第6回 イエス・キリスト その3

イエス・キリスト(3)

ノートルダム女学院中学・高等学校 大原正義

・自己紹介。ノートルダム女学院中学・高等学校でで30年「宗教」を担当。

・本来前座がトリを演じることになって大変

・授業風になってしまうのはご理解を。ぜひ笑いがほしい

1.あなたはどの「イエス・キリスト」と出会っていますか?

①         史的イエス――歴史的存在としてのイエス。

B.C.7~4――A.D.30に生きたナザレのイエス。

先月、百瀬師の「史的イエス」の話を。マタイ11.19「大食漢で大酒飲み」

cf.史的イエスに至る道……

a.新約聖書  b.ユダヤ人イエス  c.死海文書

最初、1947年にクムランの洞窟で発見されたイエス時代のユダヤ教文書

史的イエスに基づく内容として判断する基準……

a.複数の証言  b.特異性  c.適合性

a.複数の証言……受難。聖体の制定。

b.特異性……十字架の死。「アッバ」

c.適合性……十字架の死と「敵を愛しなさい」

② 宣教のキリスト――初代教会の信じた「キリスト」。福音書に描かれるキリスト。

cf.聖書成立への3段階

史的イエス  ナザレのイエス自身が宣教。

使徒たちの宣教  使徒たちのイエス観によって宣教。口伝。Q資料。

福音書  単なる伝承の編集ではなく、著者のイエス観によってまとめられた。

ブルトマン――様式史的方法による研究。私たちが福音書を読めば、初代教会の信じた「キリスト」は読み取れるが、「史的イエス」にはたどり着けない

その批判――「宣教のキリスト」に「史的イエス」が含まれているはずである

③ ピカピカのキリスト――飾り立てられた「ありがたい」キリスト様

あなたの学校にはどの「イエス・キリスト」がおられますか?

これは「宣教のキリスト」に入るが、イエス・キリストを知る上で多くの示唆がある

2.イエスの誕生(ルカ2.1-20)

そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」

天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

イエス・キリスト(救い主)の誕生――「民全体に与えられる大きな喜び」

全人類

神であるイエスは私たちにはできない二つの選びをした

ひとつは母を選び、ひとつは生まれる場所を選んだ

神であるイエスは自分の生まれる場所を選んだ――馬小屋

「仕えられるためではなく仕えるため」(マタイ20.28)

・神が最も貧しい者として生まれた。

・馬小屋とは糞尿の臭いに満ちた場所

・ 一昨年、酪農体験をした

・誰に最初の知らせが告げられたか――「羊飼いたち」

最も貧しい者、弱い者、小さい者(社会の中で見捨てられた人)

・キリストの誕生はこれらの人々にとって特に大きな喜びである。

・誰がこの知らせに気付けたか――神に頼って生きるしかない羊飼いだから気付けた。

「貧しい人々は、幸いである。神の国はあなた方のものである」(ルカ6.20)

・「飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子」を救い主として受け入れた羊飼い。

・こんな曇りのない目を持つ教師に。

・ そして、羊飼いのように神に信頼する教師に

3.レプラ(重い皮膚病)に対するイエスのいやし(ルカ5.12-13)

・「カトリック倫理」の最後の授業。修士論文のテーマ

「イエスがある町におられたとき、そこに、全身重い皮膚病にかかった人がいた。この人はイエスを見てひれ伏し、『主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります』と願った。イエスが手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち重い皮膚病は去った。」

*イエスの選択

「手を差し伸べてその人に触れ」

この選択の根底にあるもの(イエスの行動原理)。

①   感情・感覚を超える ―― 理性・意志 ⇒ 愛。

②   自らの不利を厭わない……同じ痛みを負う。

・イエスはレプラの人と同じ地点に立って痛みを共有し、一歩踏み出して「手を差し伸べてその人に触れ」、自らも汚れた者となって律法の不条理を背負い、そしていやした

・「かわいそう」と「痛みを知る」の違い

・「腸がちぎれる思いにかられ」σπλαγχνιζομαι(スプランクニゾーマイ)、σπλαγχνον(スプランクノン)

③「小さい者」「小さくされた者」(社会的に弱い立場の人々)との連帯 ⇒ 「弱い側」につく。

④  独りぼっちの人の友に ⇒ いやしの奇跡 = 人間性の回復。

・レプラの人を貫く驚き、戸惑い、信じられぬ思い、そして後から大きな波となって押し寄せた喜び。手足の醜い変形がこの人にとって一番の苦しみではなかった。汚れた者として救いのない孤独こそが病の苦しみだった。それがまさにイエスによっていやされる

・このレプラの人は社会の中で完全に無視された存在であり、「人間」として扱われていなかった。おそらく、この人物は今の苦しみから解放される死を願っていたであろう。人間らしい生き方など望むこともできなかった。ところが、イエスはこの人の「人間性」を回復した。もしかしてレプラの外見はそのままだったかもしれない。しかし、「触れる」ことによって自分を人間として接してくれたイエスの存在が、まさにレプラの人が「人間」を取り戻す力となった

・神の国の体験。限りなく暖かいまなざし

⑤ 一人ひとりを大切に ⇒ 人間の尊厳に対する深い理解。

・私たちにはその理解が足らない。もしイエスと同じように理解できたならイエスと同じように行動できる

*レプラのいやしを通して

レプラのいやし(マタイ8.1-4・マルコ1.40-45・ルカ5.12-16)の記事が、目撃者によって語られた話を書き綴ったものとするより、初代教会の宣教の中で生み出されていったと判断する方が穏当であろう。治癒奇跡物語の様式に従っていることも、時や場所の具体性のないこともそれを支持する。しかし、ここから史的イエスの輪郭は見えてこないのか。イエスとレプラの人の関わりを全て否定できるか。

新約聖書で使われている13箇所の「レプラ」は複数の資料による。ルカ17.11-19の治癒物語はルカ独自の記事である。レプラのいやしに言及するマタイ10.8も、マタイ独自の挿入である。Q資料でもマタイ11.5とルカ7.22でレプラのいやしが記されている。それらはメシア性の証明が強く意識されているとしても、イエスがレプラをいやした事実はないとは言い切れない。何らかの歴史性があるからこそ、複数の伝承で伝えられているのではないか。さらにイエスが病者に触れたことは、それが典型的ないやしの所作であったとしても、レプラに対するそうした所作は特異な印象がある。この病気に対する忌諱は想像を絶する。果たして、誰一人近付く者も触れる者もなかったレプラのいやしに、「触れる」必要があったのか。少なくとも、旧約にはそのモデルがない。伝承が作られていく中で、単に他のいやしと共通する所作が当てはめられたに過ぎないのか。しかし、レプラの「特別扱い」からすると納得がいかない。やはり、触れた事実があったからこそ、それを体験した本人の証言があったからこそ、それを目撃した人の驚愕があったからこそ、伝承に組み入れられたと結論すべきである。つまり、史的イエスがレプラの人を触れていやした事実が必ずあった。

*開かれたイエス

レプラのいやしを通してどんなイエス像が導き出せるか。一言で要約するなら、「開かれたイエス」である。言葉を換えて言うなら、「切り捨てないイエス」である。開放的なイエスは、清い人清くない人を分け隔てすることがなかった。当時、誰一人相手にすることがなく、律法が不浄の者として切り捨てたレプラに対してもである。

さらにイエスの一貫した開放性はレプラの人だけでなく、当時罪人として忌み嫌われていた徴税人や娼婦たちと関わったことにも顕著に表れている。彼らと食事をすることは驚きと非難の的であり(マタイ9.9-13参照)、イエスをその同類項と見なすことになったが、イエスは頓着しない。イエスは人間的な束縛から自由である。イエスは自らの行動原理に一途である。そしてイエスは誰一人切り捨てない。

イエスの使命は全ての人を神の国に招くことであり、神の国が全ての人に開かれていることを明確にする。たとえそれが祭儀的な汚れの内にある人でも、重大な罪の汚れの内にある人でも。どうすることもできない、どうしようもない状態でもがき苦しむ人間をいやし、救うためにイエスは来た。

それは、キリスト教のあるべき姿でもある。そう考えると、教会に行くことは、決して立派な人間になるために行くのではない。どうしようもない状態でもがき苦しんでいる人こそが教会に行くべきであろうし、それはイエスの元に行くことになる。そして、教会もそういう人を受け入れる教会、そういう人を待つ教会でなければならない。

・「教会」「キリストの共同体」はどういうものか

4.イエスが望まれるカトリック学校とは?

・2000年前ユダヤ社会でまさに「福音」を宣べ伝えたイエスが不在になっていないか

・本来、カトリック学校の原型はイエスの弟子集団?

・その共同体の特徴

多様性――職業も年齢も様々な人たち。

<漁師・徴税人・熱心党員・「雷の子ら」と呼ばれた性情過激な兄弟>「罪深い者」(ルカ5.8)

「信仰の薄い者」(マタイ8.26)

誘惑に負けて眠る者(マルコ14.32-42参照)

イエスを見捨てて逃げてしまう者(マルコ14.43-50参照)

知恵ある者や賢い者ではなく「幼子のような者」(ルカ10.21)

「聖書を読むと、何故このような人々を弟子にしたのかと疑うような情けない集団である。こんな表現をすると弟子たちをわざと貶めているように感じる方もあるかもしれないが、これまたピカピカの弟子たちからは何も見えてこない。罪深く、信仰薄く、弱く、自分のことしか考えられない弟子たちだからこそ、そしてその弱さの故にキリストにすがれた弟子たちだからこそ、そこから示唆される内容は、カトリック学校の本来あるべき姿を明確にしてくれる。」(『カトリック教育研究』第17号、日本カトリック教育学会、2000年、拙稿)

・きれいごとばかり言っても始まらない、と思っている人もいるだろう

・でも、カトリック学校が忘れてはならないもの、カトリック学校で学んだ生徒がいつまでも心に留めておいてほしいことがある

・考えずに結論を出すのではなく、苦しみもがく中で答えを出す。

・結果が同じでも経緯を見られる神、寄り添われる神。

・神だけが経緯の全てをご存知である

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