中3 自分がイヤになるとき好きになるとき

中学3年生の「総合」の時間の「心の働き」というシリーズのなかに「自分がイヤになるとき自分が好きになるとき」という授業があります。

その授業の一番最初の作業は「現代こき下ろし言葉辞典」。生徒たちに「自分をあるいは他人をこき下ろすときに使うことばをあげて」とたのみます。「こきおろすってなに?」ってきかれることもあるけれど、とにかく「自分てなんて××なんだ」「あなたってどうして××なの」っていうときの××にあたることばだと答えます。

もっともよく使われるのは「ばか」かな。関西だと「あほ」ということになるかも。どじ、まぬけ、あんぽんたん、だめということばから「あなたなんていないほうがいい」「じゃま」から「死んだほうがまし」とかずいぶんきついものもあります。

どういうのが言われたときにダメジが大きいか?というように問いかけてみるのもいいでしょう。たぶん「自分の存在自体を否定している」のがもっともきついのではないでしょうか。

次にB8くらいに切った小さなカードを1人6〜8枚くらい配り、そこに「どういうときに自分が嫌いになるか」を1枚にワンポイントずつ書いてもらうように頼みます。 紙は横置きで横書き、名前は要らない、みんなが書いたものをシャフルして誰が書いたものかを分からなくしてから、そのまま全部読み上げるので、読む人が恥ずかしくなるような品の悪いことは書かないようにといいます。全部集めてシャフルして2つの山にわけ、交互に一枚ずつ取り上げて読んでいきます。

「鏡を見たとき」「体重計にのったとき」「試験で悪い点を取って親に叱られたとき」などなどのカードを読み上げるたびにどっと笑いが起きます。

「朝起きて鏡を見たら髪の毛がはねていた」
「試験中ちょっと一休みのつもりでベッドに横になって、気がついたら朝だった」
「パパとケンカをしてパパを怒鳴ったら、パパが落ち込んでしまった」
「自分の血をたっぷり吸った蚊を取り逃がしたとき」

こんなカードが読み上げられると、生徒たちはいすから頃が落ちんばかりにわらいころげます。私はそういう「ばかうけ」カードは別にしておき、次のクラスでするときに何気なく混ぜておいて読み上げるようにしています。

そして「自分がイヤになるとき」なんてほんとはクライテーマだよね。なのになぜそんなにおかしいのか?」と問いかけると何かに気づく生徒がいます。

今度は「自分が好きになるとき」です。 まず「現代誉め言葉辞典」づくり。「かわいい」「かっこいい」「きれい」「スタイルがいい」など外見によるものが多いのは女の子の特徴かもしれません。

「どういう誉め言葉がいわれてもっともうれしいか?」と問いかけ、「それを意識して人にもいえるようになると「誉め上手」になるよ」といいます。さきほどの「こきおろしことば」のダメジの大きいことばの逆になるでしょうか。つまり、存在そのものを認められたとき、「あなたがいてくれてよかった」というようなたぐいのことばがあげられると思います。

誉め言葉がたくさん上がったら「自分が好きになるとき」というのをまたカードに書いてもらい、同じように全部読み上げます。

今度は生徒たちは明らかに受けねらいのことを書いてきます。自分の書いたものが皆にどのように反応されるかを気にしだします。

「テストでいい点を取ったとき」「親に誉められた」「後輩の注目を浴びた」「自分の言ったことがまわりに受けた」なんていうのから 「朝起きて鏡を見たら二重だった」「彼から好きと打ち明けられた時」とかいう「ばかうけ」ものもあります。 気になるのは「そんなときはありません」「いつも自分が嫌いです」というのがけっこうあることです。 なかには

「自分は真剣に悩んでいたことを書いたのに、皆に笑われてしまい、何だか救われたような気がした」
「自分は思いつかなかったことを誰かが書いてくれて、そういうことってよくあるなとおもった。思いだした人がえらい!」
「自分が何気なく書いたことが思わず受けたことがうれしかった」
「結局それを書いた人を笑っているのではなく、その人と同じようなところがある自分を笑っているんですね」

というような「うがった」気づきも生まれます。 次の授業までに「自分がイヤになるとき好きになるとき」の「すし詰めプリント」をつくります。粗く分類して番号を付けて箇条書きにして書き連ねていきます。

jibunsukijibuniya

そのプリントを配るとまたまた「興奮」します。「何番を見てみて、これおかしい」というようなことばが行き交い、その度にみんなからどっと笑いが起きます。 私はこう言います。

このプリントは傑作です。中3のみんなの感性がうみだす福音(Good News) ものです。自分が落ち込んでいるときに読むと元気が出るという人もいます。それからご家族の人にも見せてください。友だちにも見せてください。このプリントが、それを読む人にはとてもおかしがられ喜ばれます。これを書いた人たちへいとおしさと読む人に幸せを運ぶよい Good News になっていることを知るでしょう。

ひととおり読み終わった後に、いくつかの詩や文章を読みます。 私がもっとも好きなのは、シュルツの「スヌーピー」のマンガです。 アントニー・デ・メロの「変わってはいけない」「たんぽぽ」の文章もいいなと思います。(いずれもアントニー・デ・メロ著「心の歌」女子パウロ会刊)

この時間は「総合」の時間なのでここまでは言わないけれど「宗教」の授業なら、このスヌーピーのマンガのライナスの言ったことから、あるいは、『変わってはいけない』の最後の『神さま、あなたはこんなやり方で私たちを愛してくださっているのですね」という神さまの人に対する愛し方が現れていると言います。

さらに「自分が好きになるための3つのクスリと健康法」を紹介します。

その1 称賛(誉められる)という名の精神疲労痔の栄養補給剤

その2 ユーモア(笑われる)という名の解毒剤

その3 「愛される」という名の特効薬 ただし副作用あり

そのいずれもが「受身形」であることに気づきます。 だから 誉められたいなら 誉めなさい 笑われたいなら 笑いなさい 愛されたいなら 愛しなさい 情けは人のためならず、なんです。
さらにこの授業の「結論」です。それは「健康法」なのです。

God doesn’t make junks.

「junks はガラクタという意味です。ジャンクフードなんていいますがこれは文字通りの『駄菓子』です。神さまはガラクタを作られない。神さまが作られたものはみんな一つひとつが最高傑作であり、駄作や失敗作はあり得ない」という意味を持っています。 つまり、「この私もあなたも神さまの作られた最高傑作なのですよ」ってことです。「神を信じる」ってことは「こんな自分も神のつくられた最高の傑作である」ということを信じることができるってことですね。きっと。

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