の小羊会と高校生のセシリア会を中心に祈りを捧げます。
 ボランティアとしては、本校に隣接する、聖園子どもの家でのボランティアをはじめ、地域清掃、路上生活者支援活動などを行います。
 このような取り組みを通じて、生徒たちは“イエスの聖心の愛”に触れ、「聖園の空気」を纏っていきます。本校の教育の柱は、こうして、生徒たちの間に行き渡り、この土台の上に、さまざまな活動が展開されるのです。

 こうした「聖園の空気」の熟成には、保護者の方々にも参加いただいております。聖書研究会は毎週火曜日から金曜日に実施され、土曜日も父親対象・母親対象で実施しています。希望される保護者の方々に、神父様やシスターがたと一緒に“イエスの聖心の愛”に触れています。テレサ会では、希望する保護者で、生徒とともに聖園子どもの家でのボランティア活動に参加しています。マリア会では、卒業生の保護者が聖書の勉強会やボランティア活動を行っています。
 このように、保護者の方々にも“イエスの聖心の愛”に触れて、「聖園の空気」づくりに参加いただいております。

 他方、「聖園の空気」づくりに教職員はどう取り組んでいるのでしょうか。ここ数年、大規模に執り行っていることは、校長および宗教部が中心となって進められている研修会・研究会・黙想会です。
 全教職員参加による研修会は、神父様の講話を通じて“イエスの聖心の愛”に触れ、現状の「聖園の空気」を検証します。そして、中長期的な「聖園女学院のビジョン・ミッション」を策定し、各自の取り組みに反映させていきます。希望者による研究会では、聖書を通じて“イエスの聖心の愛”に触れ、「聖園の空気」を別視点から検証します。今年度は旧約聖書のヨブ記から多くを学んでいます。黙想会も希望者で与かります。神父様の導きで、“イエスの聖心の愛”に触れ、自らが「聖園の空気」を纏えるよう、分かち合いも行っています。この養成塾も、教職員の学びの機会として大切にさせていただいております。
 こうした教職員の研修会・研究会・黙想会が、各種指導において、どのように溶け込んでいるか、紹介いたします。

1.宗教教育においては、「本物のあなたでありなさい」という価値観です。他から作られた価値観で動くのではなく、神に愛されている存在としての自分の信念を持って生きる、本物の自分であることを意識します。これは、宗教の授業での教育(宗教科教育)はもちろんのこと、全教職員が、全活動において行うものです。
2.生徒指導においては、生徒指導連絡会などを中心に、全教職員で生徒たちに向き合うことを意図しています。生徒たち一人一人が、本物の自分であるために、彼女たちの心に寄り添う姿勢を大事にしています。これも、担任や生徒指導部はもちろんのこと、全教職員が全活動で行うものです。
3.進路指導においては、本物の自分の生き方を育むために、中学1年生から、自分の存在、自分に与えられた使命を意識し、それをもとに学問の姿勢を身につけ、将来の設計を行うという生き方の指導です。大学受験は、その生き方を育む大切な機会です。
そこで長い人生の糧を修得できるように指導します。これも、教科担当や進路指導部はもちろんのこと、全教職員が全活動で行うものです。
4.ガリラヤ
 本校には「ガリラヤ」「エマオ」と名付けられた部屋があります。一人一人の居場所をもとめ、本物の自分に立ちかえるための部屋です。特に学業や生き方の問題でつまづいてしまう生徒のために、専任のシスターと一緒に、自分の存在を確認する場になっています。
5.聖パウロ学院の協力校であること
 高校のシステムは、単位取得が進級・卒業の基準となります。さまざまな事情で単位を取得できない生徒が、聖園で聖パウロ学園の通信講座を学べるようにするシステムです。聖園の制服を着て、聖園に通い、聖園の教室で聖園の先生からスクーリングを受け、聖園の行事にも参加できるようにしました。ひとりひとりの生徒とのつながりを大切にするために、このようなシステムによってどうにか高校卒業まで面倒をみるようにしています。現在5名がこのシステムを利用しています。

 このように、教職員は研修会・研究会・黙想会をつうじて検証・確認したことを、教育活動のなかで実践していきます。教職員が一丸となって「聖園の空気」熟成にかかわるためにも、この数年、研修や研究を重ねています

「聖園の空気」をキーワードに展開してきました。核であり柱でありすべてでもある“イエスの聖心の愛”を、聖心(みこころ)の布教姉妹会を母体に、聖園女学院の教職員、保護者、生徒が一丸となって熟成させていく。それが「聖園(みその)」です。ここでは語りつくせぬものですので、ぜひ、本校にいらしてください。こころからお待ち申し上げております。

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静岡聖光学院中学高等学校教育顧問 福本良雄先生  

私は、カトリックでない私学の校長を8年ほどして、さらに12年間カトリック学校の校長を12年間つとめてきました。もとの勤務先の北海道から静岡にかえってきて、カトリック精神を教員が生徒にどう伝えるかを教員の養成のために教えてほしいと教育顧問を仰せつかりました。教科として中1、中2の倫理を教えています。
カトリック精神つまり、建学の精神の継承のためには、まずカトリック教育の多様性を考える必要があるでしょう。それは建学の精神をになってきた修道会のカリスマ、特性を考えることであり、イエス・キリストが教えた精神を教育の中でどう具現化していくかということでもあります。
しかし、カトリック精神の担い手としての司祭や修道者が減ってきたという現実があります。それは一生を教育にささげた先輩たちがへっていくということです。
また、現代の若者たちの中にカトリックの組織や規律が合わないのではないかという危惧もあります。
その担い手をどう養っていくかというのは大きな悩みといえるでしょう。

私の奉職している静岡聖光学院は横浜聖光学院の兄弟校です。静岡県には45の私学がありますが、そのうち5校がカトリック校で、本校が唯一の男子校です。
静岡は保守的なところで、公立優先の風潮の強いところです。そんななかで雙葉、聖心、サレジオ(旧星美、現在は共学)の女子校がはじめにつくられました。そのあと男子校が地元からの期待と援助によってキリスト教教育修道士会に委託されて創設されました。
いまから40年前にロバート・ピエールを初めとする修道士が来られました。日本人の修道士が二人おりました。創設に加わった修道士たちのなかのひとりが現校長レイモンド・ヅシャールムです。それから多くの卒業生が地元で活躍するようになりました。

建学の精神は、カトリックの世界観に基づく人類普遍の価値を尊重する人格の育成、あわせて高尚かつ有能な社会の成員を育成することにあります。
それを具現化した言葉として「アカデミックな教育」「ジェントルマンを育てる」という二つの言葉を標榜しています。
「アカデミックな教育」とは知を愛し、至る所でアカデミックを追求するそういう教育です。
その一つとして、三層三段階教育という特徴を示しています。2年ごとに、基礎学習期、研究学習期、進路学習期という3層に分け、学習の段階をメインにして教育のシステムを組んでいく。授業が高い学問に対する興味関心を呼び起こすように、科学や歴史の自由研究を大事にして、アカデミックな学校の雰囲気をつくろうとしています。
もう一つは、カトリック教育ということです。イエス・キリストの教えを生きることが精神であり柱であります、そこが他の私学と異なるところです。その使命を絶対なくしてはいけないと思っています。
具体的には「カトリック倫理」の授業を週1時間ずつ確保しています。基礎的な人間の生き方を1年2年で教え、中3、高1、高2では「倫理社会」とあわせてカトリックの世界観と思想を世界全体の思想の中での位置づけまがら教えています。最後の学年は校長が「世の光地の塩」として生きるということを特別なカリキュラムで担当しています。
また、聖書研究会を各学年に週1時間おき、信徒の教員が担当しています。生徒は自由参加です。550人の生徒のうち80名が参加しています。退職した信徒の教員が担当している学年もあります。
また年に1回集まって聖書研究大会もしています。新しい教員も生徒と一緒にみことばの祭儀に参加するようになりました。
生徒のためのミサを月1回、学校のチャペルで行います。これも自由参加です。
クリスマスには奉仕作業をする 道路の清掃、老人ホームの訪問で習ったことを実践すします。
これらを計画担当するのは修道士2名と信徒教員8名です。校務分掌の中に宗教部があり、カトリックの行事に関する全ての計画準備を担当しています。信徒であってもなくてもサポートする態勢があります。
宗教の授業は二人の信徒の教員が担当しています。中1中2のために、カリキュラムもつくり「人間として生きる道」という教科書もつくりました。
またカトリック精神の継承のために教育顧問という制度があるのも本学院の特徴でしょう。カトリック精神をどう伝えるかについて、宗教部と連絡をしながら、カトリック教育の話しを新任教員にするのも教育顧問の仕事です。ここで、カトリック教育、聖光生の求める人間像や修道会の宣教使命ということについても共に考えます。漫然とするのではなくしっかりとしたカリキュラムを組んですることを心しています。忙しくてこられない先生には必ず補習をします。3年間きちんとカトリック精神とは何かということを一定のカリキュラムで行っています。
その他に生徒指導などで悩んでいる教員の相談にのっています。信徒の教員が力をあわせてカトリックの精神を受け継いで発展して行けるように力を尽くしています。
生徒の雰囲気は明るくのびのびしています。先生がたとの信頼関係もあると思います。人間的ふれあいの豊かな学校だと思っています。生徒はこの学校で学ぶことを誇りにしています。
いままではなんとなく大学に入ればいいと思っていたが、これからは質の高い大学を目指すように努力していきたいと思っております。

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第11回12回 建学の精神(カトリック学校の多様性)

建学の精神(カトリック学校の多様性)

今回と次回にわたり、6校の学校の「建学の精神」について紹介してもらいます。どこのカトリック学校もみな「建学の精神」を持っています。そしてそれは、カトリック学校の個性や多様性をつくりだしています。
それが現実の場面でどう生かされているのかを聞き、自分の学校のものと比較しながら考えることはとても有意義だと思います。

第11回 10月16日

福山暁の星女子中学高等学校 石部豪清先生
函嶺白百合学園中学高等学校校長 Sr.深水洋子先生
暁星小学校校長 佐藤正吉先生

第12回 10月30日

静岡聖光学院中学高等学校教育顧問 福本良雄先生
聖園女学院中学高等学校 平野俊介先生
東星学園小・中・高等学校長 加勇田修士先生

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第10回 教会における教育

梶山義夫神父(イエズス会)

教会は「教会」だけではない

今私の手元に「カトリック教会ハンドブック」という本があります。ここには日本にあるカトリック教会が全部載っています。

教会というと小教区の教会がすぐに思い起こされますが、本来の教会は小教区だけではありません。

修道会・宣教会も教会なのです。この建物は幼きイエス会という修道会のものですし、となりのイグナチオ教会の中にも修道院があります。

日本には男子の修道会が約50、女子の修道会は100をこえるものがあります。

そしてこのハンドブックには教育関係施設の幼稚園から小学校、大学までも掲載されています。

また医療社会福祉やいろいろな 諸活動、出版、図書館、墓地、庭園、黙想の家なども掲載されています。

これらぜんぶあわせて「教会」なのです。

だから、皆さんもカトリック学校で働いておられるから「教会」のメンバーということになります。

それぞれがそれぞれの形で教会と社会に奉仕していくという使命を担っているのです。

教会と学校の歴史

これから教会の歴史の中で「教育」がどういう形で展開してきたのかについて話そうと思います。

教会ははじめからキリスト教に入る入門のプロセスを重視していました。キリスト教について何も知らない人が次第にキリスト教の真髄に入っていくプロセスです。

教会に組織的に教育がはいるのは4〜5世紀以降です。おもに地域の教会の中心であるカテドラル(司教座聖堂)で行われていました。東京でいえば関口、横浜でいえば山手にある教会がカテドラルですね。

それぞれの教区に神学校がつくられ、聖書やラテン語などを学ぶ場となりました。これは主に聖職者になるための教育でした。こういうような学校がヨーロッパ各地にでき、13世紀になってこれらのいくつかが大学になります。universityの誕生です。ここで教えるライセンスを取ればユニバーサルにどこでも教えられるようになりました。パリ大学とかボローニャ大学とかはその代表です。

一般教育も寺小屋風にいろいろなところで行われていましたが、ルネッサンス以降にイタリアなどで初等教育中等教育ができるようになりました。これは経済発展と結びついています。

そこで教えられていたのはウマニタスhumanitasです。「人文学」と訳されます。主にラテン語、古典を学ぶことによって人間形成をすることをめざしました。

16世紀半ばイエズス会が学校を運営するようになりました。

最初は神学生の養成のためにつくられましたが、一般に開かれた学校は、最初にシチリアで開校されています。コレジオですね。驚くことに程なくして日本にやってきたイエズス会士によって日本にもコレジオやセミナリオがつくられます。ここでも神学生だけではなく一般の人びとの教育も行われました。

イエズス会は、カリキュラムや学則をつくりました。1599年の学則が残っています。クラス制度や就学年齢、試験、生活指導上のルールや退学停学についても書かれています。このような形でカトリック教会が宗教教育にも本腰を入れて取り組んでいます。

18〜19世紀になると、職業教育も始めるようになりました。修道会の設立した学校の多くはこの頃つくられています。

日本の教会と学校

さて、日本の教会の組織について少しお話ししましょう。

その司教たちの要、まとめになっているのはカトリック中央協議会です。

そこに各司教によるカトリック司教協議会がおかれています。司教団のもとに学校教育委員会 教会行政委員会、典礼委員会、社会司教委員会そのなかには正義と平和協議会、カリタスジャパン、難民移住協議会、子どもと女性の権利擁護のデスクもおかれています。

最近出ている学校関係の文書は学校教育委員会が作成したものです。

1997年中央協議会が学校教育に関して発行した文書があります。

その「まえがき」にカトリック学校としての自己点検評価基準が記されています。教区長からカトリック学校として認められるための基準が定められています。過去にはカトリック学校としての認可を取り消された学校もあります。

この基準の中に教区や小教区との相互協力という項目も入っています。

またカトリック学校としての存続と発展がキリスト教精神によって推進されると明言されています。

管理者のリーダーシップがキリスト教精神に基づき、その理念に基づいた全人教育をおこなおうとする積極的な意向を持っていることが求められています。

2000年以降も日本の司教団は、日の丸君が代問題や教科書検定の問題あるいは教育基本法改定にあたって声明を発しています。

「今カトリック学校教育に求められていること」という小さな本がドンボスコ社から出ていますので、お読みになることをオススメします。

最初には自己点検表、福音的共同体を築くために、使命を果たしていくためにというようなことが述べられています。

さまざまな側面を持ってお互いに協力しながら社会に奉仕していこうとしているわけです。

カトリック学校の全人教育

では、全人教育とは何かについて話を進めていきましょう。

これまで、全人教育は知育、徳育、体育とよばれていました。

人間とは何かということが、問われています。

よく人間は肉体と霊魂からなると考えられていました。これは根本的に聖書の考え方ではなく、たとえばプラトンの考え方などギリシャ的な考えに基づいています。

聖書には「たましい、からだ、心」という言葉が使われますが、それは人間全体を一つのものとしてとらえ、その側面を表現しているにすぎません。

人間は、100%肉体であり100%霊魂です。2つの要素で成り立っているのではないのです。

基本にあるものとしての身体性、これは体を持っていることです。

その身体性を土台として、人間には5つの側面があります。

情緒的側面 喜び、悲しみなど感情的な側面です。

社会性、人の話を聞く、人と交わる 育てられるのです。

知性 理解するということ、理性です。

倫理的側面 意志、善悪を判断する、行う、反省する

最後は愛、希望、自分を委ねる、信頼するという側面、信じるという側面です。

これらすべてが人間の重要な要素であり、全人教育はそのすべてに関わる教育です。

それぞれの側面には、それぞれ目的があります。

知るというのは真理を目ざしている、本当のことを知る。ただ知識を得るだけではなく疑問を持ちそれに応えながら考えていく

情緒的な側面であるならば、自己肯定、他者の存在を認め喜ぶ、安心するなどです。あえて一つの言葉にするならば「よろこび」でしょうか。他人の不幸、人の死を前にして悲しむというのもこれに含まれるでしょう。

社会性は人間関係について、ともだちをつくることから始まります。その最終的な目的は、正義と平和といえるでしょう。

倫理的側面が目指すものは、基本的に善を目ざしているといえます。

愛・希望・信頼の目的は、人生の目的全体に関わってきます。結婚、職業選択、生き方の選択、祈りなどはその側面です。

こういうものすべての側面に関係するのが、全人教育なのです。

この全体を支えている、これらの5つの側面の目的の奥にあるのが、「超越的存在」としての「神」なのです。

人は5つの側面の目的に向かって成長してゆくならば、人びとへの奉仕、神への奉仕に向かって成長していくのです。

マルコの1章15節にあるイエスの最初の言葉は、「時は満ちた。神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」というものでありました。

こういう5つの側面の目的に向かっている人は、イキイキとしていて幸いであり、「神の国」に入っていくのです。

人間存在がよろこび、正義、真理、善、愛、希望へとむかっている状態を「神の国」とよびます。そこで生きるひとはイキイキしている「幸いな存在」なのです。

教会はこのような国を目ざしていますし、カトリック学校の使命もこのような神の国の建設なのです。

教会は社会に奉仕する存在であるとしたら、カトリック学校も同じように社会に奉仕する存在なのです。

教育としての回心

ところで、「悔い改めて福音を信じる」とはどういうことでしょうか?

「悔い改め」とはギリシャ語でメタノイアです。これは人間の根本的なあり方の方向性を根本から変えていくということです。英語ではコンバージョン、日本語では「回心」、人間存在の全体をまわしていくことです。悪の力が様々な形で働いています。

そのため真理、正義、善、愛、希望へと向かっていかない状況、人間存在の目的へと向かっていかない状況、それが「罪」です。「罪」とは的からそれているということ、ふさわしい方向性にむかっていかない状態です。

人間は「罪」に傾きやすい存在です。教育とは回心していく、方向性を変えていくことを目指します。

生徒達だけでなく、わたしたち教職員も一生かけて回心していかなければなりません。生徒も教師もひとりひとりが神の子であるということを考えると、回心の道を歩んでいくという面では、基本的に同じ地平に立っているのです。

たとえば、それぞれが教科を教えるとき、立場も経験も違いますが、お互いに真理を目ざしているという点では同じなのです。つまり教師は真理の所有者ではなくお互いに真理を目ざしていく存在でしょう。

職員室の中でもそれが行われていかなければならないでしょう。司祭や修道者、信者、あるいは信者でない人、それぞれの役割や立場が異なっていても、目指すべき方向性は同じなのです。

これは宗教教育においてもいえることです。だれかが中心になってそれに協力しているのではなく、お互いに同じ地平に立って考えて分かり合っていくことなのです。

先生方が、学校で一番時間をかけ、一番力を注いでいるのは教科指導だと思います。無知偏見誤解から子どもたちを解放していくことは重要です。まず教科指導ができないと教師にはなれないでしょう。

すべては神によって創造されたものである、そしてその創造は今でも続いている、それを知ることはすばらしいことなのです。それを知っていく、人類の遺産のすばらしさを学ぶ、そこに貢献していくことは教会への奉仕になり、神への奉仕になります。

学校にはしなければならないことがたくさんあります。校則はそのために大事です。人間は弱い存在であり、自分の弱さを乗り越えてやっていく姿は重要な指導です。好き嫌いや快不快から解放されてやるべきことをやっていくことでもあります。

担任の指導は情緒的側面からいっても重大です。さまざまな気持ちで入学する生徒たちに、「ここがあなたがたの居場所である」と伝えます。生徒たちにはいろいろなできごとがあります。家族の崩壊に直面している生徒もいるでしょう。そういう生徒にここが居場所だといえるのは大事です。

私が担任をしていたとき、高校3年生にも「誕生日おめでとう」と祝いました。高校生でも「その子の存在を喜ぶ」ことは必要なのです。自分自身を肯定的にうけいれ。他人を設け入れ肯定していくていことは人間存在のよろこびにむかうことです。

クラブ活動、学校行事も重要です。試合で勝った時のよろこび、負けた時の悔しさを共有することから、生徒を孤立から協力へと成長させます。文化祭体育祭でリーダーシップを発揮したり、心を一つにして協力するというのは全人教育の大事な側面です。

カウンセリングについて、カトリック学校は長い伝統を持っています。教会には「ゆるしの秘跡」がありました。むかしは懺悔とか告白とかいわれていました。そこに行くということであれば、授業中も出ていっていいという制度もあった学校もあるくらいです。カウンセリングに行くには授業中でもいっていいということの起源はこういうところにあるのかもしれません。

進路指導では、指導するものの人生の目的や価値観が問われます。悪の力は富、財産、金儲けをとおして働くとキリスト教は教えます。子どもが本当にしたいことはなにかという点に立ち戻って進路指導をしていくことはカトリック学校の特徴なのです。

宗教教育も全人教育の一環です。人間には人生の目的にむかう力、全体を支える存在にむかう心は誰もがが持っています。それが祈りなのですね。祈りのなかで重要なのは「沈黙」だと思います。モンテッソーリの教育の中では黙々と沈黙の作業をしています。祈りというと神に向かって願いをいうということを思い浮かべるかもしれませんが、まず大事なのは沈黙なのです。

聖書の中で神が祈りを聞くというのはどういう祈りかが、出エジプト記にあります。奴隷状態にある人びとの叫びを聞くという場面があります。苦しむときに祈ることができることの重要さ、叫びを上げる相手がいるということです。つまり、苦しんでいる人の叫びを聞くことや、痛みを共にすることが祈る前提になります。

このあたりのことなしに、祈りを唱えるならば本当の祈りになっているのかどうかを反省する必要があります。

伝統を受け継ぐ創造へ

多くのカトリック学校は外国から修道会がやってきてつくられました。自分たちがかつて向こうの学校でやってきたことをそのまま持ち込んでやっているところがないわけでもないのです。

前に、森司教が教会の歴史を8つのステップで話されました。その第7ステップに、信仰と生活の遊離の状態というのがありました。信仰と生活が遊離していないかどうかは反省のポイントです。

ミサの中に生徒の生活が入っているかどうか、いつも共同祈願は世界の平和だけではないか、聖歌も生活に関係している祈りになっているかどうか、ロザリオをみんなで唱えることはほんとうに必要なのか、が問われなければなりません。

ロザリオとか聖母マリアへの崇敬とかの信心というのは時代によって変わっていくものです。ミサは本来信仰者の集まりです。古代の教会でミサに信仰を持たない人は入れませんでした。

現在でもカトリック国でも希望者だけのミサがおこなわれています学校があります。自由参加にして生徒が来なければ、本当にミサの素晴らしさが伝わっていないのです。

全校ミサがいいものなのかどうか、真摯な問いかけから始まって根本的なところでのコンセンサスがあるかどうかを確認する必要があります。伝統だからというだけでいいのでしょうか。

伝統traditionというのはトレードされていくもの、受け継がれていくものです。伝統がいい方向で変容していくのは創造です。そういう意味では現代は新たな創造ができるチャンスなのです。

でもそれは根本的な問いかけからはじめていってほしいとおもいます。ある学校では司祭修道者たちが減少する中で。カトリック色を逆に強めていこうとするうごきがありますが、そういう方向への疑問も感じています。

職員室全体が全人教育の場なのでしょうか? 「神の国」的なところとなっているのでしょうか?

信仰をもっていようといまいと、善意の人びと、こういう方向に向かっていこうとする人びとと共に働くことは現在の学校の使命です。それには学校自体の回心が必要です。職員室全体の方向性が問われています。学校の雰囲気がこちらに向かっているのか「世の光」になれたらすばらしいことだと思います。

若者の教育は世界の変革につながります。世界を変えていく、神の国に向けて建設していくためのカトリック学校の使命を生きていきたいと思います。

カトリック学校の3つの特徴

最後にカトリック学校のいくつかの特徴について述べて終わりましょう。

第1に「存在しているすべてのものが素晴らしいもの」であるとして、人間ひとりひとりが目的をもった存在であり、だからひとりひとりを大切にすることです。

第2に、悪の力のために個人・社会・文化の自由が束縛されてる現代において、それを解放していくことを目指しています。授業はもとより、学級活動クラブ活動など全体で本当の自由にむけていく、全体的には他の人に奉仕する、とくに助けを必要としている人びとに目を向けていく、グローバルに考えて現場で行うことができるということです。

第3に希望を培っていくことです。学校教育は人生全体の中で希望を養っていく、そのなかの基礎作りです。たとえば卒業して10年後にどんな子どもに成長してほしいかということを考えていく。

「卒業時のプロファイル」をもっているところもあるでしょう。これについてはまた紹介できたらいいと思います。

今日は「悔い改め」とか「成長」「全人教育」ということをキーワードにして話しをしてきました。

これで終わります。


グループでの分かち合いの報告

1グループ ミサについて話し合いました。

●全員出席でなければ、いったい何人参加するのか心配。

●小学生からそういった環境の中でカトリック的なものに触れていくのと、いつ出会うかという違いも大きい。

●みんなからいろいろと悩みながらミサをしているかを伺った。宗教部で準備したものをみんなで考えたい。

●創造的な広い意味で幸せにどういう意味があるのか、ミサという形にこだわる必要がない

● 自然に浸透していく 広い視野に立って考えていこう 中高生 おとなになってから困難に出会っていく時に生かされていくもの

2グループ

●ミサや祈りを子どもたちがどうとらえているのか 小学生は素直に受けているけれど、中高では難しくなっていく 自分とむあきあうことなのです。

●なぜ祈りやミサが必要かということを考えさせている

● カトリック的な生き方を体現している人が学校にいるかどうかは大切です。

3グループ

●具体的で分かりやすかった 神の国や全人教育

●祈り 学校で祈っていることと生活に乖離があるということを聴いてはっとしました。

●互いにコンセンサスが必要

●祈りをすること 祈りがあることの効用 友達のために 近所の困っている隣人のための祈り

●形式的になっているところもありますが、他者のために祈ることができ折るのはカトリック学校の強み

●大きな存在の前に謙虚になる 生徒の祈りの中に生かしていく

●沈黙についての取り組み 授業の初めの沈黙から授業を始める学校

● 音楽と共に沈黙で入る 沈黙、落ち着く

4グループ

●全人教育、全校ミサ、日の丸君が代などについての感想がでました。

●全人教育ではでこぼこがある それが特徴になるかも

●伝統と形骸化 全校ミサの意味 ミサだけ取り上げることの意味を問いかけることの重要さ

●神の国 職員室がまずそうならなければならない、根本的な問いかけをし続ける、職場の中でのコンセンサスが課題というところに同感です。

●問題を感じつつ一致点がかんじられないのですが、一つになっていないことを感じているのはどこも同じで、そこをどう作っていくのかが課題

● 第8のステップ 職場の中でのベースのコンセンサスが必要

5グループ

●共感できたことは、カトリック校らしさとは? 教科指導の大切さ

●さぼっていたという感じが前の学校ではしていた。今はそういう感じがない。

●らしさ 体で分かっていたものが、違うかもしれないというふうに思った

●全人教育は教育全体の課題 カトリックらしい全人教育とは

● 普遍的なものがカトリック。でもオリジナリティは大事。そこが私学としての難しさで、まだ考えの整理ができていない。

6グループ

●ミサについて 超越的なものを感じる 祈ることの大切さを知ったことが社会に出た時に羅針盤になっている

●教科指導の中での宗教教育 生徒と関わっている生徒の居場所 友達と一緒に考えていこう 生徒との関わり合いのなかで生徒が目的にむかっていく 通信課程を担当しているが、頻繁に集まって情報交換して全員で共通理解をする場をもっていることあぐれしい。

●全人教育

●職員の共通理解

梶山神父のコメント

ミサのことについてひとこと。少なくとも雰囲気がいいからという問題ではないし、自然に受け入れていくものでもない。洗礼も自然に受け入れていけるものなのかを考えてみればいい。ミサについては、根本的なものが受け入れられていないし、受け入れるべきものなのかということも考える必要があると思う。

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第8回 イエス・キリストに見る教師像

河合恒男神父(サレジオ会)

4つのCS

夏休みが明けて学校が始まりました。今日は学校説明会があり、学校が何を売りにしていくのかということについて説明するとき、まずは「自尊感情を大事にする学校でありたい。」ということをお話しました。私は説明をするとき、覚えていただきやすいように、よく標語のようなものをあげるのですが、カトリック学校として目指すべきことについても、「4つのCS」があるのではないかと思うのです。

1.カリキュラム・スタンダード Curriculum Standard

やはり学校教育であるからには、保護者も願うのは勉強、そして受験のことです。カトリック学校だからといって受験実績がどうでもよいということはありません。

公教育ではこの側面が一番重要になってくるような気がするんですね。実は毎日新聞が7月に挙げていたこんな記事があります。「進学実績を上げたい予備校講師に学べ。東京都立校、授業診断を受け、助言仰ぐ。」都立が塾の先生たちに自分たちの授業を見てもらう、そして難関大学に入るための重点校をきめる・・・、いくつかの高校を選び、重点校としてそこに入れようという試みをしている・・・こういうことは皆さんももうすでに御承知だと思うんですね。ではこんな状況の中にあって私立学校はどうしたらいいのかという問題が出てきます。

ただ地域的に言いますと、首都圏というのは楽なんです。私立学校へ通う都府県別の割合を見ますと、東京では約60%の生徒が私立へ行く。反対に一番少ないのは沖縄、徳島で、ここは一桁、10%未満です。そのような中で、社会全体が少子化になれば、当然地方の私立学校はもろに影響を受けます。大阪で30%、京都は40%台、この二つを除いてみると、他は本当に大きな問題を抱えているということが言えますね。

しかし、私たちはこれだけで勝負をかけるのではないです。学習指導要領、教育課程だけの問題ではないのです。これだけなら、私たちが学校教育をする必要はないとさえ、わたしは思っています。

2.顧客満足度 Consumers’ Satisfaction

学校として保護者、地域社会、卒業生たちからいろいろなニーズがあります。それに応えていかなくてはならないし、時代のニーズもあります。これは私立にとっては重要なポイントです。顧客が満足してくれないようでは、誰も高いお金を払って来てくれるはずがありません。学校全体として、あるいは皆さんが任せられているそれぞれの部署で、保護者や生徒たちが何を望んでいるのかを知り、それに的確に応えていかない限り、募集しても生徒は集まりません。そして生徒が集まらなければ教育はできないのです。

でもこのポイントだけでは私たちのカトリック学校として、足りないのです。

3.カトリック・センス Catholic Sense

キリスト教が大事にする価値観を伝える。宗教的雰囲気を実現していく。イエス・キリストの行動やことばなどを通して、人生の在り方などを教え、伝えていくわけです。これこそがカトリック学校の第一の特徴なのであり、普通の私立学校にはありません。

私たちはここで、イエスはどんな人か?そのイエスをどのように伝えるのか?という問題が出てくるわけですね。これについても課題があります。宗教科だけの問題でいいのか? 宗教の授業で何を教えているのか、他の先生は分からない・・・ときどきそんな声を耳にします。

他の教科なら先生は教科書で答えられることがたくさんありますね。しかし、宗教については、中1の生徒が「ペトロってどんな人?」と担任の先生に聞いても、たぶんその先生は分からないでしょう。「マリア、ヨセフなら、ある程度知っているけど・・・」などということがあります。そうなると、宗教的雰囲気ということを学校の方針として活かす、あるいは表わす何かが必要になってきます。

4.cheerful smile(space)

「自尊感情」と言ってもいいです。学校生活の中で安心感がある、居場所がある、「私はここの一員となった」。イエスのことばで言うなら「おまえはおまえでいいんだよ」あるいは、イエスを紹介する時に神のメッセージをしていつも出てくる「おまえは我が愛する子だよ」、という無条件で容認される存在としての自覚なのです。「もしおまえがもう少し勉強したら認めてやるよ」ということは言わないのですね。全く無条件なのです。

神の方から勝手に人間を造ったのです。私を大事なものとして造ってくれたのです。そして、いつも愛おしい者としてご覧になっている方がいるのです。それを確信できたとき、生徒たちは不安のない喜びに満ちた笑顔になれるのです。これがチアフル・スマイルの意味するところです。

かけがえのない自尊心というものは、独善ではありません。聖書の至るところに出てきます。

旧約聖書の一番初め、「人は一人でいるのはよくない」、アダムのパートナーとしてエバを造った。私たちは、もともと開かれている存在です。人間は自分一人じゃない、誰かと共にいるものです。交わりの共同体の中で生きているのです。私たちがカトリック学校として最終的に伝えるのは、自尊心と共に交わりへと心を開くこと。それを教えるのが教育の最終目的です。そのために豊かな学力(理解力、判断力、応用力など)を身に付けていくのです。社会の中には困っている人がたくさんいます。政治的に、経済的、身体的に困っている人、その人たちのために何かしよう。君の知恵、行動力、能力などを使って実践していこう。

そのシンボルとしてミサがあります。ミサは食事、しかも交わりの食事です。大阪人は食べるのが好きです。仲の良い証しは一緒に食べに行くことなんです。東京などではプレゼントになるかもしれません。考えてみるとイエスは大阪人だったかもしれません。食べるの大好きでした。「大食漢」なんて聖書にも書いてあります。

ミサはもっとも親しい交わりのシンボルです。これが一番交わりの極限みたいなものです。だから、イエスは言うのです、「みんなが、世界中の人がこの交わりに来るまで続けなさい。」。今、世界には政治的な難民がいます。経済的な難民がいます。一緒に食卓に預かれない。教会に来れない信者もいます。信者になれない人、ならない人もいろいろいます。でも理想から言うと、「そういう皆が、一つになっていこう、そこに真の平和があるんだよ、その時まで働くのがあなたたちの使命だよ」というシンボルとしてミサがある。私たちが子供たちとミサをささげる時もそこを強調しなければいけないのです。それをしないで、ミサというと「信者だけが訳のわからんパンをもらって、あれ何だ?」とか・・・。そういうことではないのです。深い究極の交わり、イエスの遺言はそれでした。「皆が一つになるまで、続けてください。裏切られうかもしれない、通じないかもしれない、でもくじけないで、人々を一つに集めよう」。

「愛」はみんなを一つにできることば。そこには党派のようなものはない、もっと大きな、お互いを受け入れ合う心がある。イエスはこれを伝えたかったのです。私たちは、こういう学校を造っていかなければならないと思うのです。

イエスをどう伝えるのか

宗教を通してイエスキリストを伝える時、あるいは学校のいろいろなところで伝えるとき、3つの場面があります。 イエスをどう伝えるのかということ。

1.イエスについて教える 知識

「イエスとはこんな人で、こういうことを言って・・・」こういうことについては神父やシスターは強いんですね。信者さんも強いです。でも当たり前です、知識としていっぱい知っているんだから。ときどき信仰教育がそこに偏ってしまうことがあります。でもイエスのことに関して試験をすると100点満点がとれる生徒が、周りの生徒にひどいことばをあびせるなんてこともあります。知識を与えても、その中身が伝わっていないのです。知識は必要です。しかし、生き方まで届かないということがあります。だから宗教について教える教科の先生だけでは限界があります。

2.イエスキリストの中で教える

ミサ、宗教的な雰囲気、学校行事などがこれにあたります。この時には宗教科の先生方だけの働きではないです。学校行事としてキリスト教的雰囲気を大事にしよう、本物に近いセッティングにしよう、クリスマスなどは特に力を入れよう。でもそれだけでも不十分です。イエス・キリストの生き方を私たちが学んでいかない限り意味がありません。形だけクリスマスのお祝いをしていても、そこには救い主はやって来ないのです。救い主は家畜小屋の糞尿の臭いの中に来たんです。当時の多くの人々の勝手な期待を裏切って・・・。

3.イエス・キリストに向かって

「わたしの生き方の問題」としてとらえていかなくてはならないのです。だからイエス・キリストの生き方を全員の教職員が知っておいてほしいのです。自分を与える生き方です。イエスは「パンの生き方」だからです。

イエスはパンとして生まれ、パンとして生き、パンとして死んだのです。ベトレヘム(パンの家という意味)で、まぐさ桶のなかに置かれたんですね。まぐさ桶とは家畜のえさを入れるところですから、人間の次元でいえばイエスは皿の上に置かれたということです。だからパンの家と言うところでパンとして自分を現したとも解釈できるでしょう。そして、死ぬ直前にはもう一度「これを取って食べなさい。これはわたしの体です。」とイエスは言いました。イエスはパンとして生き続けたからこそ、この言葉に矛盾がなかったのです。「パンとして生きた」ということは自分を壊して、新しい命に生きるということです。「一粒の麦が死ねば多くの実を結ぶ」ということばも彼は言っています。自分を喜んで与えた時に、より大きな力となっていく、それは私たちも普段、母親として、父親として、あるいは教師として体験することです。私たちはいずれ死んでいきますが、でも、私たちが与えた命は子供たちが次世代に受け継いでいってくれるわけです。「人のために命を捧げること、それに勝る愛はない」とも言っています。そしてイエス・キリストは人々に言ったことをまず自分自身が必ず実行するんです。言うだけではないのです。だから、私たちは、「イエスに向かって学校生活を整える」ということが求められるのです。これがカトリック学校の大きな特色です。

まず、自分を大事にする。そして、まわりの人を大事にする。それは徹底的にすべてに開かれていることを前提としています。気に入らないあの人も、宗教的に違うあの人も、民族的に違うあの人も、自分に危害を加えたあの人も、神の計画の中ではみんな必要だからです。こういうことを現している場面がイエス・キリストの生涯のいろいろ見られます。

「喜んで赦そう」「あの人は素晴らしい人だよ」そういう生き方です。

イエスに見る教師としての態度

教師は、これまでは指導者(リーダー)でよかったんです。指導者、指し示す者として。

でも、現在大切なのは支援者、サポートするという姿勢だと思うのです。上から目線でかっこいいことを説くのではなく、生徒たちのニーズをつかみながら、彼らを納得させることが求められています。実はイエスはいろいろな場でそうなさっているのです。

(1)例えば、「よきサマリア人の話」です。民族の違う人、宗教の違う人を大切にしている話です。とても有名な話ですが、たとえ話の内容だけ見るとルカの独自の視点が出てきません。

律法学者とイエスの対話がある平行箇所を読み比べると分かるのですが、マタイでは律法学者はイエスの敵です(マタイ22章)。マルコでは律法学者とは敵対していないし、かえって彼を褒めているぐらいです(マルコ12章)。それに比べると、ルカ(ルカ10章)は面白いです。マタイとマルコでは彼らから聞かれたらすぐにイエスは答えているのに、ルカでは答えていないのです。「律法には何と書いてあるか?あなたはそれをどう読んでいるか?」と逆に一回尋ねているのです。相手から答えを引き出そうとしているのです。明らかにマタイやマルコに描かれたイエスとは違います。質問した人に答えを言わせる。そして「その通りですよ。だからそれを実行しなさい」と言われれば、彼らが反論できないから。

私たちが生徒に質問するときもそうです。答えを求める時のことです。「聞く」は単に「音声を聞く」です。「聴く」は「相手のことを考えて聴く」、相手軸で聴くわけです。答えもそうです。「答え answer」は、自分で答えを持っている。答えを知っている。「回答」もそうですね、もう決まっている。だから本来は尋ねる必要もないのですが、相手の理解を確かめるために質問している姿勢を現しています。

これに対するもう一つの姿勢は「解答 solution」です。これは、相手と共に考えながら、正解を探し出す作業で、一緒に納得しながらするので時間がかかる作業です。相手の立場を尊重しながら。そして、探し当てたら行動として現して行くのです。「応答 response」です

(2)「ザアカイの話」を見てください(ルカ19章)。そしてその前の個所です。「金持ちの議員」(ルカ18章)です。この議員は、悲しんで、この場から去っていきました。「持物をぜんぶ捨てて、貧しい人々に与えてから、わたしに従いなさい」とイエスが言っています。しかし、ザアカイの場合は半分で褒められています。つまり、イエスは相手を見て要求しているのです。イエスのものの見方、答え方、あるいは発問のしかた、どこにでも目の前にいる相手を根本的に大事にするイエスの姿がここにあります。

(3)「奇跡的な大漁の話」の福音書の比較です。マタイとマルコは一言も触れていません。ルカとヨハネが触れているだけです。ルカは新しく弟子を招く時の話として書かれています。「わたしと一緒なら大丈夫」という意味でこれを書いたのでしょう。反対にヨハネはイエスの復活後の話としてこれを描いています。大事件の後でもとの生活に戻ったら、また失敗をし、人生にけん怠を感じている、その時にこの話が出てきます。ルカではこれからの励ましという意味が大きいですね。

(4)聖書をどのように読んだらいいのでしょうか?例えば「わたしは今日飛行機で大阪に行きます」とフラットな言い方をすることができますが、「わたしは」を強調する言い方や、「飛行機で」、「今日」を強調する言い方もできます。文字にすると生きたことばになってこないのです。本当は何を伝えたいかを強く言うなどで強調点が変わってくるはずです。

それと同じように、強調点を意識して聖書を読むことが必要です。想像力が必要なのです。イエスはどんな調子でそれを言ったのか?例えばマルタとマリアの話があります。イエスの口調はどんなものだったのか?どんなニュアンスだったのか?文字を読んだだけじゃ分からないんですね。

一個の回答だけだと思い込んで読むと分からない、聖書の言葉は納得できないということになって、つまずくのです。また、日本のカトリック教会のイエスは笑ったことがないみたいに伝えてきたかもしれません。少なくともこれまで、わたしが見たイエスの科を出ですね。でも子どもに人気があたイエスは笑っていたはずですよね。神父やシスターが伝えてきたイエスはもしかしたら堅苦しいイエスだったかもしれませんね、もっとフリーな気もちでイエスに接してもいいし、分かりやすく伝えなければいけませんね。そのためには豊かな想像力が必要です。

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(5)プリント7bを見てください。イエスは徹底的な弱者の立場に立って仕えるのです。「あなたは、たとえ失敗しても、罪を犯してもかけがえのない尊いものなんだよ」と言われるのです。イエスはいつも苦しい人に近づいて、その人と共感する。他人の必要に敏感な心を持つイエスです。いつでも、どこででもすぐに行動ができる、こういう生き方です。

ルカ24章の「エマオで弟子たちに現れる話」には「同行してくれるイエス」の姿があります。まず、彼らの話を聴きます。愚痴を聞きます。そしてすぐには、答えを出さないのです。徹底して聴き続けてくれる、すると彼らは食卓の交わりの中で、彼がイエスだと気づくのです。

最後に、ルカ15章「見失われたものの3つのたとえ」です。まず「見失った羊のたとえ」、皆で見つけた時の喜び、「ドラクメ銀貨をなくした」話など、当時の人々が体験したような話をもとに、見つかった喜びを伝えています。そしてそのクライマックスに「放蕩息子」のたとえ話を紹介しています。これをザァーと読み過ごすと、私たち先生は真面目ですから、「弟は勝手なやつで、赦せない」と思いがちです。しかし、イエスが伝えたいのは、どこまでも赦す神の愛、いつもそばにいるんだということを知らせたい神の姿だと思うのです。だからこのエピソードの本来のタイトルは『放蕩息子』ではなくて、『二人の息子をとこに愛する父』のほうが適切だと思うのですが。

とにかくお兄さんの根本的な間違いは、父に「応えてくれなかった」と言っているところです。しかし父は兄に「違う、おまえはわたしのそばにいつもいる」とはっきり言っているのです。生徒が自暴自棄になったとき、「そうじゃないよ!」というメッセージを力強く、確信をもって発信できるかどうかというのは教師として大切です。教師としてどんなふうにして生徒たちたちと一緒にいればよいか、子供たちと生活を分かち合っていけばよいのかということが大切なのです。

イエスに倣って、少しずつでも、生徒たちにより添えられる教師になっていきたいものです。

「グループでの話し合い」より

●居場所 共に考えていく 生徒の考えを聞く姿勢
居場所 どこかに安心できる場所ができること 教職員にも大事
クラス以外に居場所がある生徒もある
教職員同士の共同も必要

●学校におけるミサ 合唱 神秘的 ありがたいもの 静かにさせる 参加させるともにミサ 未信者の生徒にも参加できるミサを考える 静かにさせる いきぐるしい ああ終わったと言わせないミサ 工夫できるところ

●イエスにむかって 教員はもっと成長しているのではないか 愛情を注げる
もっと洗礼をする人が増えていてもいいのでは

●私自身が響いてこない 成長できていない 興味を持てていない 悩み続けている
悩み続けてもいい 逃げているだけ?

●聖書の引用 いつ本論にはいったかも
感想は特にない 夏休み前と同じ
カトリックではない学校の道徳

●見失われた羊 ドロップアウト 問題になった生徒への視点
一般の学校との違い マザーテレサのこと 英語のなぜ学ぶのかまで教える

●教師のあるべき姿 今の時代に合わせた教育 教師の中でに一体感
あやまちをおかした生徒への対応 生徒の抱えている悩みへの対応の難しさ
なかなか見つからない部分もあるのだが

●指導のケースバイケース 指導に追われてしまう アイコンタクト 目を見て話す

●教員間の関係に苦慮している

講師のコメント

●子どもたちから何を聴いて何を与えるのか 子どもたちの充実感を持てる学校

●教師イエスキリストが伝えたかったであろう「学ぶことの意義」とは何か?

to know知識を知る
to do 行い
to live together 誰かと一緒に生きている 自分の国、自分の宗教だけでない
to be 存在としての自分 目の前にいるあなたがとおとい
to pray 誰かとつながっていく 自分の思いだけでなく神の思い 自分自身の深い望み

自分の心の奥底をみつめる
イエスはあなたに語りたかったから書き物は残さなかった
しかし書き物では充分に伝わっていないイエスの気もち、表情、はげまし?それをわかりやすく伝えるのはおとなの役割ではないか。

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第5回 イエス・キリストについて

梶山義夫神父(イエズス会)

イグナチオ教会の向こう側の修道院に住んでいます。

先日、増田神父から「歴史的なイエス」についての話がありましたが、今日は「イエスと教育」についてお話しします。

「神の国」の福音 −8つの幸せ

新約聖書のマルコ1章14節をお開きください。

イエスはガリラヤに生き、神の福音をのべつたえて「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言います。

イエスのメッセージは「神の国」についてで、これは神が王として統治する領域のことを言います。

そんな「神の国」とはどういうところなのでしょうか?

マタイ5章1〜12節に「山上の垂訓」というイエスの説教があります。これは「真福八端」といわれる「8つの幸い」について述べた有名な教えです。「心の貧しい人びとは幸いである………」ではじまります。

私は、公立小学校の5年生の時この言葉をはじめて聞きました。不思議な言葉として印象的でした。

ここには「天の国」という言葉が出てきます。マタイは「神」という言葉を使わずに「天」と言っていました。だから「神の国」はいわゆる天国ではないのです。「神の国は近づいている」というのはすぐそこに来ている。すでに始まっているというのです。

「幸いだ。心の貧しい人は」というのですが、なぜさいわいなのか。常識的には「悲しむ人は不幸」です。

ルカは「貧しい人は幸いである」と述べています。「心の」がありません。

「心の貧しい人」とは神以外に頼るものがない最も貧しいひとという意味でしょうか。イエスは「そういう人こそが幸い」と述べているのです。

つまり、イエスのメッセージが常識的な価値観とは大きく変わっています。

それを受け入れるためには悔い改めが必要です。考え方生き方を根本的に変えて、はじめて福音が信じられるようになると述べています。

「神の国」の福音を学校のなかに

カトリック学校の使命はイエスの説いた神の国の福音を伝えることです。イエスのといた「神の国」が本物なんだということを告げ知らせ、悔い改めて福音を信じることがカトリック学校の使命なのです。言いかえれば学校が「神の国」となることといってもいいでしょう。

特に学校の組織の中で

1.学校法人の理事会こそが「神の国」の価値観を持っている

2.職員室もそういういう場に変えられていく

ことが求められます。神は最高の善、真理そのものなど、神についてさまざまな言い方ができるけれど、マタイの6章6節にはこんなことが言われています。

「祈るときはおくまったところにいってかくれて祈りなさい」

神はかくれた存在なのです。

出エジプト記の20章7節の「十戒」には「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない」とあります。思えば人間の歴史のなかで神の名においていかに誤ったことをしてきたのか

9.11のあと、神の名前がいかに頻繁に使われていたかを思い出します。その時私はアメリカにいました。

隣の教会で実際にあったことです。「このベンチに座るのは神の聖旨(みむね)でしょうか」とある信徒が聞きました。それにある神父は「それは神の聖旨(みむね)ではない」と応えました。

「どうしてイエスはこういうことをおっしゃるのですか?」という信徒の問いに対して、ある司祭は「イエスは神さまですから」と応えました。

「神」の名はこんな風に使われるものでしょうか? 「十戒」が戒めていたのはこういう「神」の言葉の使い方ではなかったかと思われます。

イエズス会のモットーである「神の栄光のために」という言葉のもとは2世紀の教父イレニウスにさかのぼります。彼は「神の栄光」とは人間がイキイキと生きていることにあると言っています。

では、「人間」とはどのような存在なのか?

マルコ14章31節に「主の祈り」が紹介されています。

この祈りは「アッバ、父よ」という言葉で始まります。聖書のなかにはイエスの使われた言葉がそのまま残っているところがいくつかあります。

「主の祈り」の「私たちの父よ」の「父よ(アッバ)」はイエスの肉声が伝わる数少ない箇所です。

これは子どもがおとうさんに使う言葉です。

なぜお母さんではないのですか? 当時子どもは父親から生まれるとおもわれていた、父親のタネが母親の中に入ってそだっていくとそういう考え方でした。このわたしという人間は神から直接生まれた、だから親しく「アッバ」と言える存在なのです。

旧約聖書では別の表現をしています。創世記の1章27節には「神はご自分にかたどって人間を創造された」とあります。人間は神のイメージのかたどりなのです。

人間を見たら神が少しずつわかってくるのです。だから人間は person(人格)であり、その根本は自由である。自由な人格つまり自己決定する存在という考え方は聖書に基づいています。

みずみずしいいのち、感性、感受性、個性を持っています。理論でもなく法律でもなくひとりひとりがそういう決断を持っているということは、ひとりひとりそういう神のすばらしさを持っているということです。

神はひとりひとりを大切にしているというのは、この創世記の見方に基づいています。

その地平、奥底を究極的に支えている存在が神なのであり、それはかくれていてめだたない存在です。

隠された悪に注意すること

しかしながらこの「自由」はゆがめられています。それは人間ひとりひとりに悪の力が強くはたらいているということでしょう。人間のすばらしさを駄目にする悪が与えられているのです。

ルカ4章1〜12節には「悪魔がイエスを誘惑する」ところがあります。「さてイエスは聖霊に満ち………40日間悪魔から誘惑を受ける。」と書かれています。ここでイエスは「人はパンのみにて生きるにあらず」という有名な言葉を口にします。「あなたの神である主を試してはならない」とも述べています。

ここは、イエスが生涯活動をしていく中で受ける誘惑を一つの話に凝縮してあらわしているのではないかと思われます。だから「人はパンのみにて生きるにあらず」とのべ、「日ごとの糧を今日与えてください」と祈るのです。

富への誘惑、所有することへの欲求は、自分の存在そのものに喜べない何かを持たなければ気が済まない人間の姿そのものです。そして人の欲望を駆り立てようとする資本主義社会を支えています。

消費を高めていくのが経済の役割です。国々の支配と権力は、自分と他人との対立比較競争に打ち勝っていき、自分を優位におくことに支えられています。

ここには、つねに自分のあり方に満足していない、共生するのではなく上下関係支配関係の中に生きていく人間の悪が隠れています。人間が最後は神になる、絶対者になる、いろいろなところでそういう誘惑がおおきいのです。

明治は富国強兵から始まりました。富から始まり支配に生き、破滅に至る道を日本は歩んできました。

それは現代でもさまざまなところで起こりうることです。自分自身の中でもそういう動きがあります。

学校の中にもこういう動きが強く働く場所があります。職員室の価値観はどういうように形成されているのでしょうか。またクラスでもこういう動きがないか、注意深く見極めていく必要があります。

イエスが安息日に癒したこと

マルコ3章1節にはこういう話があります。

イエスは片手の萎えた人を治します。が、それは安息日でした。ファリザイ人は安息日の規定をもってイエスを非難します。

イエスは、彼らのかたくなな心を批判するのですが、その後どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めたと書かれています。

イエスが片手の萎えた人を真ん中に立たせた。それまでだったらそういう人は目立たぬように片隅にいました。ときにはそういう人を排除しようとすることもありましたが、それは悪の力によるものです。

ところが、ファリザイ人は、イエスがルールを破るのかどうかに関心があって、その人には触れることも見ることもしようとしません。ここにどういう力が働いているのか、ひとりひとりの心にもクラスの中にもアジアにも働く悪の力はおそらくみな同じ力です。それを見極めていくのが大切です。

子どもたちと接するときには、世の中にひそむ悪の力だけでなく、神はそれでもだれも見捨てることはないということもメッセージとして出す必要があります。いろいろとすばらしいことも隠れたところで、起こっている、そういうかくれた良さを見つけていく発見していく、その力を見極めることも大切です。生徒だけでなく、先生たちのかくれたすばらしさもしっかりと見極める、そういう力も必要です。

イエスの愛の掟

人間の生き方ははどういう生き方なのかということについて、マルコの12章28節にはこういう話が紹介されています。

律法学者と呼ばれるひとがイエスをためそうとして、わざと「どれが大事な掟か」と質問します。イエスは「心を尽くし精神を尽くしてあなたの神である主を愛しなさい」と「隣人を自分のように愛しなさい」とまったく正しい答えを応えます。その律法学者は「先生おっしゃるとおりです。」とその答えに賛同します。

学校の中でも「愛が一番大切」「ひとりひとりを大切にする」とよく言われます。

イエスはこれを2つの掟として示しました。しかし律法学者は一つにまとめています。イエスの答えよりも律法学者の答えの方がまとをえているようにも思えます。

「神を愛する」ことと「人を愛する」ことは別々の2つのことではないでしょう。神は唯一であるということの「一」はこの存在にすべてをかける「唯一」でありように、私たちにとって 愛することは一つなのです。

「自分を愛するように隣人を愛しなさい」と言われている「自分を愛する」とはどういうことでしょうか? 自分のありのままを受け入れることとよく言われます。

自分の全てを受け入れるのは難しいけれど、ここではそれよりも根本的な自分のあり方を受け入れていくこととして理解したらいいでしょう。

自分の親とか兄弟でも全てを受け入れるのはなかなかできません。親や兄弟は自分では選べないし、自分自身についても好きこのんでこういう自分になっているわけではないでしょう。

友だちは選べても、選べない親や兄弟や自分をどうやって受け入れていくのか、愛することの根本がここにあると言えるのではないかと思います。

自分自身の過去をうけいれることとか、自分自身と和解することとか言われます。

このことはすべての人に大切なことです。とくに教育者には必要なことでしょう。

親や兄弟や隣人を受け入れられないということは、自分自身を受け入れていけるかどうかにと深く関係しています。

キリスト教の瞑想の一つに「内観」というのがあります。教員として生きていくためにとても良い気づきを与えてくれる体験なのでおすすめしたいのですが、このプログラムは、親にしてもらったこと、してあげたことを振り返ることから始まります。

子どもたちが根本的に安心して生きているかどうかは成長の土台となることです。ところが今はこの土台が揺らいでいます。家庭も学校も安心していられる場でなくなりつつあります。ともにいるという感覚が希薄になり、人と人との絆が揺らいでいることのあらわれです。伝統的な地縁血縁というつながりがなくなり、人の関心が今この瞬間にしかなくなって、人との関係を充分につくることができなくなりつつあります。

地縁血縁による絆がなくなって、人間関係が自由で平等になっていきました。ひとりひとりが自分で築いていく時代になったのですが、さて人と人とのつながりをどのように築いていくのか、わからずに途方に暮れているのが現代人なのでしょう。

隣人となること

「自分と同じように隣人を大切にしなさい」の「隣人」とはなにか、それについてはルカ10章28節にあります。有名な「よきサマリア人のたとえ」です。

ここでも律法学者がイエスに質問をしますが、イエスは逆に「あなたはどう思うか」と律法学者に問い返します。律法学者が正しい答えをするとイエスは「それを実行しなさい」といいます。するとその律法学者は「私の隣人とは誰か」とまたイエスに聞きます。そこでイエスが示したたとえ話が「よきサマリア人」の話でした。

この話は宗教家批判から始まっています。司祭、レビ人はこの苦しんでいる人を見て見ぬ振りをして通り過ぎて行きます。しかしユダヤ人からは軽蔑されていたサマリア人が「 その人を見てあわれに思い」て助けます。「哀れに思う」というのはギリシャ語では「腸が動く」という意味です。それこそ「断腸の思い」で傷つき倒れた人のもとにかけよって抱き起こしたのでしょう。英語のコンパッション(compassion)は苦しみを共にするという意味ですが、このときの気持ちににていると思います。

仲良く楽しくやっている友達よりも、苦しんでいるひとをほっておけないでかけよって抱き起こすことで「隣人」となったこういう出会いで始まる関係をたいせつにするということなのでしょう。

学校のなかの関係、クラスでの関係、あるいは職員同士もこういう「隣人」の関係となっているのか

見直してほしいと思います。

それは、人と人との関わりの中で相手のニーズを把握することです。サマリア人は傷ついたひとを手当して宿屋に連れて行った、つまり傷ついたひとのニーズに応えたということです。それをお互いにやり合っているのか。それは自分が受けている素晴らしいものをやりとりすることでもあります。

「愛はコミュニケーションである」とイグナチオも言っています。そういうなかで愛が成立するのでしょう。

奉仕する人に成長することをめざすこと

イエスの行動について、マルコ福音書の中から病気のいやしを取ったら半分がなくなるともいわれているくらいイエスは病の人を癒します。

マルコ1章29節には「ペトロの姑を癒す」話があります。

この時代病気は悪霊から起こると思われていました。癒すというのはその悪霊を追い出すことでした。「いやす」というギリシャ語のことばがセラピーのもとになったそうです。それは治すというよりも奉仕する・看病する・世話するという意味の方がよいのではないかと思われます。貧しくて治療費を払えない人も、医療では治す見込みのないひともひとりひとりを大切にするということを意味します。

マザーテレサは路上で倒れている死にそうなひとを「 死を待つ人の家 」につれていって世話をしました。最後のひとときにでも大切にされたという思いをもってほしかったからです。

子どもたちもいろいろなところで悩みを持っています。学校が、ひとりひとりの悩みや弱さによりそうことによってひとりひとりを大切にしている共同体であるのか、そこが問題です。そして根本的に癒された人は奉仕する人に成長します。悩みをもった子どもたちが奉仕する人に成長することなのです。

先生と呼ばれてはならない

イエスは教師をどういうふうに見ていたのか、マタイ23章に興味ある話しがあります。「律法学者やファリサイ派の人たちは「先生」と呼ばれることを好むが、あなたがたは「先生」と呼ばれてはならない、あなたがたの師は一人だけであって、あとは皆兄弟なのだ。………あなたがたのうちで一番えらいひとは仕えるものになりなさい。だれでも高ぶるものは低くされ、へりくだるものは高められる。」イエスは律法学者やファリザイ人を徹底的に批判しました。

この批判はイエス後の教会にも根強く残りました。そして現代にも通じます。

安息日に癒したイエス

イエスは安息日に、手の萎えたひとを癒しました。(マタイ12章9節)安息日を聖とすべしという律法に反するとしてイエスのこの行為は批判されますが、「安息日に良い行為をすることはゆるされている」として反論します。規則は大切ですが、規則にとらわれてそれよりも大切なことを見失うというのは学校が陥りやすいことです。こういう意味も含めてひとが成長するためには規則が必要なのでしょう。

教師という使徒にもとめられるもの

私たちは、教師という使徒として使命を持ってカトリック学校という現場に派遣されています。

マルコ3章13節にはイエスが12人の使徒を選ぶ場面があります。そこでイエスが使徒たちに求めていることがえがかれています。

1.マルコ8章34節 自分を捨てて自分の十字架を背負って私に従いなさい

神の国の実現のために クラス、職員室、理事会 そういうところで実現していく

2.マタイ23章では「つかえるものになる もてなすものになる しもべになる 権威は仕えるためのもの」というところが強調されています。

3.マルコ10章13節「子どもを祝福する」子どものように神の国を受け入れる

このイエスの3つの教えは教師となるものの心がまえの根本となることでしょう。私たちのいうことがときに子どもたちの成長を妨げることもあります。また、子どもたちの初々しさ、みずみずしい感性など子どもに学ぶものも少なくありません。そういう生き方を私たちができるということはすばらしいことです。

祝福するというのは、よいことをいうことでもあり、ほめることでもあり、いきているすばらしさみずみずしさ、かくれた良さを見つけて褒めてあげる、私たちは そういうなかでめぐみをいただいてきました。その恵みを子どもたちと一緒に祝福したいものです。

各グループからの報告

グループ1

●子どもたちのかくれた良さを見つけていくこと

●自分たちが仕事に忙しくなっていくと同僚たちの関係が難しくなる」

●「わかちあ」話し合いも4回目となってお互いが思いを話すことができるようになってきたが、分かち合いで終わっていいのか、やはり目的をもってもう一歩話し合いを深めていくことが必要だと思う。

グループ2

●人間の苦しみをいうだけでなく一緒に背負っていく

十字架をともにわけあってせおう感じが大事だとおもった。

●仕えるものになりなさい いろいろな仕え方がある、子ども良さを見つけてあげる それでいいんだよというのを大事にする

●コミュニケーション 分かり合うために時間をかけて話し合う 怒りを含めて言い合うこともコミュニケーション むししない キャッチボール

●しあわせ 仕え合わせることが幸せ お互いに仕え合うこと 子どもとも関わり合って仕え合うことをだいじにする

グループ3

●職員室の価値観 どうしても現実成りながされがち いそういうときに意識をとりもどすことができたらいい。しきをとろもどす

●教師の使命として一番大事なものは共 大事西田意地に歩むということではないか。されている

カトリック学校でなくてもいいのではないか

●福音書の「8つの幸せ」について教えられたことに感謝

グループ4

●教員としての姿勢の見直しにつなげていきたい

●私にとっては難しすぎて、咀嚼しきれなかった

●教師は奉仕をするもの 自分を捨てて成長に生きるというところがわからなかった。滅私するところに愛を伝えることができるのだろうか? 自分を捨てて奉仕に生きることが愛を伝えることにできるのだろうか。おおきなギャップがあってそれを越えられないのではないか

●自分自身はどう生きていったらいいのか、正直な気持ち、わからなくなった。けれどそれでも教育に情熱を持っているのは救いかもしれない。

グループ5

●子どもたちのわるいところではなく、よいところを見つけるということ。同じ地平で

●校則のきびしい学校で、律法と校則の違いについて考えさせられました。

●受け入れると指導することについてもかんがえました。

●親だと自分の子を守るために他の子を責めるということがある。学校ではみんなが同じ地平で子どもを見られるのか、そこを突きつけられました。

●教師は自分そのもので勝負です。教師も生徒もみな自分の十字架を背負っています。 大きな宿題

グループ6

●「十字架を背負う」ということを聞いて心が重たくなりました。生徒の指導で、大変だった生徒が欠席だと安心する自分に気づいてショックでした。

●大変な十字架を背負っている生徒ばかりに目を取られて、問題のなかった生徒が相手にしてくれなくて淋しかったと言われました。全員に目を向ける、生徒ひとりひとりを大切にするというのは難しいです。

●価値観つまりここを大切にするということを生徒と一緒に追求していく心が大事です。

●生徒のかくれた良さを見つけるということをもっとやっていきたい。

梶山神父

●「自分を捨てる」ということは自分の中の所有を捨てていくということではないかと思います。

●「神の国」について信者のほうがよくわかっているのかどうか、考えさせられることが多いです。そうでない人のほうがそれぞれ神のすばらしさをもっとよくわかっている例もたくさんあります。

●生徒を指導しやすいから校則はできているという話を聞いたこともありますが、管理しやすい指導しやすいための校則が子どもの成長になっているかどうかはおおいに疑問です。

●職員室のありかた、カトリック教育の目ざしているものがなんなのかを見極めていく必要がある

●生徒に伝えたいことは、自分が受け手としてしっくり来るものが伝わるのでしょう。いくらいい話しでも自分がしっくりきていないと生徒には伝わらないでしょう。

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第4回 イエス・キリストについて

第4回 イエス・キリストについて

増田祐志神父 上智大学神学部

「イエス・キリスト」の意味

今日はイエス・キリストということでお話をします。
まずイエス・キリストということですけれども、基礎をがっちりおさえてくださいということですので、皆さんはすでにあたりまえのことかもしれませんが、そういう基礎的なところから話を進めさせていただきます。
まず、「イエス・キリスト」という言葉ですが、「イエス」は固有名詞です。私が増田祐志というのと同じで、彼の名前です。「キリスト」というのは、救い主を意味する尊称です。
私は今、上智大学で准教授という立場にいますが、「増田祐志准教授」という言い方は、まさに「イエス・キリスト」に対応するわけです。イエスが増田正志、キリストが准教授というわけです。
救い主というのは「メシア」と言い、これがギリシャ語訳されたのが「クリストス」と言います。というかたちであるので、「イエス・キリスト」というのは最も短い信仰告白ということになります。つまり、「マリアとヨゼフの子であるあのイエスは神から遣わされた救い主、キリストである」という意味ですね。
ですからイエスに出会った人間は当然たくさんいますが、彼等は皆がイエスをキリストと認めたのではないわけです。ファリサイ派やサドカイ派やあるいはそのほかのたくさんの人々、イエスの親族の中にもイエスをキリストと認めなかった人もいるかもしれません。
とにかく、イエスをキリストと認める人々がイエスの死後集まり、結集し、そして「あのナザレのマリアとヨゼフの子であるイエスは神から遣わされた救い主、キリストである」という信仰をもち、宣教し、各地に教会を創っていったということです。
イエスがキリストであるということは広く受け入れられているわけですが、当時はイエスがキリストではないという人たちがたくさんいたわけですね。ですから、まずイエスという名前とキリストという呼称をきちんと理解することが非常に重要です。

イエス論とキリスト論

そして神学では、キリスト論というものがあります。キリスト論というのは、このキリストと告白されるイエスについて扱う学問です。イエス論ではないのです。
イエス論というと、例えば世界の偉人伝などをみれば、例えば、音楽の父といわれるヨハン・セバスチアン・バッハ・・・バッハはバッハ家で生まれたのですが、バッハ家はどこからきたのかとか、何代目なのかとか・・・バッハは1685年に生まれたのですが、バッハ家は1500年代にハンガリーからドイツにやってきたもともとはパン職人の家ですけれども、一家で音楽を愛好して、一族にはこういう人がいてそしてヨハン・セバスチアン・バッハのお父さんはこういう人で、お母さんはこういう人で、ヨハン・セバスチアンには何人の兄弟がいて、奥さんは何人いて・・・まあ、一人ですけれども、奥さんが亡くなって再婚して、子供が何人いて・・・ということになります。
でも「キリスト論」というのはまったくこういうことに興味がないんです。つまり、イエスがマリアとヨゼフの子であるということは言いますが、処女懐胎ということを考えるとヨゼフの子であることにどんな意味があるかということになってしまいますが・・・。キリスト論というのは「キリスト」と告白されたイエスに焦点があてられているのです。

4つの福音書とパウロの手紙

4つの福音書は、皆さんはもうある程度御存じだと思います。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという4つの福音書がありますね。その中でクリスマスストーリーがあるのはマタイとルカだけです。しかもこのマタイとルカもクリスマスストーリーにほとんど共通点がありません。
マルコが一番古い福音書と言われていますが、このマルコに至ってはイエスがどんなふうに生まれたのか、育ったのかということに関してはまったく興味がないわけです。いきなり洗礼者ヨハネから洗礼を受けたところから始まります。
マルコ福音書の著者にとって「イエスがキリストである」あかしするためには、イエスがどんなふうに生まれ、育ったかということは関係がない、少なくとも重要ではないと考えているのです。
だから、クリスマスストーリーをマルコははずすわけです。マルコの福音書を見てみましょう。マルコの福音書、1章です。「洗礼者ヨハネの荒野で呼ばわる声がする・・・・」(聖書朗読 マルコ1章)
これがですね・・・、マルコの福音書よりもっと古いとされているパウロのローマの信徒への手紙をみてください。ローマの信徒への手紙の1章3節から読んでみましょう。「御子は肉によれば・・・」(聖書朗読)パウロのローマの信徒への手紙ではイエスは最初から神の子ではないんです。分かりますか。
復活によって初めて神の子を定められたと書いているんです。福音書の中で最も古い、しかしこのパウロのローマの信徒への手紙よりは後の時代に書かれたマルコの福音書では、洗礼者ヨハネの洗礼によって初めて天の父から宣言を受けるわけです。「これは私の愛する子・・・」。
しかし、時代が下っていくと、マタイやルカはほぼ同年代に編集されていますが、パウロが「復活によって神の子となった」と書き、マルコでは「洗礼者ヨハネによって洗礼を受けた時」と書いているのに対し、「その前は神の子ではなかったんですか?」という議論に答える意味で、クリスマスストーリーを描くようになっていくわけです。
イエスは誕生の最初から、マリアが懐胎するときから神の子であったのでという・・・、おそらく伝承がいろいろあったのでしょうが、組み合わせてそういう証言を福音書の中にいれるのです。
しかし、さらに最も新しいと言われるヨハネの福音書には、「マリアの中に宿る時から神の子だったというならば、その前は神の子はいなかったのですか?」という問いに答える意味で、「初めにことばがあった・・・・」という形で、天地創造の時から神と共にいたという話になるわけです。
これは、もちろん信仰による内省、信仰が深まっていった・・・と考えることができます。つまり、キリスト論というのは「キリスト」と告白されたイエスを扱っているわけで「イエス」という人物に興味があるわけではない・・・このことをまずおさえていただきたいと思います。
ですから、福音書はイエスがどんな食べ物が好きだったかとか、何色が好きだったとかどういう趣味をもっていたのかということには全然興味がないわけなんですね。人間イエスに関しては興味がなく、あくまでも「キリスト」と告白されるイエスに興味があるわけです。

キリスト論の歴史

しかし、ここでカトリックの2000年にわたるキリスト論の歴史を見たときに、イエスを無視したキリスト論も非常に危険になるわけです。人間が恣意的に、自分の権力維持のためにキリストを勝手につくることがあるからです。
例えば、1970年代、80年代にはフィリピンにマルコスという独裁者がいました。マルコスは国民に向かって何かを発表するときには、まず司教たちを後ろに立たせます。そして、自分の発言は神から、教会から、キリストから保証を受けているのだという印象を国民に向けて伝えるわけです。
あるいは中南米ですね、70年代、80年代に解放の神学が盛んになりましたけれど、あの時、独裁者、あるいは、ほんの一握りの富裕者たちは教会の権力を盾にして自分たちの社会的地位を正当化しています。その時にキリストを自分たちのいいように使うわけです。
しかし、解放の神学は何を言ったかというと、「歴史上のイエスはむしろ貧しい人々のところに自ら赴き、神の国と神の義を告げたのだ。あなたがたがやっていることはイエスが行ったこととは違う。」ということです。
「キリスト」の恣意的な利用を止める役割が「歴史上のイエス」にはあるわけです。ですから、イエス抜きのキリストは、人間の恣意的利用に堕する可能性があります。しかし、また、救い主であるキリストと関係のないイエス論は、神学的な意味でのキリスト論には必要がないのです。
両者は不可分ですが、区別されます。決して分離することはできません。キリストと告白されていないイエスについて教会はあまりインスピレーションを受けることはないのです。イエスがキリストと告白されるようになったことには、それなりの言葉と行動があったわけです。
しかし、イエスをキリストと告白しない人々にとって、模範になる人物かもしれませんが、信仰の対象ではないわけです。しかし、歴史上のイエスをまったく無視したキリスト論は、人間の恣意的な欲望や打算に利用されることがあるんだということです。ですから、イエスとキリストとは不可分な関係であるということですね。

イエスはキリスト教徒ではなかった

では、なぜ、マリアとヨゼフの子であるイエスがキリストと告白されるようになったのかという、その過程をみていきたいと思います。
多くの聖書学者は歴史上のイエスはキリスト教という、ユダヤ教とは異なる宗教的アイデンティテイーをもつ新しい宗教を創設する意図はなかったと言っています。イエスは徹頭徹尾、ユダヤ教徒として生まれ、ユダヤ教として死んでいった・・・、彼は自分をユダヤ教徒以外の何か、例えばキリスト教徒であると思ったことは一回もないだろうと言っています。
イエスは当然当時のユダヤ教の神理解とはかなり違う神理解をもっていた、その結果、イエスに従っていた弟子たちがユダヤ教という民族宗教の枠を打ち破るような宗教に発展させていったのだ、つまり、イエスの神理解の中にはすでにユダヤ教の神理解を打ち破るダイナミズムがあったからこそ、その後の弟子たちはユダヤ教から離れていく・・・、その意味でイエスなしでキリスト教は誕生し得なかったわけで、イエスはある意味で創始者といえるかもしれませんが、通常、「この宗教の創始者はこの人です」と言う場合、創始者は自分で「こういう宗教をつくる」と言って組織を立ち上げ、信者を獲得して・・・ということになるわけですが、イエスはそういう意味でのキリスト教の創始者ではなかったということです。
イエスはユダヤ教徒として生まれ、ユダヤ教徒として生き、ユダヤ教徒として死んでいったわけですが、彼の神体験が非常にユニークかつユダヤ教の枠を超えてしまうような普遍的な地平をもっていたために、その後の弟子たち、復活体験を経た弟子たちがイエスをキリストと告白するようになり、そのグループの宣教がユダヤ教とは異なり、ユダヤ教と離れていったのだということです。これは非常に重要です。
なぜかというと、イエスも当時のファリサイ派やサドカイ派という律法教条主義的なユダヤ教によって神体験をしているのです、人が人として生きている以上、時代や民族やあるいは個人の理解の限界を免れることはできません。
つまり、神の啓示は、常に、この世の事象的なカテゴリカルな限界づけられたものを通じてしか与えられないのだということです。しかし、にも関わらず、神の啓示はその限界を突破することがあるということです。
イエスは当時のユダヤ教を通じて、あるいは、マリアやヨゼフや自分が通った会堂を通じて神体験をしているのです。彼の神体験はそれにも関らずとてもユニークだったわけです。だからこそ、彼の宣教内容の中には後にユダヤ教を突破するダイナミズムがあったのだということなのです。イエスは最初から全知全能の知恵をもってそれを伝えたのではないのです。
彼は「父なる神」や「憐れみ深い神」を当時のユダヤ教を通じて経験しているのです。彼もその意味では啓示を受けているわけですね、当時のユダヤ教を介して・・・。にも関わらず、彼は当時のユダヤ人たちとは異なる神理解をもつに至ったというわけです。これは非常に面白いです。イエス自身にも啓示は必要だったのです。この世的な「宗教」というものを通じてです。
しかし、彼は当時のユダヤ教の限界を突破するインスピレーションがあったのです。その意味で宗教的天才であり、そういう発想があったのだと思います。

イエスが伝えた「神の国」

では「イエスは何をしたのですか?」、「なぜイエスはキリストと告白されるようになったのですか?」ということですが・・・、彼は自分で「自分がキリストだ」と言ったことは一回もないだろうということに多くの聖書学者は同意しています。いろんなことにまったく同意しない、まったくバラバラなことを主張する聖書学者が、数少なく同意していることの中にこの「イエスは自分がキリスト、救い主であると言ったことはない。そんな自覚もなかった。」ということがあります。
ただし、これはまた多くの聖書学者が同意していることですけれども、イエスが何を宣べ伝えたのかというと、それは「来るべき神の国」あるいはこれは「神の支配」とも訳されますが、これが間近にやってくるという・・・、今の我々の感覚ではちょっと想像できないというか、理解できないような切迫した終末観というものをもっていました。
当時のイスラエルの人々が共有していた感覚なのです。度重なる、異邦人によるパレスチナ地方の支配ですね・・・、この辺を詳しくやると今日の時間では終わらなくなってしまうのですが、バビロン、ペルシャ、アレキサンドリア大王、エジプトのプトレマイオス王朝によって支配され、そしてイエスの時代はローマによって支配されていた・・・という度重なる支配によってイエス時代のイスラエルの人々は、「神が介入して自分たちを救ってくださる」という終末意識を強くもっていたと言われています。
イエスもそういう意識をもっていたのでしょうけれども、彼は神が主権者として支配する「神の国」がもうやって来つつある、すでに・・・だけど完成にはいたっていない・・・already but not yet・・・、その「神の国」をイエスは宣教のメッセージの中心にして伝えたのだと言われています。
どういうふうにして伝えたのかというと、「言葉」と「業(わざ)」です。「言葉」というのはいろいろなたとえ話や説教があります。あるいはファリサイ派やサドカイ派との論争があります。そういうたとえ話、説教、論争を通じて神の国とはどういうものなのかということをイエスは伝えています。
そして「業」とは何ですかというと・・・、例えば聖書の中にはいろいろな奇跡があります、イエスが触れただけで病人を癒すとか悪霊を追い出すとか・・・。こういう奇跡物語は来るべき神の支配を人々に体験させる目的があったのだろうと考えられています。また、イエスの行動様式ですが、彼は好んで、当時の罪人や徴税人といった社会の中で周辺に追いやられた、そして汚れている・・・、「汚れている」とはイコール「神の恵みから外れている」・・・、そういう人々のもとに自分から出向いて行って食事をしています。そういう開かれた「共食(きょうしょく)」、社会からつまはじきにされている人々のところへ行って食事をする・・・このことによって神の国、神の支配を彼らに体験させる・・・・、「業」というのは「体験させる」ということです。

「ぶどう園の労働者」から

まず、神の国の言葉による宣教として特徴的なことですが、マタイの20章をみてください。20章の1節、ぶどう園の労働者のたとえです。マタイによる福音書はユダヤ人、もしくはユダヤ教の背景がある人々のために書かれている福音書ですので、「神」という言葉を使わないで、「天」という言葉を使うのですがマタイの言う「天の国」とは「神の国」と同じです。読んでみます・・・。
(朗読 マタイ20章「ぶどう園の労働者」)
物語のあらすじは簡単です。朝早くから雇われた者と夕方から1時間しか働かなかった者が同じ賃金を支払われた、それで朝早くから働いていた者が文句を言うと、ぶどう園の主人は「私は不当なことはしていないよ」と言うわけです。これが「神の国」だというわけです、イエスに言わせると・・・。だったら、「そんな国には入りたくない」・・・そう思うのが普通ですよね。こんな国はまっぴらごめんですよね。我々の感覚からすればそうです。
それは、我々の社会では労働の報酬というのは時間に比例するというシステムの中で生きているからです。ところが、この労働の報酬は「1デナリオン」だと言っています。「デナリオン」という価値はどういう価値だったかをみてみましょう。新共同訳の聖書の後ろに度量衡の表が出ています。この表をみてください。その時代、その土地でのデナリオンの価値です。そこに「1デナリオンは1ドラクメと等価、1日の賃金にあたる」と書いてありますね。「1日の賃金にあたる」ということなんです。
この時代、1日の賃金というのはまさにその日を生きていくために必要なお金なんです。当時、この話を聞いている人々はローマの支配下にいる人々です。そして、この話はぶどう園の労働者でその日雇ってもらわなければいけない人々ですから、定職があるわけではないですね。その日、その日を生きていくのが精いっぱいなわけです。ローマ帝国に支配されているわけですから、ある日突然政治的な理由で、例えば「ここに道路をつくれ」とか言われて働かされて・・・、そこでけがをしても何の保障もないわけです。むしろ、けがなどをすれば家族に働き手がいなくなって悲惨な目にあうわけですね。
つまり、1デナリオンというのはその人とその家族が、その日、あるいはその日を含めた数日を最低限生きていくために必要な額なんです。
ぶどう園の主人は夕方から働いた人にこう言っていました。
「なぜ何もしないで、一日中そこに立っているのか」、
すると彼等は
「誰も雇ってくれないのです」。
彼等は働きたくなかったわけではないのです。自分も朝早くから働きたかったのに、誰も雇ってくれないで、
「ああ昼になってしまった」、
「夕方になってしまった」・・・
「今日、1デナリオン稼げなかったとすれば、あと家族は何日もつのだろうか・・・」、ずっと不安が広がっていくわけです。
一方朝早く雇われた人は
「ラッキー!少なくとも、あと数日は家族を養っていける!」、
そういうふうに心の負荷が軽くなって働いていけるわけです。ぶどう園の主人は知っているわけです。朝早くから働いている人であろうと、夕方から働いている人であろうと、両者とも1デナリオンが必要なのだ・・・、つまり神の国というのはその人が人間の尊厳をもって生きていく上で必要なものを必要なときに必要なだけ与えるのだということです。
もちろんサボっていたり、ズルしようとするというような、そういう前提ではないのです。本当に自分が神の被造物として生きていこうとまじめに熱望している人に対して、神は必要なものを必要なときに必要なだけ与えるのだ、神の国とはそういうものなのだということをたとえ話でイエスは言っているのです。

「仲間を許さない家来」から

もうひとつ見てみましょう。マタイの福音書の18章21節から・・・、仲間を許さない家来のたとえです。
(朗読 マタイ18章)
物語は単純です。主君がある家来の借金を赦してやったのに、その家来は仲間の借金を赦さなかった。だから王は怒ったという話です。
ここでは貨幣価値が重要なんです。聞いている人は驚愕したでしょう。度量衡を見てみましょう。1タラントンがどのくらいの価値があるかということです。見てみますと、「ギリシャで用いた計算用の単位で6000ドラクメに相当。1ドラクメは1デナリオンと同じ。」ということです。先ほど見ましたように1デナリオンは1日の賃金に相当するわけですから1タラントンは6000日分の賃金、1万タラントンの借金というのは60,000,000デナリオンということです。1デナリオンを例えば日本のお金の1万円とすると、1万タラントンは600,000,000,000円、6000億円ということになります。こんなに借金するとは、いったい何を買ったのでしょうかね・・・分かりませんけれども・・・。
王は家来がしきりに願ったら哀れに思ってこの6000億円を帳消しにしたのです。そして帳消しにされた家来は100デナリオンを貸した仲間、100万円ですね、100万円も安くはないお金ですけれども、6000億円赦してもらったのに、100万円を借金した仲間の首を絞めたという話です。
イエスはペテロとの問答でこんなことを言っています、ペテロは「仲間が罪を犯したときに何回まで赦したらいいのですか? 7回までですか?」と聞いています。ペテロは多分、自分は非常に度量の広い人間だと自負していたかもしれません・・・「私は7回までなら赦せます。」と言っています。ところがイエスは「7の70倍まで赦しなさい。」というわけです。「7の70倍」とは490回ということになります。いちいちそんな回数は数えませんよね。
イエスが言っているのは「無限に赦せ」ということなんです。なぜそんなことをしなければならないかというと、「あなたがそうされているのだから・・」ということなんです。神の国というのは悔い改める人に、そういうふうに神が赦してくださる、そういうところなんだというわけです。それをたとえでいっているわけです。
このようにイエスのたとえ話や論争は「神の国」はどういうところなのかということを一生懸命伝えているわけです。

「重い皮膚病の男をいやす」から

それでは今度は、業について見てみましょう。マルコの福音書の1章です。1章40節です。重い皮膚病を患っている人を癒すところです。
(朗読 マルコ1章 「重い皮膚病の男を癒す」)
重い皮膚病というのはギリシャ語の原語では「レプラ」と言います。現代の医学用語では「ハンセン病」のことです。今は差別用語として使われなくなりましたが「ライ病」という病気ですね。ところが、このレプラが治るようになったのは1950年代ですね。
イエスの時代は非常に律法主義的で、清浄規定というのがありました。どういう状態が清くて、どういう状態が汚れているのか・・・、モーセ5書の中にレプラに相当する重い皮膚病についての記述がありますが、その人がレプラにかかった時に、その人は汚れているという表現が出てきます。
ただ、モーセ5書の中にあるそのレプラは治ることも想定されて書かれているのですね。ですから、現代で言うハンセン病だけではなく、他の皮膚病のことも含められていると考えられるので新共同訳では「重い皮膚病」という訳になっているのですが・・・。
ともかくその重い皮膚病の人は汚れているわけです。汚れているということは神の恵みから離れている、外れている、神から嫌悪されている・・・そういう状態を指すわけです。汚れた人間は自ら「自分は汚れている、汚れている」と声を出しながら街の中を歩かなければいけないという律法の規定があります。なぜなら、汚れは伝搬するからです。汚れたものに触った者も汚れてしまうのです。
例えば「良きサマリア人のたとえ」で道に倒れている人の傍を最初に祭司が通って行きましたが・・・、死体は汚れたものなんです。祭司というのはエルサレムの神殿で祭儀を行わなくてはいけないので常に清い状態でなければいけません。もし憐れみの心で倒れている人に触って、その人が死んでいたら、自分も汚れちゃうんです。そうなると自分の勤めができなくなっちゃうんですね。
そういうことを元にして、マルコの福音書を見てみると、非常に異例です。まず、重い皮膚病をもった人がイエスのところに来ること自体が当時の律法規定違反ですね。そしてイエスはそれを咎めない。そして、この人が何を願うかというと「御心ならば、私を清くすることができる」と言います。
彼にとってみると病気という状態よりも、「自分が汚れている」という状態の方がよっぽど心が重いのです。当時のユダヤ教にとって快復の見込みがない重い皮膚病の汚れというものは社会的死です。人間の尊厳を完全に奪われる状態です。だから彼にとっての一番の願いは「清くしてほしい」ということです。「治してほしい」ということじゃないのです。
イエスの応答は驚くべき応答です。「イエスは深く憐れんで、手を差しのべて、その人に触れ・・・」と書いてあります。もし、イエスが神の子で、万能で、超常現象を行えるのなら「じゃあ清くなってください」と一言言えばいいのです。何も触れる必要はないのです。わざわさ、触れるんです、彼は。そして汚れは伝搬するというユダヤ教の考え方の中であえて触れるということは「あなたは汚れていない」と言っているのです。あなたは社会の中で「汚れている」言われているけれども、神の目からみたら汚れているのではない、だから私は触りますよ・・・ということなんです。
これはですね、驚くべき行為です。神の国ではあなたは清い、汚れていない。病気の男にとっては、「自分は汚れていない、自分も神の国に入れる・・・」まさに体験なんですね。イエスは体験をさせるのです。
自然科学の知識を越えた奇跡物語というものは「神の国を体験させる」あるいは「神の国を体験した人の」物語なのです。多くの奇跡物語はイエスがそんなことができるということを無理やり信じさせるような目的をもっているのではなく、むしろイエスを通じて神の国を体験した人の物語になっているのですね。触るだけで病気は治らないでしょう・・・、治りません。福音書の奇跡物語はそういうことを言いたいのではないのです。
イエスは神の国の宣教を「言葉と業」によって行った。言葉で伝えるだけではなく、業によって人々に体験させているのです。「あなたは汚れていると思い込まされているが、神の目から見たら汚れていない、だからあなたも神の国に入れるのだ」と言っています。人間は誰でも死にます。その意味で病気が治るというのは一時のことです。
しかし、人が本当に永遠の命を得るかどうかということは現代よりもイエスの時代にはもっと関心が高いことでした。どんなに病気を癒しても人はいつか必ず死ぬんです。その時に永遠の命に入れるかどうか、そっちの保障の方がよっぽど大切です。重い皮膚病を癒された人も当然いつか死んだでしょう。イエスは永遠に癒し続けるわけではないのです。むしろ癒しの根本メッセージというのはあなたも神の国に入る資格がある、そういうことを体験させることにあるのです。
イエスのそういう態度は当時のユダヤ教の当局、権威者とぶつかるんです。当然ですよね。清浄規定などを教条主義的に遵守することこそが神のみ旨にかなうのだと信じきっていた当時の祭司たちや、ファリサイ派、律法学者たちがいるのです。だから、イエスの行動は社会秩序の破壊に映るわけです。宗教秩序が社会秩序とまったく同じだったこの時代において、宗教秩序に対する挑戦は社会秩序に対する挑戦です。ですから、イエスは冒涜者、社会秩序の破壊者になるわけです。

「レビの召命」から

さらに見てみましょう。マルコの福音書の2章の13節、レビの召命です。
(朗読 マルコ2章13節〜「レビの召命」)
非常に有名な物語です。まず徴税人というのは当時のイスラエルにとっては非常に嫌われた存在です。自分たちを支配するローマ帝国のために働く裏切り者です。さらに、ローマ帝国のために働いているので、ローマ人たちと交わる。ユダヤ人にとって異邦人は汚れています。汚れは伝搬するので、その人も汚れているわけです。さらに徴税人は規定の額より多くとって、その差額を自分のポケットに入れる不正の輩です。
こういう意味で当時の社会の中では非常に嫌われていたのです。イエスがそう人のところに行って指示をする、これもすごいことです。それだけではなく一緒に食事をするわけですね。
ユダヤ人にとって食事というのは聖なるものです。過ぎ越しの食事とか、食事とは宗教的な意味合いをもったものなのです。宗教的な意味あいがなかったとしても、一緒に食事をするというのは信頼関係があるからですよね。イエスが一緒に食事をするのは「神が自らあなたのところに来ますよ」ということなんです。
ところが律法学者たちはぶつぶつ言うわけです。「汚れた者と一緒に食事をするのは律法違反なんじゃないか、とんでもない。敬虔なユダヤ教徒がすることではない」と思っているわけです。
それに対してイエスが言うのは「医者を必要とするのは丈夫な人ではなく病人である。私が来たのは正しい人を招くためではなく罪人を招くためである」という有名な言葉です。
この話の平行箇所があります。ルカの福音書も見てみましょう。ルカの5章27節からです。
(朗読 ルカ5章27節〜「レビの召命」)
若干文言の違いはありますが、ストーリーの概要は一致しています。
ただし、イエスの最後の言葉に根本的な違いがあります。ルカでは「私が来たのは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」となっています。マルコでは「罪人を招くためである」となっていました。ルカの福音書では罪人は悔い改める必要がある存在なのです。ところがマルコは、「イエスは罪人のために来たのだ」と言っているのです。マルコでは罪人は「悔い改める」とかではなく、とにかく招かれる存在であるわけです。ルカでは「悔い改めること」が主要目的、マルコでは「招くこと」が主要目的です。
マルコの方が古いということを考えると、イエスがいちいち悔い改めることを目的にして、上から目線で人々と接したのかというと、そうではない・・・と考える聖書学者が多いです。
また、ルカの福音書には「悔い改め」について独特の神学がありますので、それが反映されているのかもしれません。
ともかく、こういう物語ではイエスが自ら罪人のところに行って一緒に食事をしています。「あなたがたを招いている神」というものを彼らに、そういう行為を通して体験させるのです。当然、ファリサイ派や律法学者はぶつぶつ文句を言うわけです。「おかしいだろ、あなたのやっていることはユダヤ教の破壊だ・・・」結局この軋轢がイエスを破滅へと導くわけです。
イエスにおいては、神の国、神の支配というものを言葉と業によって当時の人々、特に罪びとや徴税人などに対して伝え、体験させるという、この宣教が当時のユダヤ当局との軋轢になり、その結果、殺されていくということになるわけです。

イエスの逮捕

イエスが逮捕されるのは・・・、聖書を見ましょう。マルコの14章53節ですね・・・最高法院で裁判を受けるとあります。当時のユダヤの人々はローマの支配を受けていましたが、ある程度ゆるやかな自治が認められていました。その範囲で、当時のユダヤ人社会の最高決定機関が最高法院です。
そこでどういう裁判が行われたかというと・・・、63節です。いろいろな問答があって、「・・・大祭司が衣を引き裂きながら、これでもまだ証人が必要だろうか、諸君は冒涜の言葉を聞いた。どう考えるか。」一同は「死刑にすべきだと決議した。」・・・とあります。つまりユダヤ人の中でイエスは冒涜者です。宗教的違反者です。だから死刑に値する。
ところが当時のユダヤ人にはローマ帝国から死刑の執行権が与えられていませんでした。死刑と決議をしても、ユダヤ人には実行することはできなかったわけです。ですからユダヤ人はイエスをローマの総督ピラトへ送ります。そして、ピラトはユダヤ教の宗教上の問題に首をつっこみたくないというわけです。
ところがユダヤ当局はそういうことが分かっていますから、今度は「イエスはローマに反対する人ですよ。ユダヤ人の王と言っていますよ。」と言って、つまりローマの政治犯として訴えるわけです。15章2節ですね。ピラトが「お前がユダヤ人の王なのか?」と聞いています。政治犯にたくみにすり替えられているわけです。そして結局、ピラトはユダヤ人たちを納得させるために、「じゃあとにかく殺せばいいのでしょう。」という感じで、政治犯として処刑を決定します。
そして当時の政治犯の処刑方法が十字架です。それでイエスは十字架で処刑されていくということになっていくわけです。ユダヤ人がイエスを殺したかった理由は政治犯ではなく宗教犯です。ところが自分たちに死刑執行権がないものですから、ピラトに政治犯として訴えて、ピラトも当時のユダヤの平和を維持するためにイエスを十字架につけるということになります。

死んだはずのイエスと出会った弟子たち

そして重要なのは、イエスが逮捕された時、弟子たち、特にイエスの弟子たちはみんな逃げています。当然、逃げれば、自分がとても慕っていた人間とか期待をかけていた人間が困難に陥った時、「ああ、やっかいばらいができた」とか「困ったことに巻き込まれなくて済んだ」とか思う人もいるかもしれませんが、自分が本当に慕っていればいるほど、その人間を裏切った心の闇というものは深く、深くなるのです。
つまり、逃げた弟子たちは非常に根本的な、宗教的な問いにさらされていました。実存的問いと言っていいのかもしれません。「私は何のために生きているのか?」「先生を裏切った私ってどんな人間なのか?」・・・律法を完璧に守っていたとしても、それは自分を受け入れられるような状況ではありません。イエスは死んだ、先生が死んだ、自分はその人を裏切った、自分がもっとも慕っていた、愛していた人を裏切った自分こそが最もみじめな人間だ。こういう問い、状況に直面しているのです。
その時です。福音書が描いているのは、「死んだはずのイエスに出会った」という物語です。福音書にはイエスがどんなふうに復活したかなどということは一切書いてありません。福音書が描いているのは、死んだはずのあのイエスに出会って弟子たちが喜びに充ち溢れたという、弟子たちのイエスの出会いの物語ばかりです。弟子たちはある種の深い宗教体験をしたのです。本当に死んだ人間が、生きている人間を変えることはできません。
時間がないのでキーワードだけにしますが、福音書が語る「宗教的問い」に対しての弟子たちが体験した「宗教体験」のキーワードは「イエスとの出会い」、「死んだはずのイエスと出会った。」ということです。
また、「イエスは死に留められていたわけではない。」空の墓の物語です。
そして「イエスは神によってその宣教が正しいと認められたのだ。」という、昇天物語です。
そして「自分たちがイエスを裏切ったにも関わらず、自分達はイエスに赦された。」という体験です。
「赦されただけではなくイエスが行った宣教を継続しよう、つまりイエスのミッションを継続するようにイエスから派遣された。」という内容です。
そしてさらに「イエスを突き動かしていたスピリット、霊を自分たちも受けた。」という体験です。
とにかく非常に深い宗教体験です。一言では言えない、言えないからこそ「出会い」だとか「イエスは死に留まっていない」とか、「イエスは神によって義と認められた」とか、「イエスによって自分達は赦されている」、「イエスに派遣された」、「イエスに漲っていた力を自分たちも与えられた」・・・いろんなキーワードを使いながら福音書には宗教体験が描かれているのです。これをキリスト教では「復活」と呼んでいるのです。

イエスの記憶を確認し伝えるための典礼

これは今も起こり得ます。まったく同じでないにしても、「プチ復活」というのでしょうか・・・。例えば自分が非常に困難なことに直面した時に亡くなったお父さんのことを思い出す。あるいは道を歩いていたら花をみつけて、「ああ、お母さんの好きな花だったなあ・・・、お母さんだったら今の自分を何というだろうか?・・・お母さんならこう言うに違いない。」とかですね。
あるいは亡くなったお父さんが愛用していた車を廃車にしようと思うのだけれども、「自分が病気の時にお父さんが真夜中に自分をこの車に乗せて何件も病院を回ってくれた・・・」とか、「自分が行きたかった学校に合格した時に両親と一緒にこの車で行った」とか、「自分がお嫁に行く時にお父さんがこの車で式場まで送ってくれた」とか・・・、車は車なのですけれども、その車がお父さんの愛を仲介してくれている・・・だから廃車にできません。
そういうようなことがあると思いますが、死んだ人間がこのように生きている人間に多大な影響を及ぼす、あるいは人生をさえ変えてしまう・・・。こういうことは我々、日常生活でも経験します。記憶を通じて・・・。
ですからミサの中で奉献文がありますね、最後の晩餐の繰り返しです、「これを私の記念として行いなさい」・・・「これは私のからだである」・・・「からだ」ですから「イエスの生き方」です、「意識」です、「考え」です。「いのち」を受けるわけです。「私の記念として」ということは「memory」、「記憶」ですね。記憶を通じて死者と交流できる、死者が人生に介入してくる・・・、これが復活体験なのです。
記憶を保持する装置として典礼があるわけです。ミサですね。だから毎週集まり、ミサによってイエスの記憶を確認し、体験していくのです。

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第6回 イエス・キリスト その3

イエス・キリスト(3)

ノートルダム女学院中学・高等学校 大原正義

・自己紹介。ノートルダム女学院中学・高等学校でで30年「宗教」を担当。

・本来前座がトリを演じることになって大変

・授業風になってしまうのはご理解を。ぜひ笑いがほしい

1.あなたはどの「イエス・キリスト」と出会っていますか?

①         史的イエス――歴史的存在としてのイエス。

B.C.7~4――A.D.30に生きたナザレのイエス。

先月、百瀬師の「史的イエス」の話を。マタイ11.19「大食漢で大酒飲み」

cf.史的イエスに至る道……

a.新約聖書  b.ユダヤ人イエス  c.死海文書

最初、1947年にクムランの洞窟で発見されたイエス時代のユダヤ教文書

史的イエスに基づく内容として判断する基準……

a.複数の証言  b.特異性  c.適合性

a.複数の証言……受難。聖体の制定。

b.特異性……十字架の死。「アッバ」

c.適合性……十字架の死と「敵を愛しなさい」

② 宣教のキリスト――初代教会の信じた「キリスト」。福音書に描かれるキリスト。

cf.聖書成立への3段階

史的イエス  ナザレのイエス自身が宣教。

使徒たちの宣教  使徒たちのイエス観によって宣教。口伝。Q資料。

福音書  単なる伝承の編集ではなく、著者のイエス観によってまとめられた。

ブルトマン――様式史的方法による研究。私たちが福音書を読めば、初代教会の信じた「キリスト」は読み取れるが、「史的イエス」にはたどり着けない

その批判――「宣教のキリスト」に「史的イエス」が含まれているはずである

③ ピカピカのキリスト――飾り立てられた「ありがたい」キリスト様

あなたの学校にはどの「イエス・キリスト」がおられますか?

これは「宣教のキリスト」に入るが、イエス・キリストを知る上で多くの示唆がある

2.イエスの誕生(ルカ2.1-20)

そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」

天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

イエス・キリスト(救い主)の誕生――「民全体に与えられる大きな喜び」

全人類

神であるイエスは私たちにはできない二つの選びをした

ひとつは母を選び、ひとつは生まれる場所を選んだ

神であるイエスは自分の生まれる場所を選んだ――馬小屋

「仕えられるためではなく仕えるため」(マタイ20.28)

・神が最も貧しい者として生まれた。

・馬小屋とは糞尿の臭いに満ちた場所

・ 一昨年、酪農体験をした

・誰に最初の知らせが告げられたか――「羊飼いたち」

最も貧しい者、弱い者、小さい者(社会の中で見捨てられた人)

・キリストの誕生はこれらの人々にとって特に大きな喜びである。

・誰がこの知らせに気付けたか――神に頼って生きるしかない羊飼いだから気付けた。

「貧しい人々は、幸いである。神の国はあなた方のものである」(ルカ6.20)

・「飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子」を救い主として受け入れた羊飼い。

・こんな曇りのない目を持つ教師に。

・ そして、羊飼いのように神に信頼する教師に

3.レプラ(重い皮膚病)に対するイエスのいやし(ルカ5.12-13)

・「カトリック倫理」の最後の授業。修士論文のテーマ

「イエスがある町におられたとき、そこに、全身重い皮膚病にかかった人がいた。この人はイエスを見てひれ伏し、『主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります』と願った。イエスが手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち重い皮膚病は去った。」

*イエスの選択

「手を差し伸べてその人に触れ」

この選択の根底にあるもの(イエスの行動原理)。

①   感情・感覚を超える ―― 理性・意志 ⇒ 愛。

②   自らの不利を厭わない……同じ痛みを負う。

・イエスはレプラの人と同じ地点に立って痛みを共有し、一歩踏み出して「手を差し伸べてその人に触れ」、自らも汚れた者となって律法の不条理を背負い、そしていやした

・「かわいそう」と「痛みを知る」の違い

・「腸がちぎれる思いにかられ」σπλαγχνιζομαι(スプランクニゾーマイ)、σπλαγχνον(スプランクノン)

③「小さい者」「小さくされた者」(社会的に弱い立場の人々)との連帯 ⇒ 「弱い側」につく。

④  独りぼっちの人の友に ⇒ いやしの奇跡 = 人間性の回復。

・レプラの人を貫く驚き、戸惑い、信じられぬ思い、そして後から大きな波となって押し寄せた喜び。手足の醜い変形がこの人にとって一番の苦しみではなかった。汚れた者として救いのない孤独こそが病の苦しみだった。それがまさにイエスによっていやされる

・このレプラの人は社会の中で完全に無視された存在であり、「人間」として扱われていなかった。おそらく、この人物は今の苦しみから解放される死を願っていたであろう。人間らしい生き方など望むこともできなかった。ところが、イエスはこの人の「人間性」を回復した。もしかしてレプラの外見はそのままだったかもしれない。しかし、「触れる」ことによって自分を人間として接してくれたイエスの存在が、まさにレプラの人が「人間」を取り戻す力となった

・神の国の体験。限りなく暖かいまなざし

⑤ 一人ひとりを大切に ⇒ 人間の尊厳に対する深い理解。

・私たちにはその理解が足らない。もしイエスと同じように理解できたならイエスと同じように行動できる

*レプラのいやしを通して

レプラのいやし(マタイ8.1-4・マルコ1.40-45・ルカ5.12-16)の記事が、目撃者によって語られた話を書き綴ったものとするより、初代教会の宣教の中で生み出されていったと判断する方が穏当であろう。治癒奇跡物語の様式に従っていることも、時や場所の具体性のないこともそれを支持する。しかし、ここから史的イエスの輪郭は見えてこないのか。イエスとレプラの人の関わりを全て否定できるか。

新約聖書で使われている13箇所の「レプラ」は複数の資料による。ルカ17.11-19の治癒物語はルカ独自の記事である。レプラのいやしに言及するマタイ10.8も、マタイ独自の挿入である。Q資料でもマタイ11.5とルカ7.22でレプラのいやしが記されている。それらはメシア性の証明が強く意識されているとしても、イエスがレプラをいやした事実はないとは言い切れない。何らかの歴史性があるからこそ、複数の伝承で伝えられているのではないか。さらにイエスが病者に触れたことは、それが典型的ないやしの所作であったとしても、レプラに対するそうした所作は特異な印象がある。この病気に対する忌諱は想像を絶する。果たして、誰一人近付く者も触れる者もなかったレプラのいやしに、「触れる」必要があったのか。少なくとも、旧約にはそのモデルがない。伝承が作られていく中で、単に他のいやしと共通する所作が当てはめられたに過ぎないのか。しかし、レプラの「特別扱い」からすると納得がいかない。やはり、触れた事実があったからこそ、それを体験した本人の証言があったからこそ、それを目撃した人の驚愕があったからこそ、伝承に組み入れられたと結論すべきである。つまり、史的イエスがレプラの人を触れていやした事実が必ずあった。

*開かれたイエス

レプラのいやしを通してどんなイエス像が導き出せるか。一言で要約するなら、「開かれたイエス」である。言葉を換えて言うなら、「切り捨てないイエス」である。開放的なイエスは、清い人清くない人を分け隔てすることがなかった。当時、誰一人相手にすることがなく、律法が不浄の者として切り捨てたレプラに対してもである。

さらにイエスの一貫した開放性はレプラの人だけでなく、当時罪人として忌み嫌われていた徴税人や娼婦たちと関わったことにも顕著に表れている。彼らと食事をすることは驚きと非難の的であり(マタイ9.9-13参照)、イエスをその同類項と見なすことになったが、イエスは頓着しない。イエスは人間的な束縛から自由である。イエスは自らの行動原理に一途である。そしてイエスは誰一人切り捨てない。

イエスの使命は全ての人を神の国に招くことであり、神の国が全ての人に開かれていることを明確にする。たとえそれが祭儀的な汚れの内にある人でも、重大な罪の汚れの内にある人でも。どうすることもできない、どうしようもない状態でもがき苦しむ人間をいやし、救うためにイエスは来た。

それは、キリスト教のあるべき姿でもある。そう考えると、教会に行くことは、決して立派な人間になるために行くのではない。どうしようもない状態でもがき苦しんでいる人こそが教会に行くべきであろうし、それはイエスの元に行くことになる。そして、教会もそういう人を受け入れる教会、そういう人を待つ教会でなければならない。

・「教会」「キリストの共同体」はどういうものか

4.イエスが望まれるカトリック学校とは?

・2000年前ユダヤ社会でまさに「福音」を宣べ伝えたイエスが不在になっていないか

・本来、カトリック学校の原型はイエスの弟子集団?

・その共同体の特徴

多様性――職業も年齢も様々な人たち。

<漁師・徴税人・熱心党員・「雷の子ら」と呼ばれた性情過激な兄弟>「罪深い者」(ルカ5.8)

「信仰の薄い者」(マタイ8.26)

誘惑に負けて眠る者(マルコ14.32-42参照)

イエスを見捨てて逃げてしまう者(マルコ14.43-50参照)

知恵ある者や賢い者ではなく「幼子のような者」(ルカ10.21)

「聖書を読むと、何故このような人々を弟子にしたのかと疑うような情けない集団である。こんな表現をすると弟子たちをわざと貶めているように感じる方もあるかもしれないが、これまたピカピカの弟子たちからは何も見えてこない。罪深く、信仰薄く、弱く、自分のことしか考えられない弟子たちだからこそ、そしてその弱さの故にキリストにすがれた弟子たちだからこそ、そこから示唆される内容は、カトリック学校の本来あるべき姿を明確にしてくれる。」(『カトリック教育研究』第17号、日本カトリック教育学会、2000年、拙稿)

・きれいごとばかり言っても始まらない、と思っている人もいるだろう

・でも、カトリック学校が忘れてはならないもの、カトリック学校で学んだ生徒がいつまでも心に留めておいてほしいことがある

・考えずに結論を出すのではなく、苦しみもがく中で答えを出す。

・結果が同じでも経緯を見られる神、寄り添われる神。

・神だけが経緯の全てをご存知である

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開講の辞

養成塾のありようについて

中尾正信(聖マリア小学校校長)

この「養成塾」ではどのように養成されるのかということを先ず初めにお話ししたいと思います。

養成塾は毎月2回土曜日の5時から7時半まで、全部で20回(2回の合宿を含む)の講座で構成されています。
まず、1回1回にそれぞれ講師の話が、30分〜1時間くらいあります。その場を生きてきたものとしての話が行われます。その講師の話を自分たちの現実の中で考えていき、それを自分に取り込んでいって、そのあと分かちあいの時間があります。

そこで、講師の話を聞いてのホンネの分かち合いをおこないます。ホンネとは、頭でも理屈でもなく心に映っているそのものをかたることです。現実はホンネに反映します。むりになにかを告白することではなく、話を聞いて感じたこと、考えたことをそのまま出しあって、お互いの理解を深め豊かにしていきたいとおもっています。

イデオロギーと宗教には違いがあります。イデオロギーは、人間の定めたものでそれにあわないと排除することになりがちです。カトリックの学校もイデオロギー的になる恐れもあります。でもそうならないために、思いを素直に分かち合うことを大事にしようとおもいます。
みなさんも何のためにどのように養成されてほしいかということを意識してみてください。

皆さんは、次のカトリック学校の構成者となるべく派遣されました。
松下村塾から多くの明治維新の志士たちが養成されました。松下村塾をモデルに作られた松下政経塾からも多くの政治家が生まれました。
松下村塾も自分の藩のことだけを考えるのではなく日本全体のことを考えられるように、松下政経塾も党派を超えた養成を考えているように、このカトリック学校養成塾も、自分たちの学校だけでなくカトリック学校全体を視野に入れて、日本全国のカトリック学校のリーダーとなる人物を養成していきたいと思います。

そのために、お互いの関わりが大事です。養成塾の講座の後も仲間としてカトリック学校を支えていけるように養成されることを目指しています。

第15回 養成塾最終回の記録

ついに養成塾の最終日である。この日、塾の「終業式、卒業式?」が行われた。

この日は塾生だけでなく、塾生たちの勤めている学校の校長先生も9人ほど参加されていて、最初にその紹介があった。

そのあと、前回宿題として出された「1年間養成塾に通って」という感想文をくじびきできめられた4人の先生が読み上げた。

●自分を教師である以上では「ああしなさい、こうしなさい」という前に教師自らが変わらないと親も子どもも変わらないものです。人に話するときは正論だけではダメでとおっしゃったことが残っています。きもちが繋がっていないと共感は得られず分かり合えないのです。
これから、カトリックの精神を、いかにして子どもだけではなく親を巻き込んで教育していくことを意図してやってみようと思っています。わたしの学校では、学校行事に親を参加させていたり、親の学習参加の機会を増やしています。この機会を利用して、カトリック教育を一緒に感じられるようにしていきたいと思っています。

●かつては神父さまがたくさん学校の中で働いていたことが当たり前の状況でした。
今は一人しかいないという状況です。そのような現状でこの先どうなっていくのか、いろいろと考えていたのですが、「光の見えない混沌」という状態でした。
この養成塾で、同じような不安、問題意識に持って参加した多くの仲間に出会えました。これが最大の収穫だったのかもしれません。
森司教のお話しを目を覚まされる思いで聴きました。責任の重さを痛感しました。福音書の背景もおもしろかったです。
河合神父の話のなかで、カトリック学校の使命について「顧客満足度」という観点から語られたの画印象に残っています。生徒達が学校の中でどれだけ肯定的経験を積み上げていけるか、ということなのですね。「回心のいろいろ」について話されたことも興味を引きました。
梶山神父は、「ナザレのイエス」とはどういうものなのかを示してくださいました。イエスの全人格的成長という観点は新鮮で、生徒の接し方や愛、温かさというところにいかすことができると思いました。
土倉先生の使徒職についての話で使徒職の責任の恐れと有り難さについて身につまされる思いで聞いていました。
中尾先生は、学校が本音で語れる場となるようにということを強調されました。
濱田先生が日々の出来事をとおして語られたことに先生の信念と情熱が感じられました。
合宿では、本音の話しをきくことができたと思います。親しい友人にも語ることがなかったことをここでは話すことができました。個人の振り返りをすることによって、ここにいてよいのだという確信と目には見えない信頼感を感じることができました。ともにイエスがおられるという感覚と同じでしょう。
浦神父の「根本決断」の話はわたしの心の中の転換点となったと思います。
土屋先生の話は、実践的でとても役に立つ話でした。とくに普通だったら話すことのない自分の失敗談から語ってくれたことがありがたかったです。
瀬本神父は学ぶこと、育むこととを掘り下げて考えさせてくれました。カトリック学校が、それぞれユニークでありながらも共通精神で支えられているということを実感しました。
水嶋先生は人を大切にするということはきく姿勢から始まることを、体験的に学ぶことができました。
どの話の中でも、現代の日本社会で光を照らす存在となること、一人ひとりを大切にし、使命を持って社会に送り出すことのカトリック学校の使命を語っていたと思います。人の物差しでなく神様の物差しを持つということでもあります。
将来を見据えたプロファイルを少しだけわかったような気がしました。根源的ささえを示すことができるようになったかなと少し思っています。
強大なものにどのように立ち向かうのかを、戦士としてではなく、愛されるもの、愛するものとして立ち向かっていきたいものです。

●今か25年前、わたしが学校にきた時には6人のシスターがいたのに、今ではひとりです。校長も替わりました。シスターが減少していくに従って、カトリック学校の精神からはなれていったという印象をもっていました。ところが最近カトリック学校のあり方をもっと強く出すべきであるという意見が出るようになりました。ミサや宗教行事をもっと大切にしたほうがいいというのです。
そのあたり、他の学校ではどうしているのか知りたいと思いました。個々の学校を越えたここでのつながりに期待していました。
新しい方向を見いだすというよりはキリスト教について何も学んでこなかったということに気付いて愕然としました。学ぶということは、知識を植え付けるよりも自分自身が成長していくことで、とくにミッションの自覚が大切なんだとということを骨身にしみて教えられました。
私のミッションとは何か、それは「社会の縮図」としての学校の中で、子どもが安心して学校で学ぶことができるようにすることでしょう。こどもも親も今より以上に満足して卒業していってほしいと願って日々勤しんでいます。

●カトリック学校の状況と使命についてのいろいろな講師の話を聴き、自分で自分の教員生活を振り返ってみました。
これまでクラスの子どもたちのためにどのように向き合っていったらいいかどうか自分なりに研究してきましたけれど、ここでの研修をとおしてあれはこういうことだったんだということが見えてきたような気がします。
そして、これまでは学校全体のことが見えていなかったと言うことも気付きました。ここでそれを考えさせられたのです。ここで学校全体を見ると言うことを教わりました。
使命ということについても、はじめは重荷を背負わされた気分でした。それは自分には無理だと思いました。でも何回かきいているうちに何となく頭の中が改造されてきたというか、整理されてきたというか、自分にも何かしらできるのではないかという気になったのです。
何がその子にとっていいのかを考える、つまり子どもを中心にして考えることは、子どもたち一人ひとりを大切にするということでもあります。ここに一つの方向性を見いだしたように思えます。
その子たちの問題を子どもの立場になって考えることは、わたしの勤めている学校の生き方です。生徒ひとりひとりを切り捨てずに、マイナスを持っていてもそれをプラスに考えていくようにすることをここでも改めて確認することができました。
この1年の塾で、やはり合宿が印象に残っています。自分に与えられている多くの恵みに気づきました。人のために働くことのよろこびも知りました。分かち合いの中で多くの先生の考えと熱意にふれました。なんかやらなければという気になりました。
こういう研修をカトリック学校全体でできないかと思えるようになったことは、1期生としての誇りなのでしょう。どうもありがとうございました。

森司教の話し「第1期 養成塾を終わるにあたって」

ちょっと本音の話をいわせてください。
あるカトリック学校の研修会に行ったときのことです。学校の研修会に外から講師を招いて行う研修会は創立以来2回目なのだそうです。どういう洗脳をするんだというふうに見られていました。
帰りがけに現場に立っているシスターが、校長になれる人がいませんかとわたしに聴いてきたのです。そこの学校には見あたらないというのです。
その話をそこの先生方が聞いたらどう思うのでしょうか。
わたしは、このシスター方は将来を見据えたビジョンというのを持っていたのだろうか?と疑問に思いました。あまりに無責任ではないかという怒りさえを感じたのです。シスター方がいなくなった後どうするのかというビジョンやプロジェクトを理事会や校長が立てていたのでしょうか。それだけの責任感があっていいのではないのかと思いました。

実は、わたしはそういう切実感を長い間感じてきました。何とかしなければという声は挙がってきていたけれど、なにも具体化しませんでした。
それが、一昨年の校長教頭会で、何かを作り上げていくビジョンがうまれたのです。学校の先生方を育てるという方向でした。スタッフに賛同をえて、この養成塾が立ち上がりました。すすめて行けば何とかなるよという声もきかれました。

カトリック学校のなかには信者の先生が数人というところがすくなくありません。信者の先生を中心にしてこれからのカトリック学校を担っていくという考え方では立ちゆかないことは明らかです。そこには「発想の大転換」が必要なのです。そしてその根っこにあるのは「神理解の大転換」だと思います。
信者とそうでない先生の共通さ、それは人間にたいする誠実さといってもいいでしょう。それを神の名で言えば信者でない先生は離れていってしまいます。神の名を使わないでそれを伝える時が来たと思うのです。

これからの社会における「宗教」の役割について考えるきっかけを与えてくれたのは、インド大使館で行われた諸宗教のかたがたとの対話集会でした。ヒンドゥー教、仏教、イスラム教そしてキリスト教の人たちが参加していました。
その集まりで強調されたことは、どの道をとおってのぼっていっても頂上は同じだということでした。頂上は人を愛するということなのです。仏教の人たちは仏の慈悲について語ってくれました。
インドは植民地化に置かれていた歴史を持っています。植民地を支えていた背景はキリスト教であり、そのもとに搾取、略奪をおこなわれてきたとインドの方は語っていました。「神の名を使う教団を信じるな、そういう宗教はまちがっている」ともいいました。
それを聞いていて、これからの宗教がどういう役割をするのか、考えさせられました。自分たちが理解する神やキリストの再構築をしなければならないと思うのです。神の名をでんと持ってくると対話ができなくなる、キリスト教はそういう可能性をたくさん持っているのです。
神の名においてするという発想ならば信者でない先生との協働作業は不可能だったわけです。いままではそういう精神が染みついていました。だから、受動性、依存心を排除する作業が必要でしょう。

その意識転換の根拠は、教皇ヨハネパウロ2世の生き方にあると思います。過去の過ちを明確に認めて公けに許しを請う姿勢を大胆にうちだしました。
そして一つのモデルとしてマザーテレサがいます。カトリックらしさは信者であると否とを問わず対等な協働作業の中から生まれるといわれました。人間にたいする愛と誠実、情熱に信頼して一緒になって作業をするそのモデルを示されたのがマザーテレサでした。
人間の罪をさばく神ではなく、人間を見ていたたまれなくなってメシアを送った神の姿がそこにあります。そういうムーブメントを育てていくこと、学校にまだシスターが働いているところでは、自分の人生を賭けているシスターとともに、それに燃えている共同体を作っていくことこそがカトリック学校の生き残る道なのでしょう。

哲学者の高橋哲哉さんと小説家の五木寛之さんと対談したことがありました。そのなかでキリスト教に入れない壁があるとおっしゃったのですね。神を賛美する、礼拝する、捧げる、それを喜んでするというタテマエがあって、罪人である自分たちにはそれはできないといわれるのです。
五木寛之さんは「親鸞」を書いています。親鸞はタテマエの世界よりも徹底して現実の煩悩の中で生きた人物として書かれています。
それに対して、キリスト教は「タテマエばっか」なのだそうです。そういう理想を生きるのがキリスト教であるならば自分たちはそこに行けないとくりかえしていました。
この対談をしながら、キリスト教のセールスポイントをキレイゴトでないことを表に出す必要があるなと感じました。
イエスは苦しみの人であって、十字架上で「神よなぜみ捨てられたのか」というそのすがたがセールスポイントになるようにしていかなければならないのではないか。
建前で生きてる必要がない、苦しみを叫びながらそれでもいきていること、矛盾に満ちていて苦しいことを涙を流しながら分かち合いながらそれでも希望を持って生きていくことを伝えあう、そういう方向にいかなければならないと強く思います。
おなじようにカトリック学校もセールスポイントを変える必要があります。苦しみ悲しみのキリスト像とそれに寄り添う共同体的すがたを分かち合いながら生きていく教育共同体となる、それがカトリック学校のビジョンになると思います。

(文責 土屋至)

聖パウロ学園高等学校

修道会以外の経営 共学校・・・聖パウロ学園高等学校 高橋博校長先生

私どもの聖パウロ学園は聖パウロ修道会が創立しました、昨年60周年という節目を迎えたのですが、聖パウロ修道会はすでに学校から去っております。 もともとの設立の理念、建学の精神ということですが、聖パウロ修道会というのは出版事業を通じて、マスコミュニケーションを通じて宣教しようという修道会 です。その聖職者、ブラザーが自らの場所で働く人を養成したいという思いで、東京の赤坂の地に設立した学校です。

ですから、現在の一般の学校になった形と、創立時はまったく異なっています。当初そういう設立で始めたのですが、東京、赤坂の地で一般の生徒を入れ た学校へ徐々に転換していきます。ですから、当初に書かれた設立の理念、建学の精神はあるのですが実態にまったく則していません。しかし、長年にわたって ブラザーを養成するために5人、10人、多い時には20人近くの養成課程の生徒を入れていますので、そこが中心に動いてきたんだろうと思っています。

さて、今から7年前に聖パウロ高等学校は一度破たんしました。全寮制男子校として赤坂で、学年180人の寮生をかかえ、進学率もそれなりの学校だっ たのですが、最終的には全校25名の学校になり、ほぼ廃校寸前という状態になりました。ですから、その段階で、聖パウロ修道会は経営から去っていきました ので、建学の精神、カトリック精神ということよりも「学校の存続をどうするのか」ということが問題になるという流れの学校でした。

今考えれば、その時に廃校にしていればそれで終わり、聖パウロ学園の使命はそれで終わったということで、私はそれでも良かったのかなとも思っていますが、様々な事情があり、存続させようということになり、私の前の校長が理事長として展開していったわけです。

カトリック学校として展開するには非常に不都合なことが多い、つまり修道会はまったく去ってしまって、そのあとを誰がフォローするのかということで す。この問題は実はここにいらっしゃる先生方の学校にはないかもしれませんが、全国でいくつも、おそらく二桁の数字になるかと思いますが、そういう問題を 抱えている学校があり、その先駆けとなったわけです。

修道会が去った後学校はどうなるんだろう。まさしく健全な学校であれば、それはそれなりに成り立つのだろうけれど、その時に経営がうまくいっていな い、なおかつ修道会が去る、そうした時にカトリック学校はどうなるのでしょう。建学の精神のみで学校が維持できるわけではありませんので、そういう問題を 抱えた学校の先駆けであったと私達は思っているわけです。

さて、その後、全寮制男子校から通学制の男女共学校へ変更しました。もちろん通学制男女共学校に変更したことがきっかけでまた、カーブがあがったのですが、実際には男女共学にしたからと言って生徒がくるわけではありません。通学制にしたから生徒が来るわけでもありません。

始めは「不登校の生徒を扱う学校」というふうに転換しました。ですから、来た子供は全員が不登校。不登校というのは学校に来ない子供を言うのですか ら、それを集めた学校というのはいったいどういう学校なんだと自分でも私は思いました。来ないやつが来る学校ってどんな学校だと思ったのですけれども、教 区長である岡田大司教から理事の依頼を受けて学校をみるということになったのですが、私はこの学校と何も関係がありませんでした。教区として、この学校が 存続できるかを見てくれということで理事として入りました。

2年後に前校長が退職して、私が受け継ぐことになったのですが、その時も生徒は80名から100名くらいでした。ほとんどが不登校の生徒でした。そ の中で、建学の精神、理念をどうもっていくのかという話になりました。もちろん聖パウロ修道会の設立した学校の理念は修道会そのものの理念とは違います。 1800年代にイタリアでできた修道会そのものの理念は確たるものがあるのですが、学校経営を目的にしてつくられた修道会ではないですし、破たんした時に はもう完全に経営から手を引きたい、手も出したくないという、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、そういう気持ちだったのだと思います。学校経営を目的と した修道会ではないのですから、確かに頼ろうとしても気の毒ということもあるんですよね。

ここで様々な場面に遭遇して、建学の理念、スクールモットーというものが重要であろうと思い、私どもはキリスト教の理念を語るには何がいいのだろ う、「神の愛」ということですが、もっとも分かりやすい言葉は何なのだろうということから発想をしました。修道会やその経営による学校は、各時代の時代背 景、社会背景を根底にかかえてできています。ですから、その時代の社会に対してちゃんとしたテーゼがうてるということです。しかし、私どもの学校はそうい う意味で設立、再出発しているわけではないので、普遍的なもの、誰にでも受け入れられるものを探しました。なおかつその時点で学校ではまったくと言ってい いほど宗教教育はされていませんでしたので、私が校長で入った時に、宗教教育をやりますと言ったら職員の一部から、「なんでそんなことをするのですか?」 という、不満ではないのですけれども、そういう質問が起こりました。生徒の中からも「そんなことはしない学校だというから入ったのに、今さらなんでそんな ことをするんだ、聖書なんか持ち出して」というようなことまで言われたことがあります。

でも、それはたいした影響もなく進むことができました。そこで、建学の精神、スクールモットーとして考えたのが、マタイの第7章、「人にしてもらい たいことは、何でも人にしましょう」という理念であります。これは私どもが言わなくても、もうこれは聖書から離れて「黄金律」と言われる言葉で、道徳、人 間生活の規範というふうに言われているので、これは受け入れられるだろうということで、現在この思いを語っています。

さて、私どもの学校は現在2つに分かれていて、不登校の生徒たちを対象に通信制のシステムを使ったエンカレッジコースと全日制のコースがあります。 実は、今日、集まっていらっしゃる学校からもエンカレッジコースに生徒が来ています。中高一貫校からは大変たくさんの生徒が来ています。学校に学力でつい ていけなかったという生徒もいるし、様々な意味で精神的についていけなかったという生徒もいます。現在、エンカレッジコースには千葉県の提携校も含めて 180名の生徒がいます。全日制は270名で、全部で450名の生徒をかかえています。このどちらにとっても、学校のモットーは大切です。

特に今日私が最も言いたいのは、エンカレッジ、通信制に通う不登校生徒です。こういう言い方は良くないかもしれませんが、健全な子供に対する理念と いうものは非常に訴えやすいしそれなりに理解されると思いますが、エンカレッジコースに通う生徒はそういうところで打ちひしがれてしまった生徒です。本当 に行けなくなってしまった。様々な理由はありますが、学校へ行けなくなった生徒たちをどう立ち直らせるか、そこでカトリック理念の「神の愛」を立派に語っ たところで響きません。

じゃあ、何が必要かというと、まさしく「あなたは愛されている」「あなたの存在は確かだよ」ということを体で、形で示すことなんです。まさに、神の 愛を実感させるということです。私達は今、本当にそういうことで学校を運営できていると思っています。しかも全日制は通常の学校に進学することを目的とし ますが、ここでの教育理念は、私はエンカレッジコースで生まれたと思っています。なぜかといいますと、エンカレッジコースに来る生徒たちは一派ひとからげ に教室でどんな立派なことを言ったって誰にも通じないんです。一人ひとりがみんな違う思いをもって学校にきいます。ここでもできないかもしれないという思 いを持ってきている中では一人ひとりに対峙しなければなりません。

なおかつ、物理的な問題として単位制をとっていますので、どうしても、1年生の単位はこれですとみなさんに発表できないわけです。全員と対話してあ なたの持っている単位は何ですかとか何ができますかと、一人ひとり、180人と180回ガイダンスをやるわけです。毎回、前期と後期にわかれていますか ら、年に2回やるわけなんでず。本当に一人ひとりやらなくてはいけない。

その中に、先ほどサレジオの「支援する」という理念を聞きましたが、私どもも同感です。私どもには、「引っ張る」というような理念はまったくありま せん、「支援する」「支える」です。もちろん、全日制は「リーダーシップをもって引っ張る」という言い方をテクニックとして言いますが、生徒を教職員が支 える、見えないところでもというような思いがないといけない。それを実はエンカレッジコースから学んでいます。

そして、スクールモットーとして、「人にしてもらいたいと思うことを何でも人にしましょう」という思いを様々な形で常に生徒に語っています。ここは 私の思いと私達の学校の思いであるわけですが、では、それを語ればいいんだ、確かに語るのは大切で、耳にタコができるほど語るのは大切だろうと思って語っ ていますが、実はそのカトリック理念をどこで発揮すればいいかというと、個々の生徒に対して先生方はどう接するのかということだと思うんですね。

様々な局面が先生方に出てきますよね。一番簡単な例は何かと言うと、生徒を指導する時、あるいは成績についてなんとか言う時、全員に様々な指導が出 てきます。その指導をするときにどんな思いで何が語れるかというのが、カトリックが本当にそこで生きてくるかということだと思います。私どもの学校では、 設立理念が修道会を背景にしていないので一気に言えない、あるいは言いにくいところがあるので、このマタイ福音書の言葉を学校のモットーとしているので す。そして、人を支える人、人の痛みが分かる人、人のために働くことができる人、これを基盤として自分の将来を考えなさいというものの見方をしています。

最後になりますが、実は不登校生徒というのは不登校じゃないんです。学校に行けなくなった生徒ですよね、様々な理由で・・・。うちに来た学校にいっ さい通えなかった生徒の90%以上は通えます、卒業します。通常NHK学園が通信制で不登校生徒を多く扱っていますが、20%しか卒業させることができま せん。私どもは90%です。

ただ、卒業させるだけではありません。勉強させることを目的としています。一番簡単な不登校の学校は駅前にあるフリースクールやサポート校なんです ね。来ればいいのです。通信制であれば来る必要もないんです。そこでお茶飲んでいようが、話していようが、あんぱん食べながら授業をうけていてもいい、親 は行ってくれればいいということになり、近所の公園でブランコをして体育はそれでいいという、そういう学校もあるのです。

しかし、それではまったく意味がない、学校やっている意味がない。私達が本当にその子たちを愛するのなら、その思いを本当に神が彼らを掛け替えのな い存在として創られたと思うのなら、彼らに高校生として勉強をさせ、それなりの目標を達成させるという思いでやっています。もちろん進学に関しては、進学 率のパーセンテージは低いのですが、それなりにがんばっています。通常、とってくれないところが多いのですが、カトリック大学は通信制からもとってくれて います。良い大学に進学をして頑張っている卒業生もたくさんいます。目標を達成させているわけです。

聖セシリア女子中学校・高等学校

(3)修道会以外の経営 女子校・・聖セシリア女子中学校・高等学校 原信江先生

「聖セシリア」と聞いても、知らない方もいるのではないかと思いますので、少しお話しいたします。ここは四谷ですから、新宿に出て小田急線に乗って江の島方向に向かう途中の大和市南林間に本校があります。

本校は、今は聖セシリアという名前でございますけれども、当初は大和学園という学校名をつけておりました。創立50周年を期して「聖セシリア」に変 更いたしましたけれども、これはちょうど大和市にあり、大和高校、大和中学校、大和小学校という学校がある中で、私学のカトリックの学校ということがたく さんの方に浸透しないということがありまして改名したわけです。

創立者は本来、大和撫子ということを思ってつけたということですが、よりキリスト教のカトリック精神に基づく学校であるということをわかっていただ くために「聖セシリア」に変更しております。本校は「信徒使徒職の学校である」と先ほど紹介していただきましたけれども、今年で80周年を迎えました。

創立者と、そのお嬢様が継いでおられますが、2人の校長によって作られた学校です。現在は、保育園、幼稚園に入る前のキンダースクール、そして幼稚 園、小学校、中学校、高等学校、短大がございます。特徴のある学校ですので、本当はここに校長が来て話すのが、一番いいと思うのですが、今日は、校長が保 育園の運動会と中高の説明会がございまして私が任命ました。

私は中高に所属し、宗教科、社会科を担当しておりますが、今は中1と中3と高3をもっております。その現場の中で今も変わらないで行われていることと変わってきたことが融合されながら、創立80周年を迎えました。

お手元に資料がございますが、これは80周年ということで、夏に教職員の研修を行いました。その中で使われたものです。これを全部は説明できません が、一部をご説明したいと思います。設立は1929年ちょうど世界恐慌の時です。昭和4年に設立されました。聖セシリアの建学の精神は

①カトリック精神に基づき、

②“信じ・希望し・愛深く”を心の糧として、

③知育・徳育・体育のバランスのとれた総合教育を目指します。

④単に学問の向上のみを目的とせず、

⑤神を識り、人を愛し、奉仕する心を持って、

⑥広く社会に貢献できる知性を持った人間の育成が、

⑥   聖セシリアの建学の精神であり、社会的使命です。」

ということです。これが80年の間伝わってきたものです。この中で特に創立者は「神を識り、人を愛す」ということをいつも一番の土台に考えてきたということだと思います。

教職員の研修のために①~⑦とわけてありますが、①の「カトリック精神に基づき」ということは、それが、教職員の間でも生徒に対してでも、普遍的な価値であるということで示しております。

そして②「信じ・希望し・愛深く」というのは、申しあげるまでもなく、コリントの信徒への手紙の中に「信じること、希望すること、愛すること」があ りますが、子どもたちもいつも口にしております。一番大切な「愛」ということを在学中に本当に分かる人になってほしいと思っております。そして、バランス のとれた総合教育ということをめざしています。

④番目の「学問の向上のみを目的とせず・・」ということについては、さきほどサレジオ学院は進学校ですということがありましたが、本校も、学習につ いてはもう少し貪欲にやっていかなくてはいけないとも思います。しかし今日も説明会で保護者の前で「進路、進学実績だけに特化した学校ではありません」と 宣言しています。学力が必要ないということではなく、将来それぞれが社会の中で自立し、貢献するためのしっかりとした力を身につけることはひつようなこと です・・・、もちろん高校を出たあとにどこの大学に入るかということについては、よりよい大学に入るということが望ましいわけですが、キャリアガイダンス という中でもこのように言っています。どんな人間になりたいのか、人として、女性として、社会の中でどういうふうに自分は貢献していくのか・・・、それは 自分の喜びでもあり、他人の喜びでもあり、どのように、共に、互いに支え合っていくのかを考え、行動で守るようになる、つまり心の教育、力の教育ともに必 要だと思っています。学校の中でも論議されたことがありますが、それぞれの教科指導が真に充実した時に止揚される・・・これは別々のものではない・・・両 輪のように・・・ということです。

⑤番目の「神を識り、人を愛し、奉仕する心を持って」ということですが、創立者や校長の姿を見ることによって分かります。本当に神様というのが見え ない存在であっても、それを信じる人の姿を見ることによって、キリスト教やカトリックがどういうものであるかを知ることができるということが私達に示され ていると思います。

創立者や校長の「信じる心、希望する心、愛する心」を本当に真似をすることはできないのですが、いつも校長が話す「神を愛すること、神を識ることの 大切さ、神は全知全能である」ということを言葉だけでなく、行動されていることを見ることによって、私達教職員も学んできたように思っております。

次に⑥番目の「社会に貢献できる知性をもった人間の育成」ということですが、子どもたちは高校、あるいは大学を卒業した後に、社会の中で、お母さん であったとしても、いろいろな職場の中でも、自分を生かすということ、自分を大切にすることをまず考える・・・、そしてそのことは自分自身のわがままでも なく、自己満足ではなく、自己表現することを大切にするということは他者とともに生きることにつながるということを在学中に学び、社会貢献できるような人 間を育成したいと思っております。

⑦番目ですけれども、変わらないものをもととしながら、それぞれの時代の中でいくつかの教育目標を作って展開してまいりました。特に私がお話したいのは、創立者、伊東静江が目指したことです。

明治44年に東京聖心女子学院英語学校に入学したのですが、その時には、今の聖心の前身であると思いますけれども、在日外国人の子供のための学校と いうことで、日本人は本当に少なかったということです。その中で学んだ伊東静江は、英語を学ぶかたわら、一番心に訴えられたというか、人生の岐路に立つこ とができたというのは、外国人の修道女、シスターたちに出会ったということだということを話しておりました。シスターたちはキリストの教えというものを、 極東の地にひろめるという使命を担って日本に来ました。その姿を見て、本当に慈愛に満ちた敬虔な姿、行動の中で祈るということ、そして何をするにも人のた めに奉仕する心をもって活動することを見て、人は宗教というものをもたなくてはならないと思い自ら進んでカトリックの信者になったということです。

洗礼名はモニカと言いますが、この時代は昭和になっても良妻賢母の教育の中で、女性は学習すること、勉強することがまだ、ままならない状況であった ということがあります。創立者は、女性であっても一人の人間としての教育が必要であって、真の国際人となって、国際社会の中で活躍するために、宗教を土台 とした学校づくりをしたいということで、大和学園を始めたということです。「自分の意志をもって行動する自立した女子の教育」ということ、これを始めるに 当たっては周りから反対され、とても認められるということはなかったようですが、志をもって始められました。

創立者が作った学校は現在の校長に受け継がれました。伊東静江は昭和46年2月12日に亡くなられました、現在の校長はお嬢様で「私が継ぐとは思っ ていなかった。継ぐという力もない。ただ神様がそういうふうにあなたの使命としてこの学校を継いでいきなさいという声が聞こえてきて継ぐことになっ た・・・。」ということでございます。

伊東静江が亡くなった後で短大の卒業式のためのメモが見つかりました。今の校長はこのメモをひいて、1999年にこのように書き記しています。「一 日一日を大切にすごすように、そして理想を持ちなさい。神様が必ず助けてくださることを信じて、一生懸命その理想に向かって生きる時、必ずそれは実現する のです。そのことは私が自分の今までの人生の中で体験したのですから本当のことです。40年前この土地に学校を建てると言った時、ほとんどの人がそんな無 謀なことをと言って反対いたしましたが、今、現にこうして大和学園という立派な学校が存在しているのです。」この学生を送る言葉の中に、神への深い信頼と 感謝の念がこめられているのが感じられます。

今、神に祈り、努力することによって可能性を広げた創立者の熱意は、私を始め学園のすべての教職員に伝わり、より具体化し、実践されて大きな成果を もたらしております。私は母校ですが、創立者が亡くなった時、中学校3年生でした。そして現在の校長に変わったときに「本当に変わった」と思いました。創 立者は、とても厳しい方でした。生徒たちは近くに寄ると厳しく指導されることが多いので顔を見ると逃げていくといった現状でしたけれども、現在の校長に なった時に「とてもやさしくなった。居心地がいい」と生徒の私達は言い、本当に違う学校になってしまうという感じがありました。しかし、私が大学に行き、 また戻って教師として働く中で思うことは、時代が違いますから教育内容も違うということはございますが、お二人の共通することとして、建学の精神を実践し ていることは本当に変わらず受け継がれてきたと思っております。

創立者は「いつも祈りなさい」ということを言っておりました。今の校長もいつも祈っています。この祈りの意味とは、嘆願する、感謝する、反省する、 神様を賛美するという意味がりますが、信じるものがあって繋がってきたことを、祈ることをとおして感じております。現在の校長は「私が学校を作ってきたの ではない。教職員と共に歩んできたから今がある」ということ言葉で、私たちにもよく話しております。「生徒一人一人を大切に」とか「幸せな人づくり」とい うことを本校でも言っておりますが、まず校長がいつも言うことは、「教職員は本当に大切な宝物」ということです。もちろん生徒も保護者も大切ですが、その 前に共に働く者を大切にしてくださるということがいつもあり、それを実感しております。

最後に、聖セシリアは修道院の設立ではありませんがミッションスクールです。最初にできた時、現在の校長は、校長会に行っても「カトリック学校では ないと思います」というふうに非難されたり、認められなかったりと、いろいろあったことを聞いております。校内に聖堂を建設し、カトリック学校の証しであ る「ご聖体」を横浜教区の司教様からいただきました。これは本当に念願してきたことでした。

校長の文章の中に、「ミッションスクールの使命は、『あなたがとても大切な人なんだ』ということを生徒一人ひとりに知らせて、自分を大事にするよう な教育を行うことです。神様に愛されているということを知らせるのが使命なのです。『私なんかだめだ。』『どうせ私は』と考えてはいけない。自分の命がい かに大切かを知り、大事にする。つまりは他の人をも大事にすることに繋がるのです。」というものがあります。

現在はミッションスクールとして、カトリックの学校として、たくさんの方に認められるようになりましたが、そうなったということは、いろいろな修道 会や教区のみなさまに支えられております。宗教教育、講演会など多くの方々に支えられながら実施しております。ご聖体がありますし、月1回の教職員のため のミサが行われておりますが、いつも聖職者がいるわけではありません。教職員がカトリック学校として大切なことを守っていくには、型も大事かなと思ってお ります。生徒もほとんどが未信者です。信者の生徒、教職員は一握りですが、お祈りすること、ミサがあること、宗教教育が一貫教育の中であることを大事にし ています。最初は受け入れにくいとも思っておりましたが、子供たちは形から入り、心の中に純粋に受け入れていきます。

教職員も聖書を読んだり、お祈りなどいままでやっていないことがたくさんあるので、戸惑うことがありますが、毎日の生活の中で、それが浸透していく のは心の教育をするために宗教は大切であると思えるからだと思っております。教職員が働いた環境で、キリスト教に出会い、夢が入れるように導いてくださっ たのも校長です。

最後になりますが、教職員の宗教活動として、それぞれの部署でやっていることがありますが、創立者の名前をとり、「モニカ会」という教職員の宗教活 動があります。その中で教職員のための行事、ミサ、研修活動があったりと、いろいろな神父様方からお話しをしていただいたりしています。私達が教職員とし てどうあるべきかを学んできたように思います。神父様方だけでなくシスターがいらしたこともあります。本当に周りの方から「大丈夫かしら」と言われること も多々あったようですが、女子教育ということを創立者がなぜしたかったか・・・、この多感な時期に女子教育の本当に良いところを確信を持って実施してきた と思います。

たくさんの学校の先生方にいろいろ教えていただきながら、さらに、21世紀の中で成長できる学校、子供たちが、本当に愛することが分かること、愛されていることが分かること、幸せな人になってほしいと思っております。

晃華学園中学校・高等学校

(2)修道会の経営 女子校・・・晃華学園中学校・高等学校 広野佑子校長先生

建学の精神ということであれば、カトリック学校で共通の部分も多いと思いますが、それぞれの学校で、創立の時代、場所、対象を反映した創立者の思い から生まれた多様性を理解することも大切・・・ということがありますので、私たちの学校はどのようにして生まれてきて、どういう特徴があるのかということ をお話したらよいのかなということでレジュメを用意してまいりました。

まず、学園の沿革と教育方針に触れたあとで、母体となった修道会がどういう時代背景で生まれてきて、とういう特徴をもった修道会なのかということについてお話しさせていただこうと思います。

学園の設立母体となっていますのは、「汚れなきマリア修道会」という修道会です。1816年5月25日にフランスで、ギョーム・ヨゼフ・シャミナー ド神父とアデル・ド・バッツ・ド・トランケレオンという貴族の女性によって創立されました。翌年に男子の「マリア会」が創立されまして、この男子のマリア 会の方は明治20年ころに日本へやってきて、九段の暁星学園、大阪の明星学園、長崎の海星学園などの学校を経営しています。このマリア会の招きによって私 たちの会が1949年の9月に日本へやって来て、土地の人たちの求めに応じて子供たちのお世話をする、近所の子供たち、農家の子供たちなどをお世話すると いう形で幼稚園ができまして、九段の暁星学園の付属幼稚園として「マリアの園幼稚園」ができ、1957年には暁星学苑付属晃華小学校、翌年に東村山に暁星 学園付属暁星幼稚園が開園しています。その後1961年に暁星学園から学校法人晃華学園が独立いたしまして、中高の方は1963年の4月に開校し、現在に いたっております。

晃華学園の「晃華」という名前ですが、「晃」は「光」、「華」は「花」なんですね。「天に光輝く花」ということで、実は聖母マリアをさしておりま す。校章は大小二つの星で織り成されていまして、中央の星はイエズス・キリスト外側の大きな星が聖母マリアを表しています。これは「マリアによってイエズ スへ」という学園の理想を示しています。女子校でもありますので、聖母マリア、マリア様を理想の女性として、「マリア様のような女性になろう、神を敬い、 人を愛し、マリアのように正しく、強く、美しい生き方ができる女性に」ということを校訓としています。

カトリック精神に基づいて全人教育を行い、情操豊かな人間を育成するという教育方針を柱として、高い理想を求め、真理を探究する心を育てる、また、 開校以来、語学教育を重視しておりまして、国際的な視野に立つ女性を育成する、ということをあげています。すなわち高い学力、人間としての品格、豊かな国 際性を備え、世界に開かれた女性を育てていきたいという願いをもって教育をしております。

私どもは2012年に創立50周年を迎えますので、学園としてこれからどういう方向性で進むべきかということをみなで話し合いながら学校のビジョン を作っていきたいと考えています。8月の終わりにそれぞれの学年に分かれて、「晃華学園はそもそも、どういう生徒を育てていきたいのだろうか」ということ を話し合いまして、3つの生徒像をまとめました。

「明るく、前向きに生きる自立した女性」、その根底には神様から無条件に愛されていて、受け入れられている自分があり、その自分を肯定的に受けいれるということがあります、その自己肯定感を土台にして、明るく前向きに生きる自立した女性ということです。

それから、神様から一人一人に委ねられている使命を果たしていくために自分自身に与えられた能力を十分に伸ばして、世のためひとのために生き、より 平和でより正義に満ちた世界の実現に向けて人と協力し、忍耐強く働く女性です。生徒たちによく言っておりますのは、日本の子供たちは途上国の子供たちに比 べていろいろな面で恵まれている、働かなくても学校へ行けるし、豊かな環境の中で心配せずに勉強できる、さらには両親に恵まれ、健康に恵まれ、衣食住など いろいろな面で多くのものをいただいています。つまり大変恵まれていますが、それは、恵まれたものを恵まれていない人と分かち合うためなんだということを 言っております。

次に晃華学園の設立母体となった修道会がどういう時代背景でできたのかということなんですが、シャミナード神父という方は2000年に福者になって おりますけれども、マリアニスト家族の創始者です。マリアニスト家族というのは、男子のマリア会、女子のマリア会、在俗会、それから信徒のグループ、そう いうものを総称しています。シャミナード神父が生まれたのは1761年4月8日、亡くなっているのは1850年1月10日ですね。ちょうどフランス革命を はさんで王政から共和政、ナポレオン帝政へ、ついで、王政復古、7月革命、2月革命が相次いだ時代で、本当にめまぐるしく変転した激動の時代に生きた人で す。

アンシャンレジュームという古い体制が音を立てて崩れて、近代市民社会が生まれてくるという時代の大転換期に生まれ生きているわけです。その時代を リードした思想と言えば、神への信仰よりも人間の理性をよりどころにして、人間の力だけで人類の進歩を築いていこうという、オプティミスティックな啓蒙主 義です。教会はもう精神的な指導者とは思われなくなり、目に見える形や伝統に支えられた教会は迷信の源、理性の敵と攻撃された時代です。

それから一方では、自然現象の科学的な解明とともに、目をみはるばかりの技術革新が行われ、人々の日常生活を根底から変えていく産業革命がイギリスから始まってヨーロッパ大陸へと波及していくという時代を生きた方です。

フランスのペリグーという町で生まれ、父親は豊かな呉服商でした。13人兄弟の末子として生まれています。1785年に司祭に叙階されていますが、 その後パリ大学へ進学して、神学の博士号をとりました。フランス革命のときには、全国三部会議員に選出されています。一方、フランス革命の始まる1か月前 に、後にシャミナード神父の指導のもとで女子の「汚れなきマリア会」を創設したアデル・デ・トランケレオンが誕生しています。

革命はだんだんと穏健派の手から、急進派の手に移っていって、過激になっていきます。1792年に「聖職者市民憲章」が制定されて、カトリック教会 の司教や司祭は、公務員として国から給料が支給されるけれども、その代り、政府に忠誠を誓わされる、つまり、ローマの教会からフランスの教会を切り離そう としたわけです。それに反対すれば聖職は遂行できない、無視して聖職を遂行すればギロチンに送られる、そういう中でシャミナード神父は命がけでボルドーに 潜伏しながら司祭職を遂行しました。

しかし、ついにフランス国内にとどまることができなくなって、スペインのサラゴサに亡命をしました。36歳の時です。当時サラゴサには「柱の聖母大 聖堂」という有名な巡礼地がありまして、たくさんのフランスから亡命してきた聖職者がそこにいたわけです。シャミナードも柱の聖母によく祈り、どうすれば 祖国に信仰を取り戻せるか、自分の使命は何か、有効な宣教方法はないか・・・などを思いめぐらしていました。

革命が一段落した1800年にフランスに帰国し、ボルドーに若者たちを集めて「聖母会」をつくります。通常の生活様式に従いながら、時代と場所に適 応できる男女のグループをつくっていくわけです。この若者たちを真の使徒として養成し、福音を生きる精鋭部隊として彼らを育てていき、これを通じて社会全 体を改善していこうというような計画をもっていたのです。この聖母会のメンバーの中から修道会ができていくわけです。1816年に汚れなきマリア会、翌年 にマリア会が創立されます。そして、マリア会の会則が承認されたのが1839年、シャミナード神父は1850年に帰天しております。

マリア会が創立された時代のフランスですけれども、大革命と帝政期間中の死者は、第一次世界大戦、第二次世界大戦で失われた人数に匹敵するくらいな んですね。当時の人口からすると大変な数です。ギロチンで亡くなった人も多いのですが、200万人の人が亡くなっています。それから教会や修道会に対して 徹底的な迫害が加えられました。そのために、それまで教育を担っていた修道会が破壊された関係で、学校が荒廃してしまいました。

18世紀初頭には文字が書ける人が5人に1人、1789年には3人に1人だったのに対し、1820年には96%のフランス人が文字を読めなかったと いう状況だったのですね。シャミナードがスペインから帰国した時の祖国の状態は荒廃の一言だったわけです。「現在はびこっている強力な異端は宗教無関心で あって、これは人々の良心を麻痺させ、殻にこもった自己中心主義と情念の泥沼の内に陥れようとしております。信仰はキリスト教国の内部でも光を失い、消え つつあります。一般的な脱落と、ほとんど全世界的な、いわば背教という、予言された時期に立っているようです。・・・しかし悲観することはない。教会はど の時代にも、尊いマリアの戦いと輝かしい勝利を経験してきました。」ということを言っています。

創世記の始めにありますように、アダムとエヴァが神に背きましたが、この時神はアダムの子孫と悪魔の子孫の間に敵意を置くと言われました。このこと について「主がマリアと蛇の間に敵対関係を定められて以来、マリアは絶えず世と悪魔に打ち勝ってきました。すべての異端は至聖なる乙女の前にうなだれ、徐 々に沈黙、消滅させられたのであります。」という言葉も残しています。

現在の宗教的無関心、大異端、悪との戦いにおいても、最後に勝利をもたらすのは聖母であるという確信から、自らを聖母に奉献して聖母と共にキリスト の人類救済の事業に協力して働く信徒のグループをつくろうという目的でつくられたのが聖母会です。シャミナード神父の聖母会には司祭とか商人とか、教師と か労働者とかいろいろな人がおりました。あらゆる階層、年齢層の人からなるグループだったわけです。これをシャミナード神父は初代教会のような真のキリス ト者の共同体にしようとしてキリストの精神に生きることを求めたわけです。言い換えますと、フランス革命の「民主主義」と「平等の原理」をキリスト教の精 神で実践して社会全体を改善する戦闘的なキリスト者の養成を目標としていたわけです。

聖母会の会員に要求されるもう一つのことは、自分たちを聖母マリアに奉献して、マリアを知らせ、愛させ、マリアによって人々をキリストに導くことで した。普通、修道会と言いますと、まず男子の修道会が生まれて、次に女子の修道会が生まれて、それから同じ精神で生きる信徒のグループができるという順序 になっています。

例えば、フランシスコ会、クララ会、フランシスコ第三会というような形が多いのですけれども、マリア会の場合はまず信徒のグループに聖母会というの があってそこから女子の修道会ができ、男子の修道会が最後にできています。聖母に自らを奉献して聖母のミッション、使命に協力しようとする信徒のグループ が継続していく保証として最後に修道会ができているということです。マリア会も司祭である会員と司祭でない会員から構成されていて、司祭、教育に携わる 人、それから労務にたずさわる人がいるわけですけれども、皆、それぞれ同じ権利をもっていました。

修道服も特別なものはなく、事業としては宣教のため最も効果的な手段となる教育を選びました。「あなたたちは皆宣教師です」の言葉通り、会員の活動 はすべてイエスの福音を伝えることが目的でした。ですから、マリア会という修道会は教育事業を目的として創立された修道会ではなくて、とにかく人々に信仰 を取り戻させるという目的で創立され、そのために一番効果的な手段が教育だったというわけです。

創立の順序だけではなく、男子のマリア会は当初、汚れなきマリア会の会則、生活の規則を一部手直しして使用していました。マリア会の会則が認められるのは1839年でして、こういうのもちょっと変わっているんですね。

現在、「聖母会」はマリアニスト信徒共同体と呼ばれていました、2000年3月25日にローマ教皇庁から信徒の私的会として承認されました。その他 に在俗の奉献者の会「アリアンス・マリアル」、「汚れなきマリア修道会」、「マリア会」の4つのグループが同じ精神によって結ばれ、「マリアの宣教師」と しての使命達成のために協力しています。これら4つのグループを総称して「マリアニスト家族」と呼んでいるわけです。

このグループの目的は聖母マリアの使徒的な使命に協力するということです。マリアはキリストから全人類の母としての使命を与えられ、全人類救済のためにキリストに協力した協働者であるということから、マリアを通して人々をキリストに導くということです。

カナの婚宴に、キリストと弟子たちも来ていたわけですけれど、その時、葡萄酒がなくなったという時に、マリアは新郎新婦が恥をかかなくていいように イエスにそっと相談します。その時イエスは素気なく「婦人よ、それが私とどういう関係があるのですか」と言うんですが、マリアは、「この人が何か言いつけ たらそのとおりにしてください」と給仕たちに言いつけます。そして給仕がその通りにしますと水が葡萄酒になったという有名な奇跡が起きるわけですね。マリ アがキリストの栄光を表すきっかけを作ったということですね。「この人が何か言ったらそのとおりにしてください」つまり、「キリストが何か言ったらその通 りにしてください」という言葉をシャミナードはあらゆる時代、場所の要求に応える普遍的使徒職の要請として受け止めたのです。

だから、特定の事業とか目的のためにつくられた修道会ではなく、時代と社会の要請から、また宣教のために最も効果的な手段として教育を事業として選 んだということなのです。ですから目的は人びとを信仰に導く信仰生ということなんですが、とりわけ初等教育は子供たちの将来と生き方に決定的な指針を与え ることになるために、マリア会の使徒活動のなかでも重要な位置を占めてきました。シャミナード神父は児童生徒を尊重して礼儀を重んじ、親切とか忍耐、やさ しさなどを教師の持つべき資質として求めました。そして、生徒を「褒めて認めること、これは体罰に勝る、徳育は知育に優先する」とも言っています。

しかし、一方において「啓蒙主義とか理性万能主義に対抗するために、宗教教育は科学的かつ論理的でなくてはいけない」とも言っています。こういった革新的な理念が人々の賛同を得て、マリア会は高い評価を各地で得、たくさんの学校を経営することになりました。

マリア会の学校の指針としては5つあります。

「信仰の精神で教育する」、

「質の高い全人教育を行う」、

「家庭的な精神の中で子供を教育する」、

「正義と連帯し平和のために教育する」、

「時代の変化に柔軟に適応する」、

以上の指針のもとに世界中で学校教育に従事しており、私どもの晃華学園もそのひとつであるということです。

サレジオ学院中学校・高等学校

(1) 修道会の経営 男子校・・・サレジオ学院中学校・高等学校 中井俊夫先生

サレジオ学院に勤めて13年になります。本来は校長がお話をするのがふさわしいと思うのですが、今日、10月17日は本校にとって特別な日であり、 代わりに私が参りました。いつもは養成塾の塾生として参加しておりますが、今日は講師ということで緊張しています。上手にお話できるかわかりませんが、よ ろしくお願いします。

(a)教育修道会サレジオ会

サレジオという名前は母体となる修道会サレジオ会に由来します。サレジオ会はイタリアに本部を置く教育修道会で今年ちょうど創立150周年となりま す。サレジオ会は男子の修道会ですが、関わりのある女子修道会としてサレジアンシスターズ、宮崎カリタス修道女会がございます。

日本では、横浜にありますサレジオ学院、それから町田市のサレジオ工業高等専門学校、それから小平にありますサレジオ小学校・中学校、大阪の大阪星 光学院、また宮崎の日向学院を直接経営しています。また、赤羽の星美学園小・中・高と短大、世田谷の目黒星美学園小学校、中学校・高校、そして静岡サレジ オ小・中・高、大阪の城星小・中・高、宮崎カリタス都城ドミニコ学園高等学校などはサレジアンシスターズの経営となります。

サレジオ会は、イタリアのトリノ、ここでヨハネ・ボスコという一人の神父様がオラトリオという小さな集まりを始めたことからスタートしています。産 業革命によってひずみの生じた社会の中、劣悪な労働条件の中で教育を受けられない若者たちに、なんとか教育を受ける場を与えたいということで始まったのが オラトリオであり、サレジオ会の原点です。日本では1926年にチマッチ神父を団長とする宣教師団が来日し活動を始めました。

先ほど挙げましたサレジオ会の学校では、どこでもこのヨハネ・ボスコ、私どもはいつも「ドン・ボスコ」と言っていますが、このドン・ボスコの精神が常に教育のベースになっています。

(b) 教育理念

サレジオ会の教育理念の基本には5つの項目があります。

①   アシステンツァ

②   予防教育法

③   柔和の精神

④   愛情・道理・宗教を土台にした教育

⑤   善いキリスト者、誠実な社会人を育てる

です。特に本校の教育において強調されますのは予防教育法とアシステンツァです。

まず「予防教育法」についてお話いたします。子供たちを教育していく上で、「規則を決めてそれを破ったときに罰を与える」というような教育法があり ます。これは医療の現場で言えば「病気になってしまった後に薬やその他の処置によって身体を治療すること」に相当します。(これをドンボスコは「禁圧的教 育法」と呼びました。)これに対してドン・ボスコは「予防教育法」というものを唱えました。これは教育学の言葉ではなくて、ドン・ボスコによる造語なので すが、「病気になってから対応するのではなく、病気に強い身体を作ろう」という発想です。例えば子供たちに迷いがあったり、悪い道への誘いがあったとき に、それに耐えられる精神を作っていこうということだと理解しています。

この「予防教育法」という概念をベースに、子供たちの歩みをサポートする実践法が「アシステンツァ」です。「アシステンツァ」という言葉はイタリア 語ですが、我々教員が子供たちの先頭に立って、あるいは高いところにいて上から引っ張り上げるのではなくて、常に子供たちと同じ目線でいろいろなことをし ていきましょうということなんですね。

先日こんな話を聞く機会がありました。あるお母様がサレジアンシスターズの経営する小学校の運動会に応援にいらっしゃいました。もちろんお子さんの 元気な様子に満足をされたそうなのですが、それとともに教員が常に子供たちのそばにいてかかわりを持っていることにいたく感動されたそうです。運動会で は、子どもたちはそれぞれに役割を与えられ、一生懸命に働きます。学校によっては教員は指示するのみで全く動かないようなところもあると聞きますが、押し なべてドンボスコの学校では子供たちのそばに常に教員がおり、子供たちをサポートしているのです。私自身サレジオ会の学校で中高を過ごし、どっぷりとその 恩恵にあずかってきた身ではありますが、このような話を耳にするにつけサレジオの、常に共にいてアシストするという方針には間違いがないなということを感 じました。

(c)生徒、保護者との関わり

本校のパンフレットには「存在の教育」という言葉があります。子供たちに「自分はここにいていいんだ」ということを何とか感じてもらうことができる ように、常に心掛けているということをアピールした言葉ですが、勉学とは別のところで私たち教員が心にもっていなくてはいけないことだと考えます。進学の 面でさまざまに要求することもありますが、まずは生徒一人一人に対して「いていいんだよ、それでいいんだよ」というメッセージを発信し、子供一人一人を愛 する気持ちでかかわっていこうとしています。

生徒とのかかわりという側面でもうひとつお話をさせてください。ドン・ボスコの言葉で、は「子供たちを愛するだけではだめです。愛されていることを 子供たちが実感をしないと愛していることに意味がない」という言葉があります。これは私が、教師として生徒とかかわるときに常に意識をするものです。

新学期、新しいクラスの担任になりましたら、まず私がやりますことは、毎日昼休みに教室に行って一緒に昼食をとることです。生徒は、特に高1ぐらい になると必ずいやがります。私が教室にいなければ好き放題できるわけですから、昼休みに教室に担任がいることは決してよろこばしい状況ではないです。「高 校1年生にもなって、先生何でここに来るの?」って声をかけてくる生徒もいます。私は「職員室に居場所がないからね」なんて答えて受け流すのですが、その うちに5月も半ばを過ぎますと、私が教室にいることが普通になって、いろいろなことで声をかけてくれるようになってくるんですね。担任としても、遊んでい る様子や友達関係など授業では見えない部分が見えてくるので、非常にプラスだなあと思っています。生徒に対してはそういう部分の意識を強くもってあたって いますし、建学の精神からみれば、できれば他の先生にもやってほしいと思っていて、若い先生方にはそのようにしてみてはとアドバイスしています。

4月になりますと必ずやることがもう1つあります。自分の授業の空いている時間を示す時間割をつくって、自分の携帯電話の番号、自宅の電話番号、 メールアドレスなどを書いたプリントを作り、保護者会で配っています。配るときには「些細なことでもいいですので気にかかることがありましたらいつでもご 相談ください」と必ず一言添えています。これをやりますと保護者にはこちらのオープンな姿勢が伝わって、関係が一気に近くなります。実際に電話がかかって きて相談を受けることはそんなに多くありませんし、いざかかってきても比較的初期の段階でいろんな問題に対応できますので、自分としては割と良い方法だな と思っています。子供たちだけでなく、保護者に対しても「受け入れられている」と感じてもらうことが信頼関係を作り、それが学級運営にもよい影響を与えて いると思います。

(d)「25歳のプロファイル」

ここ10年くらいですけれども、河合神父様がいらっしゃるときから、大学進学でとどまるのではなくて、「自分が25歳になったときにどういう人間に なるべきかということを考えて中高の生活を送りなさい、大学の選択をしなさい」という指導を行っています。「こうありなさい」ではなくて、子供たちに「将 来を考えなさい」、「25歳の自己イメージをもちなさい」ということを働きかけます。先日ちょうど25歳になった卒業生に会いまして、「先生、僕25歳に なりました。10年前に言われて、25歳って大人だろうなと思っていたけれど、実際には25歳って意外と子供なんだなあ、大したことないなあと思いまし た」と話してくれました。この生徒にも「25歳のイメージ」があり、それを目標にこれまで進んできたのでしょう。どの程度言葉が届いているかは彼らの在学 当時にはわからなかったのですが、この「25歳の像」というのがきちんと子供たちへの働きかけになっていたんだということを実感した機会でした。

第5回 イエスキリストについて 梶山義夫神父

今回のテーマも前回に続きイエス・キリストです。ただし講師はイエズス会の梶山神父です。前回と比較してみて、二人の講師の話の共通点と違いを意識することができたら、この講演の目的は達成されたといってもいいかもしれません。

ナザレのイエスあるいは歴史のイエスという見方

イエスを知るには4つの福音書しかありません。福音書に描かれているイエスは、史実なのかと問われることがあります。 今日はマルコ福音書からいくつかの個所を読みながら、イエスの姿を探求したいと思います。

マルコ福音書では、いきなり大人のイエスが現れます。イエスの誕生の記述はありません。また、マルコは16章からなっていますが、16章9節以下は、古い写本にはなかった、つまり復活したイエスが現れるという場面がなかったということです。

イエスという方はどういう存在なのか?

マルコ福音書のなかで、印象的なイエスのイメージの一つは、「祈るイエス」の姿です。

マルコ1章9~11節には、いきなり大人の姿で現れて、ヨハネから洗礼を受けたという話が出てきます。「『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」天をからの声を聞くということは、祈りの大切な要素です。「心に適う」と訳されている言葉は、「喜ぶ」という意味も持ちます。つまり「私が喜ぶ者」という意味です。私は、ここで、イエスは自分だけではなく、すべての人一人ひとりが神から「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者、心の喜び」と呼びかけられていることを悟ったのではないかと思います。

6章46節には、群衆と別れてから祈るために山に入られたと書かれています。

一人でいること、沈黙していることが祈りの基本だということを示しています。現代人にはこれが難しくなった、一人での沈黙のエクササイズは現代人にも是非必要なのです。

ゲッセマニのイエスの姿を描いたところでは(14章32~36節)、イエスが逮捕される直前でのイエスの祈りについて書かれています。

イエスは父なる神に「アッバ、父よ」ととても親しく語りかけます。ここは「私の愛する子」と洗礼のところで呼ばれたことと呼応しているでしょう。当時、子どもは父親から出て、母親の胎内で大きくなって、生まれ出ると考えられていました。神を「お父さま」と呼びかけることは、人が直接神から生まれ出るという意味です。イエスだけではなく、すべての人が直接神から生まれ出たのです。神を父親として表現することは、現代の男女関係からすると抵抗があるでしょう。しかし、一人ひとりに対する、神の「おやごころ」を聖書は強調しています。

十字架上の祈り(15章33~37節)で、イエスは「エロイ、エロイ、レマサバクタニ」と叫び、さらに大声を出して息を引き取ったとあります。

祈りの基本は苦しみの中の叫びにあります。祈りとは、自分の苦しみの表明できる場なのです。神はどのような苦しみの叫びをも聞き入れる存在です。しかし、私たちも自分の苦しみの叫びだけではなく、他の人々の苦しみの叫びに敏感なのかが問われます。また、他の人のために祈るとは、他の人の苦しみに共鳴し、行動を起こすのでなければ意味がないでしょう。人間には祈る能力がありますが、現代人はその能力を十分に養っていません。

イエスの教える姿、つまり教師としてのイエスをみましょう。

「時は満ちた。神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(1章14~15節)これはイエスが宣教を始めるときの第一声です。

ここでは「罪のゆるし」が語られています。罪の概念は重要です。

罪という言葉は、「矢が的を射ていない」という意味からきています。歩むべき道を歩んでいないということでしょう。一人一人すべて罪人であり、どこか歩むべき道を歩んでいないということに気づくかどうか。道徳的な倫理観を喪失しがちな私たちは、誰もが自分の目標を見失い、また自らの罪を見ようとしないいわば「目隠し構造」のなかに生きているのかもしれません。

「悔い改め」をしめすメタノイアというギリシャ語は、「考える道筋を変える」ことです。

悔い改めというと、悪い点だけを反省するという感じですが、まず大切なことは、自分がいかに多くの人々から実際に大切にされてきたのかを思い起こすことから始めます。「内観」の方法は学校現場にも使うことができます。罪を自覚するのは、いかに愛された存在であるかを気づくときなのです。

内面に入っていくだけでなく、逆に外に出て行く。しんどい思いをしている人と出会う、生徒を釜が崎に連れて行くと、ある生徒はそこで自分の愚かさに気づく。これも回心のきっかけになります。

イエスはたとえ話で「神の国」について説かれた。

「種まきのたとえ(4章1~9節)」で「よい土地に蒔かれた種」だけが、複数形です。農夫の働きは、さまざまな失敗や困難があっても、豊かな実りという形で報われるということを示しています。

これらのイエスのたとえ話をどういう状況で共同体は聞いているか、を意識してみてください。

あちらこちらで迫害されている中で福音を述べ伝える、それは必ず豊かな成果という形で報われるということを示していることになります。私たちの教育も同じです。

マルコには「病人をいやす、悪霊を追い出す(1章29~34節)」という話が多い。マタイはどちらかというと教師であるイエスを示しているのに対して、マルコは「癒す人」です。

「癒す」というギリシャ語の言葉は「テラピー」の言葉の語源となっています。癒すというよりも、献身的に手当をする、看病をするという意味で、直接関わって接していくということなのです。手を取って起こす、汚れている人に触れていく、つまり苦しみを共有していく行為によって、人が変わっていくのです。

私たち一人一人の幸せを阻む原因が自分の中に働いている、それは「悪霊の働き」です。良いものを選んでいくことは、悪霊を追い出す行為であり、善霊にゆだねることなのです。子どもたちが生活の中で何を具体的に選ぶのかは、重要です。その成長を促すための選びを助けることは教師に求められることなのです。

片手の萎えた人についてです。(3章1~6節)

その人は会堂の隅にいました。苦しむ人こそ、真ん中にいる存在であると考えて、真の中に出るように言いました。安息日のルールをイエスが守るかどうかに注目している人々に対して、イエスは「怒る」。怒りも場合によって教育の現場で必要です。

イエスは自分が実行するだけではなく、弟子たちを養成します。

3章1~6節は、弟子たちを選ぶ場面です。使徒とは「遣わされるもの」です。カトリック学校の教員はこういう観点から見ると、皆「使徒」なのです。宣教するとは神の国の福音をのべつたえることですが、それは子どもたち一人一人が愛される存在、喜ばれる存在であることを、自分が子どもたちを愛して証明していくことです。

マルコ福音書では、イエスは弟子になるために必要なことは3つあると述べています。「十字架」、「仕える者、しもべ」、「幼子」というイメージです。

まず、自分の十字架をになうことです。(8章34~35節)自分に担うことができない十字架はありません。しかし、自分を捨てないと担えない。自己実現するにも、「自分を捨てる、つまり脇に置く」段階を経なければなりません。

さらに皆に仕えるものとなることです。福音書には「しもべ」ということばがよく使われます。(10章42~45節)新約聖書の「しもべ」の一つのイメージは、食べ物に困っている人に食事を与えるというイメージです。人々の根本的な必要に、応える人です。もう一つのイメージは、

「奴隷」と訳される言葉です。自分の意志を「脇に置く」存在であることを示す言葉です。教師の権威は、しもべの権威です。教えるものの権威の根本は「いのちを与えていく」ということです。いのちを分かち合っていくこと、これは親の権威と同じ。その権威の中に育むこと、導くこと、教えること、叱ることなどがあります。

子どものように(10章13~16節)

当時に子どもはあまり価値がないと考えられていました。子どもの概念は近代に生まれたもので、この時代には人としての価値に数えられていませんでした。

こどもはおさなご。子どもを「うるさい」存在とする大人に対して、イエスは憤った。「神の国はこのようなものたちのもの」、そしてさらに「はっきり言っておく、子どものように神の国を受け入れる人でなければ、けっしてそこに入ることはできない」ときっぱりと言います。

わたしたちは、子どもたちを本当に受け入れているかどうか、喜んでいるかどうか。子どもたちを受け入れていくためには、「自分を脇に置いておく」ことが必要です。

イエスは子どもを祝福したと書かれています。祝福とは、良いものが与えられるように願うこと、子どもの成長を願うこと、一人一人がユニークな存在であることを認めること、そして良いものを見つけて褒めることです。せっかく持っている素晴らしいものに気付いていないことが多いのです。教師は、子どもたち中の素晴らしいものや小さな成長を見つけて、自分も喜び、それを子供たちが気付くように導く使命をもっています。ここにもイエスの教師としての姿があります。

イエスは律法学者とわたりあって、ファリサイ派の人びとの教師像を厳しく批判します。

(7章1~2,6~7節)ユダヤ世界にギリシャ文明が入っていくうちに、排他的民族主義的な考え方が強く出てきました。それはユダヤ社会のアイデンティティとして律法を守ることを強調します。安息日や割礼などの掟を守ることを絶対的なおしえとした外面的な規則絶対主義をイエスは「偽善」として批判しました。

福音書に彼らへの批判が書かれているのは、福音書が書かれた共同体にファリサイ派的な考え方が根強くあったからでしょう。教会に実はこの考え方が入りやすい。

この考え方は、宗教だけではなく、教育の世界も陥りやすい問題なのです。「父、先生と呼ばれてはいけない」とイエスも言います。宗教や教育は「ハラスメント」が生まれる温床でもあるのです。

イエス神殿にて(11章15~19節)

イエスは、こういうことをするから死刑になるのでしょう。

イエスは神殿の中で当時行われていることが、本当の礼拝ではないと批判し、その批判を行動で示しました。神殿の管理職である大祭司は権力のトップにあり、それはローマ皇帝からも認められていた権威であったのです。ところがイエスはそこを根底から否定した。だから死刑をうけた。最高法院「神を冒涜するもの」として死刑の宣告を受けたのです。(14章53,61~64節)2人の強盗と一緒に、ローマ帝国に対する反逆者として十字架につけられました。「ユダヤ人の王」という罪状書きをつけられて。(15章25~28節)

5000人の男にパンを与える(6章30~44節)

そこは人里離れた場所で、砂漠、荒れ野であり、食物がなかったのです。 旧約聖書でも、荒れ野は、エジプトから出た民が、パンがないと叫びました場です。そこで「マナ」が与えられました。ここでイエスは、よい牧者として表現されています。これは今でも「最後の晩餐を記念する」共同体のミサとして生き続けています。このミサを通して、イエスは良い牧者として、つねに共にいるということを示しています。

学校もこのような場です。教師はいのちの糧が入ったかごをを与えられ、パンを子どもたちに配る。教師はいのちの糧を配り、仕えるしもべなのです。

湖の上を歩く(6章45~52節)

ガリラヤ湖が舞台でした。海は「カオス」です。嵐は秩序をひっくり返し、いのちを無にしてしまいます。このカオスの暗闇に舟があります。舟は共同体のシンボルです。この湖の上で危機の状態を迎えます。こういう中で「安心しなさい、恐れることはない」とイエスは言います。

今の学校の現状を、「あらし、くらやみ」ととらえている方もいるかもしれません。そのようななかで前向きに子どもたちを大切にしていく、成長を祝福していくことができるのかが問われます。その困難のなかで、「嵐のなかの舟」とも言うべき職員室が、神の国となっているかが問われます。そうであれば、「安心しなさい。恐れることはない」という言葉を聞くでしょう。

質問 イエスとキリストとはどう違うのですか?

イエスは、よくある人名です。・キリストという呼称は、油が注がれた者という意味です。イエス・キリストという表現は、イエスはキリストであるという信仰告白を込めて使われる言葉です。

感想

今回の話も、聖書の話でちょっとどうかなと私は思っていたのですが、小グループで皆さんの感想を聞いてみると意外にもおもしろかったという感想が多かったのですね。ちょっと驚きました。聖書のイエスを学びながら、学校の中の自分をそれと重ね合わせながら聞いているというのです。

特にファリザイ人を批判するところで、心を動かしました。学校というところは律法主義に陥りやすいところです。イエスがファリザイ人を批判するのは、学校の中の私たちが批判されているように感じました。

第6回 弟子・使徒

今回の講話は、仙台白百合学園中学高等学校の土倉相先生です。以下の文章は講演をもとに土倉先生に書き下ろしていただきました。レジメが用意されておりましたが、ほとんど講演内容に盛り込まれておりますので、省略します。

今回の講話では、次の2点に重点をおいてみたい。

①イエスの弟子、使徒とはどんな使命をもった人達かを知り、カトリック学校との関係を整理する。

②カトリック学校に勤める者として、「イエスの弟子」や「使徒」という言葉と「自分自身」には、どのような関わりがあるのかを考えるヒントを探す。

話の中で、第二バチカン公会議や教育聖省の文書なども紹介するが、「こう書かれているから、こうでなければならない」という意味で紹介するつもりはない。私たちが、働いているカトリック学校やそれを支えているカトリック教会の姿をまず客観的にみておきたいという意図での引用のつもりである。

1.弟子、使徒を知る~カトリック学校の「使徒職」

使徒とはギリシャ語で απόστολος (apostolos) という。「派遣された者」という意味をもち、マルコによる福音書(3;14)によれば、イエス自身が12人の弟子を選び、自ら「使徒」と命名した。「派遣された」とは、誰に向けてだろうか?生前のイエスはイスラエルの民が対象と考えられる。マタイによる福音書には「異邦人の道へ行ってはならない」という言葉さえみられる。受難と復活、昇天の後、「全世界、すべての民へ」となった。派遣の目的は「福音を告げること」である。

もう少し詳しい説明を紹介したい。

森一弘司教「キリストの言葉」より

使徒とは、権限を委託され、その人物に代わって、その望むことを伝えたり、果たしたりする重要な人物をさす。使徒(遣わされた者)は遣わす者と同等にみなされ、伝統的なユダヤ教にはない新しい概念だった。(伝統的なユダヤ教では教えを伝えるのは預言者、祭司、律法学者、ラビ)

イエスはなぜ使徒を選んだのか?(使徒の使命)

1)彼らをそばに置くため・・・キリストのよき理解者、協力者になる

2)派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能をもたせるため・・・人間の悲惨な姿に心を動かし、悲しみに共感して、そこに走り寄っていく。愛の実践を行う。

ベネディクト16世「使徒」より

福音を告げる目的は、「神との交わりに人々を招くため」である。「交わりは、今日すべての人を脅かしている孤独と戦うために主が私たちに与えた薬」

教会は信仰、希望、愛の共同体である使徒たちを土台にして建てられた。

使徒は交わりへ奉仕する共同体  使徒の後継者は教会に与えられた信仰の遺産の守護者であり、その権威ある証人であると同時に愛の奉仕者である。

一般に「使徒の後継者」とは「司教」をいう。しかし、第二バチカン公会議(1962~65)後、聖職者だけではなく、一般信徒の使徒としての役割(信徒使徒職)が強調されるようになった。

第二バチカン公会議の文書には次のようなものがある。

第二バチカン公会議「教会憲章」より

キリストの一つのからだを構成する信徒は誰でも、生きた構成員として、教会の発展とその絶え間ない聖化のために、創造主の恵みと贖い、主の恩恵によってうけた自分のすべての力を用いて協力するように招かれている。(4;33)

第二バチカン公会議「信徒使徒職に関する教令」より

その能力に応じて教会の発展に寄与しない構成員は教会にとっても、また本人自身にとっても無益な構成員と言わなければならない。信徒は福音の宣布や人々の聖化に尽くすとき、また福音の精神を世間に浸透させ、その秩序を完成するよう働くとき、使徒職を行う。(1;2)

この2番目の文書などはかなり厳しいものと感じられる。では、「使徒職」と呼ばれるものはカトリック学校とどのような関係にあるのかも見ておきたい。

◎カトリック学校と使徒職の関係、カトリック学校の教職員と使徒職の関係

ローマ・カトリック教育聖省「カトリック学校」(19773)より

カトリック学校はそれ自体が、「真の使徒職」を繰り広げていく。カトリック学校の使徒職に携わる人は「教会の必要欠くべからざる任務」を果たしているのである。(5;63)

ローマ・カトリック教育聖省「紀元2000年を迎えるカトリック学校」(199712)より

カトリック学校において、ユニークなキリスト教的な学校の雰囲気を創る第一の責任は、個人として、また共同体としての教師たちである。(8;19)

カトリック学校は、それ自体が「使徒職」を行う機関ととらえられている。しかし、ここまでは、カトリックの信徒である教師を対象とした話と考えることができる。必ずしもカトリック学校の教師が信徒であるとは限らない日本において、このあたりはどのように考えればよいのだろうか。

◎日本のカトリック学校で、信徒でない教職員をどう考えたらよいのか。

森一弘司教「カトリック学校のアイデンティティを求めて」(20087月全国カトリック学校校長・教頭合同研修会講演資料)より

1980年後半に全世界のカトリック学校のための指針を明確にする必要性を感じたバチカンは、素案をつくり、それを全世界の教会とカトリック学校関係者に送付し、意見を求めた。それを参考にし、1988年にローマで会議を開催し、指針を完成しようとした。その素案の一項目に、「カトリック学校で働く教職員は、カトリック教会の教えを理解し、それに忠実な者でなければならない」という条文が入っていた。そのまま適応されてしまえば日本のカトリック学校に勤める教師の大半が失格ということになる。日本だけでなく、中南米、北米、カナダなどの司教たちも、それぞれの理由から条件を和らげることを求め、その結果条文は穏やかな表現に置き換えられ、「カトリック教会の理解者である」という内容になった。

溝部脩司教「カトリック学校の福音的共同体を築くために」(20042)より

信仰の有無にかかわらず、カトリック教育の現場に立つ者すべてが、教職員として指導の根幹にキリスト教的な理念をもつように努力しなければなりません。宗教教育を支えるのは、カトリック学校教職員全体の責任であり、その意味で、あらゆる教科や生活指導、学級経営の中に宗教的価値観や宗教的な情操を大切に育てていくことが必要となります。

つまり、日本においてもカトリック学校が使徒職実践の場である以上、そこで働く教職員は何らかの形で、使徒職に与るように招かれていると言えそうである。

2.自分自身の問題として考えるために

~聖パウロの生き方から得るヒント〜

前半で、私たちが勤めるカトリック学校と「使徒職」の関係を見た。では、私たち、「イエスを直接知らない者」が「使徒職を果たす」とは何をすればよいのか?「使徒職を行う」ということを考えたときに感じる「戸惑い」、「ためらい」、「プレッシャー」をどう整理すればよいのだろうか?信仰をもたない教職員はどのようなスタンスで使徒職に与ればよいのだろうか?聖パウロの生き方、心の変遷を追いながら、このあたりの考え方を示してみたい。

◎聖パウロはどのような人だったのか

一般的なイメージは、聖アウグスティヌス(4~5世紀)の言葉「パウロは赤いライオン、神の偉大なライオン」から連想されるように、「強い意志の力をもっており、妥協やためらい、中途半端を憎む強い人」というものだと思う。しかし、パウロは別なとらえ方もできる。

聖パウロは3つの側面で捉えることができる

ア) 民族としてはディアスポラのユダヤ人・・・エルサレムを離れたユダヤ人

イ) 環境においてはヘレニスト・・・ギリシャ文化の影響を受けて育った

ウ)市民権によってはローマ人・・・帝国内のエリート階級

ア)ユダヤ人としての聖パウロ

ファリサイ派としての最高の教育を受けていたパウロにおいて、生活の中心にユダヤの律法があった。また、ユダヤ民族には特徴的な時間や歴史のとらえ方がある。イザヤ書やエレミア書に使われている「将来」という言葉はアハリート、「過去」はケデムという言葉だが、アハリートには「背中」、ケデムには「目の前」という意味がある。日本人の感覚とは正反対と言える。「過去はもう誰も変えることができないので皆で目の前に置くことができ、そこに神の導きや恵みを探すことができる。未来はまだ誰にも見えないので背中の方にある」という考え方である。パウロもこの考え方をもっていたはずである。

イ)ヘレニズムの環境で育った聖パウロ

聖パウロが身につけたのは、ギリシャ語と論理的な考え方である。ギリシャ哲学(ストア派)の影響も受け、パウロはすでに若い頃から大きな世界観を確立していたのではないだろうか。

ウ)ローマの市民権をもつ聖パウロ

規則をつくり、組織をつくり、強い軍隊をもっていたローマ帝国。全体の秩序は重んじられていたが、格差社会ができており、富裕層の人々には道徳的な退廃もみられる社会。ローマの市民権をもっているということは帝国内でのエリートに属することを意味していた。宣教活動の中でこのローマ市民権を有効に生かし、また、一人のローマ市民として、パウロは「人間を組織の歯車としてしか見なさない社会」、「人間を競争相手としか考えない社会」と対峙する。

◎聖パウロと回心

回心前のパウロ・・・律法熱心であったパウロは律法を守らないヘレニストキリスト者を迫害していた。律法の敵がパウロの敵。

回心の後のパウロ・・・自らヘレニストキリスト者の中に入り、シリアのアンティオキア教会で活動を始め、異邦人への宣教旅行を行う。

この回心に際し、ユダヤ人の考え方で目の前に自らの過去を置き、人生を振り返ったパウロは何を考えたのだろうか?

パウロは、長い時間をかけ、それまでの自分の人生・境遇が神によって用意されたものであったことを確信した。

「わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされた・・・」(ガラテア1章15節~)

◎聖パウロと他の使徒との違い

「すべてを捨てて、イエスに従った」ペトロやヨハネたち(ルカの福音書による弟子の召命)とは反対に、パウロは「すべてを生かしてイエスに従った」と言えるのではないか。

聖パウロは人生の中で与えられたすべてを、感謝の心で生かそうとした。イエス自身に出会えなかったこともハンデとは考えず、ファリサイ派の教えに通じ強い拘りをもっていたこと、従っていたことも恥とはせず、生かした。ヘレニストとして身につけた広い視野と世界観で物事をとらえ、ローマ市民としての特権も最大限利用する生き方をした。このような生き方を、パウロは回心後、長い時間をかけて身につけていった。回心前までの自分の人生を感謝の心で受け入れることができたのがパウロだったのではないか。

感謝とは「すべてを神に任せる」という信頼であり、「祈り」と結びつく。聖パウロは「感謝の人」であったととらえることができる。事実、「感謝」という言葉は全聖書の中で、パウロの手紙の中で最も頻繁に使われている。

「どんなことでも思い煩うのはやめなさい。何事につけ感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすればあらゆる人知を越えた神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピの信徒への手紙4章6節)

◎聖パウロから学ぶ使徒の生き方、生きる姿勢

自分のこれまでの歩みを振り返り、感謝のうちにそれを生かしていくことができるだろうか?

自分を振り返ることの大切さ、自分の人生の中に神の働きかけをさがしてみよう。

マイナスに思えるような境遇や歩みの中にも神の導きがあるのではないか?

3.まとめ~分かち合い(略)

カトリック学校を職場として歩んできた私達も、一人ひとりが「母の胎内にいたときから、そのようにあるよう、選び分けられ、導かれてきた」と感謝の心をもって考えることができたら、今、それぞれにできる「使徒職」が、はっきりと見えてくるのではないだろうか。

土倉先生の奉職されている仙台白百合学園は、聖パウロを守護の聖人に修道会によって経営されている学校です。聖パウロに寄せる想いに力が込められていました。皆さんはこれをどのようにお読みいただけたことでしょうか?

第1回 人間の危機とカトリック学校の今日的なチャレンジ

今日は「養成塾」の第1回目である。参加者はスタッフを入れて40名くらいである。みんなどこか緊張した面持ちで参加している。

今回の講師は森一弘司教。当初はカトリック学校連合会の河合神父であったのだが、直前で変更になった。

森司教の話しは、この「養成塾」の趣旨の説明からはじまった。

今までは、カトリック学校には修道会があって、創立者の精神が学校の精神となって運営されてきた。しかし、修道者や司祭が減ってきており、このようなときに「カトリックらしさとは何か」という共通理解はない。それを見出していこうとするムーブメントがこの塾である。参加者は互いに刺激し合って、みんなで考えていきたい。今まで、先生方に本音、善意があっても、火花をはなち、形になるところまではいかなかった。具体案が出ても実現しなかったのがこれまでだった。2年前の全国カトリック学校校長・教頭研修会をきっかけとして生まれた塾、これからどうなるかは参加する皆さんの思いによっている、2年、3年と続いていけば大きな力になると信じている。

このような話しはこれまで何度も聞いてきた。しかし、だからどうしたらいいのかということについてはなかなか聞かれない。今回はそれが具体的に聞かれそうである。いや、結局これは自分たちで考えるしかないのかもしれない。ここはそういう場ととらえた方がよさそうだ。

この「養成塾」が、カトリック学校の校長・教頭研修会において有志の呼びかけからうまれていることにも期待が持てる。上から与えられるものではなく、カトリック学校の現場からのニーズに応える形で提起されているからである。

今回の森司教の話しの演題は「人間の危機とカトリック学校の今日的なチャレンジ」である。レジメを見ながらの説明だった。

レジメ1-1

この図では「人間として生きることを困難にする社会のシステム」を図解している。

レジメ1-2

さらにこの図では、それに対する「教会共同体」「キリスト」「神」の価値観を対置させている。

この現代社会を支えている資本主義の論理と教会・キリスト・神の価値観とのせめぎ合いの中にカトリック学校も置かれているわけである。

レジメ1-3

講師は「このせめぎあいの中でカトリック学校のもつべきアイデンティティと問題点がみえてくるのではないか」という「基本的な考え」を示された。

次に森司教は聴衆にある問いを投げかけた。

今の日本の社会に生まれてきて、幸せだなあと思う方はどのくらいいますか?

大変なことだなと考える方はどのくらい? 同じくらいですね。

ある国際的な修道会で話しをしたときに、多くの外国からの方は「日本は豊かで、子どもたちは幸せですね」という日本に対する印象を持っていた。

しかし、森司教は次のように応えられた。

私は、日本の社会が一番不幸かもしれないという話をした。先進国の中で、日本は自殺率がトップである。自殺率は人口10万人あたりの人数で比較している。1時間に3,4人もの人が自殺している。日本以外にはどこにもない。統計に上らない実際の人数や自殺未遂はもっとある。これは何なんだろうか?

続いて話しは、近代資本主義の論理についての説明に入った。

その論理は「迷惑の倫理」「自己責任の倫理」などを生み出しながら私たちの生きている社会全体を覆う。民主主義もその一環を構成しているし、企業や学校そして家族でさえもまぎれなくその論理のもとに包み込まれているという。

教育共同体もこの論理で侵されてしまっている。国家行政によって学校の教育の方針が決められ、乗せられてしまっている。結果として学校は、「国家に役立つ人材を派遣するシステム」に、知らないうちになってしまっている。この流れで、家族という共同体も汚染されてしまっている。親達はピラミッドの上へ子供たちを送り出すために準備する。家族の心までこの論理で蝕まれてしまった。人間の心や人間性を蝕むような論理が働いており、多くの人がもがいている。いつのまにか人間の心の空洞化、人間疎外が浸透していた。それが自殺率の増加という形であらわれている。

それに対置する「教会・キリスト・神の論理」がある。

上からの論理に対して、人間をささえようとする論理、人間の幸せを支える論理があるはず。カトリックの視点からは「神」がある。創世記の一章、神は人間を祝福している。神は人間の幸せを願っている。この祝福の中に人間の営みが始まっているということが明確。また、「一人でいるのはよくない」という言葉がある。一人では人生をまっとうできない。一人では「生きてきてよかった」という実感をもつことができない。一人では生きていくことの意味を見いだせない。「人と人との出会いは互いを幸せにするための出会いである」ということが聖書的では語られている。出会った他者を幸せにする役割が人間に与えられているという視点が聖書にある。幸せによりそっていく役割。神の「人間に幸せになってほしい」という願いの祝福で人間は始っている。

人間には二つの根源的な渇求、「生への渇求」、「幸せへの渇求」が基本にある。これらの渇求をどう展開するか? 物で幸せにするという視点だと資本主義になる。しかし、人間の中には身体性の部分の背後に「私」がある。身体性の部分は資本主義によって満たされることができるが、「私」の部分は満たされない。

新しくできた商店街で売っているものは「なくても生きていけるもの」。人間の深い心の交わりという視点はまったくない。売っている人の人間疎外や空洞化の犠牲の上に成り立っているのではないか。現代には、歯車としてではなく、能力でもなく、「役立つか役立たないというような視点とは全く違う視点」で人間が大事にされるということが必要である。

人間には、心への飢え渇き、柔らかな棘のないあたたかな心への飢え渇き、掛け替えのない存在として肯定されたいという飢え渇きが根っこにある。これに応えあうのが本来家族のはず。家族共同体の論理には、本来、時間の論理がないはず、みんなで・・・ということがあれば人間は生きていられるのだが、それが上からの力によって空洞化、家族の絆の希薄化が起きている。そうなれば、子供たちも落ち着きがなくなってくる。

この話の中で「出会った他者を幸せにする役割が人間に与えられているという視点が聖書にある。幸せによりそっていく役割。神の『人間に幸せになってほしい』という願いの祝福で人間は始っている。」という表現が、心に残る。「他者を幸せにする役割」「幸せになるという願いの祝福」教育はまさにこれに即結びつくだろう。しかし、教育が選抜と競争の機能を持つときに、教育は一部の人の幸福と多くの人の不幸をもたらしてしまうのではないかという考えが頭をよぎる。

「現代社会の直面する根源的な危機にあたって、このまま「資本主義の論理」に巻き込まれていっていいのか? カトリック学校は今どのようなチャレンジを求められているのか? それをこれからここで考えていきたい、一緒にチャレンジしていきたい、ここはそういう『養成塾』でありたい」と話しを結ばれた。

話しはまさに「序論」であった。その「序論」もいつも聞かされていることとそんなにかわりがない。しかし、この場がこれから定期的にもたれて、積み重ねていくという背景がある。いつもだと話しはここで終わってしまい、聞くほうに欲求不満が募ってしまうのだが、ここはちがう。これからがあるのだ。こういう共通認識のもとにこれから学び、分かちあいを積み重ねていくところから、なにかがうまれると期待させる「序論」であった。

この「序論」を参加しているカトリック学校の教員たちはどう受けとめたのか、がとても気になった。

このあと、10人くらいのグループに分かれての話し合いがあった。時間が短くて今回は「自己紹介」をひとまわりした程度で終わってしまったが、これからのこの「養成塾」への参加者の意気込みが少し伝わってきてうれしかった。

(文責 事務局 土屋)

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期日:2009年6月~2010年3月(8月を除く)

月2回、土曜午後5:00~7:30

日程およびテーマはここを参照してください

合宿:日時 2009年12月25日午後~27日正午まで

会場 YMCAアジア青少年センター(東京都千代田区猿楽町2-5-5)

会費 20,000円

会場:東京・四谷、二コラバレ修道院1階会議室

(JR四谷麹町出口左前方徒歩30秒)

募集人員:35名(先着順)

参加資格:学校長の推薦のある者

締切:5月末

申込方法及び申込先:

下記の入力フォームに必要事項を記入し、送信してください。

申込受領後、受付完了の返信を致しますので受講料を振込んでください。


年間受講料:50,000円

(合宿費用は含まれていません。 合宿費用は別途徴収)

            (養成塾 事務局 北村司郎)