晃華学園中学校・高等学校

(2)修道会の経営 女子校・・・晃華学園中学校・高等学校 広野佑子校長先生

建学の精神ということであれば、カトリック学校で共通の部分も多いと思いますが、それぞれの学校で、創立の時代、場所、対象を反映した創立者の思い から生まれた多様性を理解することも大切・・・ということがありますので、私たちの学校はどのようにして生まれてきて、どういう特徴があるのかということ をお話したらよいのかなということでレジュメを用意してまいりました。

まず、学園の沿革と教育方針に触れたあとで、母体となった修道会がどういう時代背景で生まれてきて、とういう特徴をもった修道会なのかということについてお話しさせていただこうと思います。

学園の設立母体となっていますのは、「汚れなきマリア修道会」という修道会です。1816年5月25日にフランスで、ギョーム・ヨゼフ・シャミナー ド神父とアデル・ド・バッツ・ド・トランケレオンという貴族の女性によって創立されました。翌年に男子の「マリア会」が創立されまして、この男子のマリア 会の方は明治20年ころに日本へやってきて、九段の暁星学園、大阪の明星学園、長崎の海星学園などの学校を経営しています。このマリア会の招きによって私 たちの会が1949年の9月に日本へやって来て、土地の人たちの求めに応じて子供たちのお世話をする、近所の子供たち、農家の子供たちなどをお世話すると いう形で幼稚園ができまして、九段の暁星学園の付属幼稚園として「マリアの園幼稚園」ができ、1957年には暁星学苑付属晃華小学校、翌年に東村山に暁星 学園付属暁星幼稚園が開園しています。その後1961年に暁星学園から学校法人晃華学園が独立いたしまして、中高の方は1963年の4月に開校し、現在に いたっております。

晃華学園の「晃華」という名前ですが、「晃」は「光」、「華」は「花」なんですね。「天に光輝く花」ということで、実は聖母マリアをさしておりま す。校章は大小二つの星で織り成されていまして、中央の星はイエズス・キリスト外側の大きな星が聖母マリアを表しています。これは「マリアによってイエズ スへ」という学園の理想を示しています。女子校でもありますので、聖母マリア、マリア様を理想の女性として、「マリア様のような女性になろう、神を敬い、 人を愛し、マリアのように正しく、強く、美しい生き方ができる女性に」ということを校訓としています。

カトリック精神に基づいて全人教育を行い、情操豊かな人間を育成するという教育方針を柱として、高い理想を求め、真理を探究する心を育てる、また、 開校以来、語学教育を重視しておりまして、国際的な視野に立つ女性を育成する、ということをあげています。すなわち高い学力、人間としての品格、豊かな国 際性を備え、世界に開かれた女性を育てていきたいという願いをもって教育をしております。

私どもは2012年に創立50周年を迎えますので、学園としてこれからどういう方向性で進むべきかということをみなで話し合いながら学校のビジョン を作っていきたいと考えています。8月の終わりにそれぞれの学年に分かれて、「晃華学園はそもそも、どういう生徒を育てていきたいのだろうか」ということ を話し合いまして、3つの生徒像をまとめました。

「明るく、前向きに生きる自立した女性」、その根底には神様から無条件に愛されていて、受け入れられている自分があり、その自分を肯定的に受けいれるということがあります、その自己肯定感を土台にして、明るく前向きに生きる自立した女性ということです。

それから、神様から一人一人に委ねられている使命を果たしていくために自分自身に与えられた能力を十分に伸ばして、世のためひとのために生き、より 平和でより正義に満ちた世界の実現に向けて人と協力し、忍耐強く働く女性です。生徒たちによく言っておりますのは、日本の子供たちは途上国の子供たちに比 べていろいろな面で恵まれている、働かなくても学校へ行けるし、豊かな環境の中で心配せずに勉強できる、さらには両親に恵まれ、健康に恵まれ、衣食住など いろいろな面で多くのものをいただいています。つまり大変恵まれていますが、それは、恵まれたものを恵まれていない人と分かち合うためなんだということを 言っております。

次に晃華学園の設立母体となった修道会がどういう時代背景でできたのかということなんですが、シャミナード神父という方は2000年に福者になって おりますけれども、マリアニスト家族の創始者です。マリアニスト家族というのは、男子のマリア会、女子のマリア会、在俗会、それから信徒のグループ、そう いうものを総称しています。シャミナード神父が生まれたのは1761年4月8日、亡くなっているのは1850年1月10日ですね。ちょうどフランス革命を はさんで王政から共和政、ナポレオン帝政へ、ついで、王政復古、7月革命、2月革命が相次いだ時代で、本当にめまぐるしく変転した激動の時代に生きた人で す。

アンシャンレジュームという古い体制が音を立てて崩れて、近代市民社会が生まれてくるという時代の大転換期に生まれ生きているわけです。その時代を リードした思想と言えば、神への信仰よりも人間の理性をよりどころにして、人間の力だけで人類の進歩を築いていこうという、オプティミスティックな啓蒙主 義です。教会はもう精神的な指導者とは思われなくなり、目に見える形や伝統に支えられた教会は迷信の源、理性の敵と攻撃された時代です。

それから一方では、自然現象の科学的な解明とともに、目をみはるばかりの技術革新が行われ、人々の日常生活を根底から変えていく産業革命がイギリスから始まってヨーロッパ大陸へと波及していくという時代を生きた方です。

フランスのペリグーという町で生まれ、父親は豊かな呉服商でした。13人兄弟の末子として生まれています。1785年に司祭に叙階されていますが、 その後パリ大学へ進学して、神学の博士号をとりました。フランス革命のときには、全国三部会議員に選出されています。一方、フランス革命の始まる1か月前 に、後にシャミナード神父の指導のもとで女子の「汚れなきマリア会」を創設したアデル・デ・トランケレオンが誕生しています。

革命はだんだんと穏健派の手から、急進派の手に移っていって、過激になっていきます。1792年に「聖職者市民憲章」が制定されて、カトリック教会 の司教や司祭は、公務員として国から給料が支給されるけれども、その代り、政府に忠誠を誓わされる、つまり、ローマの教会からフランスの教会を切り離そう としたわけです。それに反対すれば聖職は遂行できない、無視して聖職を遂行すればギロチンに送られる、そういう中でシャミナード神父は命がけでボルドーに 潜伏しながら司祭職を遂行しました。

しかし、ついにフランス国内にとどまることができなくなって、スペインのサラゴサに亡命をしました。36歳の時です。当時サラゴサには「柱の聖母大 聖堂」という有名な巡礼地がありまして、たくさんのフランスから亡命してきた聖職者がそこにいたわけです。シャミナードも柱の聖母によく祈り、どうすれば 祖国に信仰を取り戻せるか、自分の使命は何か、有効な宣教方法はないか・・・などを思いめぐらしていました。

革命が一段落した1800年にフランスに帰国し、ボルドーに若者たちを集めて「聖母会」をつくります。通常の生活様式に従いながら、時代と場所に適 応できる男女のグループをつくっていくわけです。この若者たちを真の使徒として養成し、福音を生きる精鋭部隊として彼らを育てていき、これを通じて社会全 体を改善していこうというような計画をもっていたのです。この聖母会のメンバーの中から修道会ができていくわけです。1816年に汚れなきマリア会、翌年 にマリア会が創立されます。そして、マリア会の会則が承認されたのが1839年、シャミナード神父は1850年に帰天しております。

マリア会が創立された時代のフランスですけれども、大革命と帝政期間中の死者は、第一次世界大戦、第二次世界大戦で失われた人数に匹敵するくらいな んですね。当時の人口からすると大変な数です。ギロチンで亡くなった人も多いのですが、200万人の人が亡くなっています。それから教会や修道会に対して 徹底的な迫害が加えられました。そのために、それまで教育を担っていた修道会が破壊された関係で、学校が荒廃してしまいました。

18世紀初頭には文字が書ける人が5人に1人、1789年には3人に1人だったのに対し、1820年には96%のフランス人が文字を読めなかったと いう状況だったのですね。シャミナードがスペインから帰国した時の祖国の状態は荒廃の一言だったわけです。「現在はびこっている強力な異端は宗教無関心で あって、これは人々の良心を麻痺させ、殻にこもった自己中心主義と情念の泥沼の内に陥れようとしております。信仰はキリスト教国の内部でも光を失い、消え つつあります。一般的な脱落と、ほとんど全世界的な、いわば背教という、予言された時期に立っているようです。・・・しかし悲観することはない。教会はど の時代にも、尊いマリアの戦いと輝かしい勝利を経験してきました。」ということを言っています。

創世記の始めにありますように、アダムとエヴァが神に背きましたが、この時神はアダムの子孫と悪魔の子孫の間に敵意を置くと言われました。このこと について「主がマリアと蛇の間に敵対関係を定められて以来、マリアは絶えず世と悪魔に打ち勝ってきました。すべての異端は至聖なる乙女の前にうなだれ、徐 々に沈黙、消滅させられたのであります。」という言葉も残しています。

現在の宗教的無関心、大異端、悪との戦いにおいても、最後に勝利をもたらすのは聖母であるという確信から、自らを聖母に奉献して聖母と共にキリスト の人類救済の事業に協力して働く信徒のグループをつくろうという目的でつくられたのが聖母会です。シャミナード神父の聖母会には司祭とか商人とか、教師と か労働者とかいろいろな人がおりました。あらゆる階層、年齢層の人からなるグループだったわけです。これをシャミナード神父は初代教会のような真のキリス ト者の共同体にしようとしてキリストの精神に生きることを求めたわけです。言い換えますと、フランス革命の「民主主義」と「平等の原理」をキリスト教の精 神で実践して社会全体を改善する戦闘的なキリスト者の養成を目標としていたわけです。

聖母会の会員に要求されるもう一つのことは、自分たちを聖母マリアに奉献して、マリアを知らせ、愛させ、マリアによって人々をキリストに導くことで した。普通、修道会と言いますと、まず男子の修道会が生まれて、次に女子の修道会が生まれて、それから同じ精神で生きる信徒のグループができるという順序 になっています。

例えば、フランシスコ会、クララ会、フランシスコ第三会というような形が多いのですけれども、マリア会の場合はまず信徒のグループに聖母会というの があってそこから女子の修道会ができ、男子の修道会が最後にできています。聖母に自らを奉献して聖母のミッション、使命に協力しようとする信徒のグループ が継続していく保証として最後に修道会ができているということです。マリア会も司祭である会員と司祭でない会員から構成されていて、司祭、教育に携わる 人、それから労務にたずさわる人がいるわけですけれども、皆、それぞれ同じ権利をもっていました。

修道服も特別なものはなく、事業としては宣教のため最も効果的な手段となる教育を選びました。「あなたたちは皆宣教師です」の言葉通り、会員の活動 はすべてイエスの福音を伝えることが目的でした。ですから、マリア会という修道会は教育事業を目的として創立された修道会ではなくて、とにかく人々に信仰 を取り戻させるという目的で創立され、そのために一番効果的な手段が教育だったというわけです。

創立の順序だけではなく、男子のマリア会は当初、汚れなきマリア会の会則、生活の規則を一部手直しして使用していました。マリア会の会則が認められるのは1839年でして、こういうのもちょっと変わっているんですね。

現在、「聖母会」はマリアニスト信徒共同体と呼ばれていました、2000年3月25日にローマ教皇庁から信徒の私的会として承認されました。その他 に在俗の奉献者の会「アリアンス・マリアル」、「汚れなきマリア修道会」、「マリア会」の4つのグループが同じ精神によって結ばれ、「マリアの宣教師」と しての使命達成のために協力しています。これら4つのグループを総称して「マリアニスト家族」と呼んでいるわけです。

このグループの目的は聖母マリアの使徒的な使命に協力するということです。マリアはキリストから全人類の母としての使命を与えられ、全人類救済のためにキリストに協力した協働者であるということから、マリアを通して人々をキリストに導くということです。

カナの婚宴に、キリストと弟子たちも来ていたわけですけれど、その時、葡萄酒がなくなったという時に、マリアは新郎新婦が恥をかかなくていいように イエスにそっと相談します。その時イエスは素気なく「婦人よ、それが私とどういう関係があるのですか」と言うんですが、マリアは、「この人が何か言いつけ たらそのとおりにしてください」と給仕たちに言いつけます。そして給仕がその通りにしますと水が葡萄酒になったという有名な奇跡が起きるわけですね。マリ アがキリストの栄光を表すきっかけを作ったということですね。「この人が何か言ったらそのとおりにしてください」つまり、「キリストが何か言ったらその通 りにしてください」という言葉をシャミナードはあらゆる時代、場所の要求に応える普遍的使徒職の要請として受け止めたのです。

だから、特定の事業とか目的のためにつくられた修道会ではなく、時代と社会の要請から、また宣教のために最も効果的な手段として教育を事業として選 んだということなのです。ですから目的は人びとを信仰に導く信仰生ということなんですが、とりわけ初等教育は子供たちの将来と生き方に決定的な指針を与え ることになるために、マリア会の使徒活動のなかでも重要な位置を占めてきました。シャミナード神父は児童生徒を尊重して礼儀を重んじ、親切とか忍耐、やさ しさなどを教師の持つべき資質として求めました。そして、生徒を「褒めて認めること、これは体罰に勝る、徳育は知育に優先する」とも言っています。

しかし、一方において「啓蒙主義とか理性万能主義に対抗するために、宗教教育は科学的かつ論理的でなくてはいけない」とも言っています。こういった革新的な理念が人々の賛同を得て、マリア会は高い評価を各地で得、たくさんの学校を経営することになりました。

マリア会の学校の指針としては5つあります。

「信仰の精神で教育する」、

「質の高い全人教育を行う」、

「家庭的な精神の中で子供を教育する」、

「正義と連帯し平和のために教育する」、

「時代の変化に柔軟に適応する」、

以上の指針のもとに世界中で学校教育に従事しており、私どもの晃華学園もそのひとつであるということです。

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