サレジオ学院中学校・高等学校

(1) 修道会の経営 男子校・・・サレジオ学院中学校・高等学校 中井俊夫先生

サレジオ学院に勤めて13年になります。本来は校長がお話をするのがふさわしいと思うのですが、今日、10月17日は本校にとって特別な日であり、 代わりに私が参りました。いつもは養成塾の塾生として参加しておりますが、今日は講師ということで緊張しています。上手にお話できるかわかりませんが、よ ろしくお願いします。

(a)教育修道会サレジオ会

サレジオという名前は母体となる修道会サレジオ会に由来します。サレジオ会はイタリアに本部を置く教育修道会で今年ちょうど創立150周年となりま す。サレジオ会は男子の修道会ですが、関わりのある女子修道会としてサレジアンシスターズ、宮崎カリタス修道女会がございます。

日本では、横浜にありますサレジオ学院、それから町田市のサレジオ工業高等専門学校、それから小平にありますサレジオ小学校・中学校、大阪の大阪星 光学院、また宮崎の日向学院を直接経営しています。また、赤羽の星美学園小・中・高と短大、世田谷の目黒星美学園小学校、中学校・高校、そして静岡サレジ オ小・中・高、大阪の城星小・中・高、宮崎カリタス都城ドミニコ学園高等学校などはサレジアンシスターズの経営となります。

サレジオ会は、イタリアのトリノ、ここでヨハネ・ボスコという一人の神父様がオラトリオという小さな集まりを始めたことからスタートしています。産 業革命によってひずみの生じた社会の中、劣悪な労働条件の中で教育を受けられない若者たちに、なんとか教育を受ける場を与えたいということで始まったのが オラトリオであり、サレジオ会の原点です。日本では1926年にチマッチ神父を団長とする宣教師団が来日し活動を始めました。

先ほど挙げましたサレジオ会の学校では、どこでもこのヨハネ・ボスコ、私どもはいつも「ドン・ボスコ」と言っていますが、このドン・ボスコの精神が常に教育のベースになっています。

(b) 教育理念

サレジオ会の教育理念の基本には5つの項目があります。

①   アシステンツァ

②   予防教育法

③   柔和の精神

④   愛情・道理・宗教を土台にした教育

⑤   善いキリスト者、誠実な社会人を育てる

です。特に本校の教育において強調されますのは予防教育法とアシステンツァです。

まず「予防教育法」についてお話いたします。子供たちを教育していく上で、「規則を決めてそれを破ったときに罰を与える」というような教育法があり ます。これは医療の現場で言えば「病気になってしまった後に薬やその他の処置によって身体を治療すること」に相当します。(これをドンボスコは「禁圧的教 育法」と呼びました。)これに対してドン・ボスコは「予防教育法」というものを唱えました。これは教育学の言葉ではなくて、ドン・ボスコによる造語なので すが、「病気になってから対応するのではなく、病気に強い身体を作ろう」という発想です。例えば子供たちに迷いがあったり、悪い道への誘いがあったとき に、それに耐えられる精神を作っていこうということだと理解しています。

この「予防教育法」という概念をベースに、子供たちの歩みをサポートする実践法が「アシステンツァ」です。「アシステンツァ」という言葉はイタリア 語ですが、我々教員が子供たちの先頭に立って、あるいは高いところにいて上から引っ張り上げるのではなくて、常に子供たちと同じ目線でいろいろなことをし ていきましょうということなんですね。

先日こんな話を聞く機会がありました。あるお母様がサレジアンシスターズの経営する小学校の運動会に応援にいらっしゃいました。もちろんお子さんの 元気な様子に満足をされたそうなのですが、それとともに教員が常に子供たちのそばにいてかかわりを持っていることにいたく感動されたそうです。運動会で は、子どもたちはそれぞれに役割を与えられ、一生懸命に働きます。学校によっては教員は指示するのみで全く動かないようなところもあると聞きますが、押し なべてドンボスコの学校では子供たちのそばに常に教員がおり、子供たちをサポートしているのです。私自身サレジオ会の学校で中高を過ごし、どっぷりとその 恩恵にあずかってきた身ではありますが、このような話を耳にするにつけサレジオの、常に共にいてアシストするという方針には間違いがないなということを感 じました。

(c)生徒、保護者との関わり

本校のパンフレットには「存在の教育」という言葉があります。子供たちに「自分はここにいていいんだ」ということを何とか感じてもらうことができる ように、常に心掛けているということをアピールした言葉ですが、勉学とは別のところで私たち教員が心にもっていなくてはいけないことだと考えます。進学の 面でさまざまに要求することもありますが、まずは生徒一人一人に対して「いていいんだよ、それでいいんだよ」というメッセージを発信し、子供一人一人を愛 する気持ちでかかわっていこうとしています。

生徒とのかかわりという側面でもうひとつお話をさせてください。ドン・ボスコの言葉で、は「子供たちを愛するだけではだめです。愛されていることを 子供たちが実感をしないと愛していることに意味がない」という言葉があります。これは私が、教師として生徒とかかわるときに常に意識をするものです。

新学期、新しいクラスの担任になりましたら、まず私がやりますことは、毎日昼休みに教室に行って一緒に昼食をとることです。生徒は、特に高1ぐらい になると必ずいやがります。私が教室にいなければ好き放題できるわけですから、昼休みに教室に担任がいることは決してよろこばしい状況ではないです。「高 校1年生にもなって、先生何でここに来るの?」って声をかけてくる生徒もいます。私は「職員室に居場所がないからね」なんて答えて受け流すのですが、その うちに5月も半ばを過ぎますと、私が教室にいることが普通になって、いろいろなことで声をかけてくれるようになってくるんですね。担任としても、遊んでい る様子や友達関係など授業では見えない部分が見えてくるので、非常にプラスだなあと思っています。生徒に対してはそういう部分の意識を強くもってあたって いますし、建学の精神からみれば、できれば他の先生にもやってほしいと思っていて、若い先生方にはそのようにしてみてはとアドバイスしています。

4月になりますと必ずやることがもう1つあります。自分の授業の空いている時間を示す時間割をつくって、自分の携帯電話の番号、自宅の電話番号、 メールアドレスなどを書いたプリントを作り、保護者会で配っています。配るときには「些細なことでもいいですので気にかかることがありましたらいつでもご 相談ください」と必ず一言添えています。これをやりますと保護者にはこちらのオープンな姿勢が伝わって、関係が一気に近くなります。実際に電話がかかって きて相談を受けることはそんなに多くありませんし、いざかかってきても比較的初期の段階でいろんな問題に対応できますので、自分としては割と良い方法だな と思っています。子供たちだけでなく、保護者に対しても「受け入れられている」と感じてもらうことが信頼関係を作り、それが学級運営にもよい影響を与えて いると思います。

(d)「25歳のプロファイル」

ここ10年くらいですけれども、河合神父様がいらっしゃるときから、大学進学でとどまるのではなくて、「自分が25歳になったときにどういう人間に なるべきかということを考えて中高の生活を送りなさい、大学の選択をしなさい」という指導を行っています。「こうありなさい」ではなくて、子供たちに「将 来を考えなさい」、「25歳の自己イメージをもちなさい」ということを働きかけます。先日ちょうど25歳になった卒業生に会いまして、「先生、僕25歳に なりました。10年前に言われて、25歳って大人だろうなと思っていたけれど、実際には25歳って意外と子供なんだなあ、大したことないなあと思いまし た」と話してくれました。この生徒にも「25歳のイメージ」があり、それを目標にこれまで進んできたのでしょう。どの程度言葉が届いているかは彼らの在学 当時にはわからなかったのですが、この「25歳の像」というのがきちんと子供たちへの働きかけになっていたんだということを実感した機会でした。

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