第8回 イエス・キリストに見る教師像

河合恒男神父(サレジオ会)

4つのCS

夏休みが明けて学校が始まりました。今日は学校説明会があり、学校が何を売りにしていくのかということについて説明するとき、まずは「自尊感情を大事にする学校でありたい。」ということをお話しました。私は説明をするとき、覚えていただきやすいように、よく標語のようなものをあげるのですが、カトリック学校として目指すべきことについても、「4つのCS」があるのではないかと思うのです。

1.カリキュラム・スタンダード Curriculum Standard

やはり学校教育であるからには、保護者も願うのは勉強、そして受験のことです。カトリック学校だからといって受験実績がどうでもよいということはありません。

公教育ではこの側面が一番重要になってくるような気がするんですね。実は毎日新聞が7月に挙げていたこんな記事があります。「進学実績を上げたい予備校講師に学べ。東京都立校、授業診断を受け、助言仰ぐ。」都立が塾の先生たちに自分たちの授業を見てもらう、そして難関大学に入るための重点校をきめる・・・、いくつかの高校を選び、重点校としてそこに入れようという試みをしている・・・こういうことは皆さんももうすでに御承知だと思うんですね。ではこんな状況の中にあって私立学校はどうしたらいいのかという問題が出てきます。

ただ地域的に言いますと、首都圏というのは楽なんです。私立学校へ通う都府県別の割合を見ますと、東京では約60%の生徒が私立へ行く。反対に一番少ないのは沖縄、徳島で、ここは一桁、10%未満です。そのような中で、社会全体が少子化になれば、当然地方の私立学校はもろに影響を受けます。大阪で30%、京都は40%台、この二つを除いてみると、他は本当に大きな問題を抱えているということが言えますね。

しかし、私たちはこれだけで勝負をかけるのではないです。学習指導要領、教育課程だけの問題ではないのです。これだけなら、私たちが学校教育をする必要はないとさえ、わたしは思っています。

2.顧客満足度 Consumers’ Satisfaction

学校として保護者、地域社会、卒業生たちからいろいろなニーズがあります。それに応えていかなくてはならないし、時代のニーズもあります。これは私立にとっては重要なポイントです。顧客が満足してくれないようでは、誰も高いお金を払って来てくれるはずがありません。学校全体として、あるいは皆さんが任せられているそれぞれの部署で、保護者や生徒たちが何を望んでいるのかを知り、それに的確に応えていかない限り、募集しても生徒は集まりません。そして生徒が集まらなければ教育はできないのです。

でもこのポイントだけでは私たちのカトリック学校として、足りないのです。

3.カトリック・センス Catholic Sense

キリスト教が大事にする価値観を伝える。宗教的雰囲気を実現していく。イエス・キリストの行動やことばなどを通して、人生の在り方などを教え、伝えていくわけです。これこそがカトリック学校の第一の特徴なのであり、普通の私立学校にはありません。

私たちはここで、イエスはどんな人か?そのイエスをどのように伝えるのか?という問題が出てくるわけですね。これについても課題があります。宗教科だけの問題でいいのか? 宗教の授業で何を教えているのか、他の先生は分からない・・・ときどきそんな声を耳にします。

他の教科なら先生は教科書で答えられることがたくさんありますね。しかし、宗教については、中1の生徒が「ペトロってどんな人?」と担任の先生に聞いても、たぶんその先生は分からないでしょう。「マリア、ヨセフなら、ある程度知っているけど・・・」などということがあります。そうなると、宗教的雰囲気ということを学校の方針として活かす、あるいは表わす何かが必要になってきます。

4.cheerful smile(space)

「自尊感情」と言ってもいいです。学校生活の中で安心感がある、居場所がある、「私はここの一員となった」。イエスのことばで言うなら「おまえはおまえでいいんだよ」あるいは、イエスを紹介する時に神のメッセージをしていつも出てくる「おまえは我が愛する子だよ」、という無条件で容認される存在としての自覚なのです。「もしおまえがもう少し勉強したら認めてやるよ」ということは言わないのですね。全く無条件なのです。

神の方から勝手に人間を造ったのです。私を大事なものとして造ってくれたのです。そして、いつも愛おしい者としてご覧になっている方がいるのです。それを確信できたとき、生徒たちは不安のない喜びに満ちた笑顔になれるのです。これがチアフル・スマイルの意味するところです。

かけがえのない自尊心というものは、独善ではありません。聖書の至るところに出てきます。

旧約聖書の一番初め、「人は一人でいるのはよくない」、アダムのパートナーとしてエバを造った。私たちは、もともと開かれている存在です。人間は自分一人じゃない、誰かと共にいるものです。交わりの共同体の中で生きているのです。私たちがカトリック学校として最終的に伝えるのは、自尊心と共に交わりへと心を開くこと。それを教えるのが教育の最終目的です。そのために豊かな学力(理解力、判断力、応用力など)を身に付けていくのです。社会の中には困っている人がたくさんいます。政治的に、経済的、身体的に困っている人、その人たちのために何かしよう。君の知恵、行動力、能力などを使って実践していこう。

そのシンボルとしてミサがあります。ミサは食事、しかも交わりの食事です。大阪人は食べるのが好きです。仲の良い証しは一緒に食べに行くことなんです。東京などではプレゼントになるかもしれません。考えてみるとイエスは大阪人だったかもしれません。食べるの大好きでした。「大食漢」なんて聖書にも書いてあります。

ミサはもっとも親しい交わりのシンボルです。これが一番交わりの極限みたいなものです。だから、イエスは言うのです、「みんなが、世界中の人がこの交わりに来るまで続けなさい。」。今、世界には政治的な難民がいます。経済的な難民がいます。一緒に食卓に預かれない。教会に来れない信者もいます。信者になれない人、ならない人もいろいろいます。でも理想から言うと、「そういう皆が、一つになっていこう、そこに真の平和があるんだよ、その時まで働くのがあなたたちの使命だよ」というシンボルとしてミサがある。私たちが子供たちとミサをささげる時もそこを強調しなければいけないのです。それをしないで、ミサというと「信者だけが訳のわからんパンをもらって、あれ何だ?」とか・・・。そういうことではないのです。深い究極の交わり、イエスの遺言はそれでした。「皆が一つになるまで、続けてください。裏切られうかもしれない、通じないかもしれない、でもくじけないで、人々を一つに集めよう」。

「愛」はみんなを一つにできることば。そこには党派のようなものはない、もっと大きな、お互いを受け入れ合う心がある。イエスはこれを伝えたかったのです。私たちは、こういう学校を造っていかなければならないと思うのです。

イエスをどう伝えるのか

宗教を通してイエスキリストを伝える時、あるいは学校のいろいろなところで伝えるとき、3つの場面があります。 イエスをどう伝えるのかということ。

1.イエスについて教える 知識

「イエスとはこんな人で、こういうことを言って・・・」こういうことについては神父やシスターは強いんですね。信者さんも強いです。でも当たり前です、知識としていっぱい知っているんだから。ときどき信仰教育がそこに偏ってしまうことがあります。でもイエスのことに関して試験をすると100点満点がとれる生徒が、周りの生徒にひどいことばをあびせるなんてこともあります。知識を与えても、その中身が伝わっていないのです。知識は必要です。しかし、生き方まで届かないということがあります。だから宗教について教える教科の先生だけでは限界があります。

2.イエスキリストの中で教える

ミサ、宗教的な雰囲気、学校行事などがこれにあたります。この時には宗教科の先生方だけの働きではないです。学校行事としてキリスト教的雰囲気を大事にしよう、本物に近いセッティングにしよう、クリスマスなどは特に力を入れよう。でもそれだけでも不十分です。イエス・キリストの生き方を私たちが学んでいかない限り意味がありません。形だけクリスマスのお祝いをしていても、そこには救い主はやって来ないのです。救い主は家畜小屋の糞尿の臭いの中に来たんです。当時の多くの人々の勝手な期待を裏切って・・・。

3.イエス・キリストに向かって

「わたしの生き方の問題」としてとらえていかなくてはならないのです。だからイエス・キリストの生き方を全員の教職員が知っておいてほしいのです。自分を与える生き方です。イエスは「パンの生き方」だからです。

イエスはパンとして生まれ、パンとして生き、パンとして死んだのです。ベトレヘム(パンの家という意味)で、まぐさ桶のなかに置かれたんですね。まぐさ桶とは家畜のえさを入れるところですから、人間の次元でいえばイエスは皿の上に置かれたということです。だからパンの家と言うところでパンとして自分を現したとも解釈できるでしょう。そして、死ぬ直前にはもう一度「これを取って食べなさい。これはわたしの体です。」とイエスは言いました。イエスはパンとして生き続けたからこそ、この言葉に矛盾がなかったのです。「パンとして生きた」ということは自分を壊して、新しい命に生きるということです。「一粒の麦が死ねば多くの実を結ぶ」ということばも彼は言っています。自分を喜んで与えた時に、より大きな力となっていく、それは私たちも普段、母親として、父親として、あるいは教師として体験することです。私たちはいずれ死んでいきますが、でも、私たちが与えた命は子供たちが次世代に受け継いでいってくれるわけです。「人のために命を捧げること、それに勝る愛はない」とも言っています。そしてイエス・キリストは人々に言ったことをまず自分自身が必ず実行するんです。言うだけではないのです。だから、私たちは、「イエスに向かって学校生活を整える」ということが求められるのです。これがカトリック学校の大きな特色です。

まず、自分を大事にする。そして、まわりの人を大事にする。それは徹底的にすべてに開かれていることを前提としています。気に入らないあの人も、宗教的に違うあの人も、民族的に違うあの人も、自分に危害を加えたあの人も、神の計画の中ではみんな必要だからです。こういうことを現している場面がイエス・キリストの生涯のいろいろ見られます。

「喜んで赦そう」「あの人は素晴らしい人だよ」そういう生き方です。

イエスに見る教師としての態度

教師は、これまでは指導者(リーダー)でよかったんです。指導者、指し示す者として。

でも、現在大切なのは支援者、サポートするという姿勢だと思うのです。上から目線でかっこいいことを説くのではなく、生徒たちのニーズをつかみながら、彼らを納得させることが求められています。実はイエスはいろいろな場でそうなさっているのです。

(1)例えば、「よきサマリア人の話」です。民族の違う人、宗教の違う人を大切にしている話です。とても有名な話ですが、たとえ話の内容だけ見るとルカの独自の視点が出てきません。

律法学者とイエスの対話がある平行箇所を読み比べると分かるのですが、マタイでは律法学者はイエスの敵です(マタイ22章)。マルコでは律法学者とは敵対していないし、かえって彼を褒めているぐらいです(マルコ12章)。それに比べると、ルカ(ルカ10章)は面白いです。マタイとマルコでは彼らから聞かれたらすぐにイエスは答えているのに、ルカでは答えていないのです。「律法には何と書いてあるか?あなたはそれをどう読んでいるか?」と逆に一回尋ねているのです。相手から答えを引き出そうとしているのです。明らかにマタイやマルコに描かれたイエスとは違います。質問した人に答えを言わせる。そして「その通りですよ。だからそれを実行しなさい」と言われれば、彼らが反論できないから。

私たちが生徒に質問するときもそうです。答えを求める時のことです。「聞く」は単に「音声を聞く」です。「聴く」は「相手のことを考えて聴く」、相手軸で聴くわけです。答えもそうです。「答え answer」は、自分で答えを持っている。答えを知っている。「回答」もそうですね、もう決まっている。だから本来は尋ねる必要もないのですが、相手の理解を確かめるために質問している姿勢を現しています。

これに対するもう一つの姿勢は「解答 solution」です。これは、相手と共に考えながら、正解を探し出す作業で、一緒に納得しながらするので時間がかかる作業です。相手の立場を尊重しながら。そして、探し当てたら行動として現して行くのです。「応答 response」です

(2)「ザアカイの話」を見てください(ルカ19章)。そしてその前の個所です。「金持ちの議員」(ルカ18章)です。この議員は、悲しんで、この場から去っていきました。「持物をぜんぶ捨てて、貧しい人々に与えてから、わたしに従いなさい」とイエスが言っています。しかし、ザアカイの場合は半分で褒められています。つまり、イエスは相手を見て要求しているのです。イエスのものの見方、答え方、あるいは発問のしかた、どこにでも目の前にいる相手を根本的に大事にするイエスの姿がここにあります。

(3)「奇跡的な大漁の話」の福音書の比較です。マタイとマルコは一言も触れていません。ルカとヨハネが触れているだけです。ルカは新しく弟子を招く時の話として書かれています。「わたしと一緒なら大丈夫」という意味でこれを書いたのでしょう。反対にヨハネはイエスの復活後の話としてこれを描いています。大事件の後でもとの生活に戻ったら、また失敗をし、人生にけん怠を感じている、その時にこの話が出てきます。ルカではこれからの励ましという意味が大きいですね。

(4)聖書をどのように読んだらいいのでしょうか?例えば「わたしは今日飛行機で大阪に行きます」とフラットな言い方をすることができますが、「わたしは」を強調する言い方や、「飛行機で」、「今日」を強調する言い方もできます。文字にすると生きたことばになってこないのです。本当は何を伝えたいかを強く言うなどで強調点が変わってくるはずです。

それと同じように、強調点を意識して聖書を読むことが必要です。想像力が必要なのです。イエスはどんな調子でそれを言ったのか?例えばマルタとマリアの話があります。イエスの口調はどんなものだったのか?どんなニュアンスだったのか?文字を読んだだけじゃ分からないんですね。

一個の回答だけだと思い込んで読むと分からない、聖書の言葉は納得できないということになって、つまずくのです。また、日本のカトリック教会のイエスは笑ったことがないみたいに伝えてきたかもしれません。少なくともこれまで、わたしが見たイエスの科を出ですね。でも子どもに人気があたイエスは笑っていたはずですよね。神父やシスターが伝えてきたイエスはもしかしたら堅苦しいイエスだったかもしれませんね、もっとフリーな気もちでイエスに接してもいいし、分かりやすく伝えなければいけませんね。そのためには豊かな想像力が必要です。

kawai7b

(5)プリント7bを見てください。イエスは徹底的な弱者の立場に立って仕えるのです。「あなたは、たとえ失敗しても、罪を犯してもかけがえのない尊いものなんだよ」と言われるのです。イエスはいつも苦しい人に近づいて、その人と共感する。他人の必要に敏感な心を持つイエスです。いつでも、どこででもすぐに行動ができる、こういう生き方です。

ルカ24章の「エマオで弟子たちに現れる話」には「同行してくれるイエス」の姿があります。まず、彼らの話を聴きます。愚痴を聞きます。そしてすぐには、答えを出さないのです。徹底して聴き続けてくれる、すると彼らは食卓の交わりの中で、彼がイエスだと気づくのです。

最後に、ルカ15章「見失われたものの3つのたとえ」です。まず「見失った羊のたとえ」、皆で見つけた時の喜び、「ドラクメ銀貨をなくした」話など、当時の人々が体験したような話をもとに、見つかった喜びを伝えています。そしてそのクライマックスに「放蕩息子」のたとえ話を紹介しています。これをザァーと読み過ごすと、私たち先生は真面目ですから、「弟は勝手なやつで、赦せない」と思いがちです。しかし、イエスが伝えたいのは、どこまでも赦す神の愛、いつもそばにいるんだということを知らせたい神の姿だと思うのです。だからこのエピソードの本来のタイトルは『放蕩息子』ではなくて、『二人の息子をとこに愛する父』のほうが適切だと思うのですが。

とにかくお兄さんの根本的な間違いは、父に「応えてくれなかった」と言っているところです。しかし父は兄に「違う、おまえはわたしのそばにいつもいる」とはっきり言っているのです。生徒が自暴自棄になったとき、「そうじゃないよ!」というメッセージを力強く、確信をもって発信できるかどうかというのは教師として大切です。教師としてどんなふうにして生徒たちたちと一緒にいればよいか、子供たちと生活を分かち合っていけばよいのかということが大切なのです。

イエスに倣って、少しずつでも、生徒たちにより添えられる教師になっていきたいものです。

「グループでの話し合い」より

●居場所 共に考えていく 生徒の考えを聞く姿勢
居場所 どこかに安心できる場所ができること 教職員にも大事
クラス以外に居場所がある生徒もある
教職員同士の共同も必要

●学校におけるミサ 合唱 神秘的 ありがたいもの 静かにさせる 参加させるともにミサ 未信者の生徒にも参加できるミサを考える 静かにさせる いきぐるしい ああ終わったと言わせないミサ 工夫できるところ

●イエスにむかって 教員はもっと成長しているのではないか 愛情を注げる
もっと洗礼をする人が増えていてもいいのでは

●私自身が響いてこない 成長できていない 興味を持てていない 悩み続けている
悩み続けてもいい 逃げているだけ?

●聖書の引用 いつ本論にはいったかも
感想は特にない 夏休み前と同じ
カトリックではない学校の道徳

●見失われた羊 ドロップアウト 問題になった生徒への視点
一般の学校との違い マザーテレサのこと 英語のなぜ学ぶのかまで教える

●教師のあるべき姿 今の時代に合わせた教育 教師の中でに一体感
あやまちをおかした生徒への対応 生徒の抱えている悩みへの対応の難しさ
なかなか見つからない部分もあるのだが

●指導のケースバイケース 指導に追われてしまう アイコンタクト 目を見て話す

●教員間の関係に苦慮している

講師のコメント

●子どもたちから何を聴いて何を与えるのか 子どもたちの充実感を持てる学校

●教師イエスキリストが伝えたかったであろう「学ぶことの意義」とは何か?

to know知識を知る
to do 行い
to live together 誰かと一緒に生きている 自分の国、自分の宗教だけでない
to be 存在としての自分 目の前にいるあなたがとおとい
to pray 誰かとつながっていく 自分の思いだけでなく神の思い 自分自身の深い望み

自分の心の奥底をみつめる
イエスはあなたに語りたかったから書き物は残さなかった
しかし書き物では充分に伝わっていないイエスの気もち、表情、はげまし?それをわかりやすく伝えるのはおとなの役割ではないか。

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第9回 弟子・使徒職

仙台白百合学園中学・高等学校 土倉 相

これまで、聖書やイエス・キリストのことを学ぶ・・・という視点での講座が続いていましたが、今日は、自分がカトリック学校の教師であるいうことを意識して、自分自身のこととして話を聞いていただければと思います。今日の話の目標は、次の2点です。

①イエスの弟子、使徒とはどんな使命をもった人達かを知り、カトリック学校との関係を整理する。

②カトリック学校に勤める者として、「イエスの弟子」や「使徒」という言葉と「自分自身」には、どのような関わりがあるのかを考えるヒントを探す。

特に②を具体的に考えるために、使徒パウロの生き方を下敷きにできるように紹介したいと思います。

話の中で、第二バチカン公会議や教育聖省の文書なども紹介しますが、「こう書かれているから、こうでなければならない」という意味で紹介するつもりはありません。私たちが、働いているカトリック学校やそれを支えているカトリック教会の姿をまず客観的にみておきたいという意図での引用です。私たちはもう、カトリック学校という「船」にそれぞれが乗っているわけですが、それぞれの船が集まって同じ方向に向かっている大船団になっているということを意識しなくてはいけないという話でもあります。

1)               弟子、使徒を知る~カトリック学校の「使徒職」

使徒とはギリシャ語で απόστολος (apostolos) と言います。「派遣された者」という意味をもち、マルコによる福音書(3;14)によれば、イエス自身が12人の弟子を選び、自ら「使徒」と命名しました。「派遣された」とは、誰に向けてでしょうか?生前のイエスはイスラエルの民が対象と考えられます。マタイによる福音書には「異邦人の道へ行ってはならない」という言葉さえみられます。受難と復活、昇天の後、「全世界、すべての民へ」と初めて変わったのです。派遣の目的は「福音を告げること」です。

もう少し詳しい説明をします。

森一弘司教「キリストの言葉」より

使徒とは、権限を委託され、その人物に代わって、その望むことを伝えたり、果たしたりする重要な人物をさす。使徒(遣わされた者)は遣わす者と同等にみなされ、伝統的なユダヤ教にはない新しい概念だった。(伝統的なユダヤ教では教えを伝えるのは預言者、祭司、律法学者、ラビ)

イエスはなぜ使徒を選んだのか?(使徒の使命)

1)彼らをそばに置くため・・・キリストのよき理解者、協力者になる

2)派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能をもたせるため・・・人間の悲惨な姿に心を動かし、悲しみに共感して、そこに走り寄っていく。愛の実践を行う。

ベネディクト16世「使徒」より

福音を告げる目的は、「神との交わりに人々を招くため」である。「交わりは、今日すべての人を脅かしている孤独と戦うために主が私たちに与えた薬」

教会は信仰、希望、愛の共同体である使徒たちを土台にして建てられた。

使徒は交わりへ奉仕する共同体  使徒の後継者は教会に与えられた信仰の遺産の守護者であり、その権威ある証人であると同時に愛の奉仕者である。

一般に「使徒の後継者」とは「司教」を言います。しかし、第二バチカン公会議(1962~65)後、聖職者だけではなく、一般信徒の使徒としての役割(信徒使徒職)が強調されるようになりました。

第二バチカン公会議の文書には次のようなものがあります。

第二バチカン公会議「教会憲章」より

キリストの一つのからだを構成する信徒は誰でも、生きた構成員として、教会の発展とその絶え間ない聖化のために、創造主の恵みと贖い、主の恩恵によってうけた自分のすべての力を用いて協力するように招かれている。(4;33)

第二バチカン公会議「信徒使徒職に関する教令」より

その能力に応じて教会の発展に寄与しない構成員は教会にとっても、また本人自身にとっても無益な構成員と言わなければならない。信徒は福音の宣布や人々の聖化に尽くすとき、また福音の精神を世間に浸透させ、その秩序を完成するよう働くとき、使徒職を行う。(1;2)

この2番目の文書などはかなり厳しいものですね。信者の先生は困ってしまうかもしれません。何か重荷を背負わせられているように感じる人もいるかもしれません。では、この「使徒職」と呼ばれるものはカトリック学校とどのような関係にあるのでしょうか。信者ではない先生はどのように考えたらよいのでしょうか。何も考えなくてもよいのでしょうか・・・。

◎カトリック学校と使徒職の関係、カトリック学校の教職員と使徒職の関係

ローマ・カトリック教育聖省「カトリック学校」(19773)より

カトリック学校はそれ自体が、「真の使徒職」を繰り広げていく。カトリック学校の使徒職に携わる人は「教会の必要欠くべからざる任務」を果たしているのである。(5;63)

ローマ・カトリック教育聖省「紀元2000年を迎えるカトリック学校」(199712)より

カトリック学校において、ユニークなキリスト教的な学校の雰囲気を創る第一の責任は、個人として、また共同体としての教師たちである。(8;19)

カトリック学校は、それ自体が「使徒職」を行う機関ととらえられています。しかし、ここまでは、カトリックの信徒である教師を対象とした話と考えることができます。必ずしもカトリック学校の教師が信徒であるとは限らない日本において、このあたりはどのように考えればよいのでしょうか。

◎日本のカトリック学校で、信徒でない教職員をどう考えたらよいのか。

森一弘司教「カトリック学校のアイデンティティを求めて」(20087月全国カトリック学校校長・教頭合同研修会講演資料)より

1980年後半に全世界のカトリック学校のための指針を明確にする必要性を感じたバチカンは、素案をつくり、それを全世界の教会とカトリック学校関係者に送付し、意見を求めた。それを参考にし、1988年にローマで会議を開催し、指針を完成しようとした。その素案の一項目に、「カトリック学校で働く教職員は、カトリック教会の教えを理解し、それに忠実な者でなければならない」という条文が入っていた。そのまま適応されてしまえば日本のカトリック学校に勤める教師の大半が失格ということになる。日本だけでなく、中南米、北米、カナダなどの司教たちも、それぞれの理由から条件を和らげることを求め、その結果条文は穏やかな表現に置き換えられ、「カトリック教会の理解者である」という内容になった。

溝部脩司教「カトリック学校の福音的共同体を築くために」(20042)より

信仰の有無にかかわらず、カトリック教育の現場に立つ者すべてが、教職員として指導の根幹にキリスト教的な理念をもつように努力しなければなりません。宗教教育を支えるのは、カトリック学校教職員全体の責任であり、その意味で、あらゆる教科や生活指導、学級経営の中に宗教的価値観や宗教的な情操を大切に育てていくことが必要となります。

つまり、日本においてもカトリック学校が使徒職実践の場である以上、そこで働く教職員は何らかの形で、使徒職に与るように招かれていると言えそうです。実際、カトリック学校の「教員募集」の中の要件として「カトリック教育に理解があり、協力できる方」というような表現が必ずみられるはずです。すでに、教員になっている方は少なくとも「理解者」であることが求められているわけで、大きな意味での教会の「使徒職」に与っているのだと言うことができてしまうのです。

2)自分自身の問題として考えるために~聖パウロの生き方から得るヒント

前半で、私たちが勤めるカトリック学校と「使徒職」の関係を見ました。では、私たち、「イエスを直接知らない者」が「使徒職を果たす」とは何をすればよいのでしょうか?「使徒職を行う」ということを考えたときに感じる「戸惑い」、「ためらい」、「プレッシャー」を感じる方も多いと思います。それを、どう整理すればよいのでしょうか?信仰をもたない教職員はどのようなスタンスで使徒職に与ればよいのでしょう?聖パウロの生き方、心の変遷を追いながら、このあたりの考え方を示してみたいと思います。

◎聖パウロはどのような人だったのか

一般的なイメージは、聖アウグスティヌス(4~5世紀)の言葉「パウロは赤いライオン、神の偉大なライオン」から連想されるように、「強い意志の力をもっており、妥協やためらい、中途半端を憎む強い人」というものです。しかし、パウロは別なとらえ方もできるのです。

聖パウロは3つの側面で捉えることができる

ア) 民族としてはディアスポラのユダヤ人・・・エルサレムを離れたユダヤ人

イ) 環境においてはヘレニスト・・・ギリシャ文化の影響を受けて育った

ウ)市民権によってはローマ人・・・帝国内のエリート階級

ア)ユダヤ人としての聖パウロ

ファリサイ派としての最高の教育を受けていたパウロにおいて、生活の中心にユダヤの律法があった。また、ユダヤ民族には特徴的な時間や歴史のとらえ方がある。イザヤ書やエレミア書に使われている「将来」という言葉はアハリート、「過去」はケデムという言葉だが、アハリートには「背中」、ケデムには「目の前」という意味がある。日本人の感覚とは正反対と言える。「過去はもう誰も変えることができないので皆で目の前に置くことができ、そこに神の導きや恵みを探すことができる。未来はまだ誰にも見えないので背中の方にある」という考え方である。パウロもこの考え方をもっていたはずである。

イ)ヘレニズムの環境で育った聖パウロ

聖パウロが身につけたのは、ギリシャ語と論理的な考え方である。ギリシャ哲学(ストア派)の影響も受け、パウロはすでに若い頃から大きな世界観を確立していたのではないだろうか。

ウ)ローマの市民権をもつ聖パウロ

規則をつくり、組織をつくり、強い軍隊をもっていたローマ帝国。全体の秩序は重んじられていたが、格差社会ができており、富裕層の人々には道徳的な退廃もみられる社会。ローマの市民権をもっているということは帝国内でのエリートに属することを意味していた。宣教活動の中でこのローマ市民権を有効に生かし、また、一人のローマ市民として、パウロは「人間を組織の歯車としてしか見なさない社会」、「人間を競争相手としか考えない社会」と対峙する。

◎聖パウロと回心

回心前のパウロ・・・律法熱心であったパウロは律法を守らないヘレニストキリスト者を迫害していた。律法の敵がパウロの敵。

回心の後のパウロ・・・自らヘレニストキリスト者の中に入り、シリアのアンティオキア教会で活動を始め、異邦人への宣教旅行を行う。

この回心に際し、ユダヤ人の考え方で目の前に自らの過去を置き、人生を振り返ったパウロは何を考えたのでしょうか?

パウロは、長い時間をかけ、それまでの自分の人生・境遇が神によって用意されたものであったことを確信しました。

「わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされた・・・」(ガラテア1章15節~)

◎聖パウロと他の使徒との違い

「すべてを捨てて、イエスに従った」ペトロやヨハネたち(ルカの福音書による弟子の召命)とは反対に、パウロは「すべてを生かしてイエスに従った」と言えるのではないかと思います。

聖パウロは人生の中で与えられたすべてを、感謝の心で生かそうとしました。イエス自身に出会えなかったこともハンデとは考えず、ファリサイ派の教えに通じ強い拘りをもっていたこと、従っていたことも恥とはせず、生かしていきました。ヘレニストとして身につけた広い視野と世界観で物事をとらえ、ローマ市民としての特権も最大限利用する生き方をしました。このような生き方を、パウロは回心後、長い時間をかけて身につけていったわけです。回心前までの自分の人生を「感謝の心」で受け入れることができたのがパウロだったのではないかと考えられます。

感謝とは「すべてを神に任せる」という信頼であり、「祈り」と結びつきます。聖パウロは「感謝の人」であったととらえることができます。事実、「感謝」という言葉は全聖書の中で、パウロの手紙の中で最も頻繁に使われています。

「どんなことでも思い煩うのはやめなさい。何事につけ感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすればあらゆる人知を越えた神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピの信徒への手紙4章6節)

◎聖パウロから学ぶ「使徒の生き方、生きる姿勢」

自分のこれまでの歩みを振り返り、感謝のうちにそれを生かしていくことができるでしょうか?

自分を振り返ることの大切さ、自分の人生の中に神の働きかけをさがしてみることが自分自身の在り方を学ぶヒントになります。

マイナスに思えるような境遇や歩みの中にも神の導きがあるのではないか?という視点が大切です。

3)まとめ

カトリック学校を職場として選び、あるいはそこへ導かれて歩んできた私達も、一人ひとりが「母の胎内にいたときから、そのようにあるよう、選び分けられ、招かれてきた」と感謝の心をもって考えることができたら、今、それぞれにできる「使徒職」が、はっきりと見えてくるのではないでしょうか。「何かをしなくてはならない」という答えがもうカトリック学校の中に見える形であるわけではありません。一人ひとりの教師が「おそれ」や「ためらい」を捨て、それぞれの力を十分に発揮することで、初めて見えてくるものです。「すべてを生かす生き方」、「自分を使い切る生き方」をパウロに倣いたいと思います。

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第7回 教会について

森一弘司教

教会とはいったい何かということを皆さんと確認したいと思っています。

カトリック教会のイメージからいうと、「祈りを捧げる神聖なところでそのための形が整っている場所」というイメージが最初に浮かぶだろうと思います。

「全世界でどこに行っても同じである。」「一つの組織」とか「お堅い」とか言うイメージも浮かぶかもしれません。

しかし、それは昨日の聖書の話と結びつかないですね。どうしてずれがあるのかということをはなしたいと思います。

皆さんがお持ちのイメージを壊してしまうかもしれないので少々無責任かもしれないとも思います。修道会や司祭たちが伝えてきたものをこれから壊しちゃうことになるかもしれないのです。

まず「教会」ということばについて考えてみましょう。ギリシャ語では“エクレジア”。フランス語、スペイン語などではこの言葉から出てきます。英語ではchurchですね。この違いになにがあるのでしょうか。

エクレジアは呼びかけられて集まった人たちという意味ですから、共同体のイメージがあります。エクレジアは漢字の「教会」=「教えの集まり」に比べると「教え」がないのです。

このように訳したのは、中国に行ったフランス人宣教師たちでかれらは「教会」と訳しました。

幕末に知多半島の漁師たちが台風にあって漂流されていたのを救助されて、マカオに送られた。ドイツ人宣教師たちに日本語を教えかつ聖書の日本語訳を作りました。そのギャツラフ訳聖書では「教会」を「寄り合い」と訳していました。この聖書は名古屋の人たちによって訳されたので名古屋弁が入っているとかいわれます。ただこの訳の聖書は日本にはほとんど影響を与えなかったようです。

明治期になって訳されたヘボン訳聖書では「集会」という言葉を使っていました。

現代の「教会」という訳語が用いられるきっかけになったのは、プロテスタント訳の聖書だったようです。

カトリックは天主公教会と訳していた。「教えが中心という印象を与え、堅苦しくそこへ行って勉強するという雰囲気」を漂わせていました。

church という言葉は、もともとはラテン語から来ていて、建物というイメージが濃い言葉です。4世紀5世紀ころローマ帝国の中で市民権を得たころ、聖堂を中心に集まってくる場でした。「神聖な」のイメージはありますが、キリストと出会ったというイメージが消えてしまうところが問題です。

聖書における最初のイメージをたずねてみると、あなたの上に教会を建てようとペトロに向かって言われたとき、かけ離れた概念ではなくて日常的な概念でした。共同体をあなたを中心にして作ろうという呼びかけにはじまったのです。

第1ステップ 初代教会のイメージ

1step

それぞれの人生において、それぞれの生活の中で、イエス・キリストと出会い、キリストの存在を見てそこに引き寄せられて言った人たちの集まりというイメージが第1ステップといえるでしょう。

ここには「おしえ」なんていうイメージがないのですね。

人と人の出会い、その人が何を考えているかを考えていないで、その人の姿勢や表情から直感的にとらえて引き寄せられたという段階です。人格的なふれあいをもとにしていました。キリストは直感的にその人をとらえてしまう、その体験がありました。

あるとき、高校卒業生たちが集まり先生を囲んで話し合った。ある卒業生が先生に「先生のおかげで今日生きているのですよ。先生のあの一言が私を変えた。先生が自分の苦しみを見ててくれた」と先生に言っていました。そこには直感的な出会いがあったようですね。

こういう出会いがイエスと人びとの間にあって、そのもとに「教会」をつくりました。教えとか思想ではないのですね。

その魅力は何だったのかと言えば、このひとりが滅びるのは神の望みではないという人間にたいする優しさ、誠実さであり、真実であったのです。

自分たちを利用しようということではないし、もちろんそれで儲けようとかいうことではない

「ゆるし続けなさい」「見捨てない」というイエスの言葉と姿勢がその当時の宗教家には感じられなかったのです。その時代の宗教家は、律法という枠の中に入らないと神から見捨てられるという考えが浸透していました。

キリストはその枠を取っ払ったのです。「清くなれ」というのは「差別される 排除される」存在から人間の仲間として認められることでした。キリストのメッセージはそこにありました。今まで押しつぶされてしまっていた、自分たちは駄目な人間であると思いこんでいた、そういう人の中に入ってひとりひとりを仲間として人間として大切にしました。

それがエクレジアの原型でした。

その弟子たちが書簡をあらわしたときに、そういう人間ひとりひとりにたいする優しさ、誠実さ、を専門用語にしました。それが「愛」という言葉でした。

パウロはもっとも素晴らしいものは「愛」で愛がなければすべてが空しいと述べています。

ところが「愛」という言葉が一人歩きしだします。「愛」ですべてを語ると、ふれあいの機微が抜け落ちて現実から遊離してしまいます。「愛しなさい」と距離を置いてしまうようになったのです。現実の中でよりそっていくのを忘れてしまいます。

優しさ、誠実さ、真実を持った人と人との出会いのムーブメントをつくり出した、その人と人との誠実なムーブメントが教会そのものだったのです。この段階の「教会」はキリストとの出会いが支えになっています。ある意味では仏教徒でもできるのです。

この「教会」のイメージは現在のカトリック学校の中でも通じるものがあります。信者の先生も一般の先生もそういうムーブメントを大事にしている、その時点での協働作業が学校をつくりだしていくとしたら、信者であろうか亡かろうか問題ではなく、それぞれの誠実さを踏み台にして関わっていくことこそが大事にされます。このムーブメントのエネルギーの確かなのがカトリック学校であります。その魂を尊重しながら、協力していくことが「教会」でも学校でも大事なのです。

第2ステップ 殉教者の教会2step


一方でユダヤ社会からの弾圧、他方ではローマ帝国による弾圧のなかで築かれた教会像です。

ムーブメントの仲間であることが命がけになってくるときです。ここでは強さが求められました。いつのまにかその理想がうすれ、厳格主義や純粋さが要求されていきます。どんなことがあっても命がけで信仰の純粋さを守ることが信者に要求されました。

信者になることが、真面目でそういう気持ちを持っていないと仲間になれなくなってきます。

遠藤周作は「沈黙」でキチジロウという人物を描きます。驚かされるとすぐに裏切ってしまうが、でもまた教会に戻ろうとするのです。

自分の人生の弱さをみとめて転んではまた悔い改めるをくりかえす、そういう信仰が本物なのかそれとも、殉教者の信仰がほんものなのか。正しいものとしてうけつがれているのはもちろん後者の信仰です。

その名残は今でも残っています。転んだものが当時排斥されたように、現代では離婚したもの、自殺したものには教会の墓が与えられなかったのです。それゆえに教会から遠いところにある教会のイメージができあがってしまいました。迫害に屈しない立派な信者でなければならないという感じが強まりました。

第3ステップ 神の国と地上の国

3step

このステップの教会像は、ローマ帝国で公認された4世紀後半から5世紀に欠けて作られました。それは、聖と俗、神の国と地上の国とを分ける考え方のもとに生まれてきます。一般社会(世俗)の中にはいると自分たちの純粋さが失われて罪に汚れてしまい、教会にいって清めてもらうというイメージです。

教会は「神の国の門・天国の入り口」です。「修道生活」は世俗を捨てて神の国に生きようとすることであり、司祭は聖堂の中で待っていて、ミサをあげるのがその役割となりました。

それはヨコの関係というより、タテの関係でできあがっています。それがずっと受けつがれていきます。聖職者たちはきよい、自分たちは俗っぽいという関係です。

このステップには黒に近い灰色の世界が存在します。営業に関わって接待をする仕事はそうやって灰色の世界に生きていることです。

カトリック学校にホーリーな存在があったら楽なのですね。資金繰りとか生徒集めのような仕事には手を汚さず、自分たちは祈りと指導の聖なる部分に専念したらいいというのはこのステップのようなあり方でした。

でも、これは教会の本質ではありません。本質は誠実な人と人との共同体のムーブメントなのです。

この「教会」のイメージはアウグスチヌスが神学的バックボーンとなりました。彼は「神の国」という著を残し、二元論的な考えを持ち込みました。

第4ステップ ヒエラルキーとしての教会

4step

ローマ帝国がほろび、ヨーロッパ中世に築かれた教会像です。

神を頂点として、キリスト、教皇、司教、司祭、修道士、信徒という階層ができあがっていきます。

教会は神の国に導くリーダーであり、教会を通して神の愛が注がれていくというイメージの教会像です。

この時代の平均的なシンボルとしての教会はたとえばパリのノートルダム聖堂を思い起こしてみてください。天をさしている教会です。

現代の教会は変わっているが、天井を仰ぐイメージは残っています。闇を作り、人間の小ささを感じさせるとともに、天井を仰ぐ、光はどこからかというとステンドグラスをとおして光りがやってきます。

この時代の宗教性のシンボルがこの大聖堂であり、政治権力もこの中に入ってしまいます。教皇は天上に向かう剣と地上に向かう剣の二つの剣を持っています。

ペトロが二つの鍵つまり天国の鍵と地上の鍵をもっているというのは、まさにこの時代に生まれたイメージなのでしょう。

ところが、権力は必ず腐敗します。権力は人間の魔物であり、誘惑であり、教皇たちが堕落していったのは、まさにこのゆえでしょう。

塩野七生は「ルネッサンス時代の女性たち」という本を書き、女性たちを通して教会の堕落を描いていきました。

サラセン帝国がスペインに侵入し、コンスタンティノープルの大司教が教皇に助けを求め、十字軍の結成が決まる。その時の教皇の説教は講談社から出ている教会の歴史の本にあります。

教会の2000年の歴史は「全世界に行って福音を述べた」歴史でした。しかし、その裏には全世界は潜在的にわれわれのものであるというおもいあがりが隠れています。

十字軍がサラセンを力づくで追い出し、ユダヤ人たちを惨殺し、そのあと兵士たちに3日間のなにをしてもいいという自由を与えました。教皇のおおきなあやまちだったといわれます。

教皇や司教になることを貴族たちが金で買うようになりました。りっぱなかたちになったのだがなかで腐敗が進行していたのです。

第5ステップ 「信仰のみ、聖書のみ、恵みのみ」の教会


5step

このヒエラルキーが邪魔である。これを排除して「信仰のみ、聖書のみ」の教会を作ろうとしたのがこのステップです。

プロテスタントの教会には3つの原則がありました。「信仰のみ 聖書のみ 恵みのみ」で、その他の間に入っているものを排除しました。

教皇ユリウス2世はサンピエトロ大聖堂の建築を企て、設計をミケランジェロにたのもうとするのですが、お金がないので建築の寄付を集めようとします。そのときに「献金箱に金貨を入れてきれいな音がすると地獄に落とされている人たちが天国にいける」と説明しました。

これをルターが怒ります。経済的に疲弊しているのに大聖堂を建てようとするのに怒るのです。聖職者はキリストの代理者であるはずなのに、その聖職者たちが腐敗堕落しているとして宗教改革を断行しました。

第6ステップ トリエント公会議による教会改革

6step

プロテスタントの宗教改革に対してカトリック側で起こった対抗宗教改革の教会像です。

宗教改革で生まれた教会は、主観主義、個人主義のもとでどんどん分裂していきます。

これに対して、客観的な繋がり、形があるはずで、カトリック教会のお堅いといわれている根っこを見直そうとします。ここでは、神、キリストと人びとの間に「掟、教義、秘跡」をおきます。

神学院制度が確立し、司祭になるにはお金でなく、教育して司祭になる。司祭の独身制度が明確化されたのもこの時代です。

また政治との関係はなくなるのですが、教会は聖職者中心主義に陥り、一般の信徒は司祭に依存しなければ何もできなくなるようになります。信徒たちの受動性はこのころから根がはっていき、教会で司祭を前にすると何か一歩下がり、ホンネでは向き合えないという思いこみはここから出てくるのです。

第7ステップ 現代社会と対立する教会

7step

18世紀から20世紀の半ばにかけて、西欧の社会は民主主義、自由平等、合理主義、科学の発展、実証主義、資本主義、産業革命という大きなうねりが生まれてきました。

これらの動きに対し、教会は「自由は人間に毒 信仰の従順こそ救い 自由平等は教会の敵」といって批判します。ルイ王朝を支える特権階級の聖職者たちのイデオロギーでした。

しかし、アメリカの独立宣言では、神の名で自由平等が与えられました。プロテスタントの教会の「神」はこれらの近代化を受け入れその推進者になっていったのに対し、カトリック教会は反動的にこれに対抗していきます。

カトリック教会はプロテスタントを異端として排除し、プロテスタントはカトリックを排除した独立宣言、近代化を進めていきます。

ガリレオの科学的合理性に対しては、キリストの奇跡を否定する迷信として否定し、これを宗教裁判にかけて弾圧してしまいます。

資本主義は金儲けだとしてこれを忌み嫌い結果的に貧しい労働者の悲惨な状況を否定することにつながり、共産主義は無神論として反共の立場を固持し、「貧しいものは幸い」とするキリストの教えから遠ざかっていきます。

世俗の悪に染まっても教会の中に来ると救われる、教会の外に救いはないという教会像を、マルクスは「宗教はアヘンだ」といって厳しく批判します。

このような対立のままに20世紀まできてしまいました。

実はカトリック学校はこの中で生まれました。それは「この世界の過ちがどこにあるかを教え込む」啓発運動だったのです。迷った人に伝えなければならないという思い込みのもとに、正しい教えを教え込むというのがカトリック教育だったのです。

第8ステップ 第2バチカン公会議の教会像

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20世紀の半ばの歴史的大転換が生まれました。それは第2バチカン公会議によってもたらされました。

自由平等と資本主義が結びつく競争の論理、資本の取り合い・利益の奪い合いが国と国との競争をつくり、時には戦争を生み出してきた。2度にわたる世界大戦は、個人レベルの競争が地域、国レベルでの競争となり破壊活動にまで発展しました。ヨーロッパの教会はそれにたいして何もできなかったのです。

その深刻な反省のもとに新しい教会像が生まれます。

フランスの教会では、ナチの侵入とそれに対する抵抗運動(レジスタンス)をサポートして強制収容所に入れられた司教がいました。強制収容所で番号札を首にぶら下げた司教たちは教会を変えなければならないことを痛感します。

バチカン公会議はそのような思いのもとに開催されました。いわば教会の原点に戻ろうとしたわけです。

人間の共同体ムーブメントとの上に築かれた上部構造でその本質が見えなくなっていて、苦しんでいる人と向き合えない状態だったわけです。公会議はそれを変えなければいけないと整理し、人と向き合う教会に戻す動きでした。

この公会議は、ヨハネ23世によって1958年に召集されました。

公会議の文書は「すべての善意ある人びとに」という呼びかけ文ではじまります。平和のために宗教やイデオロギーを越えて世界全体への共同責任としてともに働こうと呼びかけています。

それは、キリスト者だけでなく、あるいは貧しい人だけではなく、すべての人間に対しての誠実さを表現しています。

カトリック学校の責任についても、よりグローバルな教育をになうべく、いろいろな人の知恵とか力を生かしていくことを求めています。これは教会と教育に対しての伝統的なメンタリティをほぐしていく呼びかけでもありました。

カトリック学校の中においても、司祭や修道者の現象にともない、信者だけではなく、そうでない善意で誠実な人びととの協働を必要としています。これこそまさに公会議における精神が学校教育にも浸透していることを洗わしています。

注)この文書は講師の承認を得たものではありません。したがって文責は養成塾事務局の土屋至にあります。

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第5回 イエス・キリストについて

梶山義夫神父(イエズス会)

イグナチオ教会の向こう側の修道院に住んでいます。

先日、増田神父から「歴史的なイエス」についての話がありましたが、今日は「イエスと教育」についてお話しします。

「神の国」の福音 −8つの幸せ

新約聖書のマルコ1章14節をお開きください。

イエスはガリラヤに生き、神の福音をのべつたえて「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言います。

イエスのメッセージは「神の国」についてで、これは神が王として統治する領域のことを言います。

そんな「神の国」とはどういうところなのでしょうか?

マタイ5章1〜12節に「山上の垂訓」というイエスの説教があります。これは「真福八端」といわれる「8つの幸い」について述べた有名な教えです。「心の貧しい人びとは幸いである………」ではじまります。

私は、公立小学校の5年生の時この言葉をはじめて聞きました。不思議な言葉として印象的でした。

ここには「天の国」という言葉が出てきます。マタイは「神」という言葉を使わずに「天」と言っていました。だから「神の国」はいわゆる天国ではないのです。「神の国は近づいている」というのはすぐそこに来ている。すでに始まっているというのです。

「幸いだ。心の貧しい人は」というのですが、なぜさいわいなのか。常識的には「悲しむ人は不幸」です。

ルカは「貧しい人は幸いである」と述べています。「心の」がありません。

「心の貧しい人」とは神以外に頼るものがない最も貧しいひとという意味でしょうか。イエスは「そういう人こそが幸い」と述べているのです。

つまり、イエスのメッセージが常識的な価値観とは大きく変わっています。

それを受け入れるためには悔い改めが必要です。考え方生き方を根本的に変えて、はじめて福音が信じられるようになると述べています。

「神の国」の福音を学校のなかに

カトリック学校の使命はイエスの説いた神の国の福音を伝えることです。イエスのといた「神の国」が本物なんだということを告げ知らせ、悔い改めて福音を信じることがカトリック学校の使命なのです。言いかえれば学校が「神の国」となることといってもいいでしょう。

特に学校の組織の中で

1.学校法人の理事会こそが「神の国」の価値観を持っている

2.職員室もそういういう場に変えられていく

ことが求められます。神は最高の善、真理そのものなど、神についてさまざまな言い方ができるけれど、マタイの6章6節にはこんなことが言われています。

「祈るときはおくまったところにいってかくれて祈りなさい」

神はかくれた存在なのです。

出エジプト記の20章7節の「十戒」には「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない」とあります。思えば人間の歴史のなかで神の名においていかに誤ったことをしてきたのか

9.11のあと、神の名前がいかに頻繁に使われていたかを思い出します。その時私はアメリカにいました。

隣の教会で実際にあったことです。「このベンチに座るのは神の聖旨(みむね)でしょうか」とある信徒が聞きました。それにある神父は「それは神の聖旨(みむね)ではない」と応えました。

「どうしてイエスはこういうことをおっしゃるのですか?」という信徒の問いに対して、ある司祭は「イエスは神さまですから」と応えました。

「神」の名はこんな風に使われるものでしょうか? 「十戒」が戒めていたのはこういう「神」の言葉の使い方ではなかったかと思われます。

イエズス会のモットーである「神の栄光のために」という言葉のもとは2世紀の教父イレニウスにさかのぼります。彼は「神の栄光」とは人間がイキイキと生きていることにあると言っています。

では、「人間」とはどのような存在なのか?

マルコ14章31節に「主の祈り」が紹介されています。

この祈りは「アッバ、父よ」という言葉で始まります。聖書のなかにはイエスの使われた言葉がそのまま残っているところがいくつかあります。

「主の祈り」の「私たちの父よ」の「父よ(アッバ)」はイエスの肉声が伝わる数少ない箇所です。

これは子どもがおとうさんに使う言葉です。

なぜお母さんではないのですか? 当時子どもは父親から生まれるとおもわれていた、父親のタネが母親の中に入ってそだっていくとそういう考え方でした。このわたしという人間は神から直接生まれた、だから親しく「アッバ」と言える存在なのです。

旧約聖書では別の表現をしています。創世記の1章27節には「神はご自分にかたどって人間を創造された」とあります。人間は神のイメージのかたどりなのです。

人間を見たら神が少しずつわかってくるのです。だから人間は person(人格)であり、その根本は自由である。自由な人格つまり自己決定する存在という考え方は聖書に基づいています。

みずみずしいいのち、感性、感受性、個性を持っています。理論でもなく法律でもなくひとりひとりがそういう決断を持っているということは、ひとりひとりそういう神のすばらしさを持っているということです。

神はひとりひとりを大切にしているというのは、この創世記の見方に基づいています。

その地平、奥底を究極的に支えている存在が神なのであり、それはかくれていてめだたない存在です。

隠された悪に注意すること

しかしながらこの「自由」はゆがめられています。それは人間ひとりひとりに悪の力が強くはたらいているということでしょう。人間のすばらしさを駄目にする悪が与えられているのです。

ルカ4章1〜12節には「悪魔がイエスを誘惑する」ところがあります。「さてイエスは聖霊に満ち………40日間悪魔から誘惑を受ける。」と書かれています。ここでイエスは「人はパンのみにて生きるにあらず」という有名な言葉を口にします。「あなたの神である主を試してはならない」とも述べています。

ここは、イエスが生涯活動をしていく中で受ける誘惑を一つの話に凝縮してあらわしているのではないかと思われます。だから「人はパンのみにて生きるにあらず」とのべ、「日ごとの糧を今日与えてください」と祈るのです。

富への誘惑、所有することへの欲求は、自分の存在そのものに喜べない何かを持たなければ気が済まない人間の姿そのものです。そして人の欲望を駆り立てようとする資本主義社会を支えています。

消費を高めていくのが経済の役割です。国々の支配と権力は、自分と他人との対立比較競争に打ち勝っていき、自分を優位におくことに支えられています。

ここには、つねに自分のあり方に満足していない、共生するのではなく上下関係支配関係の中に生きていく人間の悪が隠れています。人間が最後は神になる、絶対者になる、いろいろなところでそういう誘惑がおおきいのです。

明治は富国強兵から始まりました。富から始まり支配に生き、破滅に至る道を日本は歩んできました。

それは現代でもさまざまなところで起こりうることです。自分自身の中でもそういう動きがあります。

学校の中にもこういう動きが強く働く場所があります。職員室の価値観はどういうように形成されているのでしょうか。またクラスでもこういう動きがないか、注意深く見極めていく必要があります。

イエスが安息日に癒したこと

マルコ3章1節にはこういう話があります。

イエスは片手の萎えた人を治します。が、それは安息日でした。ファリザイ人は安息日の規定をもってイエスを非難します。

イエスは、彼らのかたくなな心を批判するのですが、その後どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めたと書かれています。

イエスが片手の萎えた人を真ん中に立たせた。それまでだったらそういう人は目立たぬように片隅にいました。ときにはそういう人を排除しようとすることもありましたが、それは悪の力によるものです。

ところが、ファリザイ人は、イエスがルールを破るのかどうかに関心があって、その人には触れることも見ることもしようとしません。ここにどういう力が働いているのか、ひとりひとりの心にもクラスの中にもアジアにも働く悪の力はおそらくみな同じ力です。それを見極めていくのが大切です。

子どもたちと接するときには、世の中にひそむ悪の力だけでなく、神はそれでもだれも見捨てることはないということもメッセージとして出す必要があります。いろいろとすばらしいことも隠れたところで、起こっている、そういうかくれた良さを見つけていく発見していく、その力を見極めることも大切です。生徒だけでなく、先生たちのかくれたすばらしさもしっかりと見極める、そういう力も必要です。

イエスの愛の掟

人間の生き方ははどういう生き方なのかということについて、マルコの12章28節にはこういう話が紹介されています。

律法学者と呼ばれるひとがイエスをためそうとして、わざと「どれが大事な掟か」と質問します。イエスは「心を尽くし精神を尽くしてあなたの神である主を愛しなさい」と「隣人を自分のように愛しなさい」とまったく正しい答えを応えます。その律法学者は「先生おっしゃるとおりです。」とその答えに賛同します。

学校の中でも「愛が一番大切」「ひとりひとりを大切にする」とよく言われます。

イエスはこれを2つの掟として示しました。しかし律法学者は一つにまとめています。イエスの答えよりも律法学者の答えの方がまとをえているようにも思えます。

「神を愛する」ことと「人を愛する」ことは別々の2つのことではないでしょう。神は唯一であるということの「一」はこの存在にすべてをかける「唯一」でありように、私たちにとって 愛することは一つなのです。

「自分を愛するように隣人を愛しなさい」と言われている「自分を愛する」とはどういうことでしょうか? 自分のありのままを受け入れることとよく言われます。

自分の全てを受け入れるのは難しいけれど、ここではそれよりも根本的な自分のあり方を受け入れていくこととして理解したらいいでしょう。

自分の親とか兄弟でも全てを受け入れるのはなかなかできません。親や兄弟は自分では選べないし、自分自身についても好きこのんでこういう自分になっているわけではないでしょう。

友だちは選べても、選べない親や兄弟や自分をどうやって受け入れていくのか、愛することの根本がここにあると言えるのではないかと思います。

自分自身の過去をうけいれることとか、自分自身と和解することとか言われます。

このことはすべての人に大切なことです。とくに教育者には必要なことでしょう。

親や兄弟や隣人を受け入れられないということは、自分自身を受け入れていけるかどうかにと深く関係しています。

キリスト教の瞑想の一つに「内観」というのがあります。教員として生きていくためにとても良い気づきを与えてくれる体験なのでおすすめしたいのですが、このプログラムは、親にしてもらったこと、してあげたことを振り返ることから始まります。

子どもたちが根本的に安心して生きているかどうかは成長の土台となることです。ところが今はこの土台が揺らいでいます。家庭も学校も安心していられる場でなくなりつつあります。ともにいるという感覚が希薄になり、人と人との絆が揺らいでいることのあらわれです。伝統的な地縁血縁というつながりがなくなり、人の関心が今この瞬間にしかなくなって、人との関係を充分につくることができなくなりつつあります。

地縁血縁による絆がなくなって、人間関係が自由で平等になっていきました。ひとりひとりが自分で築いていく時代になったのですが、さて人と人とのつながりをどのように築いていくのか、わからずに途方に暮れているのが現代人なのでしょう。

隣人となること

「自分と同じように隣人を大切にしなさい」の「隣人」とはなにか、それについてはルカ10章28節にあります。有名な「よきサマリア人のたとえ」です。

ここでも律法学者がイエスに質問をしますが、イエスは逆に「あなたはどう思うか」と律法学者に問い返します。律法学者が正しい答えをするとイエスは「それを実行しなさい」といいます。するとその律法学者は「私の隣人とは誰か」とまたイエスに聞きます。そこでイエスが示したたとえ話が「よきサマリア人」の話でした。

この話は宗教家批判から始まっています。司祭、レビ人はこの苦しんでいる人を見て見ぬ振りをして通り過ぎて行きます。しかしユダヤ人からは軽蔑されていたサマリア人が「 その人を見てあわれに思い」て助けます。「哀れに思う」というのはギリシャ語では「腸が動く」という意味です。それこそ「断腸の思い」で傷つき倒れた人のもとにかけよって抱き起こしたのでしょう。英語のコンパッション(compassion)は苦しみを共にするという意味ですが、このときの気持ちににていると思います。

仲良く楽しくやっている友達よりも、苦しんでいるひとをほっておけないでかけよって抱き起こすことで「隣人」となったこういう出会いで始まる関係をたいせつにするということなのでしょう。

学校のなかの関係、クラスでの関係、あるいは職員同士もこういう「隣人」の関係となっているのか

見直してほしいと思います。

それは、人と人との関わりの中で相手のニーズを把握することです。サマリア人は傷ついたひとを手当して宿屋に連れて行った、つまり傷ついたひとのニーズに応えたということです。それをお互いにやり合っているのか。それは自分が受けている素晴らしいものをやりとりすることでもあります。

「愛はコミュニケーションである」とイグナチオも言っています。そういうなかで愛が成立するのでしょう。

奉仕する人に成長することをめざすこと

イエスの行動について、マルコ福音書の中から病気のいやしを取ったら半分がなくなるともいわれているくらいイエスは病の人を癒します。

マルコ1章29節には「ペトロの姑を癒す」話があります。

この時代病気は悪霊から起こると思われていました。癒すというのはその悪霊を追い出すことでした。「いやす」というギリシャ語のことばがセラピーのもとになったそうです。それは治すというよりも奉仕する・看病する・世話するという意味の方がよいのではないかと思われます。貧しくて治療費を払えない人も、医療では治す見込みのないひともひとりひとりを大切にするということを意味します。

マザーテレサは路上で倒れている死にそうなひとを「 死を待つ人の家 」につれていって世話をしました。最後のひとときにでも大切にされたという思いをもってほしかったからです。

子どもたちもいろいろなところで悩みを持っています。学校が、ひとりひとりの悩みや弱さによりそうことによってひとりひとりを大切にしている共同体であるのか、そこが問題です。そして根本的に癒された人は奉仕する人に成長します。悩みをもった子どもたちが奉仕する人に成長することなのです。

先生と呼ばれてはならない

イエスは教師をどういうふうに見ていたのか、マタイ23章に興味ある話しがあります。「律法学者やファリサイ派の人たちは「先生」と呼ばれることを好むが、あなたがたは「先生」と呼ばれてはならない、あなたがたの師は一人だけであって、あとは皆兄弟なのだ。………あなたがたのうちで一番えらいひとは仕えるものになりなさい。だれでも高ぶるものは低くされ、へりくだるものは高められる。」イエスは律法学者やファリザイ人を徹底的に批判しました。

この批判はイエス後の教会にも根強く残りました。そして現代にも通じます。

安息日に癒したイエス

イエスは安息日に、手の萎えたひとを癒しました。(マタイ12章9節)安息日を聖とすべしという律法に反するとしてイエスのこの行為は批判されますが、「安息日に良い行為をすることはゆるされている」として反論します。規則は大切ですが、規則にとらわれてそれよりも大切なことを見失うというのは学校が陥りやすいことです。こういう意味も含めてひとが成長するためには規則が必要なのでしょう。

教師という使徒にもとめられるもの

私たちは、教師という使徒として使命を持ってカトリック学校という現場に派遣されています。

マルコ3章13節にはイエスが12人の使徒を選ぶ場面があります。そこでイエスが使徒たちに求めていることがえがかれています。

1.マルコ8章34節 自分を捨てて自分の十字架を背負って私に従いなさい

神の国の実現のために クラス、職員室、理事会 そういうところで実現していく

2.マタイ23章では「つかえるものになる もてなすものになる しもべになる 権威は仕えるためのもの」というところが強調されています。

3.マルコ10章13節「子どもを祝福する」子どものように神の国を受け入れる

このイエスの3つの教えは教師となるものの心がまえの根本となることでしょう。私たちのいうことがときに子どもたちの成長を妨げることもあります。また、子どもたちの初々しさ、みずみずしい感性など子どもに学ぶものも少なくありません。そういう生き方を私たちができるということはすばらしいことです。

祝福するというのは、よいことをいうことでもあり、ほめることでもあり、いきているすばらしさみずみずしさ、かくれた良さを見つけて褒めてあげる、私たちは そういうなかでめぐみをいただいてきました。その恵みを子どもたちと一緒に祝福したいものです。

各グループからの報告

グループ1

●子どもたちのかくれた良さを見つけていくこと

●自分たちが仕事に忙しくなっていくと同僚たちの関係が難しくなる」

●「わかちあ」話し合いも4回目となってお互いが思いを話すことができるようになってきたが、分かち合いで終わっていいのか、やはり目的をもってもう一歩話し合いを深めていくことが必要だと思う。

グループ2

●人間の苦しみをいうだけでなく一緒に背負っていく

十字架をともにわけあってせおう感じが大事だとおもった。

●仕えるものになりなさい いろいろな仕え方がある、子ども良さを見つけてあげる それでいいんだよというのを大事にする

●コミュニケーション 分かり合うために時間をかけて話し合う 怒りを含めて言い合うこともコミュニケーション むししない キャッチボール

●しあわせ 仕え合わせることが幸せ お互いに仕え合うこと 子どもとも関わり合って仕え合うことをだいじにする

グループ3

●職員室の価値観 どうしても現実成りながされがち いそういうときに意識をとりもどすことができたらいい。しきをとろもどす

●教師の使命として一番大事なものは共 大事西田意地に歩むということではないか。されている

カトリック学校でなくてもいいのではないか

●福音書の「8つの幸せ」について教えられたことに感謝

グループ4

●教員としての姿勢の見直しにつなげていきたい

●私にとっては難しすぎて、咀嚼しきれなかった

●教師は奉仕をするもの 自分を捨てて成長に生きるというところがわからなかった。滅私するところに愛を伝えることができるのだろうか? 自分を捨てて奉仕に生きることが愛を伝えることにできるのだろうか。おおきなギャップがあってそれを越えられないのではないか

●自分自身はどう生きていったらいいのか、正直な気持ち、わからなくなった。けれどそれでも教育に情熱を持っているのは救いかもしれない。

グループ5

●子どもたちのわるいところではなく、よいところを見つけるということ。同じ地平で

●校則のきびしい学校で、律法と校則の違いについて考えさせられました。

●受け入れると指導することについてもかんがえました。

●親だと自分の子を守るために他の子を責めるということがある。学校ではみんなが同じ地平で子どもを見られるのか、そこを突きつけられました。

●教師は自分そのもので勝負です。教師も生徒もみな自分の十字架を背負っています。 大きな宿題

グループ6

●「十字架を背負う」ということを聞いて心が重たくなりました。生徒の指導で、大変だった生徒が欠席だと安心する自分に気づいてショックでした。

●大変な十字架を背負っている生徒ばかりに目を取られて、問題のなかった生徒が相手にしてくれなくて淋しかったと言われました。全員に目を向ける、生徒ひとりひとりを大切にするというのは難しいです。

●価値観つまりここを大切にするということを生徒と一緒に追求していく心が大事です。

●生徒のかくれた良さを見つけるということをもっとやっていきたい。

梶山神父

●「自分を捨てる」ということは自分の中の所有を捨てていくということではないかと思います。

●「神の国」について信者のほうがよくわかっているのかどうか、考えさせられることが多いです。そうでない人のほうがそれぞれ神のすばらしさをもっとよくわかっている例もたくさんあります。

●生徒を指導しやすいから校則はできているという話を聞いたこともありますが、管理しやすい指導しやすいための校則が子どもの成長になっているかどうかはおおいに疑問です。

●職員室のありかた、カトリック教育の目ざしているものがなんなのかを見極めていく必要がある

●生徒に伝えたいことは、自分が受け手としてしっくり来るものが伝わるのでしょう。いくらいい話しでも自分がしっくりきていないと生徒には伝わらないでしょう。

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