第6回 イエス・キリスト その3

イエス・キリスト(3)

ノートルダム女学院中学・高等学校 大原正義

・自己紹介。ノートルダム女学院中学・高等学校でで30年「宗教」を担当。

・本来前座がトリを演じることになって大変

・授業風になってしまうのはご理解を。ぜひ笑いがほしい

1.あなたはどの「イエス・キリスト」と出会っていますか?

①         史的イエス――歴史的存在としてのイエス。

B.C.7~4――A.D.30に生きたナザレのイエス。

先月、百瀬師の「史的イエス」の話を。マタイ11.19「大食漢で大酒飲み」

cf.史的イエスに至る道……

a.新約聖書  b.ユダヤ人イエス  c.死海文書

最初、1947年にクムランの洞窟で発見されたイエス時代のユダヤ教文書

史的イエスに基づく内容として判断する基準……

a.複数の証言  b.特異性  c.適合性

a.複数の証言……受難。聖体の制定。

b.特異性……十字架の死。「アッバ」

c.適合性……十字架の死と「敵を愛しなさい」

② 宣教のキリスト――初代教会の信じた「キリスト」。福音書に描かれるキリスト。

cf.聖書成立への3段階

史的イエス  ナザレのイエス自身が宣教。

使徒たちの宣教  使徒たちのイエス観によって宣教。口伝。Q資料。

福音書  単なる伝承の編集ではなく、著者のイエス観によってまとめられた。

ブルトマン――様式史的方法による研究。私たちが福音書を読めば、初代教会の信じた「キリスト」は読み取れるが、「史的イエス」にはたどり着けない

その批判――「宣教のキリスト」に「史的イエス」が含まれているはずである

③ ピカピカのキリスト――飾り立てられた「ありがたい」キリスト様

あなたの学校にはどの「イエス・キリスト」がおられますか?

これは「宣教のキリスト」に入るが、イエス・キリストを知る上で多くの示唆がある

2.イエスの誕生(ルカ2.1-20)

そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」

天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

イエス・キリスト(救い主)の誕生――「民全体に与えられる大きな喜び」

全人類

神であるイエスは私たちにはできない二つの選びをした

ひとつは母を選び、ひとつは生まれる場所を選んだ

神であるイエスは自分の生まれる場所を選んだ――馬小屋

「仕えられるためではなく仕えるため」(マタイ20.28)

・神が最も貧しい者として生まれた。

・馬小屋とは糞尿の臭いに満ちた場所

・ 一昨年、酪農体験をした

・誰に最初の知らせが告げられたか――「羊飼いたち」

最も貧しい者、弱い者、小さい者(社会の中で見捨てられた人)

・キリストの誕生はこれらの人々にとって特に大きな喜びである。

・誰がこの知らせに気付けたか――神に頼って生きるしかない羊飼いだから気付けた。

「貧しい人々は、幸いである。神の国はあなた方のものである」(ルカ6.20)

・「飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子」を救い主として受け入れた羊飼い。

・こんな曇りのない目を持つ教師に。

・ そして、羊飼いのように神に信頼する教師に

3.レプラ(重い皮膚病)に対するイエスのいやし(ルカ5.12-13)

・「カトリック倫理」の最後の授業。修士論文のテーマ

「イエスがある町におられたとき、そこに、全身重い皮膚病にかかった人がいた。この人はイエスを見てひれ伏し、『主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります』と願った。イエスが手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち重い皮膚病は去った。」

*イエスの選択

「手を差し伸べてその人に触れ」

この選択の根底にあるもの(イエスの行動原理)。

①   感情・感覚を超える ―― 理性・意志 ⇒ 愛。

②   自らの不利を厭わない……同じ痛みを負う。

・イエスはレプラの人と同じ地点に立って痛みを共有し、一歩踏み出して「手を差し伸べてその人に触れ」、自らも汚れた者となって律法の不条理を背負い、そしていやした

・「かわいそう」と「痛みを知る」の違い

・「腸がちぎれる思いにかられ」σπλαγχνιζομαι(スプランクニゾーマイ)、σπλαγχνον(スプランクノン)

③「小さい者」「小さくされた者」(社会的に弱い立場の人々)との連帯 ⇒ 「弱い側」につく。

④  独りぼっちの人の友に ⇒ いやしの奇跡 = 人間性の回復。

・レプラの人を貫く驚き、戸惑い、信じられぬ思い、そして後から大きな波となって押し寄せた喜び。手足の醜い変形がこの人にとって一番の苦しみではなかった。汚れた者として救いのない孤独こそが病の苦しみだった。それがまさにイエスによっていやされる

・このレプラの人は社会の中で完全に無視された存在であり、「人間」として扱われていなかった。おそらく、この人物は今の苦しみから解放される死を願っていたであろう。人間らしい生き方など望むこともできなかった。ところが、イエスはこの人の「人間性」を回復した。もしかしてレプラの外見はそのままだったかもしれない。しかし、「触れる」ことによって自分を人間として接してくれたイエスの存在が、まさにレプラの人が「人間」を取り戻す力となった

・神の国の体験。限りなく暖かいまなざし

⑤ 一人ひとりを大切に ⇒ 人間の尊厳に対する深い理解。

・私たちにはその理解が足らない。もしイエスと同じように理解できたならイエスと同じように行動できる

*レプラのいやしを通して

レプラのいやし(マタイ8.1-4・マルコ1.40-45・ルカ5.12-16)の記事が、目撃者によって語られた話を書き綴ったものとするより、初代教会の宣教の中で生み出されていったと判断する方が穏当であろう。治癒奇跡物語の様式に従っていることも、時や場所の具体性のないこともそれを支持する。しかし、ここから史的イエスの輪郭は見えてこないのか。イエスとレプラの人の関わりを全て否定できるか。

新約聖書で使われている13箇所の「レプラ」は複数の資料による。ルカ17.11-19の治癒物語はルカ独自の記事である。レプラのいやしに言及するマタイ10.8も、マタイ独自の挿入である。Q資料でもマタイ11.5とルカ7.22でレプラのいやしが記されている。それらはメシア性の証明が強く意識されているとしても、イエスがレプラをいやした事実はないとは言い切れない。何らかの歴史性があるからこそ、複数の伝承で伝えられているのではないか。さらにイエスが病者に触れたことは、それが典型的ないやしの所作であったとしても、レプラに対するそうした所作は特異な印象がある。この病気に対する忌諱は想像を絶する。果たして、誰一人近付く者も触れる者もなかったレプラのいやしに、「触れる」必要があったのか。少なくとも、旧約にはそのモデルがない。伝承が作られていく中で、単に他のいやしと共通する所作が当てはめられたに過ぎないのか。しかし、レプラの「特別扱い」からすると納得がいかない。やはり、触れた事実があったからこそ、それを体験した本人の証言があったからこそ、それを目撃した人の驚愕があったからこそ、伝承に組み入れられたと結論すべきである。つまり、史的イエスがレプラの人を触れていやした事実が必ずあった。

*開かれたイエス

レプラのいやしを通してどんなイエス像が導き出せるか。一言で要約するなら、「開かれたイエス」である。言葉を換えて言うなら、「切り捨てないイエス」である。開放的なイエスは、清い人清くない人を分け隔てすることがなかった。当時、誰一人相手にすることがなく、律法が不浄の者として切り捨てたレプラに対してもである。

さらにイエスの一貫した開放性はレプラの人だけでなく、当時罪人として忌み嫌われていた徴税人や娼婦たちと関わったことにも顕著に表れている。彼らと食事をすることは驚きと非難の的であり(マタイ9.9-13参照)、イエスをその同類項と見なすことになったが、イエスは頓着しない。イエスは人間的な束縛から自由である。イエスは自らの行動原理に一途である。そしてイエスは誰一人切り捨てない。

イエスの使命は全ての人を神の国に招くことであり、神の国が全ての人に開かれていることを明確にする。たとえそれが祭儀的な汚れの内にある人でも、重大な罪の汚れの内にある人でも。どうすることもできない、どうしようもない状態でもがき苦しむ人間をいやし、救うためにイエスは来た。

それは、キリスト教のあるべき姿でもある。そう考えると、教会に行くことは、決して立派な人間になるために行くのではない。どうしようもない状態でもがき苦しんでいる人こそが教会に行くべきであろうし、それはイエスの元に行くことになる。そして、教会もそういう人を受け入れる教会、そういう人を待つ教会でなければならない。

・「教会」「キリストの共同体」はどういうものか

4.イエスが望まれるカトリック学校とは?

・2000年前ユダヤ社会でまさに「福音」を宣べ伝えたイエスが不在になっていないか

・本来、カトリック学校の原型はイエスの弟子集団?

・その共同体の特徴

多様性――職業も年齢も様々な人たち。

<漁師・徴税人・熱心党員・「雷の子ら」と呼ばれた性情過激な兄弟>「罪深い者」(ルカ5.8)

「信仰の薄い者」(マタイ8.26)

誘惑に負けて眠る者(マルコ14.32-42参照)

イエスを見捨てて逃げてしまう者(マルコ14.43-50参照)

知恵ある者や賢い者ではなく「幼子のような者」(ルカ10.21)

「聖書を読むと、何故このような人々を弟子にしたのかと疑うような情けない集団である。こんな表現をすると弟子たちをわざと貶めているように感じる方もあるかもしれないが、これまたピカピカの弟子たちからは何も見えてこない。罪深く、信仰薄く、弱く、自分のことしか考えられない弟子たちだからこそ、そしてその弱さの故にキリストにすがれた弟子たちだからこそ、そこから示唆される内容は、カトリック学校の本来あるべき姿を明確にしてくれる。」(『カトリック教育研究』第17号、日本カトリック教育学会、2000年、拙稿)

・きれいごとばかり言っても始まらない、と思っている人もいるだろう

・でも、カトリック学校が忘れてはならないもの、カトリック学校で学んだ生徒がいつまでも心に留めておいてほしいことがある

・考えずに結論を出すのではなく、苦しみもがく中で答えを出す。

・結果が同じでも経緯を見られる神、寄り添われる神。

・神だけが経緯の全てをご存知である

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開講の辞

養成塾のありようについて

中尾正信(聖マリア小学校校長)

この「養成塾」ではどのように養成されるのかということを先ず初めにお話ししたいと思います。

養成塾は毎月2回土曜日の5時から7時半まで、全部で20回(2回の合宿を含む)の講座で構成されています。
まず、1回1回にそれぞれ講師の話が、30分〜1時間くらいあります。その場を生きてきたものとしての話が行われます。その講師の話を自分たちの現実の中で考えていき、それを自分に取り込んでいって、そのあと分かちあいの時間があります。

そこで、講師の話を聞いてのホンネの分かち合いをおこないます。ホンネとは、頭でも理屈でもなく心に映っているそのものをかたることです。現実はホンネに反映します。むりになにかを告白することではなく、話を聞いて感じたこと、考えたことをそのまま出しあって、お互いの理解を深め豊かにしていきたいとおもっています。

イデオロギーと宗教には違いがあります。イデオロギーは、人間の定めたものでそれにあわないと排除することになりがちです。カトリックの学校もイデオロギー的になる恐れもあります。でもそうならないために、思いを素直に分かち合うことを大事にしようとおもいます。
みなさんも何のためにどのように養成されてほしいかということを意識してみてください。

皆さんは、次のカトリック学校の構成者となるべく派遣されました。
松下村塾から多くの明治維新の志士たちが養成されました。松下村塾をモデルに作られた松下政経塾からも多くの政治家が生まれました。
松下村塾も自分の藩のことだけを考えるのではなく日本全体のことを考えられるように、松下政経塾も党派を超えた養成を考えているように、このカトリック学校養成塾も、自分たちの学校だけでなくカトリック学校全体を視野に入れて、日本全国のカトリック学校のリーダーとなる人物を養成していきたいと思います。

そのために、お互いの関わりが大事です。養成塾の講座の後も仲間としてカトリック学校を支えていけるように養成されることを目指しています。

第1回 今日の問題

カトリック学校をめぐる今日の問題

河合恒男神父(サレジオ会)

申込書を見せてもらって感じたことがあります。
多くの方は理事長や校長から、養成塾に行くようにといわれたのでしょう。もしかしたら、こんなにいそがしいのになんでという思いのある人がいるかもしれません。そういう思いもムリからぬことでしょう。しかし、一期生の感想を読むと、この養成塾の存在そのものが栄養になったということを実感します。同窓会の合宿をしたいという感想もありました。みんながつながりを持って、連絡をとりあってやっていこうという望みが強く感じられました。
関東地区だけでなく、関西、東北、九州でも「養成塾」ができるようになりました。この養成塾でも、今年は昨年度よりもさらに12名の増加があり、46名の参加となりました。
カトリック学校は、公立校に比べると研修のチャンスが少ないです。公立では初任期研修300時間以上、25日以上の研修が義務づけられています。さらに5年、10年研修もあります。しかしカトリック学校ではこういう研修は制度化されていません。この養成塾ではカトリック学校の中堅教職員たちのために密度の濃い研修をできるようにしましょう。ここは、教師としての実践力を身につける場としたいと思います。カトリック学校では何のために何を子どもに伝えるのかを伝えたいと思います。
私は現在上智大学で教職関係の講座を2コマもっています。40歳以上も違う学生たち130名〜200名を対象に教えています。
毎回のリフレクションにコメントをつけて返すようにしています。なかなか大変ですが………。
さてそのときに学生たちに配布したプリントから紹介しましょう

顧客満足(CS:Customer Satisfaction)にかかっている私学の存続

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教師になったものに実感を与えて、生徒がよしとするものに育てていくために、顧客満足度の考え方があります。これは学校に対する期待度と学校が与えてくれた結果との関係で決まります。期待よりも結果が上回ると、顧客は満足してリピーターになるといわれています。
学校にとっての顧客とは、まず生徒(児童)があげられます。生徒一人一人が明るく楽しい充実した生活をおくること、肯定的経験を共有できること、ホームルームがありのままのお前でいいんだよという場所となっていること、つまりホームレスではないことが大事な指標となります。自己を受け入れてもらえていない若者が多いのです。もちろん、自分の進路との関係も重要です。自分の目標の実現に役だったかどうかは私学の存立理由のなかの最大のものの一つでしょう。

保護者にとっては、投資した金額以上の結果を子どもたちに与えられたかどうかが顧客満足度につながります。しかし、私学はお金に余裕のある子供たちだけしか学べないものになってしまう怖れも常にもっています。

関係者としての卒業生にとって、地域社会の認知度を高めること、自信を持って自分の卒業学校を言えることが大事です。また、私学は地域から嫌われてしまうこともあります。地域住民の子どもでも入試で落とされてしまう私学は感情的にいいはずがありません。道一杯に広がって生徒が歩いていると、自分の子どもが落とされた学校であれば、よけいに腹の立つことだってあるでしょう。

教職員同士にも顧客満足度があります。せっかく努力していいものを教えていると思っているのに、そこに喜びがないならば、あるいは先生の間に一致の精神がなければ、学校にたいする満足度は低くなってしまうでしょう。
さらに教職員の家族の理解も大事です。

でも、もし、学校の顧客満足がここまでだったら普通の学校と同じになってしまいます。公立の学校には、県や国の期待に応えるという側面があるように、カトリック学校には教会や設立母体の修道会の望みに応えるという側面もあります。このことについては改めて考えてみましょう。

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2aの「学習指導要領の変遷」というプリントをご覧ください。
ここには、教育のねらいや路線の変遷、ゆとりや学力重視の右左への揺れが描かれています。ゆとり宣言や土曜日の休みが行われていたときに比べ、指導要領は最低限度のこととか、学力低下の問題が言われるようになったということのブレは、子どもたちの学びの方向喪失になったら大変だと思います。「生きる力」をもう一回、見直そうという動きもあります。自殺の増加の問題に対して、学校教育は何を提示することができるのかについて、正義感、公正感、国語、歴史や文化、健康と体力、指導要領などいろいろな視点からの検討の必要性がいわれています。

3ー2の「現代日本におけるカトリック教育の主要目標」というプリントをご覧ください。

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「現時点の子ども」たちが求めている人間像がそこに描かれています。若者たちの作り上げていく教育目標なのです。これによると、自立できる人、好奇心、学び続ける学習者、自ら課題を見つけるという姿が読み込めるでしょう。温かい人間関係を作れるひとへの要求が強いことも読みとることができます。
でもこの背景には、連帯を作り上げられない、「トイレで昼食」という現象に見られるように友だちのいない淋しいやつだと思われるのがいや、他人の目を過剰に意識している現代の若者の姿があります。

これに対して、カトリック学校はどのように応えることができるのでしょうか。現代のカトリック学校には、イエスの存在があって、設立者の存在があって、不易のものを持っていると自慢するかもしれません。しかし、でもこれらの多くは形骸化しているのではないか、今の日本の若者に通じない言葉になっているのではないか、と思わざるを得ないのです。
バチカン公会議において、カトリックの洗礼を受けた人だけが救われるという独善、カトリックだけが究極の真理を持つという独善、あるいは伝統の中にある欧米的な嗜好習俗や聖職者中心主義というものが反省されました。
「アーメン」という言葉は本来、神のふところにいだかれるということ、受け入れてもらうということでした。「私はそう思います」という自立的な意味での「アーメン」とは少しニュアンスが異なっていたように思います。
聖職者中心主義からの脱皮も大事なことです。この意味では聖職者の減少は恵みなのかもしれません。たとえば、食事の前に「神父さま、食前の祈りをお願いします」といわれることが多いのですが、食事の前の祈りをするのは司祭の固有の仕事なのでしょうか?
「宗教」の授業についても宗教の先生が専門に教えるか、クラス担任が教えるのか、小学校では担任の先生が「宗教」の授業を担当している例が多く見られるようになりました。
日本のカトリック学校で、「イエスのメッセージを発信していく」ということは聖書だけを教えることでもなく、また教理(ドグマ)を教えることでもないでしょう。むしろイエスのメッセージとの出会いの場を準備することであり、ドグマではなくイエスのメッセージである「愛」や「脱自己中心主義」の教えを生き方として一人一人の中に実現することを目指しています。
これがイエスのメッセージのなから学び実践するということだろうと思います。

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教育者の教育力について考えてみましょう。
先生というのは教えたがりなんですね。先生が教えたがっているものに、生徒は反抗したり、無視したりする、そのなかを苦労しながら教えるというのが先生です。先生の教えたがりというのは、自分の持っている何かを誰かに伝えたい、自分のあこがれを伝えたいということです。ザビエルの布教を考えてみてください。彼は自分のもっているあこがれをいのちがけで伝えた、それに惚れ込んでいたから言葉のハンディを超えて、聞く人たちにそのメッセージが浸み込んでいったのです。先生たちが抱くあこがれは自分の教科の中にも見出されるでしょう。 自分が出会ったステキな先生を思い出しました。先生になって持つ、憧れの中に、あんな先生になってみたいというステキな教育者像がある人も多いでしょう。私の場合、憧れていた先生の憧れの対象だったのが、教育者としてのイエスでした。
教育者は、憧れのベクトルを強く持たねばならないと思います。生徒たちは先生が好きになって、教科が好きになるということが多くあります。教える側の情熱に巻き込まれていくのですね。こういう意味で、教える側の憧れとしてのイエスキリストに、学ぶものが引き寄せられるというのが望ましいのだと思います。

第1のプリントを見てください。これは「福音宣教」という雑誌の2010年4月号の記事です。著者はカトリック学校の関係者ではありません。この記事で著者はカトリック学校の存立意義を根底から問いかけています。
四半世紀前にあるカトリック学校で大規模な社会調査を行った時の結論は、カトリック学校無用論だったそうです。「家計に多大な教育費の負担を強いる私立学校は、特定の社会階層の再生産に利用されたり」、「人格形成はカトリック学校に委ねるよりも教会や社会教育の場面でするべきではないか」と述べています。「しかし、今このことを考えると、この考えは修正せざるを得なくなった。それは公立学校に実態の変化による」、そして「今こそカトリック学校が『宗教』をカリキュラムに組み込みながら、『イエスを伝える学校』としての使命をになっていくべきだ」。更に問題は「何をどのように誰が誰を教えるべきか」ということにあると述べているのです。
さらに著者は次のようなことを続いて強調します。

●一人ひとりがかけがえのない存在であることを訴える
●愛といのちの大切さを意識する。ただ人を愛し、命をいとおしむ。
●喜んで損をする生き方が自由、豊か、幸せをつくり出す。
●イエスは誰と関わったのか? 貧しい人との関わったイエスの生き方をモデルとするならば「小さきもの」を招くのが、カトリック学校ではないのか。
●奨学金制度の拡充をはかる
●「学力」の高い子を集めて教育するよりも、「学力」の低い子を集めて高くするように教育するほうが、教えるもののよろこびは大きい。

ちょっと、私の立場から述べさせていただければ、マリア会はすばらしい育英資金援助システムを持っています。これは全国の小中高校生が対象で、毎年200名ずつでカトリック学校の生徒だけではなく、公立も含めて援助しています。こういうシステムがあることも知っておいてほしいことです。

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配布したプリントには、「テレビ番組の教師像」というのをいれておきました。教師を主人公としたドラマがけっこう多いのですが、それぞれ時代背景を反映していることがわかります。昭和40〜50年代のドラマの教師たちは若く独身で男性が多いことにきづきます。
ドラマで描かれる教師としてはずっと一貫して描かれる姿もあります。それは教師としての経験を持たないけれど、教育にたいする情熱と純真さでもって、ぶつかっていく教師、あるいは、子どもたちへの深い愛情をもって、管理職や町の有力者、保護者の圧力に負けずに、それに立ち向かう現状改革型の教師像がえがかれていました。学校内では異端的な存在でありながら、自己の信念と生徒への愛のゆえに教師をつとめあげるタイプです。

最後に、考えてみたいことがあります。私たちは自分をどういうふうに呼んでいるのか、先生とよばれることに対してどのように感じているのか、ちょっとふりかえってみてください。自分のことを先生と呼ぶのが特に小学校には多いようですが、先生というのは尊称ですね。皆さんは誰と対峙しているのか、主人公は子どもたちになっているのか、ということを意識してほしいと思います。

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第16回 まとめと展望

100306 養成塾最終日

養成塾の最終日である。塾の「終業式、卒業式?」が行われた。
この日は塾生だけでなく、塾生たちの勤めている学校の校長先生も9人ほど参加されていて、最初にその紹介があった。

そのあと、前回宿題として出された「1年間養成塾に通って」という感想文をくじびきできめられた4人の先生が読み上げた。

●自分を教師である以上では「ああしなさい、こうしなさい」という前に教師自らが変わらないと親も子どもも変わらないものです。人に話するときは正論だけではダメでとおっしゃったことが残っています。きもちが繋がっていないと共感は得られず分かり合えないのです。
これから、カトリックの精神を、いかにして子どもだけではなく親を巻き込んで教育していくことを意図してやってみようと思っています。わたしの学校では、学校行事に親を参加させていたり、親の学習参加の機会を増やしています。この機会を利用して、カトリック教育を一緒に感じられるようにしていきたいと思っています。

●かつては神父さまがたくさん学校の中で働いていたことが当たり前の状況でした。
今は一人しかいないという状況です。そのような現状でこの先どうなっていくのか、いろいろと考えていたのですが、「光の見えない混沌」という状態でした。
この養成塾で、同じような不安、問題意識に持って参加した多くの仲間に出会えました。これが最大の収穫だったのかもしれません。
森司教のお話しを目を覚まされる思いで聴きました。責任の重さを痛感しました。福音書の背景もおもしろかったです。
河合神父の話のなかで、カトリック学校の使命について「顧客満足度」という観点から語られたの画印象に残っています。生徒達が学校の中でどれだけ肯定的経験を積み上げていけるか、ということなのですね。「回心のいろいろ」について話されたことも興味を引きました。
梶山神父は、「ナザレのイエス」とはどういうものなのかを示してくださいました。イエスの全人格的成長という観点は新鮮で、生徒の接し方や愛、温かさというところにいかすことができると思いました。
土倉先生の使徒職についての話で使徒職の責任の恐れと有り難さについて身につまされる思いで聞いていました。
中尾先生は、学校が本音で語れる場となるようにということを強調されました。
濱田先生が日々の出来事をとおして語られたことに先生の信念と情熱が感じられました。
合宿では、本音の話しをきくことができたと思います。親しい友人にも語ることがなかったことをここでは話すことができました。個人の振り返りをすることによって、ここにいてよいのだという確信と目には見えない信頼感を感じることができました。ともにイエスがおられるという感覚と同じでしょう。
浦神父の「根本決断」の話はわたしの心の中の転換点となったと思います。
土屋先生の話は、実践的でとても役に立つ話でした。とくに普通だったら話すことのない自分の失敗談から語ってくれたことがありがたかったです。
瀬本神父は学ぶこと、育むこととを掘り下げて考えさせてくれました。カトリック学校が、それぞれユニークでありながらも共通精神で支えられているということを実感しました。
水嶋先生は人を大切にするということはきく姿勢から始まることを、体験的に学ぶことができました。
どの話の中でも、現代の日本社会で光を照らす存在となること、一人ひとりを大切にし、使命を持って社会に送り出すことのカトリック学校の使命を語っていたと思います。人の物差しでなく神様の物差しを持つということでもあります。
将来を見据えたプロファイルを少しだけわかったような気がしました。根源的ささえを示すことができるようになったかなと少し思っています。
強大なものにどのように立ち向かうのかを、戦士としてではなく、愛されるもの、愛するものとして立ち向かっていきたいものです。

●今か25年前、わたしが学校にきた時には6人のシスターがいたのに、今ではひとりです。校長も替わりました。シスターが減少していくに従って、カトリック学校の精神からはなれていったという印象をもっていました。ところが最近カトリック学校のあり方をもっと強く出すべきであるという意見が出るようになりました。ミサや宗教行事をもっと大切にしたほうがいいというのです。
そのあたり、他の学校ではどうしているのか知りたいと思いました。個々の学校を越えたここでのつながりに期待していました。
新しい方向を見いだすというよりはキリスト教について何も学んでこなかったということに気付いて愕然としました。学ぶということは、知識を植え付けるよりも自分自身が成長していくことで、とくにミッションの自覚が大切なんだとということを骨身にしみて教えられました。
私のミッションとは何か、それは「社会の縮図」としての学校の中で、子どもが安心して学校で学ぶことができるようにすることでしょう。こどもも親も今より以上に満足して卒業していってほしいと願って日々勤しんでいます。

●カトリック学校の状況と使命についてのいろいろな講師の話を聴き、自分で自分の教員生活を振り返ってみました。
これまでクラスの子どもたちのためにどのように向き合っていったらいいかどうか自分なりに研究してきましたけれど、ここでの研修をとおしてあれはこういうことだったんだということが見えてきたような気がします。
そして、これまでは学校全体のことが見えていなかったと言うことも気付きました。ここでそれを考えさせられたのです。ここで学校全体を見ると言うことを教わりました。
使命ということについても、はじめは重荷を背負わされた気分でした。それは自分には無理だと思いました。でも何回かきいているうちに何となく頭の中が改造されてきたというか、整理されてきたというか、自分にも何かしらできるのではないかという気になったのです。
何がその子にとっていいのかを考える、つまり子どもを中心にして考えることは、子どもたち一人ひとりを大切にするということでもあります。ここに一つの方向性を見いだしたように思えます。
その子たちの問題を子どもの立場になって考えることは、わたしの勤めている学校の生き方です。生徒ひとりひとりを切り捨てずに、マイナスを持っていてもそれをプラスに考えていくようにすることをここでも改めて確認することができました。
この1年の塾で、やはり合宿が印象に残っています。自分に与えられている多くの恵みに気づきました。人のために働くことのよろこびも知りました。分かち合いの中で多くの先生の考えと熱意にふれました。なんかやらなければという気になりました。
こういう研修をカトリック学校全体でできないかと思えるようになったことは、1期生としての誇りなのでしょう。どうもありがとうございました。

森司教のまとめの話し

ちょっと本音の話をいわせてください。
あるカトリック学校の研修会に行ったときのことです。学校の研修会に外から講師を招いて行う研修会は創立以来2回目なのだそうです。どういう洗脳をするんだというふうに見られていました。
帰りがけに現場に立っているシスターが、校長になれる人がいませんかとわたしに聴いてきたのです。そこの学校には見あたらないというのです。
その話をそこの先生方が聞いたらどう思うのでしょうか。
わたしは、このシスター方は将来を見据えたビジョンというのを持っていたのだろうか?と疑問に思いました。あまりに無責任ではないかという怒りさえを感じたのです。シスター方がいなくなった後どうするのかというビジョンやプロジェクトを理事会や校長が立てていたのでしょうか。それだけの責任感があっていいのではないのかと思いました。

実は、わたしはそういう切実感を長い間感じてきました。何とかしなければという声は挙がってきていたけれど、なにも具体化しませんでした。
それが、一昨年の校長教頭会で、何かを作り上げていくビジョンがうまれたのです。学校の先生方を育てるという方向でした。スタッフに賛同をえて、この養成塾が立ち上がりました。すすめて行けば何とかなるよという声もきかれました。

カトリック学校のなかには信者の先生が数人というところがすくなくありません。信者の先生を中心にしてこれからのカトリック学校を担っていくという考え方では立ちゆかないことは明らかです。そこには「発想の大転換」が必要なのです。そしてその根っこにあるのは「神理解の大転換」だと思います。
信者とそうでない先生の共通さ、それは人間にたいする誠実さといってもいいでしょう。それを神の名で言えば信者でない先生は離れていってしまいます。神の名を使わないでそれを伝える時が来たと思うのです。

これからの社会における「宗教」の役割について考えるきっかけを与えてくれたのは、インド大使館で行われた諸宗教のかたがたとの対話集会でした。ヒンドゥー教、仏教、イスラム教そしてキリスト教の人たちが参加していました。
その集まりで強調されたことは、どの道をとおってのぼっていっても頂上は同じだということでした。頂上は人を愛するということなのです。仏教の人たちは仏の慈悲について語ってくれました。
インドは植民地化に置かれていた歴史を持っています。植民地を支えていた背景はキリスト教であり、そのもとに搾取、略奪をおこなわれてきたとインドの方は語っていました。「神の名を使う教団を信じるな、そういう宗教はまちがっている」ともいいました。
それを聞いていて、これからの宗教がどういう役割をするのか、考えさせられました。自分たちが理解する神やキリストの再構築をしなければならないと思うのです。神の名をでんと持ってくると対話ができなくなる、キリスト教はそういう可能性をたくさん持っているのです。
神の名においてするという発想ならば信者でない先生との協働作業は不可能だったわけです。いままではそういう精神が染みついていました。だから、受動性、依存心を排除する作業が必要でしょう。

その意識転換の根拠は、教皇ヨハネパウロ2世の生き方にあると思います。過去の過ちを明確に認めて公けに許しを請う姿勢を大胆にうちだしました。
そして一つのモデルとしてマザーテレサがいます。カトリックらしさは信者であると否とを問わず対等な協働作業の中から生まれるといわれました。人間にたいする愛と誠実、情熱に信頼して一緒になって作業をするそのモデルを示されたのがマザーテレサでした。
人間の罪をさばく神ではなく、人間を見ていたたまれなくなってメシアを送った神の姿がそこにあります。そういうムーブメントを育てていくこと、学校にまだシスターが働いているところでは、自分の人生を賭けているシスターとともに、それに燃えている共同体を作っていくことこそがカトリック学校の生き残る道なのでしょう。

哲学者の高橋哲哉さんと五木寛之さんと対談したことがありました。
高橋さんはその対談の中でキリスト教には入れない壁のようなものがあるといっていました。神を賛美する、礼拝する、それに捧げる、つまり喜んでするという建前はいいのだけれど、罪人である自分たちにはそれはできないと言われるのですね。キリスト教は「たてまえばっか」だというのです。
五木寛之さんは「親鸞」を書いています。そのなかで煩悩に捕らわれている自分と徹底して向き合おうとしたのが親鸞です。それに対して理想を生きるのがキリスト教であるならば自分たちはそこに行けないと五木さんも言われました。
いま、キリスト教のセールスポイントをキレイゴトでないことを表に出す必要があると思うのです。
イエスは苦しみの人であって、十字架上で「神よなぜみ捨てたのか」と叫ばれた、そういうキリストがセールスポイントであるべきであって、タテマエで語る必要がないと思います。
苦しみを叫びながら、矛盾に満ちていて苦しいことを涙を流しながら分かち合いながらそれでも希望を持って生きていくことを伝えあう、それがこれからのキリスト教の姿であろうと思います。
これまでとセールスポイントを変える必要があります。苦しみ悲しみのキリスト像、それに寄り添う共同体的すがたを分かち合いながら生きていく教育共同体となるというのがカトリック学校のこれからの道であると思います。

(文責 土屋至)