卒業生を「教え子」と呼ぶことと自らを「先生」と呼ぶこと

8月24日の毎日新聞の投書欄に「『教え子』に変わる言葉を知りたい」という「無職 59蔡」というかたのものがありました。

この言葉はよく学校の教員間の言葉にも出てくるのですが、私にとっては使いたくない言葉の一つです。なぜなら「嫌み・尊大・高慢な感じ」を受けるからです。

私もこの言葉はたしかに「使いたくない言葉」です。私の教えた生徒の中には、有名なオリンピックのフィギアスケートの選手になった生徒もいましたが、彼女 は「教え子」などと呼ぶのはおそれおおくてできません。もちろん彼女が卒業生であることは「誇り」ではありますが……………。

そうしたら、9月7日の投書欄に、「教え子」投書に呼応して「『先生は』と私は一人称で言わず」という「ナチュラリスト 70歳」氏の投書がありました。

私は長年、小中学校に勤務してきましたが、子どもたちには「先生は」と一人称で言わないことを貫きました。
英語では先生は「一緒に勉強した○○さんです」と紹介するのが常と聞いています。
教員は長い人で38年勤務をします。その38年をどのように生きるかが、「教え子」と「先生は」に表れると考えます。

これには私も大賛成です。教員には生徒の前で自分のことを「先生」と読んでいる人が多いことも確かです。私もこの言葉はけっして使いません。
だいたい私は生徒の前でも同僚を「○○先生」といわずに「○○さん」と言うように勤めてきました。でもこれはなかなか難しかったです。
学校でないところたとえば教会などで、私のことを先生呼ばわりする人には「わたしはあなたを教えた覚えはない」と言って答えないことにしています。
生徒から呼ばれるのもあまり好きではなかったのですが、これはしょうがないかと思っていました。

群馬などで立派な仕事をされた斎藤喜博先生は「私を斎藤さんと呼んでください」と「未来誕生」のなかで述べています。

とその投書は結んでいました。さすが斎藤喜博さんですね。

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