9.マザーテレサの祈り『あなたの中の最良のものを』

 マザーテレサのコルカト(カルカッタ)にある「孤児の家」の壁に書いてあった言葉を紹介しましょう。
 いかにもマザーテレサ好みの「究極の福音」であるような気のするメッセージです。
 中学2年生の「倫理」の授業で紹介したら、キョトンとしていた生徒が多かったのですね。この詩のすごさがわかるにはまだ若すぎたのかもしれません。

『あなたの中の最良のものを』

人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい

あなたが善を行なうと、
利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく、善を行ないなさい

目的を達しようとするとき
邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなく、やり遂げなさい

善い行ないをしても、
おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい

あなたの中の最良のものを、世に与えなさい
けり返されるかもしれません
でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい

最後に振り返ると、あなたにもわかるはず
結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです
あなたと他の人の間であったことは一度もなかったのです

マザー・テレサ

「Give the world the best you have」

People are often unreasonable, illogical, and self-centered;
Forgive them anyway.

If you are kind, People may Accuse you of Selfish, Ulterior motives;
Be kind anyway.

If you are successful,
you will win some false friends and some true enemies;
Succeed anyway.

If you are honest and frank, people may cheat you;
Be Honest and Frank anyway.
What you spend years building, someone could destroy overnight;
Build anyway.

If you find serenity and happiness, they may be jealous;
Be happy anyway.
The good you do today, people will often forget tomorrow;
Do good anyway.

Give the world the best you have,
and it may never be enough;
Give the world the best you’ve got anyway.

You see, in the final analysis,
it is between you and God;
It was never between you and them anyway.

Mother Theresa

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10.「逆説の10か条」ケント・M・キース

 しかし、この文はマザーテレサのオリジナルの言葉ではありません。実は元ネタがあったのです。
 オリジナルの作者はアメリカのケント・キースというひと。1960年代に彼が大学生のとき高校生の前で話したことがオリジナルでありました。別な人から「あなたの言葉がマザーテレサの修道院に書かれていた」というのを知って本人はびっくり仰天したということです。

逆説の十か条

1. 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
  それでもなお、人を愛しなさい。
2. なにか良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。
3. 成功すれば、うその友達と本物の敵を得ることになる。
  それでもなお、成功しなさい。
4. 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。
5. 正直で率直なあり方は、あなたを無防備ににするだろう。
  それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。
6. 最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。
  それでもなお、大きな考えを持ちなさい。
7. 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後ろにしかついていかない。
  それでもなお、弱者のために戦いなさい。
8. 何年もかけて築いたものが、一夜にして崩れさるかもしれない。   
  それでもなお、築きあげなさい。
9. 人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると 攻撃されるかもしれない。
  それでもなお、人を助けなさい。
10. 世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
  それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。

The Paradoxical Commandments
Finding Personal Meaning In a Crazy World
by Dr. Kent M. Keith

People are illogical, unreasonable, and self-centered.
Love them anyway.

If you do good, people will accuse you of selfish ulterior motives.
Do good anyway.

If you are successful, you will win false friends and true enemies.
Succeed anyway.

The good you do today will be forgotten tomorrow.
Do good anyway.

Honesty and frankness make you vulnerable.
Be honest and frank anyway.

The biggest men and women with the biggest ideas can be shot down by the smallest men and women with the smallest minds.
Think big anyway.

People favor underdogs but follow only top dogs.
Fight for a few underdogs anyway.

What you spend years building may be destroyed overnight.
Build anyway.

People really need help but may attack you if you do help them.
Help people anyway.

Give the world the best you have and you’ll get kicked in the teeth.
Give the world the best you have anyway.

 英語もまたいいと思います。
 この言葉の作者はケント・M・キースという1949年生まれのアメリカ人です。ネットでこの人物と「逆説の10か条」を検索していたら、1冊の本に出会いました。
「それでもなお人を愛しなさい −人生の意味を見つけるための逆説の10か条」(ケント・M・キース著 大内博訳 早川書房刊)
 その帯にはこう紹介されています。
「変革を夢見た若者が60年代に記したメッセージは、口づてに広まり、世界中で愛される格言となった」

 この祈りは、福音の真髄が表現されていると思います。そしてそれはカトリック学校の「宗教教育」の目指すところ、福音的価値観を煮詰めていくとこういうふうになるのではないかと思うのです。

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8.フランシスコの「太陽の賛歌」

 正真正銘のフランシスコ本人の祈りである「太陽の賛歌」を知っていますか? この祈りもすばらしい祈りです。

太陽の賛歌

神よ、造られたすべてのものによって、私はあなたを賛美します。
私たちの兄弟、太陽によってあなたを賛美します。太陽は光をもって私たちを照らし、その輝きはあなたの姿を現します。
私たちの姉妹、月と星によってあなたを賛美します。月と星はあなたのけだかさを受けています。

私たちの兄弟、風によってあなたを賛美します。風はいのちのあるものを支えます。
私たちの姉妹、水によってあなたを賛美します。水は私たちを清め、力づけます。
私たちの兄弟、火によってあなたを賛美します。火はわたしたちを暖め、よろこばせます。

私たちの姉妹、母なる大地によってあなたを賛美します。大地は草や木を育て、みのらせます。
神よ、あなたの愛のためにゆるしあい、病と苦しみを耐え忍ぶものによって、私はあなたを賛美します。終わりまで安らかに耐え抜くものは、あなたから永遠の冠を受けます。

私たちの姉妹、体の死によってあなたを賛美します。この世に生を受けたものは、この姉妹から逃れることはできません。大罪のうちに死ぬひとは不幸なものです。
神よ、あなたの尊いみ旨を果たして死ぬ人は幸いなものです。第二の死は、かれを損なうことはありません。

神よ、造られたすべてのものによって、私は深くへりくだってあなたを賛美し、感謝します。

 この詩は、フランシスコが、眼病が悪化してほとんど目が見えなくなった時に造られ、1226年死の床についたときに「姉妹なる死」という部分を加筆したと伝えられています。
 「聖書以来もっとも美しい詩」とたたえられ、「賛歌(ラウダ)」とも呼ばれています。「ブラザー・サン。シスター・ムーン」という映画のタイトルはこの詩から取られています。
 フランシスコにとって「体の死」は「私の姉妹」であり、太陽や月と同じように、それによって神をたたえるものでもあったのですね。

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7.アシジのフランシスコの平和の祈りについて

 私の勤めていた学校では、朝の祈りの時に「主の祈り」をとなえているのですが、火曜日だけは「フランシスコの平和の祈り」を唱えます。みなさんの学校の中でもこの祈りをとなえている学校は多いと思います。それを唱えればすべてをいのっているような「究極の祈り」の一つだと思っています。
 ところがこの訳は定まっていません。いろいろな訳があるのですね。それをちょっと比べてみましょう。

神よ、わたしを、
あなたの平和のために用いてください。
憎しみのあるところに、愛を
争いのあるところに、和解を、
分裂のあるところに、一致を、
疑いのあるところに、真実を、
絶望のあるところに、希望を、
悲しみのあるところに、よろこびを、
暗闇のあるところに、光をもたらすことができるように、
助け、導いてください。
神よ、わたしに、
慰められることよりも、慰めることを、
理解されることよりも、理解することを、
愛されることよりも、愛することを望ませてください。
わたしたちは、
与えることによって、与えられ、
すすんでゆるすことによって、ゆるされ、
人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。

こんな訳もあります。

わたしをあなたの平和の道具としてお使いください
憎しみのあるところに愛を
いさかいのあるところにゆるしを
分裂のあるところに一致を
疑惑のあるところに信仰を
誤っているところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇に光を
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように 
わたしたちは与えるから受け 
ゆるすからゆるされ 
自分を捨てて死に 
永遠のいのちをいただくのですから

 この二つの訳を比較して何か気がつきませんか。一番大きな違いは最後の部分だと思います。
 一つは「人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。」となっています。
そしてもう一つは「自分を捨てて死に 永遠のいのちをいただくのですから」なんですね。
 英語ではこうなっています。

LORD,
make me an instrument of Your peace.
Where there is hatred, let me sow love;
where there is injury, pardon;
where there is doubt, faith;
where there is despair, hope;
where there is darkness, light;
and where there is sadness, joy.
O DIVINE MASTER,
grant that I may not so much seek to be consoled as to console;
to be understood as to understand;
to be loved as to love;
for it is in giving that we receive;
it is in pardoning that we are pardoned;
and it is in dying that we are born to eternal life.

 この英文では「死ぬことによって永遠に生きる」という訳になります。つまり、日本語の二つの祈りはこの部分を訳者の考えによって意訳しているのですね。私のいた学校では。前の祈りを唱えていたのですが、若いシスターがこの訳はおかしいといって、この部分を削除してしまいました。その時は「そういうもんかな」くらいの意識しかなかったのですが、今となって考えるとこの部分は「死ぬことによって永遠に生きる」という訳の方が正しいと思います。
 「平和の祈り」を唱えていて、おそらくもっとも引っかかるところはこの最後のところだと思います。これってどういう意味なのかなといつも考えながら祈るのですね。それを一つの解釈へと導いてしまうのはどうかなと思うからです。
 この祈りはフランシスコ自身の作った祈りではないとされています。しかしフランシスコの精神と生き方を実によく表現しているということで20世紀になってひろまったもののようです。あるところには次のように記載されていました。

 この詩は、1913年に、フランスのノルマンディー地方で、「信心会」の年報『平和の聖母』(1913年1月、第95号)に掲載された。さらに、 1916年1月、バチカン発行の『オッセルヴァトレ・ロマーノ』紙で公認された。そして、第一次世界大戦の中、人々に広まっていった。
 第二次世界大戦が終わった1945年10月、サンフランシスコで開かれた国連のある会議の場で、アメリカ上院議員トム・コナリーがこの「平和の祈り」を読み上げたという。それ以降、この詩が広く知れ渡るようになったらしい。

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6.エロスとアガペ

 高校の公民科「倫理」の授業で、ギリシャ的な愛(エロス)とキリスト教的愛(アガペ)を比較して説明します。ちょっと理屈っぽいのですが、ここで紹介しましょう。
 これはスウェーデンのプロテスタントの神学者ニーグレンという人の考えです。

 これを読むとまさに「Joy pf Giving(与える喜び)」がキリスト教的な愛(アガペ) の生き方の根幹であることが分かるでしょう。

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4.シルバスタイン「大きな木」

 シルバスタインの「大きな木」という絵本をご存知でしょう。最近村上春樹訳の本が出て話題を呼んでいます。この本の原題は「Giving Tree(与える木)」というものです。
 この絵本を「音響映像」というプロダクションがスライドにしたものがあります。もうこの会社はないのでこのスライドは手に入らないのが残念です。スライドだと劣化変色してしまうので、私はそれをDVDに作り直しました。ここでそれを見てみましょう。
 このスライドのタイトルは「それで木はうれしかった」というタイトルです。
 私たちはこのスライドを中学1年生のオリエンテーション合宿で180人全員に見せることにしています。
 見せたあとに中1の生徒たちにインタビューふうに質問をします。
「このスライドを見て何を感じた」からはじめます。
「この『木』のような人は身近にいるかな」
 この質問は、この学年の中に半数いる清泉小学校の卒業生には最初はあてないことにしています。すぐに「神様」という答えが出てきてしまうからです。この答えが最後に出てくるように工夫する必要があります。最初に出てくる答えは「おとうさん」「おかあさん」「両親」という答えが出てきてほしいからです。もし「神さま」というこたえがでてきたとしても、私はそれを一つだけの正解とはしない。正解の中の一つであるというように答えることにしています。
 ここで問題になるのは、シルバスタインの原作は、この木は女性形で表現されているのですが、このスライドでは「おじさん」であるということです。村上春樹訳でも原作を尊重して女性の口調です。このことを問題にするときは、日本語の訳も一緒に紹介して比較しながら、女性形と男性形とどちらがいいか?生徒にも聴いてみます。スライドのインパクトが強いせいか、けっこう多くの生徒が「おじさんのほうがいい」と答えます。わたしもこの「おじさん」のほうがいいと思うのですがどうでしょうか。
「この木は本当にうれしかったのか、幸福だったのか」という質問もいい質問です。とちゅう、1回だけ幹を切られてしまったときに「けどそれはほんとうかな?」と揺らいでいるところがあるからです。村上春樹訳は「それで木はしあわせに………なんてなれませんよね」と訳しています。ここのところ原文では「And the tree was happy……but not really.」となっています。
 最後に聴く質問です。この問いかけは、このスライドだからできる問いかけです。絵本ではできません。

「この本のタイトルは、シルバスタインの原作は『Giving Tree(与える木)』です。日本語の訳は『大きな木』、それに対してこのスライドは『それで木はうれしかった』なのですね。この3つのうちでどれがこの本のタイトルとして一番いいと思いますか?」

 もとよりこの問いかけには正解がありません。著者がつけたタイトルがもっともいいだろうというのもわかります。でもあえてどれがいいかを聴くと『それで木はうれしかった』がけっこう多いのです。私もこのタイトルがもっともいいと思っています。
 そこで次の問いかけです。

「このスライドのタイトルだけれど、『それで木はうれしかった』となっているけれど、『それでも木はうれしかった』というのにしたらどうだろうか?」

 この問いには、生徒は圧倒的に『それで木はうれしかった』のほうがいいと答えるのですね。その理由は「それでも木は」とするとなにかムリをしているように読めてしまう。もっと自然なほうがいい」と答えます。
 この話は次のように締めくくります。

「人の生き方の幸せには二通りあると思います。その一つは何かをゲットする幸せです。英語では Getting Way of Life といいます。富とか名誉とか権力とかを手に入れることによって、幸せになるという生き方です。幸せをこのように理解する人が多いですね。
 でもこの学校ではもう一つの幸せを求めていきたいと思っています。それは与える幸せ、わかちあう幸せです。この木のような幸せなのです。Giving Way of Life といいます。その幸せをこの学校の中でぜひ見つけてください。それはおそらく実際に体験してみないと分からない幸せだと思うのです」

 横浜の「有隣堂」という本屋が発行している「有隣」というブックレットの2010年7月号に『読み聞かせで育む想像力』というタイトルの森内直美さん(絵本紙芝居研究家)というかたの文章にこんなことが載っていました。

「高校、大学とカトリックのミッションスクールに通っていた私は、神父様やシスター方の教えに共鳴。Joy of Giving(与える喜び)を人生の指針にするようになりました。」

 この指針に従って彼女は絵本を子どもたちに読み聞かせるという仕事をするようになったということが書かれていました。
 そうそうこれなんです。ミッションスクールで学ぶことのできるもっとも素晴らしいものは。この記事を読んでおもわず拍手したくなりました。

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5.赤黒ゲーム

 次にもう一つ作業を行います。このエクササイズもとてもスグレモノです。シンプルなルールだけれど、実にこの作業から気づくことの奥深さがあるからです。養成塾ではこれも実際に行いました。
 これは高3で行います。このゲームの奥深さはやはり高3がもっともよく分かるのですね。もっと若い学年でできないこともないのですが、面白がっても気付きは浅いのです。
 まず最初に参加者スタッフも加えて、4つのチームをつくり、それぞれA,B,C,Dチームと名付けます。AチームとBチーム、CチームとDチームがそれぞれ対戦します。つまり2ゲームがついたてをはさんで同時に進行していきます。
 それぞれがいすをもって、部屋の4つのコーナーに丸く座ります。それぞれのチームに赤と黒のカードを1組ずつ配ります。
 さてこれからすることのルールを説明します。
 これから3分間くらい、赤と黒のどちらのカードを出すかをチームで話し合います。3分間話し合って出した結論に従って、代表者がまん中によって、一斉にそのカードを出しあいます。
 それぞれが出したカードの組み合わせによってスコアが決まります。黒と黒を出したときには、両チームに+3点が与えられます。赤と赤を出した時には両チームの得点は−3点です。赤と黒を出した時には、赤を出したチームに+5点、黒を出したチームに−5点が与えられます。そしてこれを9回繰り返します。
 このゲームの目的は最終フレームが終わったときのそれぞれのチームの累積点ができるだけ大きくなるようにすることです。少なくても+にしてほしい。そのためにはどうしたらいいのか、皆で話し合ってみてください。9フレームまであるからボーリングみたいですね。
 では、最初のフレームに入ります。いまから3分間、どちらのカードを出したらいいかを話し合ってみてください。


 
 さて、3分たちました。赤と黒のどちらを出すか決まりましたか? 決まってない場合にはあと1分さし上げますから決めてください。決まっていたならば、代表の方は赤と黒のカードをおってまん中に来てください。出すカードが何であるかは相手に悟られないようにしてくださいね。
 ではいいですか。一緒に出してください。「せーの、はい!」
 それぞれの出したカードと得点を得点表に記入していきます。

 はい、ゲームの終了です。イスをもって、4チームが一緒になって、得点表が書かれたボードを囲みます。
 先ず両チームのスコア表を見てみましょう。
 今までこのゲームを100回くらい行いましたが、そのほとんどはここにあるような展開になります。つまり累積点はマイナスになってしまいます。両方と赤の連続でスコアがマイナス27になってしまうケースもけっこうあります。こういう人たちはなぜこんなゲームをするんだ、こうなることはわかりきっているのにと反発します。
 そして次のような質問をします。質問は3つあります。別の模造紙にでも、応えたことの要約を記録していきます。
「先ず第一に、初めになぜそのカードを出したのか、話し合ったことの内容を報告してください。4チームみなに聴きます」
「出すカードが変わったところを聴いていきましょう。なぜここでカードを変えたのですか?」
「それに対して相手のチームは、それをどう受けとめたのでしょうか?」
「一貫して赤を出し続けたチームは、何を感じていましたか? 赤を出し続けることに批判はありませんでしたか?」
「一貫して黒を出すことを主張した人はいませんでしたか?」
「最後に終わって何を考えましたか?」
 これらの問いかけをしてきます。

そのあとに次の問いかけをします。
 それでは、赤のカード、黒のカードの性質について考えていましょう。赤のカードは……という性質を持ちますが、黒のカードは………という性質を持ちますというように答えてください。
「赤のカードは負けないカードで、黒のカードは勝てないカードです」
「赤のカードは勝ち負けのカードで、黒のカードは共に栄えるカードです」
「赤のカードは競争のカードで、黒のカードは協調のカードです」
「赤のカードは片方だけが勝つカードですが、黒のカードはウィンーウィンのカードです」
「赤のカードは独り占めをするカードで、黒のカードは分け合うカードです」
「赤のカードは相手から奪うカードですが、黒のカードは相手に与えるカードです」
「赤のカードは裏切りのカードで、黒のカードは信頼のカードです」
 いろいろな考えが出されますが、アイディアを出しあうほどに自分たちが出したカードの意味に気づいていきます。

 

 そして第3の問いかけです。ちょっと難しい問いかけかもしれません。このゲームと同じような状況というのが現実の生活や社会の中にどこかにありませんか? 何かピンと来るようなことを思いついたら答えてみてください。
 これは「囚人のディレンマ」といわれるディレンマ(いたばさみ)状態によく似ています。つまり二人の共犯者がつかまって取り調べを受けている状態を考えてみましょう。共犯者が二人共に黙秘すればふたりとも無罪になるかもしれません。どちらか一方が自白したばあい、自白した方は罪が軽くなり、自白しなかった方は罪が重くなります。こういう状況が「囚人のディレンマ」です。
 考えてみたらこういう状況は身の回りにけっこうあるのです。
 高校生がだす典型的なケースは、友人関係です。お互いにケンカしてしまった、非は相手にあると非難している状態は赤と赤のカードを出しあっています。この場合、先に謝った方が黒のカードを出したことになります。ケンカでは負けかもしれません。でもお互いが謝り、ゆるしあうときに黒と黒のカードを出しあう状態になります。
 対話しているときにホンネで分かち合うという黒のカードを出し合えるようになるためには、先ず誰かがホンネを出すという黒のカードを出すことが必要です。その人はそれによって辱めを受けたり傷つくかもしれません。それを非難したり批判したりするのは赤のカードを出すことになります。
 国際関係の中でもよく政治的駆け引きのなかでこういうことが多く見られます。その典型は軍備拡張競争のケースでしょう。お互いに軍備を拡張し会うというのは赤のカードを出し続けていることです。少しでも軍縮の方向に進めることが黒のカードなのです。黒と黒のカードを出しあえば世界から戦争がなくなります。

 3つの問いかけを終わってから、このゲームをして気づいたことを小グループで話し合ったり、カードに書いてもらって次の時間にそれを紹介するというようなことをします。だいたいこんな感想が多く出されます。

 でも、必ず反発も生まれます。とくに「赤をずっと出し続けてきたチーム」からは反発が大きいです。こんな反発です。

 反発はこの種のエクササイズではとても大事です。これにムリに反論したり説得する必要はありません。むしろその反発こそ、このゲームのあり方をめぐる考察を深めることになるからです。
 もういちど「囚人のディレンマ」について説明をします。

 そしてこのエクササイズをとおして、私の方から理解してほしいことを説明します。それは「黒のカードを出す生き方=Giving Way pf Lifeの提案」というものです。

 でも、この生き方は難しいとか「そんなのキレイゴトだ」という批判に答えることも忘れてはいけません。最後にこうつけ加えることにしています。

黒のカードを出す生き方は確かに難しいです。これをするとていたく損をしたり傷つくこともあるでしょう。場合によっては赤のカードを出し続けられてマイナスに大きく沈んでしまうこともあります。だから自分から進んで黒のカードを出すことはとても大変だとおもうでしょう。でもこれならばできるのではないかと思うことがあります、相手が黒のカードを出してきたら、すぐに黒のカードで応ずること、これなら傷つくことは少ないし、自ら黒のカードを出すよりもある意味では黒と黒のカードを出し合えるようにするためには、むしろこちらの役割の方が大事かもしれないのです。問題は、相手が黒のカードを出してきたということを見極めることだと思います。

 囚人のディレンマの説明で「しっぺ返し」戦術が有効であると書かれていることとも符合するのです。
 この最後に強調したことは、最初のころは気がつきませんでした。何回も繰り返して行きながら生徒と考える中で気づいて進化したことだったのです。今考えてみたら、この進化はとても大切な発見だったと思っています。

 

 このエクササイズは、前のペア捜しゲームと共に優れて教育的なゲームだと思います。シンプルなゲームから多くの気付きを時に回心をも呼び起こすことができるからです。

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3.ペア捜しエクササイズ

 「宗教」「倫理」の授業ではよく作業をします。これはちょっとしたその作業のうちの一つです。
 まず、この作業を皆の前で演じてくれる人12名を募集し、前に出てきてもらいます。そして、その人の背中に「人の名前」を書いたカードを貼ります。
 「そのカードには、たとえば「ロミオとジュリエット」みたいなペアが必ずいます。いまから、そのペアを捜してもらいます。ただし、声を出して話しをしてはいけません。話しをせずにペアを見つけてください。自分の背中の名前はみられないわけですね。
 そしてその他の皆さんは、前に出ている人たちがどういう動きをするのか観察してください。あとで気がついたことを発表してもらいます。」
 「さて、このエクササイズを見て(して)何を感じ、何を考えましたか? 最初にまわりでみていた人に聴きましょう。つぎに、前で演じていた人にも聴きます。」
 「このエクササイズの目的はなんでしょうか? これは参加している人に何を気づいてもらいたいがゆえのエクササイズだか分かりますか?」
 「こういう状況は学校現場のどういう場面で現れますか?」
 こういうふうに、作業を見直しながら、それをして気づいたことを報告し合います。作業(エクササイズ)をとり入れた授業では、かならず見直しをして、その作業をして気づいたことを分かち合います。その作業の狙いや解説は最後にするようにしています。
 この作業を見なおしていると、見ていた人が最初に気づきます。それは自分のペアのことばかり考えていると、なかなかできないということなのです。自分のことは分からないけれど、人のことは分かるということに気づくわけです。それに気づくと自分のほうは後まわしにして、人と人を結びつける働きをしようとします。声をかけることはできないから、人の手を引っ張っていって、相手の人と手をつながせます。多くの場合そのように動く人が現れるのですね。
 ところがまじめな人は、それはルール違反ではないかと思ってそういう行動にはなかなか出ようとしないのですね。声を出して話すことは禁じたけれど、パントマイムで何かを知らせることは禁じられていません。
 それは、ある発想の転換なのです。自分のことよりも相手のことを先に考えること、自分は最後になってもいいから、人と人とを結びつける世話をすること、その気付きがこの作業を早く終わらせることができるのです。

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2.アイスブレーキング

ではまず最初にアイス・ブレーキングとして一つ作業をしてもらいましょう。作業内容は昨年も行ったのでそちらを参照してください。「世界で一番間違えやすい計算」といわれています。
これをして何を考えましたか? 「これはおもしろいぜひうちの生徒にやってみよう」と思われたならば、今回の私の「講義」に楽しく参加できるでしょう。

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1.自己紹介

まず自己紹介をします。
私は3年前まで清泉女学院中学高等学校で「宗教」や「倫理」を教えていました。いまは母の介護、清泉女子大学で「宗教科教育法」を教えたり、おもしろ科学たんけん工房で科学のおもしろさを子どもたちと学ぶという活動を横浜で行っていたり、SIGNIS Japan(カトリックメディア協議会)というところで「インターネットで福音宣教」を考えていたりしています。
それから養成塾のホームページを担当しています。
私のブログ Good News Collection は1400ページのボリュームと毎日700のアクセス数を誇っています。

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第14回 宗教科・宗教行事

福音的価値観の教育

宗教倫理教育担当者ネットワーク

土屋 至

 

1.自己紹介

2.アイス・ブレーキング 初めにするエクササイズ1

3. ペア捜しエクササイズ

4.シルバスタイン「大きな木」を読む

5. 赤黒ゲーム

6.エロスとアガペ

7.アシジのフランシスコの「平和の祈り」

8.フランシスコの「太陽の賛歌」

9.マザーテレサの祈り

10。逆説の10か条 ケント・キース

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東星学園小・中・高等学校長  加勇田修士先生 

 まず最初に「キャリアアンカー」ということばを紹介したいと思います。
 「自分に神から与えられた使命」という意味で、カウンセリングでは人生をつなぎ止めるいかりのことを意味します、これが必ず一人一人にあると思っています。
 この言葉は、進路相談のときに子どもにエネルギーをあたえ、とくに立ちすくんでいるときにスタートするきっかけをあたえる言葉だと思っています。
 私は、もともとは水産高校で海の指導からはじめた11年間が最初で、物理の教師として10年間、都立高校で専任のカウンセラーをしていた12年間の教員生活をしてきました。公立につごう33年間勤務したことになります。
 それが、知り合いの神父にすすめられて校長になり、その使命を受け入れて、4つ目のキャリアとなりました。
 仕事が変わるときに捨てられないというなにか、それが「キャリアアンカー」なのですね。NHKの「プロジェクトX」にみられるような研究開発者魂、会社を経営するというマネジメント、安定した生活をおくるという安定志向、人を喜ばせるということなどの変化に富んだ仕事、おまわりさんとかのようにバッチをつけること、ものづくりなどの創造精神、盲導犬の訓練士とかのように自分のこだわりに生きる、などなどこのキャリアアンカーには8種類あってすべての仕事の中にその何種類かが含まれています。たとえば、校長という仕事の中にはマネージメント、プロジェクト、人とかかわるという3つのアンカーが含まれていますが、東星学園の校長になって9年目の私の場合、次の仕事に変わるときに捨てられずに残るアンカーは「人とかかわる」だと思います。つまり、この年になって私を人生(キャリア)につなぎ止めるアンカーは「人とかかわる」ということがはっきりしてきました。
 本校はパリミッションのフロジャク神父によって創立されました。かれは結核患者の面倒をみるということからはじめて、ベタニア修道女会をつくりました。その後、医療、福祉、教育にミッションが発展していきました。だから、この学校の特徴として、同じ敷地の中に同じ創立者の下に創立者の理念を受け継いだ病院、児童養護施設、老人ホーム、幼稚園、学校があるのです。
 学校ではキリストの愛の精神に基づいた人格の形成を目標にしています。
 この目標はカトリック学校はどこも同じでしょう。この学校がその理念をどう活かしているかは、この立地条件に大きく関わっています。養護施設の子は無試験で受け入れるとか、准看護婦を養成するために衛生看護科がもうけられていたとかの福祉的な理想をもっているところに特徴がありました。
 私が校長としてこの学校に赴任してきたときは、生徒数の減少が著しく、学校の立て直しが急務の時でした。そのころは、衛生看護科の廃止で普通科だけの女子校となっていました。したがってまず校長として着手したことは「共学化」ということでした。
 でもいきなり上からの指示で「共学化」はしませんでした。2002年に着任して5年間話し合いを積み重ねました。お互いに話し合って自分達で決めたことでなければなかなかモチベーションが上がりません。
 そのために、会議の進め方の研修を提案したりしました。幼稚園、小、中、高は運命共同体みたいなものですから、最終的には合同職員会議で決めました。採決をして1票差できまりました。
 共学にふさわしい理念を4つ目標にもうけました。これも教職員全体で決めたことです。
 それまでの女子校としての中高の教育目標は「美しい人(誠ある人、優しい人、賢い人)」というものでしたが、共学化に伴ってそれを次のような4つの目標に変えました。
誠実な人
努力する人
自立した人
奉仕の精神を持つ人
それぞれに聖書の意味づけを行いました。聖書を目標ごとに読み込んでこの内容をつくりました。

「誠実な人」というのは神様に愛されているかけがえのない存在ということに感謝して誠実に生きるということで宗教教育の目標です。宗教の授業はもとより毎週の聖書朝礼の時間などがこの目標達成に直接関わります。校長は週1回、聖書の話しをすることになっているのですが、素人のわたしとしてはそれが辛かったです。でもふりかえると聖書の話しをするために聖書を深く勉強できたように思います。
「努力する人」 それぞれに与えられた使命の実現のための学習に努力し、そのために進路実績をあげることにも力をいれました。これが実現しないと募集効果も上がりません。受験校としてではなく、結果として進学実績上位校になることを目指しました。
「自立した人」という目標で今強調していることは、人間関係能力を身につけるということです。聞く力、話す力、問題解決能力、トマス・ゴードンの「私メッセージ」をベースにしたこの3つがないと現代という難しい時代を生きていけません。
 最後の「奉仕の精神」はカトリック学校では一番大事な目標かもしれません。人間の生き方には二つあります。人に仕える生き方と人を利用する生き方です。カトリック学校ではもちろん前者の生き方を生きがいと感じる人を育てることです。そのために体験学習の場として同じ敷地に病院、養護施設や老人ホームがあることは恵まれています。
 昼休みのあとの1時から20分間、沈黙の掃除の時間が設けられています。管理職の先生の短い話しで始まり中1から高3までの縦割りの交流をしながら黙って掃除をします。6年間の交流の機会は、学年を越えたつながりをつくり、学校はピカピカになり、奉仕の精神が身につきます。

 職員の研修として年に一度の黙想を大事にしています。今日も職員黙想会をしてきました。
 もうひとつ、校内研修として教育カウンセリングの研修を取り入れています。
 「教師はモデルにならなければならない」。教師の具体的なスキルとして、カウンセリングのこころを取り入れています。カウンセリングは生徒指導と同じだと思っております。
 わたしの指導と先生の指導が違ったこともありました。
 6年生の修学旅行には一日目にお金を預けることになっているのですが、ある児童が自動販売機でコーラを買ったのです。体育の先生が「こらっ」とユーメッセージで叱るとその児童は自動販売機をけっとばしただけだと言い訳をして。指導を受け入れないのです。彼はそんなことしていないとずーっと言い張りました。予選、準決勝(担任)と指導がうまくいかず校長が介入(決勝)することになりました。
 カウンセリングの心を知っている私は、生徒指導のしかたがその体育の教員とは違っていました。この場合「わたしメッセージ」の方が効果があると知っています。
 「あ、そう。自動販売機が壊れたかもしれない、支配人に謝ってあげよう。」といいました。これを「ワンネス」といいます。相手の世界を相手の目で見るかかわりです。
 次に大事なことは信頼関係をつくることです。「ウィネス」のかかわり、私はあなたの味方だよという関係をつくります。
 「修理代がかかるよね。 おとうさんに連絡をする必要があるよね。じゃあ、お父さんに電話してあげよう。」
 いままでの指導と正反対のアプローチをしました。
 そうしたら、父子家庭の児童だったのですね。そのあと、夕食はいつもひとりで「ホカベン」を食べているという話を聴いて「さみしいね」といったら涙をこぼしました。さらに「最初に『けっとばした』と言ってしまったので途中から本当のことを言えなくなったの」といったら、「うん」といったのです。こうしてその児童は反省モードに入ったのですね。この最後の切り込みを「アイネス」と言います。
 このようなメソッドは「教師学」といわれています。そのメソッドを開発した人の名前を取ってトマス・ゴードン・メソッドともいいます。「ワンネス、ウィネス、アイネス」はムスターカスの実存主義的なカウンセリング方法です。
 これには、子どもとの関わりをつくること、聞く姿勢をもつこと、そしてわたしメッセージで話すことなどが強調されています。それを研修をすることによって身につけていくとそれが「自分自身がモデルになる」ということです。
 またそれは子ども同士の人間関係をつくるためにも役立ちます。学年のはじめに構成的グループエンカウンターをとりいれてクラスづくりをします。こういうことをとおして人を大切にするためのスキルをみにつけ、問題の起きない学級作りをめざします。カウンセリングは問題が起きたときのスキルと思われていますが、それだけでなく実は問題を起こさないための理論・スキルを身につけることの方が大切だと思っています。
 もう一つ大事にしているのは、先生方が孤立しないシステムをつくることです。
 時間割の中に週1回関係職員が集まる定例の校内委員会を設けています。生徒指導の問題やカウンセリングが必要なケースは、校内委員会で取り上げられます。そこには管理職、カウンセラー、養護教諭、関係の担任などが一堂に会して検討します。前のお話しのあった聖園の連絡協議会みたいなものだと思います。
 校長としての私の役割はその場でのスーパーバイザーだと思っています。これによって、問題が起きても深刻になる前の早いうちに解決できる態勢ができました。

質問
−「わたしメッセージ」とは?
これはカウンセラーとしての習慣です。私メッセージの三部構成といって、事実・できごと、影響そして気持ちをセットにして子どもに関わるということです。事実を共有することは相手を尊重するということでもあります。
「あなたメッセージ」はこうしなさいとかあなたのここがわるいとかいう相手への批判、問責、説教になってしまい、わたしの気持ちは出さないでその場限りで終わりやすいのです。わたしは生徒と接する場合には「あなたメッセージ」はできるだけ少なく、「わたしメッセージ」を多くするようにと先生がたにすすめています。
−教師学というのは?
トーマス・ゴードンという人が書いています。このひとは「親業」についても書いていて、いわばその教師版ですね。
−先生方が孤立しないシステムをつくるためにということでどういうことをされていますか
 まず、わからないことはきやすく聞きにこれるという開放的な雰囲気をつくるようにしました。そしてスムーズなコミュニケーションのとりかたを研修しました。講義を聞くだけの研修ではなく、関わりを築くための構成的グループエンカウンター(略称SGE)のワークショップも行いました。
 そこで強調したことですが、自分の振り返りのためにも用いている考え方を一つ紹介しましょう。「ジョハリの窓」といわれるものです。
 人は4つの窓をもっています。縦軸の左右で自分が知っているかどうか、横軸の上下で他人が知っているかどうかを設定すると4つの自分に分けられます。
 つまり、自分が知っていて他人も知っている開かれた自分のまど。次が自分は知らないが他人は知っている自己盲点のまど、自分が知っていて他人が知らない秘密のまど、そして自分も他人も知らない未知のまどです。
 自分が隠している秘密のまどが多いと不自由で、ホンネが出せないでしょう。これは生徒の前にどれだけ自己開示しているかということとつながります。
 自己盲点のまど、未知のまどは自己発見のためにすることです。
 この「ジョハリの窓」は教師としての自分のふりかえりのために役立ちました。
 自分の思考パターン、おもいこみ、感じ方、行動パターンを知るためには、仲間からのフィードバックを聞かないとできないものです。ホンネの交流ができる自分になりたい、そのためにどうしたらいいかを考えるときに多くのヒントを与えてくれました。
 職員同士ができないと子どももできないものです。
 おかげで、本校では職員としての交流をよくやっているとおもいます。毎年2泊3日の  慈生会グループのSGE研修会では、非日常のなかで仲間の力を借りて、新しい自分の発見をします。学校、老人ホーム、病院、児童養護施設の職員と同じ釜の飯を食べながら研修することによって深い絆で結ばれるという効果が生まれています。

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暁星小学校校長  佐藤正吉先生 

養成塾には私の学校から一人の教員が参加しています。養成塾のあと校長室にきて情熱的に語ってくれます。短くても40分、長いときは1時間半ほど塾での体験を語ってくれるので私も大いに学んでいます。

私は3年前に本校の校長となりましたが、それまでは公立の小学校の校長でした。最近は私のように公立の学校からきた校長も増えてきました。
東京には1330の公立小学校があります。公立の学校は地名を学校の名前にするのがほとんどですが、公立は地区の子供達の教育をあずかるから、地名が校名になるのでしょう。古い学校には論語の名前からとった学校がありますけれど数えるほどしかありません。たとえば新宿区の愛日小学校、豊島区の仰高小学校というのがありますが、これらは中国の古典から名前を取っています。
また、公立では創立記念日ではなく開校記念日です。私学は「創立」で、これは重い意味を持っていると気がつきました。

私の学校でも玄関ホールに120余年の学校の歴史の年表がはってあり、子どもたちは毎日その前をとおっていて、本校の歴史と目指すものを意識するこになります。
そういう意味では、建学の精神は私学のいのちだと思っています。そのいのちがカトリックミッションスクールを支えています。

朝礼も祈りから始まります。「神を愛し、人を愛する」キリストの生き方を自分の生き方としようというカトリック学校の精神を、わたしも児童や保護者に折に触れてそれはどういうことなのかを話しています。「学校案内」にも、建学の精神や教育理念などをはっきりと明示しています。
「建学の精神の重さ」について話していこうと思います。ここにはカトリックミッションスクールとしての共通するものが多いと思います。

私の学校は、マリア会のシャミナード神父様がフランス革命の20年あとの1817年に設立しました。革命時の厳しい時代に出来上がった修道会です。2011年つまり来年が創立者の生誕250周年にあたり、シャミナード神父様が創立したその思いはなにか、あらためて学びたいと思っています。
そして1888年ヘンリック神父様たち5名がマリア会の暁星学園を創立しました。学園の母胎であるマリア会という修道会をどうつくったのかということが、現在の学校とのつながりがあると思います。
たとえば、「賢明な時代への適応」というのがマリア会の教育方針にあげられていますが、これは「新時代には新戦術を」という設立時の方針からきています。こういう合理的な側面をもっておられたシャミナード神父様が修道会の創立者でした。教育目標の社会性の育成ということとつながっています。これが現在の学校の中ではどういうふうに具体化しているのか、そこが問われています。

「カトリックの精神にもとづき、均斉ある人格を養成する」というのは「マリア会教育綱領」にかかれていることです。これは昭和38年に出版され「日本マリア会学校教育綱領」という本で示されています。
ここに「十全な人格の形成を目指す」と書かれています。「困苦や欠乏を耐え、進んで鍛錬の道を選ぶ気力のある少年以外はこの門を潜ってはならない」と本校の玄関に書かれているのですが、保護者の方々はこの言葉が好きですと言われます。「厳しさ」を求めているのですね。
現代は「厳しさ」を家庭に求めるのが難しい時代かもしれません。家庭は愛に結ばれているということなのでしょうが、実は厳しく育てるということは愛されていると感じてないとできないことなのです。マリア会学校の教育方針の特徴は「家庭的雰囲気」にあります。
「家庭的雰囲気」とはどういうものか、一番小さな素顔のままの生活でお互いを認め合い、励まし合うよりどころになっているところにうまれてきます。しかしそれだけではない、しつけることの厳しさも「家庭的雰囲気」には必要なのです。
本校では担任や教科を教えている先生だけでなく、学校にいる全ての教職員が一人の生徒に関わるという姿勢を先生方に求めています。家で我が子を叱るのと同じことです。
よく考えなさいという意味での正座をよく生徒にさせますが、これは自分の指導の中でこの「家庭的雰囲気」をどう表しているのか、先生方と児童の具体的な表れの一つだと思っています。

「建学の精神」を考えるとき、わたしは123年前の昔の築地明石町で開校したあのときの精神を想像します。それは、今どうなっているのだろうかと考えさせられます。
実は築地の創立の地に碑をたてる予定があります。外国人居留地のなかの学校としてつくられたのですが、それをどういう思いで始めたのか、子どもたちにも教員たちにも知って欲しいし、ヘンリック神父から学ぶことが学校のバックボーンになるのではないかと思います。

「建学の精神」が今それぞれの学校の中でどういう形で生きているのかをもう一回問い直して見たいし、見直してみる、振り返って見ることがとても大事ではないでしょうか。
今子どもたちにどう指導されているのか、それを建学の理念、精神とのかかわりでもって見直したいと思っています。学校運営方針を毎年年度初めに校長が明らかにすることにしていますが、これを建学の精神とからめて話します。そして学級経営欄に建学の精神との関係で指導の重点を書いてもらいます。
毎年、学級目標を定めて一覧にして、それを印刷して全員に配ることをしています。それによって自分以外の他の担任はどう具体化しているかをみて、自分のを見直す機会としています。
それぞれの学校の校訓が言葉としてだけでなく、どういう形で行われているのかをいつも振り返るようにすることが大切です。

来年から新学習指導要領が全面実施となりますが、その中で「道徳」に人間の力を超えた崇高なものに対する見方が強調されているところに注目しています。
教科のなかに道徳との関連を考えさせるよう「学習指導要領」にも書かれるようになりました。それをカトリック学校として考えると、それぞれの教科の中に建学の精神がどう表されているということになります。

<質問>
 −公立の学校から伝統ある古い学校にきて何を感じられましたか? そしてこれをどういうふうに改革しようとしているのかをお聞きしたいです。
<答え>
 公立の学校の最後は麻布小学校でした。古さという点では暁星より古い学校ですね。
 教員は公立の学校では6年で代わってしまうのですが、私立は退職までいます。ここがもっとも大きな違いかもしれません。
 そういう中で、力を入れていることは、情報を出すということです。職員朝会、職員会議などで話しをする機会はもとより、職員室でいろいろな先生に声をかけることに勤めています。
 ここには後から入ったものの強みがあります。この学校ではどういうふうにやってきたのかを教えてほしいということと世の中はこういうふうになっているということを知ってほしいのですね。
 たとえば先日中学生がホームレスに熱湯をあびせたという事件がありました。これは公立学校のこととせず、「本校の登下校はどうなっているのでしょうか」というように、本校の様子を振り返ってほしいと思う材料として取り上げることも大切なことだと思っています。大上段からの「改革」という構えではなく、自分の日々に写ったことを先生方に言うことで働きかけの第一歩が始まると考えます。

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函嶺白百合学園中学高等学校校長  Sr.深水洋子先生 

お手元のパンフレットのひとつは毎年姉妹校全体でつくられているものです。白百合学園は全国に7つの中学高等学校、2つの大学を持っていますが、そのパンフレットのいちばん後ろに白百合学園のはじまりがかかれています。
それはシャルトル聖パウロ修道女会からはじまっています。1696年にフランスで、ルイ王朝の時代に無学で貧困と苦しみにある貧しい子供たちの教育のために、司祭ルイ_ショウベー師が、村の子供達の教育を手伝ってくれる娘たちの協力を求め、申し出た娘たちが共同生活をはじめたところから、シャルトル聖パウロ修道女会がはじまりました。
農家を修復した質素な住まいで、昼は子どもたちの教育や病人の介助の仕事にたずさわり、夜は自らの暮らしを支えるための編み物などの手仕事に励みながらのはじまりでした。
創立者たちの何人かはその労苦のために病気になりいのちをささげることになるのですが、「一つの麦が地に落ちて死ねば多くの実を結ぶ」と聖書にあるとおり、学校の姉妹たちの営みに、評判が広まっていきました。シャルトルから要請を受けて学校をつくるようになって、シャルトルの「愛徳のスール」というように呼ばれるようになり、本部が置かれていました。
1727年南アメリカの仏領ギアナの病院への姉妹たちを派遣し、そこから全世界へのミッションが派遣されるようになりました。日本において1878年(明治11年)3人のマスールが函館におりたちました。函館五稜郭戦争の影響で、貧しい子供たちもおおく、授産所、施療院、養護施設を開設して福祉活動に従事するようになりました。さらに学校が開設され、北海道の女子教育の先駆的役割を担うことになります。
しかし、函館は火事が多いところ、明治40年の函館大火で労苦の結晶が失われました。その後も何度も火事にあって、一時は撤収を考えたくらいですが、市民の要請のもとに再建されています。「校舎は焼けても白百合の精神はなくならない」と言われていました。
函館の次が東京、盛岡、仙台、八代までが100周年を迎えました。湘南白百合は来年(平成23年)75周年、函嶺白百合は60年を迎えました。
聖書をもとに時代や地域を越えて普遍的に「良き知らせ」を人々に伝えるという宣教の目的のために、ひとりひとりが神に愛されている大切な自分であることに気づき、人類社会に奉仕ができる人間の育成をめざして教育活動に従事してきました。
女子教育をとおして女性本来の母性の役割を最大限に発揮できる女性になることをめざし、思いやり、いのちの尊さ、相手への気配りを持つ女性、癒しの心をもち、人に、社会に「奉仕する」ことのできる女性を育てたいと思っております。

校訓は「従順、勤勉、愛徳」 という3本柱に、「かけがえのない命を生きるための宗教性」と「開かれて生きるための世界性」を加えて、その目指すべき人間像を「18歳の姿」の中に描かれています。これは姉妹校すべて共通です。
この「18歳の姿」は、全国の姉妹校から毎年夏に集まって研修会をしている、その姉妹校研修会で作ったものです。少し前のことなので、現代に合わせて再検討の必要があります。校訓のなかの「従順」は、現代には少し古いように思われるかもしれませんが、「真の自由にいきる喜び」、「真理はあなたを自由にする」という聖書の言葉によります。
「勤勉」は能力を磨き、可能性に努力して他の人に力を役立てていくことが目標です。
「愛徳」 互いに大切にしあう喜び、自分だけではなくあの人も神に愛されているということを理解して愛することができるようになることです。
それを世界の人々と自然との関わりを大切にしながら実行していくというのが、姉妹校共通の目標です。

ここで、函嶺白百合学園の特徴を紹介しましょう。
学校は箱根の山の強羅というところにあります。小田原から湯本までは小田急、そこからさらに登山電車に乗って終点で、国立公園の観光地の中にある学校です。
はじまりは1944年東京の白百合学園小学校の疎開学校として出発しました。そのあと1949年に独立して発足、幼稚園、小学校、中学校、高校の一貫校となりました。幼稚園はその後閉鎖されましたが、他の姉妹校とは違い、少人数の静かなたたずまいの家族的雰囲気のなかに学校があります。小学校は1クラス、中高は2クラスです。創立60周年を迎えました。
創立者スール山本ウメは一流の国際人を育成したい、「国や人種を超えて愛しあうことのできるひと」、「自己の才能を伸ばす努力を怠らないひと、」「互いの違いを認め合うことのできるひと」を大切にして社会に世界に活躍できる女性を目指すことを特に意図していました。美しい自然の中で健やかに感性ゆたかに育ってほしいと思っています。
小さな学校で、心の教育を大切にし、祈りで始まり祈りで終わる学校生活です。
自分の大切さ、他の人の大切さ、そしていのちの大切さを知らせていきます。
それは相手を大切にするマナーとして表れます。挨拶ひとつでも気持ちよくすることは相手を大切にすることの表れでしょう。大学に入って、きれいな挨拶ができることの気持ちの良さをあらためて喜ばれた卒業生たちです。
世界各国30数カ国に姉妹校があり、国際交流を企画しています。5月にはフィリピンにおいて、アジア地区のフイリッピン、ベトナム、韓国、オーストラリア、インドネシア、日本など 100人近くの教員交流の場があります。 韓国やフィリピンから生徒を受け入れて姉妹校交流も実施しています。函嶺はまだそこまでいっていないのですが、オーストラリアの学校と交流をしているところです。

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福山暁の星女子中学・高等学校 石部豪清先生

いちばん遠くから参加しています。カトリック学校の集まりは居心地がいいですね。他の私立学校の研修会は腹の探り合いみたいな感じがありますが、カトリック校とだと学校は違っても本質的には変わりないと感じられるからでしょうか、ほっとして安心できます。本校の課題と問題点をありのままにご紹介します。

1.学校の沿革と概略

1946年10月20日が本校の創立記念日です。この日は、フランスにある援助マリア修道会の創始者マリー・テレーズ・ド・スビランの列福式があり、イエズス会のラサール神父様が援助マリア会に日本にシスターを派遣することを要請され、ときの援助マリア会総長エリーズがそれを受け入れた日です。

翌1947年にアメリカ経由で修道女たちが来日、福山に到着して学校の設立を決定しました。1949年52名で第1回の入学式をおこない中学校が出発しました。その後、高等学校、幼稚園、小学校をつくり、1998年創立50周年を迎えて、今年で62年目になります。

中高は女子校、幼稚園と小学校は男女共学です。約60年の間に1万人近い卒業生を出しました。現在の募集定員は120名。中学校307名、高校411名の学校です。シスターは校長以下4名が働いています。教職員は約90名、信者の教員は3名です。

週5日制などをずいぶん昔から実施してきました。単位数は中学34単位、高校は39単位平均で、高校は7校時まで授業を実施しています。卒業生は、地元の中国地方に3分の1ほどが残り、関東に3分の1、関西に3分の1それぞれに進学していきます。

校内にあるカトリック的なものといえば、入学式、聖母祭、追悼式、卒業式、クリスマス会の行事などでしょうか。4校時後に「アンジェラスの鐘」が鳴り、先生も生徒もその場で手を合わせて祈るという習慣があります。釜が崎での体験活動があったり、高2の座禅静修や高2高3の「光りの伝達式」というあたりに本校の特徴が表れているかもしれません。

教職員は、4月の始業ミサに始まり、学期に一度神父さまの話を伺っています。6月の保護者会で司教さまを招いて教員と共に話を伺うこともあります。教員の黙想会もあります。

2.創立の精神

創立の精神として次のようにあります。

イエス・キリストの価値観を大切にしながら、自分に与えられている力を開花させ、他者のために他者と共に生きる女性を育てる。

校訓は次のように定めています。

マリアと共に 神に信頼 己に忠実、互いに睦み、すすんで奉仕

神に信頼と希望を持って力強く、人間らしく、自分らしく、ということです。第1回の卒業生のひとりが今の理事長ですが、その理事長が校長になるときこの「5つの校訓」をつくりました。

「18歳のプロファイル」というのも定めています。これは90年代に教員のプロジェクトチームが、本校の生徒は18歳の卒業の時、こうあって欲しいと願う理想的な姿をイメージしてつくりました。学校案内の一番最初のページに書かれています。

1.「私は愛されている大切な存在である」ことがわかるようになってきています。
2.学ぶ姿勢と身についた学力を生かす力が育ってきています。
3.豊かな関わりを築いていく力が身についています。
4.奉仕する心と実践する力が身についてきています。
5.自己の成長を常に追求する姿勢が身についてきています。

これらは6年間のうちにどこまで具体的に力を身につけてきたかを計る指標となっています。自分が神から愛されているという自己肯定感をもとに、自分を受け容れ人を受け入れ神を受け入れていく姿を描いています。特に自分の力を超えた大きな存在の力を感じることも大切にしています。

イエズス会の Men for Others ふうに言えば、Living with Others, Living for Others となりましょうか、「他者とともに生きる、他者のために生きる」これが創立の精神です。

3.現状と課題

福山市は人口46万人でそこに私学が5校あります。広島大学附属高校のほかに公立の6年一貫校もあるなかで、本校は唯一の女子校です。今年の福山の小学6年生の女子数は2150名でした。その22%にあたる480名が私学の女子の募集枠定員で、それを競合する形になっています。地方とはいえ、首都圏と同じくらいの割合です。
そういうなかで原点に返るということが強調されています。全員が宗教教育に関わり、創立の精神を教えていけるように、一人一人を大事にしていく宗教教育を実施する必要性を感じます。もっと細かいレベルで先生と生徒が交わり、意味づけをして評価をして、誉めて叱って、感動を共有してやっていく、そういう教育を実践していけたらと望んでいます。
社会が即時的刹那的変化を求めるなかで、そうではない側面を大事にしたい、眼に見えないところで支えあう、心の深まりとか精神的な安らぎとか私たちが求めているものを世間の人たちも求めているという確信があります。それを導く教職員をつくるというのが現在の私たちの課題です。

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第15回 学習・教科の位置づけ

学習・教科の位置づけ

—B.ロナガンの「自己同化の哲学」を参考に—

瀬本正之(イエズス会/上智大学神学部)

1.人間の教「育」、教科の「教」育、「学習」支援
2.本能と学習そして学究(学問研究)
3.志向的意識(intentional consciousness)とその3水準: What is it? / Is it so? / Is it worthwhile?
4.知の地平(known unknown からknown known へ)
5.経験のパターン(patterns of experience):biological(生物的)、aesthetic(美的)、intellectual(知的)、dramatic(劇的)
6.合理的意識の自己同化(self-appropriation of one’s own rational consciousness)
7.内的要求(exigences)、意識の分化(differentiations of consciousness)、意味領野(realms of meaning)
8.自己超越(self-transcendence):認識的(cognitive)、実践的(practical)、宗教的(religious)
9.回心(conversion):宗教的(religious)、道徳的(moral)、知的(intellectual)、情緒的(affective)、心象的(psychic)
10.超越論的命法(transcendental precepts):Be attentive, be intelligent, be reasonable, be responsible, and be in love!

◆はじめに

大学教員である私には、小中高の教科についてコメントする権威も資格もありませんが、日頃担当なさっておられる教科を先生方ご自身で位置付けし直す助けにでもなれば、と思いながら、本日は、バーナード・ロナガンの「自己同化の哲学(philosophy of self-appropriation)」を紹介させていただきます。

尚、ロナガン関連の用語にはまだ定訳がなく、ここでの訳語は私訳であることを申し添えます。

1.人間の教「育」、教科の「教」育、「学習」支援

人間を教育するという使命を託されている皆さんの主な仕事は、教科を「教える」ことだ、と一般に考えられているようです。教育という漢字は「教える」と「育てる」という二つの漢字を含んでいます。皆さんが今なさっている教育ではどちらに重点が置かれているでしょうか? 「教える」方に重きが置かれる教科が多いかも知れません。「美術」や「体育」、はたまた「宗教」はどうでしょうか。教育は学習支援だ、と言われることからすると、「教える」ことは、学習者本人が学んでいくのを援けるための奉仕ということになります。

他方、教育には、知「育」・体「育」・徳「育」という慣用句にも見られるように、「育てる」ことも含まれている、と私たちは知っています。そこには、そもそも教育は、本来、全人的なもの、人間存在のあらゆる面(知・情・意)を包み込むものでなければならない、という確信があります。「教える」ことにのみ囚われると、全人教育が危うくなる、と言われる所以です。

2.本能と学習そして学究(学問研究)

ところで、先生方は、子どもたちに、「人間は動物とどこが違うの?」と考えさせることがどれぐらいありますか? 大学生たちにこの質問をすると、「人間は理性で動くが、動物は本能で動く。」というような答えを投げ返してくれる人がいます。その学生に「本能の反対語は何? 理性?」と聞くと、答えにつまります。心理学的に言うと、「本能」の反対語は「学習」となるのでしょうか、“学習しなくても生きていける力能”を指して「本能」という言葉が使われているようです。
学習するのは、人間だけではありません。確かに、人間は、人間以外の動物よりも、非常に広い分野にわたる至極複雑な身の処し方を学習します。しかし、「学習」という言葉だけで、人間と他の動物の違いを明確に捉えることはできません。「学習」の仕方が違う、人間固有の「学び」方がある、という点が要でしょう。人間以外の或る動物がどんなに賢くても、「問いを発する」ことを期待するわけにはいきません。人間は「問う」ことのできる存在です。私たち人間が次から次へと「問いを発する」、その積み重ねが学究(学問研究)の世界を作り上げてきました。

3.志向的意識(intentional consciousness)とその3水準

ところで、「問いを発する」には、レベルの異なる3つの意識水準がある、とロナガンは言っています。

① What is it? (それは何か? ものごとの「本質」について問う。「(経験について)理解する」レベル)
② Is it true or so? (本当にそうなのか? 或るものについて得た理解が正しいかどうかを問い質す。この問い(②)は、前の問い(①)とそれへの答えを前提としている。「(理解の正しさについて)判断する」レベル)
③ Is it worthwhile? (それはかかずらうに値するか? 関与するか否かを決めるために時間を割いて熟慮すべきことか? 「(価値の有無についての判断を下し、それへの関与について)決心する」レベル)

先生方は、生徒たちに「答え(方)」を「教える」だけでなく、生徒たちの「問い」を「育てる」ことに努めておられるでしょうが、どの意識水準に属する「問い」に力を入れておられますか? 理解力、判断力、決断力のうち、主にどの力を涵養しようとなさっておられますか? 無論、教科の違いや、学習の場の違いによって、強調点は異なるでしょう。
因みに、ここで、確認しておきたいことは、理解力、判断力、決断力を構成する各意識水準が“「問い」から「答え」に向かう一連の意識的行為”から成っている、約めて言うと、「知性の働き」あるいは「知的な営み」である、という事実です。他方、第三の水準は「価値への応答」に係わっており、「存在の肯定」に係わる第一および第二の水準とは質的に異なる面がある、ということも無視できません。

4.知の地平(known unknown から known known へ)

学習を支援することは、学習者自身が自分で知識を獲得するのを助けることに他ならず、私が知っていることを暗記させることに尽きるわけではありません。知らなかったことを知る、知られていなかった(unknown)ことが知られる(known)、それこそが、知の生成、知識の獲得です。

まず、“unknown unknown”すなわち「知られていないことが知られていないもの」を考えてみてください。お分かりのように、知らないことすら知らないのですから、それについては「答え」どころか「問い」すら生じません。無理、「問い」がないから何も存在しない、とは必ずしも言えませんが...。

次は、“known unknown”すなわち「知られていないことが知られているもの」です。お察しの通り、「問い」は、それについてこそ、発せられるのです。知らないと知って知りたくなるのが人間です。そして、“known known”すなわち「知られていることが知られているもの」です。つまり、それについてはすでに「答え」を得たもののことです。「答え」を得て、はじめて、私たち人間の「知るプロセス」は一件落着します。すなわち、知的志向性(intellectual intentionality)がその目標に達し、知的欲求(desire to know)が満たされて一息つくわけです。

上記の“known unknown”と“known known”との狭間、「(知識を求める)問い」が立ち現れる場、それが「知の地平(horizon of knowledge)」です。一つの知識を獲得する旅、知の生成は、そこに始まります。こうして、知識を増やすことは「知の地平」の拡張を意味することになります。

ところで、“known known”すなわち「知の地平」の内部において、わかった度合いの区別ができるようになる局面は特に大切です。或る知識(理解可能性)をその正しさを証しする根拠(潜勢的無条件)とともに獲得したとき、私たちは「よくわかった!」と言います。先生だから何でも知っている(はず)、と思われがちの私たちですが、生徒たちから信頼される先生というのは、自分がわかっていないのはどこからか、をよくわかっている教員ではないでしょうか。

「知らないと知った(“known unknown”)」ところから「問い」が発せられます。それが、「知ったと知った(“known known”)」と言えるまで「答え」を求め続ける過程の起点だとすると、その終点は「根拠を伴った知識」あるいは「正しいと確かめられた理解」となるでしょう。このことは、私たちが或る「閃き」を得たとき、その鮮やかさ(brightness)に惑わされずに、飽くまでその正しさ(rightness)を確認しようと、尚もその根拠を得ようとする人間知性本来の動きに、如実に現れています。まさに、とも言われる所以です。

5.経験のパターン(patterns of experience)

私たち人間の経験(experience)には4つのパターンがある、とロナガンは言います。

第一は「生物的(biological)パターン」です。たとえば、満腹していて何も刺激がない、満たされていて関心を引くものがなければ、寝入ってしまう。それが、動物の一種としての人間の「経験のパターン」というわけです。

第二は「美的(aesthetic)パターン」です。たとえば、夕焼けの景色に見取れ、小鳥の声に聞き惚れ、芸術作品に見入ってしまう。そのような安堵や囚われなさを伴う放下のときは、まさに、美に魅了され美の秩序に鋳られた「経験のパターン」と言えるでしょう。

第三は「知的(intellectual)パターン」です。これを、何とか、否、何としても強化しようと格闘し続けているのが教員であり、教育機関である、と言えるかも知れません。「問い」を発し、「答え」を求め、得た「答え」が本当かどうかを確かめる知性の訓練。ときには困難な知的集中を要する探求のプロセスを、生徒たちがなるだけ容易に我がものとすることができるよう、宿題に工夫を凝らす。多くの教員は使命感をもってそのようなことに日夜勤しんでいます。「パターン」を身につけさせたいのですから、勉強の時間を「日課」に織り込ませ、勉強の「習慣」をつけさせることの大切さは計り知れません。その中心には、「閃き」の体験、「閃く喜び」の体験、そして、「閃きを追求する態勢を獲得した知的志向性の確かさ」の体験があります。実に、生徒たちの知的興味を惹く授業は、こうした体験に満ちた「学び舎」であるに違いありません。

第四は「劇的(dramatic)パターン」です。実生活は劇的な経験の連続です。過激の激ではなく、歌劇や悲劇の劇です。どんどん次の幕が開き、新しい場が展開します。幕間や場間は短く、即座に事を決しないといけないことも少なくありません。閉じてほしくない幕が閉じ、開いてほしくない幕が開き、その場その場で、対応が迫られます。人生は実にドラマチックです。衒学的な理論やその場凌ぎの小賢しさでは御しがたいリアリティがそこにはあります。私などは、そのような自分の人生を何とか遣っていけている、と気付いて、それはそれで大したことではないか、と感心することもしばしばです。しかも、「常識(common sense)」と呼ばれる実践知を積み上げながら施されている実に巧みな対処が、一人ひとりの人生には、満載されています。

さて、ここで振り返ってみてください。ご自分の教科で生徒たちにどのような「経験のパターン」を培わせているのだろうか、と。複数のパターンを提供している場合も十分考えられますが、「知的パターン」を構成的に含んでいない教科教育は、おそらく、ないでしょう。

6.合理的意識の自己同化(self-appropriation of one’s own rational consciousness)

現にそうである自分、いつもすでに経験している自分という営み(performance)を理解し、肯定し、受諾する内的な和解と統合、なかでも、その基底を成す「理に適うことを求める自分の意識(one’s own rational consciousness)」を「我がものとし直す(self-appropriation)」ことの重要性は計り知れません。自分以外のものには求めてやまない合理性を自分という営みについては追求しない、否、追求する必要すらないと思い込んでいるところから、私たち人間の「営み(performance)とその表現(expression)のズレ」が生じます。そのような自分についての思い込みを見直す作業としての「合理的意識の自己同化」が、哲学をはじめとするあらゆる理性的営為の基本中の基本である、とロナガンは諭してくれます。

7.内的要求(exigences)、意識の分化(differentiations of consciousness)、意味領野(realms of meaning)

教育的奉仕は、学習者自身の中に息づいている「内的要求」と呼応していなければなりません。それによって、学習者自身の意味世界を豊かなものし、学習者の志向的意識を分化させ、全人的な成長を促すことになるでしょう。

ところで、意識を表現する言葉というものは、その人の住んでいる意味世界の豊かさを示すものです。そう考えると、言葉を大事にする習慣をつけさせなくてはなりませんね。たとえば、「僕は、切ない。」と言う小学生1年生がいるとしたら、「切ない」という語を別の意味で使っているか、あるいは、あり得ないほどおませか、どちらかでしょうね。「切ない」という感情をそれと認知して表現できるようになるのは、小学生低学年をずっと過ぎてからでしょうし、反対に、「切ない」気持ちがわからない大学生がいたら、それはそれで困ったものです。

このような分化は状態的意識あるいは意識内容の分化ですが、ロナガンの言う分化は志向的意識、つまり、何かに向けられた意識そのものの分化です。自己の内面への気付きと眼差しがなければ、「悲しい」「さみしい」とは言えても「切ない」とは言えないように、志向的意識の分化を内側から可能にする推進力、中から衝き動かす‘内的必然性’を、ロナガンは「内的要求(exigences)」と言っています。

まず、「組織的(systematic)な内的要求」。断片的な知識をそのままで放置しておけなくなり、纏めたい、系統立てたい、体系化したい、という衝迫です。

次に、「批判的(critical)な内的要求」。根拠を見出して、確かなものに到達したいという衝迫です。因みに、批判的というのは「本当ですか?」という問いを経るのを事とするということです。大学生にはこれをしっかり育ててほしいものです。

そして、「方法的(methodical)な内的要求」。いわゆるハウ・ツーものと違って、そもそも本物を知ったと言える基準やものさしを窮める道を辿りたいという衝迫です。

最後に、「超越的(transcendent)な内的要求」。あらゆることについてあらゆる観点から知ること(to know everything about everything)、究極的存在や究極的価値との出会い、全き無制約性への到達を求める衝迫です。

ご担当の教科や授業は、生徒たちの中のどの「内的要求」に触れるものでしょうか。学習者の内側から突き上げてくるこれら衝迫(exigences)に動かされ導かれて、「意味領野(realms of meaning)」が開かれ拡充し、それら領野の組み合わせが「意識の分化(differentiations of consciousness)」の豊かさとなって、知的存在たる人間が成長していく、というのがロナガンを学びつつある私が抱いている教育的奉仕の基本イメージです。

ロナガンは、上記の「意味領野」として、「常識(common sense)」「学識(scholarship)」「理論(theory)」「内面性(interiority)」そして「超越(transcendence)」の5つを挙げていますが、詳しいことは別の機会にいたしましょう。ただ、先ほど述べた4つの「内的要求」が「常識」以外の4つの「意味領野」と深く関係していることは申し述べておかねばなりません。

因みに、「宗教」科は、概ね、「超越的な内的要求」に触れつつ「超越」領野でのコミュニケーションを試みることになるでしょうが、他の意味領野でのコミュニケーションも大切です。そもそも真の宗教は、人間のあらゆる内的要求を満たすものであり、それゆえ、すべての意味領野での実りあるコミュニケーションが原理上可能だ、ということを生徒たちに体験させたいものです。それにしても、「超越」領野でのコミュニケーションを育て深める独特の語り(たとえば、イエスの喩え話)の存在を忘れるわけにはいきません。それらは、組織的、批判的な内的要求に耐え、方法的な内的要求を活性化しつつ、超越的な内的要求を満たすコミュニケーションの場を開いてくれます。

少し小難しくなりましたね。ごめんなさい。とにかく、生徒たち自身が多くの「意味領野」を獲得し発展させていけるよう、手助けすることです。そのためには、教育する側にいる私たちにも、豊かな「志向的意識の分化」が期待されるということでしょうか。

8.自己超越(self-transcendence)

さて、確かにわかった、ということは、わかった内容が私の主観に依存していない、ということを同時にわかることでもあります。私が認めようと認めまいと、それは真理だ、ということです。私が認めるから真理だ、ということではなく、それが真理だから私はそれを認める、認めざるを得ないとわかった、ということです。これは、「自己超越(self-transcendence)」の一つで、「認識的(cognitive)自己超越」と言われます。

すでに「意識水準の異なる3つの問い」についてお話しましたが、第三の(価値に係わる)問い(“Is it worthwhile?”)への答えが出されたとき、すなわち、決心や決断がなされたときも、そこに「自己超越」があり、「実践的(practical)自己超越」と呼ばれます。自ら下した価値判断によって動機付けられ、何らかの実践(内的あるいは外的な行為)へと自分を越え出ていくからです。

また「宗教的(religious)自己超越」もあります。それは、制約なきものとの出会いの出来事、無制約者の訪れに自己を明け渡す行為、無制約性に満たされる体験とでも言いましょうか。「さいわい、ありがたさ、かたじけなさ」を痛感するとき、人間存在の、受動と能動が一つになっている深みで「ささげ、ゆだね、まかせ」を呼吸する安息のときです。

9.回心(conversion)

これらの「自己超越」が常態化(態勢として定着)すると、「回心(conversion)」と言われます。一つひとつの自己超越という新しい出来事や行為が積み重なり結晶化して、(真偽や善悪や生死に関する)新しい秤や物差しが形成され、新しい生き方が始まります。

「宗教的(religious)回心」は、イエスを救い主として告白する信仰生活、でしか表現され得ないわけではありません。たえず神に祈る生活、生かされていることに感謝して送る真心の日々、見返りを求めない愛を根本に据えたかかわりも、この回心の実と言えるでしょう。このように無制約的なものを追求することが「習い性」となった生き方の中に、「生きている実感の基準」あるいは「幸福の基準」の変容が示されています。

「道徳的(moral)回心」を遂げた人は、自分の好き嫌いに振り回されて動き回るのではなく、ものごとの価値を自覚的に判断することを通して、善悪を区別し、自分の態度や言動を決定します。そこには、「善悪の基準」の変容があり、それは、誠実な価値判断を事とする生き方となって顕れます。

「知的(intellectual)回心」は、「知ること」とは何かを正しく理解し肯定することから来る「真偽の基準」あるいは「客観性の基準」の変容と言えます。認識論上の述語を使えば、素朴実在論(na_ve realism)を超え、さらに観念論(idealism)をも超えて到達した批判的実在論(critical realism)の立脚点(positions)のことです。この回心を遂げた人は、「知性は知性自らを知解する(Intellectus intellectum intelligit.)」という言葉の意味がよくわかることでしょう。

以上のような「回心」はどれも独りでは得難く維持し難いものでしょう。確かな幸福、本物の価値、揺るがない真理を体現する伝統や共同体や先達との生き生きした交わりが必要だ、と思われるからです。とすれば、私たち教員には、そのような伝統や共同体や先達の端くれになる使命があることになります。

また、「回心」を一時の体験として放置しておくと、その醍醐味は味わえません。「自己超越」の反復による「回心」の持続的発展が何より肝要です。すでに申しましたが、教育が「育てる」とか「育む」とかいう意味を含むならば、「徳を修める」「習慣を形成する」「習い性となる」などを抜きにして教育を語れなくなるわけです。

考えてみますと、人間や社会の多くの問題は、まさに、習慣の問題であることに気付きます。突発的・例外的に発生し対処の可能性すらない問題よりも、対処する習慣を身につけていないところから生じてくる問題の方がはるかに多いのではないでしょうか。ところが、最近、しかも教育の場でさえ、習慣がほとんど話題にされなくなったように思えます。「善いことをほぼ自然にする習慣」を形成し定着させることは価値高い教育だと思うのですが、如何でしょう。勉強についても同様で、適切な訓練を与えることによって、勉強の習慣がつき、知的な徳が形成されていきます。

ものをふさわしく問うことから始めて、何らかの答えをつかみ、それが正しいかどうかを確かめて判断を下し、誰が何と言おうとこれは正しい、と言えるものを獲得する。このような一連のプロセスを辿ることを「習い性」とすることは、真理は私の主観には依存しない、という知的な謙遜と、自分は真理をつかみ得る認識主体である、という知的な自信を併せて培うことにもなります。

加えて、カトリック学校は勿論のこと、あらゆる教育現場で大切にされるべきもう一つの「回心」について触れさせてください。それは、「情緒的(affective)回心」と呼ばれるものです。やる気のない状態から情熱を傾けて取り組む姿勢への変容が必要な生徒たちがいる、と私たちは知っています。実際、情緒が落ち着いていないと勉強どころではありません。勉強と同時に、否、勉強以前に取り組まなければならない課題が、そこには、あります。その課題の根本、それが、愛し愛される恐れから愛し愛される喜びへの解放、すなわち、「情緒的回心」です。この回心は、一方で、先述の「宗教的回心」とも、他方で、ロナガンの弟子ロバート・ドーランの言う「心象的(psychic)回心」とも、興味深い関連性を有していますが、後半はまたの機会に譲ります。

私たち教育者は、生徒たちの魂を巣食う「愛されることに対する恐れ」にきちんと対峙しなければなりません。それは、「愛することに対する恐れ」よりも根源的な気がしますが、如何でしょう。愛し愛されること、なかでも愛されることは、その本性上、傷付けられる可能性(vulnerability)を含意しています。愛されたかったが適切な愛に出会えず何度も傷付いてしまい、もう愛そのものを期待しなくなる、という悲劇が稀でないことを、私たちは知っています。その子どもたちに、無制約の愛と限りないゆるしがある、だから、大丈夫だ、というメッセージを、特にキリスト教関係の学校は、伝える(その在り処を「示し」、それを待ち望む心を「育む」)使命を帯びているのではないでしょうか。

10.超越論的命法(transcendental precepts)

知性を恵まれた自由な存在である人間が、如上の「回心」をメルクマールとする人格的な全面開花に向けて歩むべき根本的な道筋(method)を、ロナガンは、5つの簡明な命令文に約め、「超越論的命法(transcendental precepts)」と称しています。

第一が“Be attentive!”で「知的志向性を働かせ、経験に注意を向けよ。」

第二が“Be intelligent!”で「知性的意識を働かせ、経験から理解可能性を把握せよ。」

第三が“Be reasonable!”で「理性的意識を働かせ、得た理解の正しさについて納得するまで矛盾のない一貫性のある仕方で確かめよ。」

第四が“Be responsible!”で「実存的意識(道徳性)を働かせ、現実世界の要求に自覚ある実践的応答をせよ。」

第五が“Be in love!”で「超越的意識(宗教性)を働かせ、愛の内に留まれ。」となるでしょうか。一括して、「注意を向け、洞察を得、根拠を探り、責任を担い、愛に生きよ。」とでも訳しておきましょうか。

実のところ、自分の人生を誠実に生きようとすれば、これらの命法を自然本性的に守ることになるのでしょうが、その人の知的な誠実さの内実は、このような根本姿勢が、我がものになっているか、身についているか、習い性となっているか、その按配と度合いによって測られるという面もありそうです。

◆補足、むしろ、蛇足

最後に、一言。各校なりに独自の卒業生プロフィールや教育モデルを模索しつつ、先生方も日夜腐心しておられる通り、キリスト教的な学校であることの塩気・塩味を保つことはとても大事です。本日の私の拙い話からも何ほどかお察しになったでしょうが、その塩気・塩味に学校の生き残りが懸かっているからばかりでなく、そもそも教育そのものの意義(意識の分化、自己超越、回心など)からして、そう言わざるを得ないわけです。

「全校ミサ」などもその一例でしょうか。私自身もかつてあちこち呼んでいただき、生徒たちと有意義なミサ聖祭をお祝いでき、嬉しゅうございましたが、「宗教行為を一律に強制するからダメ。」という“理屈”が独り歩きする場合があることも知っております。それも一理あるのですが、それで押し通してしまうと、「意識の分化」の不足や不全を自ら露呈していることになる、と私には思えてなりません。

そもそも「超越的」な「内的要求」が私たち人間に具わっていなければ、残りの「方法的」「批判的」「組織的」な「内的要求」もその推進力を失って、遅かれ早かれ萎えていくことでしょう。そもそも「超越」領野なくして、少なくともそれを目指さずしては、他の意味領野は追々相互の関連性を失って瓦解し、意識の分化の代わりにその分裂を招来することにもなり兼ねません。そこには、人格的統合や人格的成熟は毛頭期待し得ず、全人教育も絵空事に成り果ててしまい兼ねません。

ミサという場と時を、生徒たちの「超越的な内的要求」に触れつつ、生徒たちとともに「超越」領野の醍醐味を享受する時空として活かしたいものだ、と常々考えております。同じ切望を共有する仲間が増えるよう、これからも精進せねば、との思い、頻りです。

以 上

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第9回 弟子・使徒職

仙台白百合学園中学・高等学校 土倉 相

これまで、聖書やイエス・キリストのことを学ぶ・・・という視点での講座が続いていましたが、今日は、自分がカトリック学校の教師であるいうことを意識して、自分自身のこととして話を聞いていただければと思います。今日の話の目標は、次の2点です。

①イエスの弟子、使徒とはどんな使命をもった人達かを知り、カトリック学校との関係を整理する。

②カトリック学校に勤める者として、「イエスの弟子」や「使徒」という言葉と「自分自身」には、どのような関わりがあるのかを考えるヒントを探す。

特に②を具体的に考えるために、使徒パウロの生き方を下敷きにできるように紹介したいと思います。

話の中で、第二バチカン公会議や教育聖省の文書なども紹介しますが、「こう書かれているから、こうでなければならない」という意味で紹介するつもりはありません。私たちが、働いているカトリック学校やそれを支えているカトリック教会の姿をまず客観的にみておきたいという意図での引用です。私たちはもう、カトリック学校という「船」にそれぞれが乗っているわけですが、それぞれの船が集まって同じ方向に向かっている大船団になっているということを意識しなくてはいけないという話でもあります。

1)               弟子、使徒を知る~カトリック学校の「使徒職」

使徒とはギリシャ語で απόστολος (apostolos) と言います。「派遣された者」という意味をもち、マルコによる福音書(3;14)によれば、イエス自身が12人の弟子を選び、自ら「使徒」と命名しました。「派遣された」とは、誰に向けてでしょうか?生前のイエスはイスラエルの民が対象と考えられます。マタイによる福音書には「異邦人の道へ行ってはならない」という言葉さえみられます。受難と復活、昇天の後、「全世界、すべての民へ」と初めて変わったのです。派遣の目的は「福音を告げること」です。

もう少し詳しい説明をします。

森一弘司教「キリストの言葉」より

使徒とは、権限を委託され、その人物に代わって、その望むことを伝えたり、果たしたりする重要な人物をさす。使徒(遣わされた者)は遣わす者と同等にみなされ、伝統的なユダヤ教にはない新しい概念だった。(伝統的なユダヤ教では教えを伝えるのは預言者、祭司、律法学者、ラビ)

イエスはなぜ使徒を選んだのか?(使徒の使命)

1)彼らをそばに置くため・・・キリストのよき理解者、協力者になる

2)派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能をもたせるため・・・人間の悲惨な姿に心を動かし、悲しみに共感して、そこに走り寄っていく。愛の実践を行う。

ベネディクト16世「使徒」より

福音を告げる目的は、「神との交わりに人々を招くため」である。「交わりは、今日すべての人を脅かしている孤独と戦うために主が私たちに与えた薬」

教会は信仰、希望、愛の共同体である使徒たちを土台にして建てられた。

使徒は交わりへ奉仕する共同体  使徒の後継者は教会に与えられた信仰の遺産の守護者であり、その権威ある証人であると同時に愛の奉仕者である。

一般に「使徒の後継者」とは「司教」を言います。しかし、第二バチカン公会議(1962~65)後、聖職者だけではなく、一般信徒の使徒としての役割(信徒使徒職)が強調されるようになりました。

第二バチカン公会議の文書には次のようなものがあります。

第二バチカン公会議「教会憲章」より

キリストの一つのからだを構成する信徒は誰でも、生きた構成員として、教会の発展とその絶え間ない聖化のために、創造主の恵みと贖い、主の恩恵によってうけた自分のすべての力を用いて協力するように招かれている。(4;33)

第二バチカン公会議「信徒使徒職に関する教令」より

その能力に応じて教会の発展に寄与しない構成員は教会にとっても、また本人自身にとっても無益な構成員と言わなければならない。信徒は福音の宣布や人々の聖化に尽くすとき、また福音の精神を世間に浸透させ、その秩序を完成するよう働くとき、使徒職を行う。(1;2)

この2番目の文書などはかなり厳しいものですね。信者の先生は困ってしまうかもしれません。何か重荷を背負わせられているように感じる人もいるかもしれません。では、この「使徒職」と呼ばれるものはカトリック学校とどのような関係にあるのでしょうか。信者ではない先生はどのように考えたらよいのでしょうか。何も考えなくてもよいのでしょうか・・・。

◎カトリック学校と使徒職の関係、カトリック学校の教職員と使徒職の関係

ローマ・カトリック教育聖省「カトリック学校」(19773)より

カトリック学校はそれ自体が、「真の使徒職」を繰り広げていく。カトリック学校の使徒職に携わる人は「教会の必要欠くべからざる任務」を果たしているのである。(5;63)

ローマ・カトリック教育聖省「紀元2000年を迎えるカトリック学校」(199712)より

カトリック学校において、ユニークなキリスト教的な学校の雰囲気を創る第一の責任は、個人として、また共同体としての教師たちである。(8;19)

カトリック学校は、それ自体が「使徒職」を行う機関ととらえられています。しかし、ここまでは、カトリックの信徒である教師を対象とした話と考えることができます。必ずしもカトリック学校の教師が信徒であるとは限らない日本において、このあたりはどのように考えればよいのでしょうか。

◎日本のカトリック学校で、信徒でない教職員をどう考えたらよいのか。

森一弘司教「カトリック学校のアイデンティティを求めて」(20087月全国カトリック学校校長・教頭合同研修会講演資料)より

1980年後半に全世界のカトリック学校のための指針を明確にする必要性を感じたバチカンは、素案をつくり、それを全世界の教会とカトリック学校関係者に送付し、意見を求めた。それを参考にし、1988年にローマで会議を開催し、指針を完成しようとした。その素案の一項目に、「カトリック学校で働く教職員は、カトリック教会の教えを理解し、それに忠実な者でなければならない」という条文が入っていた。そのまま適応されてしまえば日本のカトリック学校に勤める教師の大半が失格ということになる。日本だけでなく、中南米、北米、カナダなどの司教たちも、それぞれの理由から条件を和らげることを求め、その結果条文は穏やかな表現に置き換えられ、「カトリック教会の理解者である」という内容になった。

溝部脩司教「カトリック学校の福音的共同体を築くために」(20042)より

信仰の有無にかかわらず、カトリック教育の現場に立つ者すべてが、教職員として指導の根幹にキリスト教的な理念をもつように努力しなければなりません。宗教教育を支えるのは、カトリック学校教職員全体の責任であり、その意味で、あらゆる教科や生活指導、学級経営の中に宗教的価値観や宗教的な情操を大切に育てていくことが必要となります。

つまり、日本においてもカトリック学校が使徒職実践の場である以上、そこで働く教職員は何らかの形で、使徒職に与るように招かれていると言えそうです。実際、カトリック学校の「教員募集」の中の要件として「カトリック教育に理解があり、協力できる方」というような表現が必ずみられるはずです。すでに、教員になっている方は少なくとも「理解者」であることが求められているわけで、大きな意味での教会の「使徒職」に与っているのだと言うことができてしまうのです。

2)自分自身の問題として考えるために~聖パウロの生き方から得るヒント

前半で、私たちが勤めるカトリック学校と「使徒職」の関係を見ました。では、私たち、「イエスを直接知らない者」が「使徒職を果たす」とは何をすればよいのでしょうか?「使徒職を行う」ということを考えたときに感じる「戸惑い」、「ためらい」、「プレッシャー」を感じる方も多いと思います。それを、どう整理すればよいのでしょうか?信仰をもたない教職員はどのようなスタンスで使徒職に与ればよいのでしょう?聖パウロの生き方、心の変遷を追いながら、このあたりの考え方を示してみたいと思います。

◎聖パウロはどのような人だったのか

一般的なイメージは、聖アウグスティヌス(4~5世紀)の言葉「パウロは赤いライオン、神の偉大なライオン」から連想されるように、「強い意志の力をもっており、妥協やためらい、中途半端を憎む強い人」というものです。しかし、パウロは別なとらえ方もできるのです。

聖パウロは3つの側面で捉えることができる

ア) 民族としてはディアスポラのユダヤ人・・・エルサレムを離れたユダヤ人

イ) 環境においてはヘレニスト・・・ギリシャ文化の影響を受けて育った

ウ)市民権によってはローマ人・・・帝国内のエリート階級

ア)ユダヤ人としての聖パウロ

ファリサイ派としての最高の教育を受けていたパウロにおいて、生活の中心にユダヤの律法があった。また、ユダヤ民族には特徴的な時間や歴史のとらえ方がある。イザヤ書やエレミア書に使われている「将来」という言葉はアハリート、「過去」はケデムという言葉だが、アハリートには「背中」、ケデムには「目の前」という意味がある。日本人の感覚とは正反対と言える。「過去はもう誰も変えることができないので皆で目の前に置くことができ、そこに神の導きや恵みを探すことができる。未来はまだ誰にも見えないので背中の方にある」という考え方である。パウロもこの考え方をもっていたはずである。

イ)ヘレニズムの環境で育った聖パウロ

聖パウロが身につけたのは、ギリシャ語と論理的な考え方である。ギリシャ哲学(ストア派)の影響も受け、パウロはすでに若い頃から大きな世界観を確立していたのではないだろうか。

ウ)ローマの市民権をもつ聖パウロ

規則をつくり、組織をつくり、強い軍隊をもっていたローマ帝国。全体の秩序は重んじられていたが、格差社会ができており、富裕層の人々には道徳的な退廃もみられる社会。ローマの市民権をもっているということは帝国内でのエリートに属することを意味していた。宣教活動の中でこのローマ市民権を有効に生かし、また、一人のローマ市民として、パウロは「人間を組織の歯車としてしか見なさない社会」、「人間を競争相手としか考えない社会」と対峙する。

◎聖パウロと回心

回心前のパウロ・・・律法熱心であったパウロは律法を守らないヘレニストキリスト者を迫害していた。律法の敵がパウロの敵。

回心の後のパウロ・・・自らヘレニストキリスト者の中に入り、シリアのアンティオキア教会で活動を始め、異邦人への宣教旅行を行う。

この回心に際し、ユダヤ人の考え方で目の前に自らの過去を置き、人生を振り返ったパウロは何を考えたのでしょうか?

パウロは、長い時間をかけ、それまでの自分の人生・境遇が神によって用意されたものであったことを確信しました。

「わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされた・・・」(ガラテア1章15節~)

◎聖パウロと他の使徒との違い

「すべてを捨てて、イエスに従った」ペトロやヨハネたち(ルカの福音書による弟子の召命)とは反対に、パウロは「すべてを生かしてイエスに従った」と言えるのではないかと思います。

聖パウロは人生の中で与えられたすべてを、感謝の心で生かそうとしました。イエス自身に出会えなかったこともハンデとは考えず、ファリサイ派の教えに通じ強い拘りをもっていたこと、従っていたことも恥とはせず、生かしていきました。ヘレニストとして身につけた広い視野と世界観で物事をとらえ、ローマ市民としての特権も最大限利用する生き方をしました。このような生き方を、パウロは回心後、長い時間をかけて身につけていったわけです。回心前までの自分の人生を「感謝の心」で受け入れることができたのがパウロだったのではないかと考えられます。

感謝とは「すべてを神に任せる」という信頼であり、「祈り」と結びつきます。聖パウロは「感謝の人」であったととらえることができます。事実、「感謝」という言葉は全聖書の中で、パウロの手紙の中で最も頻繁に使われています。

「どんなことでも思い煩うのはやめなさい。何事につけ感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすればあらゆる人知を越えた神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピの信徒への手紙4章6節)

◎聖パウロから学ぶ「使徒の生き方、生きる姿勢」

自分のこれまでの歩みを振り返り、感謝のうちにそれを生かしていくことができるでしょうか?

自分を振り返ることの大切さ、自分の人生の中に神の働きかけをさがしてみることが自分自身の在り方を学ぶヒントになります。

マイナスに思えるような境遇や歩みの中にも神の導きがあるのではないか?という視点が大切です。

3)まとめ

カトリック学校を職場として選び、あるいはそこへ導かれて歩んできた私達も、一人ひとりが「母の胎内にいたときから、そのようにあるよう、選び分けられ、招かれてきた」と感謝の心をもって考えることができたら、今、それぞれにできる「使徒職」が、はっきりと見えてくるのではないでしょうか。「何かをしなくてはならない」という答えがもうカトリック学校の中に見える形であるわけではありません。一人ひとりの教師が「おそれ」や「ためらい」を捨て、それぞれの力を十分に発揮することで、初めて見えてくるものです。「すべてを生かす生き方」、「自分を使い切る生き方」をパウロに倣いたいと思います。

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第7回 教会について

森一弘司教

教会とはいったい何かということを皆さんと確認したいと思っています。

カトリック教会のイメージからいうと、「祈りを捧げる神聖なところでそのための形が整っている場所」というイメージが最初に浮かぶだろうと思います。

「全世界でどこに行っても同じである。」「一つの組織」とか「お堅い」とか言うイメージも浮かぶかもしれません。

しかし、それは昨日の聖書の話と結びつかないですね。どうしてずれがあるのかということをはなしたいと思います。

皆さんがお持ちのイメージを壊してしまうかもしれないので少々無責任かもしれないとも思います。修道会や司祭たちが伝えてきたものをこれから壊しちゃうことになるかもしれないのです。

まず「教会」ということばについて考えてみましょう。ギリシャ語では“エクレジア”。フランス語、スペイン語などではこの言葉から出てきます。英語ではchurchですね。この違いになにがあるのでしょうか。

エクレジアは呼びかけられて集まった人たちという意味ですから、共同体のイメージがあります。エクレジアは漢字の「教会」=「教えの集まり」に比べると「教え」がないのです。

このように訳したのは、中国に行ったフランス人宣教師たちでかれらは「教会」と訳しました。

幕末に知多半島の漁師たちが台風にあって漂流されていたのを救助されて、マカオに送られた。ドイツ人宣教師たちに日本語を教えかつ聖書の日本語訳を作りました。そのギャツラフ訳聖書では「教会」を「寄り合い」と訳していました。この聖書は名古屋の人たちによって訳されたので名古屋弁が入っているとかいわれます。ただこの訳の聖書は日本にはほとんど影響を与えなかったようです。

明治期になって訳されたヘボン訳聖書では「集会」という言葉を使っていました。

現代の「教会」という訳語が用いられるきっかけになったのは、プロテスタント訳の聖書だったようです。

カトリックは天主公教会と訳していた。「教えが中心という印象を与え、堅苦しくそこへ行って勉強するという雰囲気」を漂わせていました。

church という言葉は、もともとはラテン語から来ていて、建物というイメージが濃い言葉です。4世紀5世紀ころローマ帝国の中で市民権を得たころ、聖堂を中心に集まってくる場でした。「神聖な」のイメージはありますが、キリストと出会ったというイメージが消えてしまうところが問題です。

聖書における最初のイメージをたずねてみると、あなたの上に教会を建てようとペトロに向かって言われたとき、かけ離れた概念ではなくて日常的な概念でした。共同体をあなたを中心にして作ろうという呼びかけにはじまったのです。

第1ステップ 初代教会のイメージ

1step

それぞれの人生において、それぞれの生活の中で、イエス・キリストと出会い、キリストの存在を見てそこに引き寄せられて言った人たちの集まりというイメージが第1ステップといえるでしょう。

ここには「おしえ」なんていうイメージがないのですね。

人と人の出会い、その人が何を考えているかを考えていないで、その人の姿勢や表情から直感的にとらえて引き寄せられたという段階です。人格的なふれあいをもとにしていました。キリストは直感的にその人をとらえてしまう、その体験がありました。

あるとき、高校卒業生たちが集まり先生を囲んで話し合った。ある卒業生が先生に「先生のおかげで今日生きているのですよ。先生のあの一言が私を変えた。先生が自分の苦しみを見ててくれた」と先生に言っていました。そこには直感的な出会いがあったようですね。

こういう出会いがイエスと人びとの間にあって、そのもとに「教会」をつくりました。教えとか思想ではないのですね。

その魅力は何だったのかと言えば、このひとりが滅びるのは神の望みではないという人間にたいする優しさ、誠実さであり、真実であったのです。

自分たちを利用しようということではないし、もちろんそれで儲けようとかいうことではない

「ゆるし続けなさい」「見捨てない」というイエスの言葉と姿勢がその当時の宗教家には感じられなかったのです。その時代の宗教家は、律法という枠の中に入らないと神から見捨てられるという考えが浸透していました。

キリストはその枠を取っ払ったのです。「清くなれ」というのは「差別される 排除される」存在から人間の仲間として認められることでした。キリストのメッセージはそこにありました。今まで押しつぶされてしまっていた、自分たちは駄目な人間であると思いこんでいた、そういう人の中に入ってひとりひとりを仲間として人間として大切にしました。

それがエクレジアの原型でした。

その弟子たちが書簡をあらわしたときに、そういう人間ひとりひとりにたいする優しさ、誠実さ、を専門用語にしました。それが「愛」という言葉でした。

パウロはもっとも素晴らしいものは「愛」で愛がなければすべてが空しいと述べています。

ところが「愛」という言葉が一人歩きしだします。「愛」ですべてを語ると、ふれあいの機微が抜け落ちて現実から遊離してしまいます。「愛しなさい」と距離を置いてしまうようになったのです。現実の中でよりそっていくのを忘れてしまいます。

優しさ、誠実さ、真実を持った人と人との出会いのムーブメントをつくり出した、その人と人との誠実なムーブメントが教会そのものだったのです。この段階の「教会」はキリストとの出会いが支えになっています。ある意味では仏教徒でもできるのです。

この「教会」のイメージは現在のカトリック学校の中でも通じるものがあります。信者の先生も一般の先生もそういうムーブメントを大事にしている、その時点での協働作業が学校をつくりだしていくとしたら、信者であろうか亡かろうか問題ではなく、それぞれの誠実さを踏み台にして関わっていくことこそが大事にされます。このムーブメントのエネルギーの確かなのがカトリック学校であります。その魂を尊重しながら、協力していくことが「教会」でも学校でも大事なのです。

第2ステップ 殉教者の教会2step


一方でユダヤ社会からの弾圧、他方ではローマ帝国による弾圧のなかで築かれた教会像です。

ムーブメントの仲間であることが命がけになってくるときです。ここでは強さが求められました。いつのまにかその理想がうすれ、厳格主義や純粋さが要求されていきます。どんなことがあっても命がけで信仰の純粋さを守ることが信者に要求されました。

信者になることが、真面目でそういう気持ちを持っていないと仲間になれなくなってきます。

遠藤周作は「沈黙」でキチジロウという人物を描きます。驚かされるとすぐに裏切ってしまうが、でもまた教会に戻ろうとするのです。

自分の人生の弱さをみとめて転んではまた悔い改めるをくりかえす、そういう信仰が本物なのかそれとも、殉教者の信仰がほんものなのか。正しいものとしてうけつがれているのはもちろん後者の信仰です。

その名残は今でも残っています。転んだものが当時排斥されたように、現代では離婚したもの、自殺したものには教会の墓が与えられなかったのです。それゆえに教会から遠いところにある教会のイメージができあがってしまいました。迫害に屈しない立派な信者でなければならないという感じが強まりました。

第3ステップ 神の国と地上の国

3step

このステップの教会像は、ローマ帝国で公認された4世紀後半から5世紀に欠けて作られました。それは、聖と俗、神の国と地上の国とを分ける考え方のもとに生まれてきます。一般社会(世俗)の中にはいると自分たちの純粋さが失われて罪に汚れてしまい、教会にいって清めてもらうというイメージです。

教会は「神の国の門・天国の入り口」です。「修道生活」は世俗を捨てて神の国に生きようとすることであり、司祭は聖堂の中で待っていて、ミサをあげるのがその役割となりました。

それはヨコの関係というより、タテの関係でできあがっています。それがずっと受けつがれていきます。聖職者たちはきよい、自分たちは俗っぽいという関係です。

このステップには黒に近い灰色の世界が存在します。営業に関わって接待をする仕事はそうやって灰色の世界に生きていることです。

カトリック学校にホーリーな存在があったら楽なのですね。資金繰りとか生徒集めのような仕事には手を汚さず、自分たちは祈りと指導の聖なる部分に専念したらいいというのはこのステップのようなあり方でした。

でも、これは教会の本質ではありません。本質は誠実な人と人との共同体のムーブメントなのです。

この「教会」のイメージはアウグスチヌスが神学的バックボーンとなりました。彼は「神の国」という著を残し、二元論的な考えを持ち込みました。

第4ステップ ヒエラルキーとしての教会

4step

ローマ帝国がほろび、ヨーロッパ中世に築かれた教会像です。

神を頂点として、キリスト、教皇、司教、司祭、修道士、信徒という階層ができあがっていきます。

教会は神の国に導くリーダーであり、教会を通して神の愛が注がれていくというイメージの教会像です。

この時代の平均的なシンボルとしての教会はたとえばパリのノートルダム聖堂を思い起こしてみてください。天をさしている教会です。

現代の教会は変わっているが、天井を仰ぐイメージは残っています。闇を作り、人間の小ささを感じさせるとともに、天井を仰ぐ、光はどこからかというとステンドグラスをとおして光りがやってきます。

この時代の宗教性のシンボルがこの大聖堂であり、政治権力もこの中に入ってしまいます。教皇は天上に向かう剣と地上に向かう剣の二つの剣を持っています。

ペトロが二つの鍵つまり天国の鍵と地上の鍵をもっているというのは、まさにこの時代に生まれたイメージなのでしょう。

ところが、権力は必ず腐敗します。権力は人間の魔物であり、誘惑であり、教皇たちが堕落していったのは、まさにこのゆえでしょう。

塩野七生は「ルネッサンス時代の女性たち」という本を書き、女性たちを通して教会の堕落を描いていきました。

サラセン帝国がスペインに侵入し、コンスタンティノープルの大司教が教皇に助けを求め、十字軍の結成が決まる。その時の教皇の説教は講談社から出ている教会の歴史の本にあります。

教会の2000年の歴史は「全世界に行って福音を述べた」歴史でした。しかし、その裏には全世界は潜在的にわれわれのものであるというおもいあがりが隠れています。

十字軍がサラセンを力づくで追い出し、ユダヤ人たちを惨殺し、そのあと兵士たちに3日間のなにをしてもいいという自由を与えました。教皇のおおきなあやまちだったといわれます。

教皇や司教になることを貴族たちが金で買うようになりました。りっぱなかたちになったのだがなかで腐敗が進行していたのです。

第5ステップ 「信仰のみ、聖書のみ、恵みのみ」の教会


5step

このヒエラルキーが邪魔である。これを排除して「信仰のみ、聖書のみ」の教会を作ろうとしたのがこのステップです。

プロテスタントの教会には3つの原則がありました。「信仰のみ 聖書のみ 恵みのみ」で、その他の間に入っているものを排除しました。

教皇ユリウス2世はサンピエトロ大聖堂の建築を企て、設計をミケランジェロにたのもうとするのですが、お金がないので建築の寄付を集めようとします。そのときに「献金箱に金貨を入れてきれいな音がすると地獄に落とされている人たちが天国にいける」と説明しました。

これをルターが怒ります。経済的に疲弊しているのに大聖堂を建てようとするのに怒るのです。聖職者はキリストの代理者であるはずなのに、その聖職者たちが腐敗堕落しているとして宗教改革を断行しました。

第6ステップ トリエント公会議による教会改革

6step

プロテスタントの宗教改革に対してカトリック側で起こった対抗宗教改革の教会像です。

宗教改革で生まれた教会は、主観主義、個人主義のもとでどんどん分裂していきます。

これに対して、客観的な繋がり、形があるはずで、カトリック教会のお堅いといわれている根っこを見直そうとします。ここでは、神、キリストと人びとの間に「掟、教義、秘跡」をおきます。

神学院制度が確立し、司祭になるにはお金でなく、教育して司祭になる。司祭の独身制度が明確化されたのもこの時代です。

また政治との関係はなくなるのですが、教会は聖職者中心主義に陥り、一般の信徒は司祭に依存しなければ何もできなくなるようになります。信徒たちの受動性はこのころから根がはっていき、教会で司祭を前にすると何か一歩下がり、ホンネでは向き合えないという思いこみはここから出てくるのです。

第7ステップ 現代社会と対立する教会

7step

18世紀から20世紀の半ばにかけて、西欧の社会は民主主義、自由平等、合理主義、科学の発展、実証主義、資本主義、産業革命という大きなうねりが生まれてきました。

これらの動きに対し、教会は「自由は人間に毒 信仰の従順こそ救い 自由平等は教会の敵」といって批判します。ルイ王朝を支える特権階級の聖職者たちのイデオロギーでした。

しかし、アメリカの独立宣言では、神の名で自由平等が与えられました。プロテスタントの教会の「神」はこれらの近代化を受け入れその推進者になっていったのに対し、カトリック教会は反動的にこれに対抗していきます。

カトリック教会はプロテスタントを異端として排除し、プロテスタントはカトリックを排除した独立宣言、近代化を進めていきます。

ガリレオの科学的合理性に対しては、キリストの奇跡を否定する迷信として否定し、これを宗教裁判にかけて弾圧してしまいます。

資本主義は金儲けだとしてこれを忌み嫌い結果的に貧しい労働者の悲惨な状況を否定することにつながり、共産主義は無神論として反共の立場を固持し、「貧しいものは幸い」とするキリストの教えから遠ざかっていきます。

世俗の悪に染まっても教会の中に来ると救われる、教会の外に救いはないという教会像を、マルクスは「宗教はアヘンだ」といって厳しく批判します。

このような対立のままに20世紀まできてしまいました。

実はカトリック学校はこの中で生まれました。それは「この世界の過ちがどこにあるかを教え込む」啓発運動だったのです。迷った人に伝えなければならないという思い込みのもとに、正しい教えを教え込むというのがカトリック教育だったのです。

第8ステップ 第2バチカン公会議の教会像

8step

20世紀の半ばの歴史的大転換が生まれました。それは第2バチカン公会議によってもたらされました。

自由平等と資本主義が結びつく競争の論理、資本の取り合い・利益の奪い合いが国と国との競争をつくり、時には戦争を生み出してきた。2度にわたる世界大戦は、個人レベルの競争が地域、国レベルでの競争となり破壊活動にまで発展しました。ヨーロッパの教会はそれにたいして何もできなかったのです。

その深刻な反省のもとに新しい教会像が生まれます。

フランスの教会では、ナチの侵入とそれに対する抵抗運動(レジスタンス)をサポートして強制収容所に入れられた司教がいました。強制収容所で番号札を首にぶら下げた司教たちは教会を変えなければならないことを痛感します。

バチカン公会議はそのような思いのもとに開催されました。いわば教会の原点に戻ろうとしたわけです。

人間の共同体ムーブメントとの上に築かれた上部構造でその本質が見えなくなっていて、苦しんでいる人と向き合えない状態だったわけです。公会議はそれを変えなければいけないと整理し、人と向き合う教会に戻す動きでした。

この公会議は、ヨハネ23世によって1958年に召集されました。

公会議の文書は「すべての善意ある人びとに」という呼びかけ文ではじまります。平和のために宗教やイデオロギーを越えて世界全体への共同責任としてともに働こうと呼びかけています。

それは、キリスト者だけでなく、あるいは貧しい人だけではなく、すべての人間に対しての誠実さを表現しています。

カトリック学校の責任についても、よりグローバルな教育をになうべく、いろいろな人の知恵とか力を生かしていくことを求めています。これは教会と教育に対しての伝統的なメンタリティをほぐしていく呼びかけでもありました。

カトリック学校の中においても、司祭や修道者の現象にともない、信者だけではなく、そうでない善意で誠実な人びととの協働を必要としています。これこそまさに公会議における精神が学校教育にも浸透していることを洗わしています。

注)この文書は講師の承認を得たものではありません。したがって文責は養成塾事務局の土屋至にあります。

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第3回 聖書における人間理解

100605

第3回目

聖書における人間理解

Sr.杉田紀久子(幼きイエス会)

聖書をもってくれば良かったのですが、多少でも知識があると思ってお話しします。あとでゆっくりと聖書を見ていただければありがたいと思います。

聖書については、話す人によって異なります。私の話もそのなかのほんの一部として理解してください。

今日は、旧約の創世記を中心に話を進めていきます。

創世記は、 遠い昔の話ではなく 自分自身と家庭、学校、日本の社会を考えるきっかけとなる話と捉えてください。

まず、本の紹介をさせてください。

「脳に悪い7つの習慣」(林成之著 幻冬舎新書)という本です。電車を待っている時間に立ち読みして「おっ」とおもって買ってしまいました。

この本には人間を理解するための聖書理解と重なっている部分がたくさんあると思って読みました。

聖書を書いた人たちは、その時代背景のもとで書いているのですけれど、人間の苦しみ悩みに応えるという普遍的なテーマにも応えようとしています。

新約聖書においても、キリストの生き方からは現代に生きる人間の生き方を学ぶことができます。

パウロの時代にアンティオキアで初めてキリスト者と呼ばれるようになったわけですが、それから2000年近くを経た現代でも参考になる多くのメッセージを聖書はなおも発し続けています。

SG01

「脳に悪い7つの習慣」の著者は「脳の本能」として3つをあげています。生きたい、知りたい、仲間になりたい(人が喜ぶことが自分にとってもうれしいと感じさせる)というのがそれです。

人の喜ぶことが自分にとってうれしい、それが脳にとってはとてもいいこととして書かれています。

脳が本来的に求めている生き方は、違いを求めてともに生きることなのです。人は違いがあるからおもしろい、それぞれに才能を発揮し、違いを認め、誉める力を養うことは脳にとてもいい習慣なのです。

脳にとってのご褒美=うれしいと感じることが、自分への報酬となり、それが脳の本能を磨くわけです。つまり自分の役に立つことだけでなく、人のためになることをしたときに、貢献心が満たされるのです。

こういうことをあたまにおいといて、これからの話を聞いてください。

SG02

デカルトは「われ思う。ゆえに我あり」と述べました。でも、関係性を生きる人間はむしろ「われ思われる、故にわれあり」といったほうがいいのかもしれません。

人の誕生成長は、両親の思いや周囲の人からの思いのなかで行われます。まわりの人からの「無償の愛」の中で育つのです。もし、子どもの存在の否定、無視、無関心の中でつまり『思われる』ことが不十分な中で育てられたなら、生きられないし育たないでしょう。

いのちの継承ということは一人、二人だけの思いではないのです。子どもがほしいという思いや願いは、どんな子でもいいからうまれてきてほしいという思いではじまります。生まれる前から、生まれてきてからもそういう思いの中に子どもが授かります。

NHKの番組で、養子の家族のことを報道していたのを見ました。子どもが3人とも養子の家族を紹介していました。養子縁組をするときに約束ごとがあるのだそうです。あなたのお母さんは別にいいることをいつかはかならず言うというのです。何時いうかは夫婦で相談してきめます。

あるとき、その子どもがバスケットの応援に来てほしいと親に頼みました。でも返事がなくて、こられませんでした。あとで試合が終わってから、手紙が来ました。バスケットの試合ではあえなかったけれど、自分を思ってくれる人がいるということは自分が生きていていいよというしるしなのです。

ある30代の夫婦の話しです。養子を引き取るためにはNPOに来て研修をすることが必要です。そしてどんな子どもでもことわらないという条件を念を押すのです。それに「いいです。障害があってもどんなことでも面倒を見ます。どんなことでもいのちを請けます」と応えるのですね。すごいなと思いました。

両親との面接で、おとおさんの感じを聞きました。かれは「自分のいのちよりも大切なものが目の前にある」とこたえたのです。この思いはすごいなと思いました。この思いがなければ存在が否定されていることになってしまいます、無視無関心だと育たちません。

いま、そういうことが社会にたくさん起きています。

投書欄に、電車の人身事故が多いという放送に「ちぇ、またかよ」と答える人がいかに多いのか、いのちが消えてしまうことに胸を痛める人が何人いるのかとおもうと寒々としてきます。

親の思いと子どもが思われているという実感にずれがみられます。生徒にも普通のことのようにみられます。「自殺」とか「自死」が増加しているということは、思われること、思うことが足りなくなっている現実をしめし、それなしには生きられないと感じることの希薄さと関係しています。

創世記の2章で「人が一人でいるのは良くない、彼に助けるものを与えよう」と書かれています。

人の誕生に当たって、いのちがうけつがれていく源の最初のいのちが生まれるときの「神のあつい思い」つまり「われわれに似せて神をかたどったものにつくろう」という言葉が書かれています。人間の時はこういう思いで作ろうというコミットの表現です。全身をかけて熱い思いで作ろうというこの神の思いは、子どもが生まれてくるときの想いとよくにています。

その思い入れの強さは、互いに思い合う、関わり合う、対話の相手としてもうひとりの人間をつくり祝福されました。幸せであるように人に対して祝福を与えて食べ物を与えられました。

このように想い想われる中で人間は育っていきます。一人では生きられない、育たないのです。しかもだれでもいいかというとそうではない。彼にあう「助け手」をよびだします。動物などではふさわしくない、そこでアダムをねむらせてあばらぼねから女と呼ばれるものを横に置くのです。本当に私と一体になるふさわしい対等なパートナーとして与えられます。

これは、男と女だけでなく人間同士にでも言えることです。対等なものどうしで上下があってはよくない。一人では絶対によくない、目的に叶わない、響き逢えるもの、人格、ペルソナ、マスクという仮面と同時に響きあう存在、『ペルソナ』ということばには響くという意味があります。。お互いに響きあえたら、うけとりあえる、ふさわしい助けるものとなれるのです。

人と関わって人となっていくということは、相互性関係性を生きる人間になるということです。

人間の中にある渇望、つまり出会いたい、関わりたい、交わりたいという渇望が充たされるように生きてほしいと創世記のこの箇所を読むたびに祈らずにはおられなくなります。

参考としてイザヤ書や詩編をあげてきました。わたしたちにいのちを与えられたかたがどんな思いでおられたのか、人間のことをどんなに想っているのかが描かれています。

たとえばイザヤ書49章15〜16節を読んでみてください。「親が自分の生んだ子を忘れることがあろうか、たとえ親が忘れようとも私は決して忘れない。」「手のひらに刻んでおくくらいあなた方をおもっている」とかかれています。あの「脳の本能」と重なってくるのですね。

SG05

2つ目のポイントは、創世記2章にあります。

「土の塵で作られ、息を吹き込まれて生きるものとなった(2章7節)」というところです。「土の塵」というのは人間の弱さ、醜さ、惨めさをあらわすのでしょう。老いていき、病を持ち、そして死ぬという、限界のあるものとしての人間を表現しています。

2章17節には、生きるために食べ物を与えられ、園のすべての木からとって食べなさいといわれます。ただし、「善悪の木」からは決して食べてはいけないといわれます。

この約束事を破ると人間としてのアイデンティティを失ってしまいます。自分だけで何でもできると思ったらおおまちがえですよと教えているのだと思います。

人間のうちにある強い渇望そのもの、つまり生きていきたいという望みがいのちなのです。「いのちの息を吹き込まれる」というのはまさにその渇望を吹き込むことです。

子どもの側から愛されている実感がなければ育っていけないのと同じように、はく息、すう息の交わりが機能していないといきられません。息が拭きっぱなしではだめです。呼吸が生きる息になるには吸ってはかなければならないのです。相手に受け取られないはたらきかけだけをやっている人は消耗して燃え尽きます。

いきるものとしてうけとる、ふきこむということは、身をかがめ、相手と同じ高さ、目線になり、この人が何を必要としているかということを感じることです。身をかがめることがないと助け手になれません。

「土の器」であるというアイデンティティは、生きていきたいという渇望であり、いのちをうけたいとおもうことです。そのためにはそういう自分をそのまま出していくことです。落ちこんで駄目だと思ってきたときにこそ息が入ってくるものです。つらい出来事にあるいは困った生徒とともにむきあっていくときにこそ、その息が吹き込まれてくるのだと思います。

ヨハネ4章に「サマリアの女」に対してイエスが身をかがめて相手と同じ立場に立ったという話があります。

ルカ19章のザアカイの話しでは、引け目を感じていて相手にしてもらえなかったザアカイに「あなたの立つところにおりてきなさい」といい、「あなたのそのままでいい」とザアカイの家に泊まられました。

クリスマスは、イエスが、誰にも近づける貧しいところで、一番弱い赤ん坊の姿で人間の高さになって、人間にいのちを吹き込むために来てくださったという話なのです。

SG06

第3のポイントです。

創世記2章25節には「裸かであったが恥ずかしくはなかった」とあります。ありのままであってそれでよかった、それで安心していられたのです。かけがえのないわたしとあなた、ユニークなわたしとあなた、一人ひとり違う人間、一回限りの人生でも、あなた自身であればそれでいいのです。

精神科医の加賀乙彦さんが「不幸な国の幸福論」という話しの中で「人は人と同じであることを恐れて鬱病になる」とか「日本人は、仲間はずれにされたり、いじめられたりたりして、人と異なることで心を病む」と述べています。人と違うように生きて行くには勇気が必要なのです。

日本人にとって「お前なんか生まれてこないほうがよかった」と本人がいうのとまわりがいうのとでは決定的な違いがあります。自分でいうのは傷つかないけれど他人にいわれたら傷つくのです。

つまり、ありのままの人間として認めて受け入れる存在が必要です。自分の中に閉じこめるのではなくて、言葉の力、自己表現とかによっていのちを与える言葉、可能性をひき出す言葉が必要です。関わりの中で自己表現の場を作っていき、不安とか恐れとか失敗とかの経験を受け止める存在であることが必要です。誰かが自分をうけとめてくれたことを思い起こし、どんなやりかたでうけとめてくれたのか、自分の経験からふりかえることも役に立ちます。

ところが、今の社会は比較と競争の社会です。比較の中で生きていくことや人の目を気にする社会の中でふさわしい助け手になれるのか、むずかしいことです。「競争社会の中であなたでいいよ、それでいいよ」を言える存在になっていきたいと思っています。

タテマエや規則はときにに気を付けないとひとを殺すことになってしまうこともあります。本当に育つ方向はどうしたらいいのかを考えてみてください。

現実の中には苦しいことや不安の方が多いもんです。そういうときにホンネで話し合うこと、どうにかしたいと分かち合うことをとおして、身をかがめたり、信頼を確かめ合ったりすることが可能となります。

修道会の責任者たちと小さいグループではなしあったときのことです。回数を重ね合うごとに失敗や問題やホンネがでてくるものです。はなしたくなる、聞きたくなる、ちからがでてくるのです。この養成塾もホンネの正直な話が聞けるようになって、ホンモノの養成となります。

子どもがいうことをおろそかにしてはいけません。子どもは、ホンネを言っているしホンネを聞き分ける力も持っています。

旧約の登場人物は、失敗を繰り返して裸になっていく姿がよく表現されています。

SG07

第4のポイントです。

人間の内なる強い渇望は「自由でありたい」ということです。自分らしくないということは何かに縛られているということでしょう。聖書には「真理はあなたを自由にする」という言葉があります。本当の自分、本当の私たち、ホンネの分かち合いが自由にするのです。

イエスが来られたのは「とらわれている人に解放を、目に見えない人に視力を、貧しい人に福音を」告げるためです。

イエスが来られるまでの旧約の歩みは解放されることを待ち望む時でした。エジプトでの奴隷状態から解放されても、40年も荒れ野をさまようことが必要でした。奴隷から自由になっていくときの歩みは解放への渇望をもち、救い主を待ちつづけたのです。

自由といっても、自由には「〜からの自由」と「〜への自由」と二つあると社会心理学者のエーリッヒ・フロムは述べております。「〜からの自由」から「〜への自由」となるまでに40年間の荒野でさまようことが必要でした。その自由は、自分の中に自己分裂や矛盾がなく、自分を統合できる自由です。誰をも縛らず、差別せず、互いを認め合い、いのちを育てあう自由です。自分の命を捨ててもいいと思えるまでの自由なのかどうか、目指す自由がどっちの方向に向かっているのかを確認することはどうしても必要です。

自由を育てていくときに、自分で考え、自分で選んで決める機会を多く作りましょう。決断をまかされるなかで自由が育っていきます。時には自分で決断した結果失敗することも大事です。その失敗の中からもっともいいものを学べるはずです。

日本の教育では自分で考え自分で決断するのは育ちにくいでしょう。親が、いい家庭、いい学校、いい会社、と思っていて、それを子どもに押しつけている例が多いのです。この子のために何がいいのかを一緒に考えることが少ないのです。これでは本当の自由は育ちません。

当の自由を手に入れるのは難しいかもしれないがそれをして行かねばならないことです。

「人間の内なる渇望と社会的次元」というところを見てください。

SG08

人間は「神のかたどり/似姿である」と創世記1章に書かれています。

それは人間の根源的な渇望に応えていくことです。

そのためにイエスの言葉と生き方を自分のものにしていくことがここで学んでほしいと思います。

聖書の言葉を断片的にとらえるのではなく、いろいろな話しの中でつなげていってほしいと思います。

このことばがこっちに繋がっていくということをきづくようになってください。

今日取り上げた聖書の言葉を再び家に帰ってあらためて読み直してほしいと思います。

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第2回 教会と学校での宗教教育再考

100522 養成塾第2期第2回

教会と学校での宗教教育再考

生きる力を伝える教育、こころに響く宗教教育を求めて

森 一弘 司教

宗教をバックボーンとして、教育とはなにかについて語りたいと思います。

これまでのカトリック学校では宗教教育をどういう思いでしてきたのか?

それを見るのに1989年に学校教育委員会が実施したアンケートがあります。100%回収率のアンケートでした。理事長校長先生には調査の結果を配布しています。分析してみるとおもしろいのですね。

聖職者のかずが将来不安であるといっていながら、20年間ほとんど手を打たずにきたということが先ず読み取れます。

先生の研修をきちっとしているのは3分の1くらいの学校しかありませんでした。「信条の自由」という考え方から教職員に遠慮したのかもしれません。

初めての教職員研修会にいったときに、出席した先生方の構えを感じました。「おれたちを洗脳するためにきたのか?」と。そういう意識だったのです。

調査の中に「宗教教育」「宗教行事」についての質問がありました。

それをみると、カトリック学校の平均的なイメージが浮かび上がってきました。いずれも判で押したような答えなのです。聖書を教えています、祈りをしています、黙想会も実施しています、創立記念日にはミサをあげます。それをとおして、なんとかして、キリスト教的な愛の精神を伝えようとしているといいます。

確かに真っ正面から教会の教えをやっているところは少ないし、洗礼を授けることは意図していないということも共通しています。

いまから50年前の栄光学園の時代には1学年に70〜80人が洗礼を受けるのが普通だったのですが、いまは、ほとんどいないですね。

結果は別としても少なくなったという現象を受け止めるべきだろうと思います。

問題にしたいことは、これらの宗教教育が生徒達の心に響かない、生き方の影響を及ぼすようなメッセージを与えていないのではないかということです。

学校が目ざしているキリスト教的教育が子供たちに響いていないのではないか。カトリック学校の宗教教育は子供たちの置かれている状況を理解している上での教育にはなっていないのではないか。

子供たちの情緒的な面を支えている親子関係を見いだせずに不安定な子どもたちは、学校でも同じような不安の状況におかれています。

それに対してキリスト教教育がそこに届かないで遊離している。これは、カトリック学校だけの責任ではないでしょう。むしろカトリック教会の責任と言うべきかもしれません。

日本のなかでは、1%になるかならないかのキリスト教人口なのです。

日本の宗教人口は2億人いるといわれています。日本人は自分を「無宗教」と書くが「宗教」を無視していきてはいけない状況のなかで生きています。浅草のお祭りの祭儀の責任者は浅草教会の委員長さんだった。神社の氏子だったりするのですね。一人の人が二つの宗教に所属しているのが日本人なのです。

これに対して、実践的な信者の数は、総人口の3分の1くらいと考えられます。その中の最大のものは創価学会です。

大戦が終わって新しい民主主義のなかで、マッカーサーがキリスト教学校をたくさん作りました。そのときは1年間に1万人洗礼を受けたのです。

ところが、60年代になると洗礼を受ける人の数は急速に減少しました。かわりに60年代後半から創価学会がのびました。

つまり、宗教にたいするニーズがあるけれど、教会がそれに応えられていなかったのです。70年代の高度経済成長に乗ったが故に、乗っていけない人びとの叫びに答えられなかった。失ってしまった。

「愛の精神、キリスト教的人間形成」をとなえても現実の人には響かない、日本社会から遊離してしまった、いくらいっても子供たちを動かすエネルギーになっていなかったのです。

その前の時代では、戦争の経験をもっていた先生方が、キレイゴトを教えなかったのですが、それもだんだん少なくなってしまいました。

今どういう視点が宗教に求められているのでしょうか

森元首相によって作られ、安部、福田、麻生内閣へと受けつがれた教育再生会議というものがあります。

再生会議における政治家たちの発言をみてみると、戦後教育が人間の権利ばかりを強調していて義務についていわなかった、だから自分勝手な人間が増えた、日教組の影響もおおきく、権利ばかりすりこまれているから自分勝手の人間が増えてきたと教育を見ています。そして、このままではいけない、教育を再生しなければならないというのが、いろいろなタイプの人がいたが、共通の結論なのです。

かれらの提唱した中に、地域社会での奉仕を体験させようというのがありました。

倫理道徳教育のやりなおしをしようとしているときに、壁となったことが「宗教教育の必要性」ということでした。宗教教育はタブーであるにかかわらず、日本は神の国であるという発言した首相もいました。

かれらは、昔はよかったとかんがえています。教育勅語を持ち出して子供を育てればよかったからです。教育勅語を礼賛するカトリックの人もいるくらいです。

かれらには、イメージとして宗教についての思いこみがあったようです。公立に宗教心を持ち出すのは近代国家ではタブーです。カトリックが多数派の国であるフランスでもそれはできません。

でも、カトリック学校ではそれは悪くないのです。この状況を見つめ直す必要があります。

プロテスタントの多くの学校と違って、カトリック学校の信者の先生の比率は2割くらいです。信者でない先生もキリスト教についてタテマエでは語るでしょう。キリスト教精神をつたえようと努力するはずです。しかし本人が信念として持っていないものを生徒に語るのは一番難しい点であると思います。

だからといって信者の教員を増やすことがいいかというとそうではないと思います。

むしろ、学校で働く教職員の間で子どもたちの共通の問題にたいする共通理解がいまもっとも必要なことではないかと思うのです。

信条の違いを云々するよりも、共通点をさぐるべきなのです。たとえば、人間にたいする愛情や子どもの将来を幸せにというところは共通です。どうしたらしあわせになれるかということにたいする共通理解をきずくことはできるはずです。

神や聖書をもちだすと、わからない、飲み込むしかないかもしれません。しかし子供たちの幸せという点では共通の土台に立てるのです。そこから出発すべきだと思います。

今から3年前、イギリスのレスター大学で幸福度ランキング調査というのをおこないました。調査項目は緻密につくられ、聞き取り調査8万人を行ったといわれます。

それによると日本人の幸福度は178カ国中90番目なのだそうです。トップはデンマーク、スイスや北欧の国、経済大国アメリカは23番目、イギリス、フランスはずっと低いです。

これに関係することは、日本の教育の問題であって、経済的豊かさではないようなのです。競争社会と関係しているかもしれません。

アメリカ的自己責任資本主義は競争社会をつくりだし、一部の勝者と多くの敗者をつくりだします。つまり、経済的格差を生じるのです。日本の小泉政権の時も、自己責任型資本主義を導入しようとして、経済的格差や派遣社員制度をうみだし、福祉予算が削減された。貧しいのは自己責任だというわけです。

今までの会社の終身雇用の制度や地域社会の支えを失ってしまいました。

アメリカは競争社会であって、共通の歴史を持たない、だから能力のあるものが社会をつくっていくのは普通のことですが、日本ではそうではない。日本は日本らしさを失ってしまったのです。

人間を不幸にしていく繋がりにたいして、人間認識を共有しあうことが必要です。そしてその土台としてキリスト教がある。

デンマーク、スイスの憲法の序文には「多様性を大事にしていく」という意味の文章が盛り込まれています。そして、国の強さはもっとも弱い人たちの幸福によって計られるとしています。弱者の幸せを保障してこそ国の幸福がなりたつ、すごい哲学であり、人生観、社会観ですね。

「もっとも弱いものの幸せによって」というのはとてもキリスト教的ですが、宗教を持ってくる前の人間認識としても共通にもつことができる理念です。

これらの国の学校で行われている総合学習の時間は、障害者も一緒に学ぶ、4つの言語の人たちが共同する、しかもそれをただでするというものです。

みんなの幸せは弱者のとおとさの上に成り立つ、この考えを訴えているのはキリストの教えなのですが、日本のカトリック学校はこの教えを堂々と言えるのかどうか、考えさせられます。

カトリック教会は「しにせ」です。老舗を建て直すのは大変です。コンビニにはきやすく入れるけれど、老舗はなかなか気安くは入れないのが普通です。老舗としての宗教か コンビニの手軽さか、今のカトリック学校はそのどちらを選ぼうとしているのでしょうか?

日本の古典的宗教、真宗などは、時代の流れの中で苦しむ市民にはなかなか近づけなかったのです。その反省のもとにもう少し現代社会のただなかに生きる必要があり、そのためには新興宗教を正面から見つめる必要があると考えている人たちもいます。

あるアメリカの大学院の学生が「体験」という本にまとめました。日本は戦後になって、新しい宗教が次から次へと生まれた。これはなぜか?を体験的に研究しました。

新興宗教が現れる時期というのには時代の波があります。幕末から明治にかけて生まれた新宗教は、黒住教、天理教、金光教でした。

1970年代の高度成長期に創価学会、立正佼成会、統一教会が成長しました。

80年代の後半に出てきたのが、幸福の科学やオウム真理教でした。

いずれも社会の転換期に大きく伸びています。これらに共通するのは、ついていける人はいい、ついていけない人が宗教に安寧をもとめたということです。

宗教が生まれたときは弾圧され、迫害を受ける、でも生き残って次の時代で急速に成長します。

伝統的な村落共同体の代わりの共同体づくりを新興宗教は行いました。つながりが消えて疑似共同体の肌の温もりのある新しい共同体がうまれる、それに応えたの新興宗教だったのです。

ある町の洋服屋さんの家が火事にあって燃えてしまい、夫が逃げてしまった。しかたなく近くのカトリック教会にいったら、ラテン系の神父の教会でした。「今、神父さんはお昼寝しています。教会でお祈りをすればこころがやすまりますよ」とまかないのおばさんが案内してくれました。

創価学会ではその人の店に信徒の人たちが買い物に行く、集まりで似たような経験を話しあう、人間の飢えかわきに触れているのですね。

オウム、幸福の科学には、入っていく動機がそれまでと違っています。病気、人間関係とか経済的な理由だったのが、学歴があって能力があって今までのタイプと違う人が宗教に入りました。そこに救いを求めた人たちに共通するものは、孤独感であったといいます。学校に行ってもお互いのふれあいがない、家族もそういうふれあいを失っている、得体の知れない孤独感にいる自分を支えるものが何も見えない、そういう人たちが宗教に救いを求めた。

食事のときにサツマイモの蔓をみそ汁の具にする時代には富を得るという目標を持っていました。だが、今の子供たちは貧しさの経験がない、富を求めるのが目標ではなくなった。一億円をもらったら、預金、不動産、世界一周ではない、家をつくるのでもないという時代です。

しかも家族が魅力を失い、職場も魅力ない、自分の生を支えるためにこの世界に飛び込むのです。

それぞれの宗教はそれぞれの時代にそのときに生きた人びとの実存的な深い悩みに応えてきたのです。

そういう視点から見直していく必要性があります。心の奥を見る、そこにあるうめきをフォローしていくところに宗教性が出てくるものです。

そういう子どもたちの現実をみて、心の理解をするためには、信者であろうとなかろうと違いがないのではないでしょうか。

発表

1グループ

学校の実情と子供の心をどうとられるか、そこが問題です。

子供の心の叫びをきくには、子供と同じ高さに位置して同じ目線で見て考えることが大切です。

私は規律のきびしい学校で育ちました。思春期の生徒をかかえる中高の大変さがわかりました。

各学校の建学の理念というものが、子供たちの実体に即しているのか、現場に対応させられるのか、考えさせられました。

信者でない立場からいうと、カトリックの教えがあってそのもとに指導をするというよりも、まず子供がいて、それを理解するように、そのこどもの共通理解が先というのが印象的だでした。

2グループ

現場で感じていること考えていることをだしあった。

カトリック学校らしさが何時の段階でどう伝わっていったらいいのか、いかに子供たちに接していったらいいのか?、矛盾と疑問を感じながら現場にいます。

子供たちにどう向かうのかということの共通理解からはじまるということをもっと考えてみたいです。

それぞれの現場でのとりくみの紹介がありました。ありのままの自分でいいという接し方を話してくれた人もいました。

分かち合いを通して自分に与えられている最良のプレゼントとしての子供であることの確認ができたように思います。

常にチャレンジの気持ちで、純粋に生徒に接していくようにしているが、自分の成長が子供の成長とイコールであることを実感しました。

3グループ

宗教教育はどういうふうに行われているかについていろいろな学校の例を出しました。

小学校と中高の違いについて話し合われたのが、新鮮でした。クラスで子供と関わる時間がおおいのが小学校ですね。

マリア像があることやシスターが学校にいることが宗教教育になっているけれど、そういう人に任せていくのではなくみんなで支える宗教教育でなければと思いました。

カトリックの精神をもって進路教育をしているという話しが紹介されました。。

4グループ

情報交換の場でした。

カトリック学校は、一般の学校との違いがどういうところにあるのかについて話し合いました。

即効性がないけれど心の中にしみじみとしみこんでいくところがミッションスクールだとあるプロテスタント学校の教員が述べていたことを思い出しました。

親も含めていくことも考える、親も変えていく事例も紹介されました。

カトリックの大学でカトリック校に勤める教員の養成を考えてほしいという意見も出されました。

5グループ

小学校の先生から子供たちの現状について語られました。子どもたちの飢え、かわき、 進学にむけてのストレスについて教えられました。

発達障害児への対応についても報告がありました。

家庭の問題について、どこまでが学校の領分なのかという問題提起もありました。学校と家庭の関係について双方に寄り添うことが必要だと思います。

6グループ

子どものためにという視点がカトリック精神よりも共通理解のもとになるという考えが印象的でした。

でも、子供を大切にするというのは学校ではどこも言っています。カトリックの教えをどうそこにいかすのか、そこを聞きたかったです。

不安を抱えている子供たちが、どういう不安を抱えているのかをもっと分析する必要があると思います。

この記録の文責は養成塾ホームページ担当の土屋至にあります。内容に関する講演者の了解は求めておりませんので、講演者の意図と違う表現がありえます。そこはあしからずご了解ください。

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