9.マザーテレサの祈り『あなたの中の最良のものを』

 マザーテレサのコルカト(カルカッタ)にある「孤児の家」の壁に書いてあった言葉を紹介しましょう。
 いかにもマザーテレサ好みの「究極の福音」であるような気のするメッセージです。
 中学2年生の「倫理」の授業で紹介したら、キョトンとしていた生徒が多かったのですね。この詩のすごさがわかるにはまだ若すぎたのかもしれません。

『あなたの中の最良のものを』

人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい

あなたが善を行なうと、
利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく、善を行ないなさい

目的を達しようとするとき
邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなく、やり遂げなさい

善い行ないをしても、
おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい

あなたの中の最良のものを、世に与えなさい
けり返されるかもしれません
でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい

最後に振り返ると、あなたにもわかるはず
結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです
あなたと他の人の間であったことは一度もなかったのです

マザー・テレサ

「Give the world the best you have」

People are often unreasonable, illogical, and self-centered;
Forgive them anyway.

If you are kind, People may Accuse you of Selfish, Ulterior motives;
Be kind anyway.

If you are successful,
you will win some false friends and some true enemies;
Succeed anyway.

If you are honest and frank, people may cheat you;
Be Honest and Frank anyway.
What you spend years building, someone could destroy overnight;
Build anyway.

If you find serenity and happiness, they may be jealous;
Be happy anyway.
The good you do today, people will often forget tomorrow;
Do good anyway.

Give the world the best you have,
and it may never be enough;
Give the world the best you’ve got anyway.

You see, in the final analysis,
it is between you and God;
It was never between you and them anyway.

Mother Theresa

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10.「逆説の10か条」ケント・M・キース

 しかし、この文はマザーテレサのオリジナルの言葉ではありません。実は元ネタがあったのです。
 オリジナルの作者はアメリカのケント・キースというひと。1960年代に彼が大学生のとき高校生の前で話したことがオリジナルでありました。別な人から「あなたの言葉がマザーテレサの修道院に書かれていた」というのを知って本人はびっくり仰天したということです。

逆説の十か条

1. 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
  それでもなお、人を愛しなさい。
2. なにか良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。
3. 成功すれば、うその友達と本物の敵を得ることになる。
  それでもなお、成功しなさい。
4. 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。
5. 正直で率直なあり方は、あなたを無防備ににするだろう。
  それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。
6. 最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。
  それでもなお、大きな考えを持ちなさい。
7. 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後ろにしかついていかない。
  それでもなお、弱者のために戦いなさい。
8. 何年もかけて築いたものが、一夜にして崩れさるかもしれない。   
  それでもなお、築きあげなさい。
9. 人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると 攻撃されるかもしれない。
  それでもなお、人を助けなさい。
10. 世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
  それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。

The Paradoxical Commandments
Finding Personal Meaning In a Crazy World
by Dr. Kent M. Keith

People are illogical, unreasonable, and self-centered.
Love them anyway.

If you do good, people will accuse you of selfish ulterior motives.
Do good anyway.

If you are successful, you will win false friends and true enemies.
Succeed anyway.

The good you do today will be forgotten tomorrow.
Do good anyway.

Honesty and frankness make you vulnerable.
Be honest and frank anyway.

The biggest men and women with the biggest ideas can be shot down by the smallest men and women with the smallest minds.
Think big anyway.

People favor underdogs but follow only top dogs.
Fight for a few underdogs anyway.

What you spend years building may be destroyed overnight.
Build anyway.

People really need help but may attack you if you do help them.
Help people anyway.

Give the world the best you have and you’ll get kicked in the teeth.
Give the world the best you have anyway.

 英語もまたいいと思います。
 この言葉の作者はケント・M・キースという1949年生まれのアメリカ人です。ネットでこの人物と「逆説の10か条」を検索していたら、1冊の本に出会いました。
「それでもなお人を愛しなさい −人生の意味を見つけるための逆説の10か条」(ケント・M・キース著 大内博訳 早川書房刊)
 その帯にはこう紹介されています。
「変革を夢見た若者が60年代に記したメッセージは、口づてに広まり、世界中で愛される格言となった」

 この祈りは、福音の真髄が表現されていると思います。そしてそれはカトリック学校の「宗教教育」の目指すところ、福音的価値観を煮詰めていくとこういうふうになるのではないかと思うのです。

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8.フランシスコの「太陽の賛歌」

 正真正銘のフランシスコ本人の祈りである「太陽の賛歌」を知っていますか? この祈りもすばらしい祈りです。

太陽の賛歌

神よ、造られたすべてのものによって、私はあなたを賛美します。
私たちの兄弟、太陽によってあなたを賛美します。太陽は光をもって私たちを照らし、その輝きはあなたの姿を現します。
私たちの姉妹、月と星によってあなたを賛美します。月と星はあなたのけだかさを受けています。

私たちの兄弟、風によってあなたを賛美します。風はいのちのあるものを支えます。
私たちの姉妹、水によってあなたを賛美します。水は私たちを清め、力づけます。
私たちの兄弟、火によってあなたを賛美します。火はわたしたちを暖め、よろこばせます。

私たちの姉妹、母なる大地によってあなたを賛美します。大地は草や木を育て、みのらせます。
神よ、あなたの愛のためにゆるしあい、病と苦しみを耐え忍ぶものによって、私はあなたを賛美します。終わりまで安らかに耐え抜くものは、あなたから永遠の冠を受けます。

私たちの姉妹、体の死によってあなたを賛美します。この世に生を受けたものは、この姉妹から逃れることはできません。大罪のうちに死ぬひとは不幸なものです。
神よ、あなたの尊いみ旨を果たして死ぬ人は幸いなものです。第二の死は、かれを損なうことはありません。

神よ、造られたすべてのものによって、私は深くへりくだってあなたを賛美し、感謝します。

 この詩は、フランシスコが、眼病が悪化してほとんど目が見えなくなった時に造られ、1226年死の床についたときに「姉妹なる死」という部分を加筆したと伝えられています。
 「聖書以来もっとも美しい詩」とたたえられ、「賛歌(ラウダ)」とも呼ばれています。「ブラザー・サン。シスター・ムーン」という映画のタイトルはこの詩から取られています。
 フランシスコにとって「体の死」は「私の姉妹」であり、太陽や月と同じように、それによって神をたたえるものでもあったのですね。

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7.アシジのフランシスコの平和の祈りについて

 私の勤めていた学校では、朝の祈りの時に「主の祈り」をとなえているのですが、火曜日だけは「フランシスコの平和の祈り」を唱えます。みなさんの学校の中でもこの祈りをとなえている学校は多いと思います。それを唱えればすべてをいのっているような「究極の祈り」の一つだと思っています。
 ところがこの訳は定まっていません。いろいろな訳があるのですね。それをちょっと比べてみましょう。

神よ、わたしを、
あなたの平和のために用いてください。
憎しみのあるところに、愛を
争いのあるところに、和解を、
分裂のあるところに、一致を、
疑いのあるところに、真実を、
絶望のあるところに、希望を、
悲しみのあるところに、よろこびを、
暗闇のあるところに、光をもたらすことができるように、
助け、導いてください。
神よ、わたしに、
慰められることよりも、慰めることを、
理解されることよりも、理解することを、
愛されることよりも、愛することを望ませてください。
わたしたちは、
与えることによって、与えられ、
すすんでゆるすことによって、ゆるされ、
人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。

こんな訳もあります。

わたしをあなたの平和の道具としてお使いください
憎しみのあるところに愛を
いさかいのあるところにゆるしを
分裂のあるところに一致を
疑惑のあるところに信仰を
誤っているところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇に光を
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように 
わたしたちは与えるから受け 
ゆるすからゆるされ 
自分を捨てて死に 
永遠のいのちをいただくのですから

 この二つの訳を比較して何か気がつきませんか。一番大きな違いは最後の部分だと思います。
 一つは「人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。」となっています。
そしてもう一つは「自分を捨てて死に 永遠のいのちをいただくのですから」なんですね。
 英語ではこうなっています。

LORD,
make me an instrument of Your peace.
Where there is hatred, let me sow love;
where there is injury, pardon;
where there is doubt, faith;
where there is despair, hope;
where there is darkness, light;
and where there is sadness, joy.
O DIVINE MASTER,
grant that I may not so much seek to be consoled as to console;
to be understood as to understand;
to be loved as to love;
for it is in giving that we receive;
it is in pardoning that we are pardoned;
and it is in dying that we are born to eternal life.

 この英文では「死ぬことによって永遠に生きる」という訳になります。つまり、日本語の二つの祈りはこの部分を訳者の考えによって意訳しているのですね。私のいた学校では。前の祈りを唱えていたのですが、若いシスターがこの訳はおかしいといって、この部分を削除してしまいました。その時は「そういうもんかな」くらいの意識しかなかったのですが、今となって考えるとこの部分は「死ぬことによって永遠に生きる」という訳の方が正しいと思います。
 「平和の祈り」を唱えていて、おそらくもっとも引っかかるところはこの最後のところだと思います。これってどういう意味なのかなといつも考えながら祈るのですね。それを一つの解釈へと導いてしまうのはどうかなと思うからです。
 この祈りはフランシスコ自身の作った祈りではないとされています。しかしフランシスコの精神と生き方を実によく表現しているということで20世紀になってひろまったもののようです。あるところには次のように記載されていました。

 この詩は、1913年に、フランスのノルマンディー地方で、「信心会」の年報『平和の聖母』(1913年1月、第95号)に掲載された。さらに、 1916年1月、バチカン発行の『オッセルヴァトレ・ロマーノ』紙で公認された。そして、第一次世界大戦の中、人々に広まっていった。
 第二次世界大戦が終わった1945年10月、サンフランシスコで開かれた国連のある会議の場で、アメリカ上院議員トム・コナリーがこの「平和の祈り」を読み上げたという。それ以降、この詩が広く知れ渡るようになったらしい。

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6.エロスとアガペ

 高校の公民科「倫理」の授業で、ギリシャ的な愛(エロス)とキリスト教的愛(アガペ)を比較して説明します。ちょっと理屈っぽいのですが、ここで紹介しましょう。
 これはスウェーデンのプロテスタントの神学者ニーグレンという人の考えです。

 これを読むとまさに「Joy pf Giving(与える喜び)」がキリスト教的な愛(アガペ) の生き方の根幹であることが分かるでしょう。

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4.シルバスタイン「大きな木」

 シルバスタインの「大きな木」という絵本をご存知でしょう。最近村上春樹訳の本が出て話題を呼んでいます。この本の原題は「Giving Tree(与える木)」というものです。
 この絵本を「音響映像」というプロダクションがスライドにしたものがあります。もうこの会社はないのでこのスライドは手に入らないのが残念です。スライドだと劣化変色してしまうので、私はそれをDVDに作り直しました。ここでそれを見てみましょう。
 このスライドのタイトルは「それで木はうれしかった」というタイトルです。
 私たちはこのスライドを中学1年生のオリエンテーション合宿で180人全員に見せることにしています。
 見せたあとに中1の生徒たちにインタビューふうに質問をします。
「このスライドを見て何を感じた」からはじめます。
「この『木』のような人は身近にいるかな」
 この質問は、この学年の中に半数いる清泉小学校の卒業生には最初はあてないことにしています。すぐに「神様」という答えが出てきてしまうからです。この答えが最後に出てくるように工夫する必要があります。最初に出てくる答えは「おとうさん」「おかあさん」「両親」という答えが出てきてほしいからです。もし「神さま」というこたえがでてきたとしても、私はそれを一つだけの正解とはしない。正解の中の一つであるというように答えることにしています。
 ここで問題になるのは、シルバスタインの原作は、この木は女性形で表現されているのですが、このスライドでは「おじさん」であるということです。村上春樹訳でも原作を尊重して女性の口調です。このことを問題にするときは、日本語の訳も一緒に紹介して比較しながら、女性形と男性形とどちらがいいか?生徒にも聴いてみます。スライドのインパクトが強いせいか、けっこう多くの生徒が「おじさんのほうがいい」と答えます。わたしもこの「おじさん」のほうがいいと思うのですがどうでしょうか。
「この木は本当にうれしかったのか、幸福だったのか」という質問もいい質問です。とちゅう、1回だけ幹を切られてしまったときに「けどそれはほんとうかな?」と揺らいでいるところがあるからです。村上春樹訳は「それで木はしあわせに………なんてなれませんよね」と訳しています。ここのところ原文では「And the tree was happy……but not really.」となっています。
 最後に聴く質問です。この問いかけは、このスライドだからできる問いかけです。絵本ではできません。

「この本のタイトルは、シルバスタインの原作は『Giving Tree(与える木)』です。日本語の訳は『大きな木』、それに対してこのスライドは『それで木はうれしかった』なのですね。この3つのうちでどれがこの本のタイトルとして一番いいと思いますか?」

 もとよりこの問いかけには正解がありません。著者がつけたタイトルがもっともいいだろうというのもわかります。でもあえてどれがいいかを聴くと『それで木はうれしかった』がけっこう多いのです。私もこのタイトルがもっともいいと思っています。
 そこで次の問いかけです。

「このスライドのタイトルだけれど、『それで木はうれしかった』となっているけれど、『それでも木はうれしかった』というのにしたらどうだろうか?」

 この問いには、生徒は圧倒的に『それで木はうれしかった』のほうがいいと答えるのですね。その理由は「それでも木は」とするとなにかムリをしているように読めてしまう。もっと自然なほうがいい」と答えます。
 この話は次のように締めくくります。

「人の生き方の幸せには二通りあると思います。その一つは何かをゲットする幸せです。英語では Getting Way of Life といいます。富とか名誉とか権力とかを手に入れることによって、幸せになるという生き方です。幸せをこのように理解する人が多いですね。
 でもこの学校ではもう一つの幸せを求めていきたいと思っています。それは与える幸せ、わかちあう幸せです。この木のような幸せなのです。Giving Way of Life といいます。その幸せをこの学校の中でぜひ見つけてください。それはおそらく実際に体験してみないと分からない幸せだと思うのです」

 横浜の「有隣堂」という本屋が発行している「有隣」というブックレットの2010年7月号に『読み聞かせで育む想像力』というタイトルの森内直美さん(絵本紙芝居研究家)というかたの文章にこんなことが載っていました。

「高校、大学とカトリックのミッションスクールに通っていた私は、神父様やシスター方の教えに共鳴。Joy of Giving(与える喜び)を人生の指針にするようになりました。」

 この指針に従って彼女は絵本を子どもたちに読み聞かせるという仕事をするようになったということが書かれていました。
 そうそうこれなんです。ミッションスクールで学ぶことのできるもっとも素晴らしいものは。この記事を読んでおもわず拍手したくなりました。

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5.赤黒ゲーム

 次にもう一つ作業を行います。このエクササイズもとてもスグレモノです。シンプルなルールだけれど、実にこの作業から気づくことの奥深さがあるからです。養成塾ではこれも実際に行いました。
 これは高3で行います。このゲームの奥深さはやはり高3がもっともよく分かるのですね。もっと若い学年でできないこともないのですが、面白がっても気付きは浅いのです。
 まず最初に参加者スタッフも加えて、4つのチームをつくり、それぞれA,B,C,Dチームと名付けます。AチームとBチーム、CチームとDチームがそれぞれ対戦します。つまり2ゲームがついたてをはさんで同時に進行していきます。
 それぞれがいすをもって、部屋の4つのコーナーに丸く座ります。それぞれのチームに赤と黒のカードを1組ずつ配ります。
 さてこれからすることのルールを説明します。
 これから3分間くらい、赤と黒のどちらのカードを出すかをチームで話し合います。3分間話し合って出した結論に従って、代表者がまん中によって、一斉にそのカードを出しあいます。
 それぞれが出したカードの組み合わせによってスコアが決まります。黒と黒を出したときには、両チームに+3点が与えられます。赤と赤を出した時には両チームの得点は−3点です。赤と黒を出した時には、赤を出したチームに+5点、黒を出したチームに−5点が与えられます。そしてこれを9回繰り返します。
 このゲームの目的は最終フレームが終わったときのそれぞれのチームの累積点ができるだけ大きくなるようにすることです。少なくても+にしてほしい。そのためにはどうしたらいいのか、皆で話し合ってみてください。9フレームまであるからボーリングみたいですね。
 では、最初のフレームに入ります。いまから3分間、どちらのカードを出したらいいかを話し合ってみてください。


 
 さて、3分たちました。赤と黒のどちらを出すか決まりましたか? 決まってない場合にはあと1分さし上げますから決めてください。決まっていたならば、代表の方は赤と黒のカードをおってまん中に来てください。出すカードが何であるかは相手に悟られないようにしてくださいね。
 ではいいですか。一緒に出してください。「せーの、はい!」
 それぞれの出したカードと得点を得点表に記入していきます。

 はい、ゲームの終了です。イスをもって、4チームが一緒になって、得点表が書かれたボードを囲みます。
 先ず両チームのスコア表を見てみましょう。
 今までこのゲームを100回くらい行いましたが、そのほとんどはここにあるような展開になります。つまり累積点はマイナスになってしまいます。両方と赤の連続でスコアがマイナス27になってしまうケースもけっこうあります。こういう人たちはなぜこんなゲームをするんだ、こうなることはわかりきっているのにと反発します。
 そして次のような質問をします。質問は3つあります。別の模造紙にでも、応えたことの要約を記録していきます。
「先ず第一に、初めになぜそのカードを出したのか、話し合ったことの内容を報告してください。4チームみなに聴きます」
「出すカードが変わったところを聴いていきましょう。なぜここでカードを変えたのですか?」
「それに対して相手のチームは、それをどう受けとめたのでしょうか?」
「一貫して赤を出し続けたチームは、何を感じていましたか? 赤を出し続けることに批判はありませんでしたか?」
「一貫して黒を出すことを主張した人はいませんでしたか?」
「最後に終わって何を考えましたか?」
 これらの問いかけをしてきます。

そのあとに次の問いかけをします。
 それでは、赤のカード、黒のカードの性質について考えていましょう。赤のカードは……という性質を持ちますが、黒のカードは………という性質を持ちますというように答えてください。
「赤のカードは負けないカードで、黒のカードは勝てないカードです」
「赤のカードは勝ち負けのカードで、黒のカードは共に栄えるカードです」
「赤のカードは競争のカードで、黒のカードは協調のカードです」
「赤のカードは片方だけが勝つカードですが、黒のカードはウィンーウィンのカードです」
「赤のカードは独り占めをするカードで、黒のカードは分け合うカードです」
「赤のカードは相手から奪うカードですが、黒のカードは相手に与えるカードです」
「赤のカードは裏切りのカードで、黒のカードは信頼のカードです」
 いろいろな考えが出されますが、アイディアを出しあうほどに自分たちが出したカードの意味に気づいていきます。

 

 そして第3の問いかけです。ちょっと難しい問いかけかもしれません。このゲームと同じような状況というのが現実の生活や社会の中にどこかにありませんか? 何かピンと来るようなことを思いついたら答えてみてください。
 これは「囚人のディレンマ」といわれるディレンマ(いたばさみ)状態によく似ています。つまり二人の共犯者がつかまって取り調べを受けている状態を考えてみましょう。共犯者が二人共に黙秘すればふたりとも無罪になるかもしれません。どちらか一方が自白したばあい、自白した方は罪が軽くなり、自白しなかった方は罪が重くなります。こういう状況が「囚人のディレンマ」です。
 考えてみたらこういう状況は身の回りにけっこうあるのです。
 高校生がだす典型的なケースは、友人関係です。お互いにケンカしてしまった、非は相手にあると非難している状態は赤と赤のカードを出しあっています。この場合、先に謝った方が黒のカードを出したことになります。ケンカでは負けかもしれません。でもお互いが謝り、ゆるしあうときに黒と黒のカードを出しあう状態になります。
 対話しているときにホンネで分かち合うという黒のカードを出し合えるようになるためには、先ず誰かがホンネを出すという黒のカードを出すことが必要です。その人はそれによって辱めを受けたり傷つくかもしれません。それを非難したり批判したりするのは赤のカードを出すことになります。
 国際関係の中でもよく政治的駆け引きのなかでこういうことが多く見られます。その典型は軍備拡張競争のケースでしょう。お互いに軍備を拡張し会うというのは赤のカードを出し続けていることです。少しでも軍縮の方向に進めることが黒のカードなのです。黒と黒のカードを出しあえば世界から戦争がなくなります。

 3つの問いかけを終わってから、このゲームをして気づいたことを小グループで話し合ったり、カードに書いてもらって次の時間にそれを紹介するというようなことをします。だいたいこんな感想が多く出されます。

 でも、必ず反発も生まれます。とくに「赤をずっと出し続けてきたチーム」からは反発が大きいです。こんな反発です。

 反発はこの種のエクササイズではとても大事です。これにムリに反論したり説得する必要はありません。むしろその反発こそ、このゲームのあり方をめぐる考察を深めることになるからです。
 もういちど「囚人のディレンマ」について説明をします。

 そしてこのエクササイズをとおして、私の方から理解してほしいことを説明します。それは「黒のカードを出す生き方=Giving Way pf Lifeの提案」というものです。

 でも、この生き方は難しいとか「そんなのキレイゴトだ」という批判に答えることも忘れてはいけません。最後にこうつけ加えることにしています。

黒のカードを出す生き方は確かに難しいです。これをするとていたく損をしたり傷つくこともあるでしょう。場合によっては赤のカードを出し続けられてマイナスに大きく沈んでしまうこともあります。だから自分から進んで黒のカードを出すことはとても大変だとおもうでしょう。でもこれならばできるのではないかと思うことがあります、相手が黒のカードを出してきたら、すぐに黒のカードで応ずること、これなら傷つくことは少ないし、自ら黒のカードを出すよりもある意味では黒と黒のカードを出し合えるようにするためには、むしろこちらの役割の方が大事かもしれないのです。問題は、相手が黒のカードを出してきたということを見極めることだと思います。

 囚人のディレンマの説明で「しっぺ返し」戦術が有効であると書かれていることとも符合するのです。
 この最後に強調したことは、最初のころは気がつきませんでした。何回も繰り返して行きながら生徒と考える中で気づいて進化したことだったのです。今考えてみたら、この進化はとても大切な発見だったと思っています。

 

 このエクササイズは、前のペア捜しゲームと共に優れて教育的なゲームだと思います。シンプルなゲームから多くの気付きを時に回心をも呼び起こすことができるからです。

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3.ペア捜しエクササイズ

 「宗教」「倫理」の授業ではよく作業をします。これはちょっとしたその作業のうちの一つです。
 まず、この作業を皆の前で演じてくれる人12名を募集し、前に出てきてもらいます。そして、その人の背中に「人の名前」を書いたカードを貼ります。
 「そのカードには、たとえば「ロミオとジュリエット」みたいなペアが必ずいます。いまから、そのペアを捜してもらいます。ただし、声を出して話しをしてはいけません。話しをせずにペアを見つけてください。自分の背中の名前はみられないわけですね。
 そしてその他の皆さんは、前に出ている人たちがどういう動きをするのか観察してください。あとで気がついたことを発表してもらいます。」
 「さて、このエクササイズを見て(して)何を感じ、何を考えましたか? 最初にまわりでみていた人に聴きましょう。つぎに、前で演じていた人にも聴きます。」
 「このエクササイズの目的はなんでしょうか? これは参加している人に何を気づいてもらいたいがゆえのエクササイズだか分かりますか?」
 「こういう状況は学校現場のどういう場面で現れますか?」
 こういうふうに、作業を見直しながら、それをして気づいたことを報告し合います。作業(エクササイズ)をとり入れた授業では、かならず見直しをして、その作業をして気づいたことを分かち合います。その作業の狙いや解説は最後にするようにしています。
 この作業を見なおしていると、見ていた人が最初に気づきます。それは自分のペアのことばかり考えていると、なかなかできないということなのです。自分のことは分からないけれど、人のことは分かるということに気づくわけです。それに気づくと自分のほうは後まわしにして、人と人を結びつける働きをしようとします。声をかけることはできないから、人の手を引っ張っていって、相手の人と手をつながせます。多くの場合そのように動く人が現れるのですね。
 ところがまじめな人は、それはルール違反ではないかと思ってそういう行動にはなかなか出ようとしないのですね。声を出して話すことは禁じたけれど、パントマイムで何かを知らせることは禁じられていません。
 それは、ある発想の転換なのです。自分のことよりも相手のことを先に考えること、自分は最後になってもいいから、人と人とを結びつける世話をすること、その気付きがこの作業を早く終わらせることができるのです。

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2.アイスブレーキング

ではまず最初にアイス・ブレーキングとして一つ作業をしてもらいましょう。作業内容は昨年も行ったのでそちらを参照してください。「世界で一番間違えやすい計算」といわれています。
これをして何を考えましたか? 「これはおもしろいぜひうちの生徒にやってみよう」と思われたならば、今回の私の「講義」に楽しく参加できるでしょう。

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1.自己紹介

まず自己紹介をします。
私は3年前まで清泉女学院中学高等学校で「宗教」や「倫理」を教えていました。いまは母の介護、清泉女子大学で「宗教科教育法」を教えたり、おもしろ科学たんけん工房で科学のおもしろさを子どもたちと学ぶという活動を横浜で行っていたり、SIGNIS Japan(カトリックメディア協議会)というところで「インターネットで福音宣教」を考えていたりしています。
それから養成塾のホームページを担当しています。
私のブログ Good News Collection は1400ページのボリュームと毎日700のアクセス数を誇っています。

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第14回 宗教科・宗教行事

福音的価値観の教育

宗教倫理教育担当者ネットワーク

土屋 至

 

1.自己紹介

2.アイス・ブレーキング 初めにするエクササイズ1

3. ペア捜しエクササイズ

4.シルバスタイン「大きな木」を読む

5. 赤黒ゲーム

6.エロスとアガペ

7.アシジのフランシスコの「平和の祈り」

8.フランシスコの「太陽の賛歌」

9.マザーテレサの祈り

10。逆説の10か条 ケント・キース

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