第4回 イエス・キリストについて

第4回 イエス・キリストについて

増田祐志神父 上智大学神学部

「イエス・キリスト」の意味

今日はイエス・キリストということでお話をします。
まずイエス・キリストということですけれども、基礎をがっちりおさえてくださいということですので、皆さんはすでにあたりまえのことかもしれませんが、そういう基礎的なところから話を進めさせていただきます。
まず、「イエス・キリスト」という言葉ですが、「イエス」は固有名詞です。私が増田祐志というのと同じで、彼の名前です。「キリスト」というのは、救い主を意味する尊称です。
私は今、上智大学で准教授という立場にいますが、「増田祐志准教授」という言い方は、まさに「イエス・キリスト」に対応するわけです。イエスが増田正志、キリストが准教授というわけです。
救い主というのは「メシア」と言い、これがギリシャ語訳されたのが「クリストス」と言います。というかたちであるので、「イエス・キリスト」というのは最も短い信仰告白ということになります。つまり、「マリアとヨゼフの子であるあのイエスは神から遣わされた救い主、キリストである」という意味ですね。
ですからイエスに出会った人間は当然たくさんいますが、彼等は皆がイエスをキリストと認めたのではないわけです。ファリサイ派やサドカイ派やあるいはそのほかのたくさんの人々、イエスの親族の中にもイエスをキリストと認めなかった人もいるかもしれません。
とにかく、イエスをキリストと認める人々がイエスの死後集まり、結集し、そして「あのナザレのマリアとヨゼフの子であるイエスは神から遣わされた救い主、キリストである」という信仰をもち、宣教し、各地に教会を創っていったということです。
イエスがキリストであるということは広く受け入れられているわけですが、当時はイエスがキリストではないという人たちがたくさんいたわけですね。ですから、まずイエスという名前とキリストという呼称をきちんと理解することが非常に重要です。

イエス論とキリスト論

そして神学では、キリスト論というものがあります。キリスト論というのは、このキリストと告白されるイエスについて扱う学問です。イエス論ではないのです。
イエス論というと、例えば世界の偉人伝などをみれば、例えば、音楽の父といわれるヨハン・セバスチアン・バッハ・・・バッハはバッハ家で生まれたのですが、バッハ家はどこからきたのかとか、何代目なのかとか・・・バッハは1685年に生まれたのですが、バッハ家は1500年代にハンガリーからドイツにやってきたもともとはパン職人の家ですけれども、一家で音楽を愛好して、一族にはこういう人がいてそしてヨハン・セバスチアン・バッハのお父さんはこういう人で、お母さんはこういう人で、ヨハン・セバスチアンには何人の兄弟がいて、奥さんは何人いて・・・まあ、一人ですけれども、奥さんが亡くなって再婚して、子供が何人いて・・・ということになります。
でも「キリスト論」というのはまったくこういうことに興味がないんです。つまり、イエスがマリアとヨゼフの子であるということは言いますが、処女懐胎ということを考えるとヨゼフの子であることにどんな意味があるかということになってしまいますが・・・。キリスト論というのは「キリスト」と告白されたイエスに焦点があてられているのです。

4つの福音書とパウロの手紙

4つの福音書は、皆さんはもうある程度御存じだと思います。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという4つの福音書がありますね。その中でクリスマスストーリーがあるのはマタイとルカだけです。しかもこのマタイとルカもクリスマスストーリーにほとんど共通点がありません。
マルコが一番古い福音書と言われていますが、このマルコに至ってはイエスがどんなふうに生まれたのか、育ったのかということに関してはまったく興味がないわけです。いきなり洗礼者ヨハネから洗礼を受けたところから始まります。
マルコ福音書の著者にとって「イエスがキリストである」あかしするためには、イエスがどんなふうに生まれ、育ったかということは関係がない、少なくとも重要ではないと考えているのです。
だから、クリスマスストーリーをマルコははずすわけです。マルコの福音書を見てみましょう。マルコの福音書、1章です。「洗礼者ヨハネの荒野で呼ばわる声がする・・・・」(聖書朗読 マルコ1章)
これがですね・・・、マルコの福音書よりもっと古いとされているパウロのローマの信徒への手紙をみてください。ローマの信徒への手紙の1章3節から読んでみましょう。「御子は肉によれば・・・」(聖書朗読)パウロのローマの信徒への手紙ではイエスは最初から神の子ではないんです。分かりますか。
復活によって初めて神の子を定められたと書いているんです。福音書の中で最も古い、しかしこのパウロのローマの信徒への手紙よりは後の時代に書かれたマルコの福音書では、洗礼者ヨハネの洗礼によって初めて天の父から宣言を受けるわけです。「これは私の愛する子・・・」。
しかし、時代が下っていくと、マタイやルカはほぼ同年代に編集されていますが、パウロが「復活によって神の子となった」と書き、マルコでは「洗礼者ヨハネによって洗礼を受けた時」と書いているのに対し、「その前は神の子ではなかったんですか?」という議論に答える意味で、クリスマスストーリーを描くようになっていくわけです。
イエスは誕生の最初から、マリアが懐胎するときから神の子であったのでという・・・、おそらく伝承がいろいろあったのでしょうが、組み合わせてそういう証言を福音書の中にいれるのです。
しかし、さらに最も新しいと言われるヨハネの福音書には、「マリアの中に宿る時から神の子だったというならば、その前は神の子はいなかったのですか?」という問いに答える意味で、「初めにことばがあった・・・・」という形で、天地創造の時から神と共にいたという話になるわけです。
これは、もちろん信仰による内省、信仰が深まっていった・・・と考えることができます。つまり、キリスト論というのは「キリスト」と告白されたイエスを扱っているわけで「イエス」という人物に興味があるわけではない・・・このことをまずおさえていただきたいと思います。
ですから、福音書はイエスがどんな食べ物が好きだったかとか、何色が好きだったとかどういう趣味をもっていたのかということには全然興味がないわけなんですね。人間イエスに関しては興味がなく、あくまでも「キリスト」と告白されるイエスに興味があるわけです。

キリスト論の歴史

しかし、ここでカトリックの2000年にわたるキリスト論の歴史を見たときに、イエスを無視したキリスト論も非常に危険になるわけです。人間が恣意的に、自分の権力維持のためにキリストを勝手につくることがあるからです。
例えば、1970年代、80年代にはフィリピンにマルコスという独裁者がいました。マルコスは国民に向かって何かを発表するときには、まず司教たちを後ろに立たせます。そして、自分の発言は神から、教会から、キリストから保証を受けているのだという印象を国民に向けて伝えるわけです。
あるいは中南米ですね、70年代、80年代に解放の神学が盛んになりましたけれど、あの時、独裁者、あるいは、ほんの一握りの富裕者たちは教会の権力を盾にして自分たちの社会的地位を正当化しています。その時にキリストを自分たちのいいように使うわけです。
しかし、解放の神学は何を言ったかというと、「歴史上のイエスはむしろ貧しい人々のところに自ら赴き、神の国と神の義を告げたのだ。あなたがたがやっていることはイエスが行ったこととは違う。」ということです。
「キリスト」の恣意的な利用を止める役割が「歴史上のイエス」にはあるわけです。ですから、イエス抜きのキリストは、人間の恣意的利用に堕する可能性があります。しかし、また、救い主であるキリストと関係のないイエス論は、神学的な意味でのキリスト論には必要がないのです。
両者は不可分ですが、区別されます。決して分離することはできません。キリストと告白されていないイエスについて教会はあまりインスピレーションを受けることはないのです。イエスがキリストと告白されるようになったことには、それなりの言葉と行動があったわけです。
しかし、イエスをキリストと告白しない人々にとって、模範になる人物かもしれませんが、信仰の対象ではないわけです。しかし、歴史上のイエスをまったく無視したキリスト論は、人間の恣意的な欲望や打算に利用されることがあるんだということです。ですから、イエスとキリストとは不可分な関係であるということですね。

イエスはキリスト教徒ではなかった

では、なぜ、マリアとヨゼフの子であるイエスがキリストと告白されるようになったのかという、その過程をみていきたいと思います。
多くの聖書学者は歴史上のイエスはキリスト教という、ユダヤ教とは異なる宗教的アイデンティテイーをもつ新しい宗教を創設する意図はなかったと言っています。イエスは徹頭徹尾、ユダヤ教徒として生まれ、ユダヤ教として死んでいった・・・、彼は自分をユダヤ教徒以外の何か、例えばキリスト教徒であると思ったことは一回もないだろうと言っています。
イエスは当然当時のユダヤ教の神理解とはかなり違う神理解をもっていた、その結果、イエスに従っていた弟子たちがユダヤ教という民族宗教の枠を打ち破るような宗教に発展させていったのだ、つまり、イエスの神理解の中にはすでにユダヤ教の神理解を打ち破るダイナミズムがあったからこそ、その後の弟子たちはユダヤ教から離れていく・・・、その意味でイエスなしでキリスト教は誕生し得なかったわけで、イエスはある意味で創始者といえるかもしれませんが、通常、「この宗教の創始者はこの人です」と言う場合、創始者は自分で「こういう宗教をつくる」と言って組織を立ち上げ、信者を獲得して・・・ということになるわけですが、イエスはそういう意味でのキリスト教の創始者ではなかったということです。
イエスはユダヤ教徒として生まれ、ユダヤ教徒として生き、ユダヤ教徒として死んでいったわけですが、彼の神体験が非常にユニークかつユダヤ教の枠を超えてしまうような普遍的な地平をもっていたために、その後の弟子たち、復活体験を経た弟子たちがイエスをキリストと告白するようになり、そのグループの宣教がユダヤ教とは異なり、ユダヤ教と離れていったのだということです。これは非常に重要です。
なぜかというと、イエスも当時のファリサイ派やサドカイ派という律法教条主義的なユダヤ教によって神体験をしているのです、人が人として生きている以上、時代や民族やあるいは個人の理解の限界を免れることはできません。
つまり、神の啓示は、常に、この世の事象的なカテゴリカルな限界づけられたものを通じてしか与えられないのだということです。しかし、にも関わらず、神の啓示はその限界を突破することがあるということです。
イエスは当時のユダヤ教を通じて、あるいは、マリアやヨゼフや自分が通った会堂を通じて神体験をしているのです。彼の神体験はそれにも関らずとてもユニークだったわけです。だからこそ、彼の宣教内容の中には後にユダヤ教を突破するダイナミズムがあったのだということなのです。イエスは最初から全知全能の知恵をもってそれを伝えたのではないのです。
彼は「父なる神」や「憐れみ深い神」を当時のユダヤ教を通じて経験しているのです。彼もその意味では啓示を受けているわけですね、当時のユダヤ教を介して・・・。にも関わらず、彼は当時のユダヤ人たちとは異なる神理解をもつに至ったというわけです。これは非常に面白いです。イエス自身にも啓示は必要だったのです。この世的な「宗教」というものを通じてです。
しかし、彼は当時のユダヤ教の限界を突破するインスピレーションがあったのです。その意味で宗教的天才であり、そういう発想があったのだと思います。

イエスが伝えた「神の国」

では「イエスは何をしたのですか?」、「なぜイエスはキリストと告白されるようになったのですか?」ということですが・・・、彼は自分で「自分がキリストだ」と言ったことは一回もないだろうということに多くの聖書学者は同意しています。いろんなことにまったく同意しない、まったくバラバラなことを主張する聖書学者が、数少なく同意していることの中にこの「イエスは自分がキリスト、救い主であると言ったことはない。そんな自覚もなかった。」ということがあります。
ただし、これはまた多くの聖書学者が同意していることですけれども、イエスが何を宣べ伝えたのかというと、それは「来るべき神の国」あるいはこれは「神の支配」とも訳されますが、これが間近にやってくるという・・・、今の我々の感覚ではちょっと想像できないというか、理解できないような切迫した終末観というものをもっていました。
当時のイスラエルの人々が共有していた感覚なのです。度重なる、異邦人によるパレスチナ地方の支配ですね・・・、この辺を詳しくやると今日の時間では終わらなくなってしまうのですが、バビロン、ペルシャ、アレキサンドリア大王、エジプトのプトレマイオス王朝によって支配され、そしてイエスの時代はローマによって支配されていた・・・という度重なる支配によってイエス時代のイスラエルの人々は、「神が介入して自分たちを救ってくださる」という終末意識を強くもっていたと言われています。
イエスもそういう意識をもっていたのでしょうけれども、彼は神が主権者として支配する「神の国」がもうやって来つつある、すでに・・・だけど完成にはいたっていない・・・already but not yet・・・、その「神の国」をイエスは宣教のメッセージの中心にして伝えたのだと言われています。
どういうふうにして伝えたのかというと、「言葉」と「業(わざ)」です。「言葉」というのはいろいろなたとえ話や説教があります。あるいはファリサイ派やサドカイ派との論争があります。そういうたとえ話、説教、論争を通じて神の国とはどういうものなのかということをイエスは伝えています。
そして「業」とは何ですかというと・・・、例えば聖書の中にはいろいろな奇跡があります、イエスが触れただけで病人を癒すとか悪霊を追い出すとか・・・。こういう奇跡物語は来るべき神の支配を人々に体験させる目的があったのだろうと考えられています。また、イエスの行動様式ですが、彼は好んで、当時の罪人や徴税人といった社会の中で周辺に追いやられた、そして汚れている・・・、「汚れている」とはイコール「神の恵みから外れている」・・・、そういう人々のもとに自分から出向いて行って食事をしています。そういう開かれた「共食(きょうしょく)」、社会からつまはじきにされている人々のところへ行って食事をする・・・このことによって神の国、神の支配を彼らに体験させる・・・・、「業」というのは「体験させる」ということです。

「ぶどう園の労働者」から

まず、神の国の言葉による宣教として特徴的なことですが、マタイの20章をみてください。20章の1節、ぶどう園の労働者のたとえです。マタイによる福音書はユダヤ人、もしくはユダヤ教の背景がある人々のために書かれている福音書ですので、「神」という言葉を使わないで、「天」という言葉を使うのですがマタイの言う「天の国」とは「神の国」と同じです。読んでみます・・・。
(朗読 マタイ20章「ぶどう園の労働者」)
物語のあらすじは簡単です。朝早くから雇われた者と夕方から1時間しか働かなかった者が同じ賃金を支払われた、それで朝早くから働いていた者が文句を言うと、ぶどう園の主人は「私は不当なことはしていないよ」と言うわけです。これが「神の国」だというわけです、イエスに言わせると・・・。だったら、「そんな国には入りたくない」・・・そう思うのが普通ですよね。こんな国はまっぴらごめんですよね。我々の感覚からすればそうです。
それは、我々の社会では労働の報酬というのは時間に比例するというシステムの中で生きているからです。ところが、この労働の報酬は「1デナリオン」だと言っています。「デナリオン」という価値はどういう価値だったかをみてみましょう。新共同訳の聖書の後ろに度量衡の表が出ています。この表をみてください。その時代、その土地でのデナリオンの価値です。そこに「1デナリオンは1ドラクメと等価、1日の賃金にあたる」と書いてありますね。「1日の賃金にあたる」ということなんです。
この時代、1日の賃金というのはまさにその日を生きていくために必要なお金なんです。当時、この話を聞いている人々はローマの支配下にいる人々です。そして、この話はぶどう園の労働者でその日雇ってもらわなければいけない人々ですから、定職があるわけではないですね。その日、その日を生きていくのが精いっぱいなわけです。ローマ帝国に支配されているわけですから、ある日突然政治的な理由で、例えば「ここに道路をつくれ」とか言われて働かされて・・・、そこでけがをしても何の保障もないわけです。むしろ、けがなどをすれば家族に働き手がいなくなって悲惨な目にあうわけですね。
つまり、1デナリオンというのはその人とその家族が、その日、あるいはその日を含めた数日を最低限生きていくために必要な額なんです。
ぶどう園の主人は夕方から働いた人にこう言っていました。
「なぜ何もしないで、一日中そこに立っているのか」、
すると彼等は
「誰も雇ってくれないのです」。
彼等は働きたくなかったわけではないのです。自分も朝早くから働きたかったのに、誰も雇ってくれないで、
「ああ昼になってしまった」、
「夕方になってしまった」・・・
「今日、1デナリオン稼げなかったとすれば、あと家族は何日もつのだろうか・・・」、ずっと不安が広がっていくわけです。
一方朝早く雇われた人は
「ラッキー!少なくとも、あと数日は家族を養っていける!」、
そういうふうに心の負荷が軽くなって働いていけるわけです。ぶどう園の主人は知っているわけです。朝早くから働いている人であろうと、夕方から働いている人であろうと、両者とも1デナリオンが必要なのだ・・・、つまり神の国というのはその人が人間の尊厳をもって生きていく上で必要なものを必要なときに必要なだけ与えるのだということです。
もちろんサボっていたり、ズルしようとするというような、そういう前提ではないのです。本当に自分が神の被造物として生きていこうとまじめに熱望している人に対して、神は必要なものを必要なときに必要なだけ与えるのだ、神の国とはそういうものなのだということをたとえ話でイエスは言っているのです。

「仲間を許さない家来」から

もうひとつ見てみましょう。マタイの福音書の18章21節から・・・、仲間を許さない家来のたとえです。
(朗読 マタイ18章)
物語は単純です。主君がある家来の借金を赦してやったのに、その家来は仲間の借金を赦さなかった。だから王は怒ったという話です。
ここでは貨幣価値が重要なんです。聞いている人は驚愕したでしょう。度量衡を見てみましょう。1タラントンがどのくらいの価値があるかということです。見てみますと、「ギリシャで用いた計算用の単位で6000ドラクメに相当。1ドラクメは1デナリオンと同じ。」ということです。先ほど見ましたように1デナリオンは1日の賃金に相当するわけですから1タラントンは6000日分の賃金、1万タラントンの借金というのは60,000,000デナリオンということです。1デナリオンを例えば日本のお金の1万円とすると、1万タラントンは600,000,000,000円、6000億円ということになります。こんなに借金するとは、いったい何を買ったのでしょうかね・・・分かりませんけれども・・・。
王は家来がしきりに願ったら哀れに思ってこの6000億円を帳消しにしたのです。そして帳消しにされた家来は100デナリオンを貸した仲間、100万円ですね、100万円も安くはないお金ですけれども、6000億円赦してもらったのに、100万円を借金した仲間の首を絞めたという話です。
イエスはペテロとの問答でこんなことを言っています、ペテロは「仲間が罪を犯したときに何回まで赦したらいいのですか? 7回までですか?」と聞いています。ペテロは多分、自分は非常に度量の広い人間だと自負していたかもしれません・・・「私は7回までなら赦せます。」と言っています。ところがイエスは「7の70倍まで赦しなさい。」というわけです。「7の70倍」とは490回ということになります。いちいちそんな回数は数えませんよね。
イエスが言っているのは「無限に赦せ」ということなんです。なぜそんなことをしなければならないかというと、「あなたがそうされているのだから・・」ということなんです。神の国というのは悔い改める人に、そういうふうに神が赦してくださる、そういうところなんだというわけです。それをたとえでいっているわけです。
このようにイエスのたとえ話や論争は「神の国」はどういうところなのかということを一生懸命伝えているわけです。

「重い皮膚病の男をいやす」から

それでは今度は、業について見てみましょう。マルコの福音書の1章です。1章40節です。重い皮膚病を患っている人を癒すところです。
(朗読 マルコ1章 「重い皮膚病の男を癒す」)
重い皮膚病というのはギリシャ語の原語では「レプラ」と言います。現代の医学用語では「ハンセン病」のことです。今は差別用語として使われなくなりましたが「ライ病」という病気ですね。ところが、このレプラが治るようになったのは1950年代ですね。
イエスの時代は非常に律法主義的で、清浄規定というのがありました。どういう状態が清くて、どういう状態が汚れているのか・・・、モーセ5書の中にレプラに相当する重い皮膚病についての記述がありますが、その人がレプラにかかった時に、その人は汚れているという表現が出てきます。
ただ、モーセ5書の中にあるそのレプラは治ることも想定されて書かれているのですね。ですから、現代で言うハンセン病だけではなく、他の皮膚病のことも含められていると考えられるので新共同訳では「重い皮膚病」という訳になっているのですが・・・。
ともかくその重い皮膚病の人は汚れているわけです。汚れているということは神の恵みから離れている、外れている、神から嫌悪されている・・・そういう状態を指すわけです。汚れた人間は自ら「自分は汚れている、汚れている」と声を出しながら街の中を歩かなければいけないという律法の規定があります。なぜなら、汚れは伝搬するからです。汚れたものに触った者も汚れてしまうのです。
例えば「良きサマリア人のたとえ」で道に倒れている人の傍を最初に祭司が通って行きましたが・・・、死体は汚れたものなんです。祭司というのはエルサレムの神殿で祭儀を行わなくてはいけないので常に清い状態でなければいけません。もし憐れみの心で倒れている人に触って、その人が死んでいたら、自分も汚れちゃうんです。そうなると自分の勤めができなくなっちゃうんですね。
そういうことを元にして、マルコの福音書を見てみると、非常に異例です。まず、重い皮膚病をもった人がイエスのところに来ること自体が当時の律法規定違反ですね。そしてイエスはそれを咎めない。そして、この人が何を願うかというと「御心ならば、私を清くすることができる」と言います。
彼にとってみると病気という状態よりも、「自分が汚れている」という状態の方がよっぽど心が重いのです。当時のユダヤ教にとって快復の見込みがない重い皮膚病の汚れというものは社会的死です。人間の尊厳を完全に奪われる状態です。だから彼にとっての一番の願いは「清くしてほしい」ということです。「治してほしい」ということじゃないのです。
イエスの応答は驚くべき応答です。「イエスは深く憐れんで、手を差しのべて、その人に触れ・・・」と書いてあります。もし、イエスが神の子で、万能で、超常現象を行えるのなら「じゃあ清くなってください」と一言言えばいいのです。何も触れる必要はないのです。わざわさ、触れるんです、彼は。そして汚れは伝搬するというユダヤ教の考え方の中であえて触れるということは「あなたは汚れていない」と言っているのです。あなたは社会の中で「汚れている」言われているけれども、神の目からみたら汚れているのではない、だから私は触りますよ・・・ということなんです。
これはですね、驚くべき行為です。神の国ではあなたは清い、汚れていない。病気の男にとっては、「自分は汚れていない、自分も神の国に入れる・・・」まさに体験なんですね。イエスは体験をさせるのです。
自然科学の知識を越えた奇跡物語というものは「神の国を体験させる」あるいは「神の国を体験した人の」物語なのです。多くの奇跡物語はイエスがそんなことができるということを無理やり信じさせるような目的をもっているのではなく、むしろイエスを通じて神の国を体験した人の物語になっているのですね。触るだけで病気は治らないでしょう・・・、治りません。福音書の奇跡物語はそういうことを言いたいのではないのです。
イエスは神の国の宣教を「言葉と業」によって行った。言葉で伝えるだけではなく、業によって人々に体験させているのです。「あなたは汚れていると思い込まされているが、神の目から見たら汚れていない、だからあなたも神の国に入れるのだ」と言っています。人間は誰でも死にます。その意味で病気が治るというのは一時のことです。
しかし、人が本当に永遠の命を得るかどうかということは現代よりもイエスの時代にはもっと関心が高いことでした。どんなに病気を癒しても人はいつか必ず死ぬんです。その時に永遠の命に入れるかどうか、そっちの保障の方がよっぽど大切です。重い皮膚病を癒された人も当然いつか死んだでしょう。イエスは永遠に癒し続けるわけではないのです。むしろ癒しの根本メッセージというのはあなたも神の国に入る資格がある、そういうことを体験させることにあるのです。
イエスのそういう態度は当時のユダヤ教の当局、権威者とぶつかるんです。当然ですよね。清浄規定などを教条主義的に遵守することこそが神のみ旨にかなうのだと信じきっていた当時の祭司たちや、ファリサイ派、律法学者たちがいるのです。だから、イエスの行動は社会秩序の破壊に映るわけです。宗教秩序が社会秩序とまったく同じだったこの時代において、宗教秩序に対する挑戦は社会秩序に対する挑戦です。ですから、イエスは冒涜者、社会秩序の破壊者になるわけです。

「レビの召命」から

さらに見てみましょう。マルコの福音書の2章の13節、レビの召命です。
(朗読 マルコ2章13節〜「レビの召命」)
非常に有名な物語です。まず徴税人というのは当時のイスラエルにとっては非常に嫌われた存在です。自分たちを支配するローマ帝国のために働く裏切り者です。さらに、ローマ帝国のために働いているので、ローマ人たちと交わる。ユダヤ人にとって異邦人は汚れています。汚れは伝搬するので、その人も汚れているわけです。さらに徴税人は規定の額より多くとって、その差額を自分のポケットに入れる不正の輩です。
こういう意味で当時の社会の中では非常に嫌われていたのです。イエスがそう人のところに行って指示をする、これもすごいことです。それだけではなく一緒に食事をするわけですね。
ユダヤ人にとって食事というのは聖なるものです。過ぎ越しの食事とか、食事とは宗教的な意味合いをもったものなのです。宗教的な意味あいがなかったとしても、一緒に食事をするというのは信頼関係があるからですよね。イエスが一緒に食事をするのは「神が自らあなたのところに来ますよ」ということなんです。
ところが律法学者たちはぶつぶつ言うわけです。「汚れた者と一緒に食事をするのは律法違反なんじゃないか、とんでもない。敬虔なユダヤ教徒がすることではない」と思っているわけです。
それに対してイエスが言うのは「医者を必要とするのは丈夫な人ではなく病人である。私が来たのは正しい人を招くためではなく罪人を招くためである」という有名な言葉です。
この話の平行箇所があります。ルカの福音書も見てみましょう。ルカの5章27節からです。
(朗読 ルカ5章27節〜「レビの召命」)
若干文言の違いはありますが、ストーリーの概要は一致しています。
ただし、イエスの最後の言葉に根本的な違いがあります。ルカでは「私が来たのは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」となっています。マルコでは「罪人を招くためである」となっていました。ルカの福音書では罪人は悔い改める必要がある存在なのです。ところがマルコは、「イエスは罪人のために来たのだ」と言っているのです。マルコでは罪人は「悔い改める」とかではなく、とにかく招かれる存在であるわけです。ルカでは「悔い改めること」が主要目的、マルコでは「招くこと」が主要目的です。
マルコの方が古いということを考えると、イエスがいちいち悔い改めることを目的にして、上から目線で人々と接したのかというと、そうではない・・・と考える聖書学者が多いです。
また、ルカの福音書には「悔い改め」について独特の神学がありますので、それが反映されているのかもしれません。
ともかく、こういう物語ではイエスが自ら罪人のところに行って一緒に食事をしています。「あなたがたを招いている神」というものを彼らに、そういう行為を通して体験させるのです。当然、ファリサイ派や律法学者はぶつぶつ文句を言うわけです。「おかしいだろ、あなたのやっていることはユダヤ教の破壊だ・・・」結局この軋轢がイエスを破滅へと導くわけです。
イエスにおいては、神の国、神の支配というものを言葉と業によって当時の人々、特に罪びとや徴税人などに対して伝え、体験させるという、この宣教が当時のユダヤ当局との軋轢になり、その結果、殺されていくということになるわけです。

イエスの逮捕

イエスが逮捕されるのは・・・、聖書を見ましょう。マルコの14章53節ですね・・・最高法院で裁判を受けるとあります。当時のユダヤの人々はローマの支配を受けていましたが、ある程度ゆるやかな自治が認められていました。その範囲で、当時のユダヤ人社会の最高決定機関が最高法院です。
そこでどういう裁判が行われたかというと・・・、63節です。いろいろな問答があって、「・・・大祭司が衣を引き裂きながら、これでもまだ証人が必要だろうか、諸君は冒涜の言葉を聞いた。どう考えるか。」一同は「死刑にすべきだと決議した。」・・・とあります。つまりユダヤ人の中でイエスは冒涜者です。宗教的違反者です。だから死刑に値する。
ところが当時のユダヤ人にはローマ帝国から死刑の執行権が与えられていませんでした。死刑と決議をしても、ユダヤ人には実行することはできなかったわけです。ですからユダヤ人はイエスをローマの総督ピラトへ送ります。そして、ピラトはユダヤ教の宗教上の問題に首をつっこみたくないというわけです。
ところがユダヤ当局はそういうことが分かっていますから、今度は「イエスはローマに反対する人ですよ。ユダヤ人の王と言っていますよ。」と言って、つまりローマの政治犯として訴えるわけです。15章2節ですね。ピラトが「お前がユダヤ人の王なのか?」と聞いています。政治犯にたくみにすり替えられているわけです。そして結局、ピラトはユダヤ人たちを納得させるために、「じゃあとにかく殺せばいいのでしょう。」という感じで、政治犯として処刑を決定します。
そして当時の政治犯の処刑方法が十字架です。それでイエスは十字架で処刑されていくということになっていくわけです。ユダヤ人がイエスを殺したかった理由は政治犯ではなく宗教犯です。ところが自分たちに死刑執行権がないものですから、ピラトに政治犯として訴えて、ピラトも当時のユダヤの平和を維持するためにイエスを十字架につけるということになります。

死んだはずのイエスと出会った弟子たち

そして重要なのは、イエスが逮捕された時、弟子たち、特にイエスの弟子たちはみんな逃げています。当然、逃げれば、自分がとても慕っていた人間とか期待をかけていた人間が困難に陥った時、「ああ、やっかいばらいができた」とか「困ったことに巻き込まれなくて済んだ」とか思う人もいるかもしれませんが、自分が本当に慕っていればいるほど、その人間を裏切った心の闇というものは深く、深くなるのです。
つまり、逃げた弟子たちは非常に根本的な、宗教的な問いにさらされていました。実存的問いと言っていいのかもしれません。「私は何のために生きているのか?」「先生を裏切った私ってどんな人間なのか?」・・・律法を完璧に守っていたとしても、それは自分を受け入れられるような状況ではありません。イエスは死んだ、先生が死んだ、自分はその人を裏切った、自分がもっとも慕っていた、愛していた人を裏切った自分こそが最もみじめな人間だ。こういう問い、状況に直面しているのです。
その時です。福音書が描いているのは、「死んだはずのイエスに出会った」という物語です。福音書にはイエスがどんなふうに復活したかなどということは一切書いてありません。福音書が描いているのは、死んだはずのあのイエスに出会って弟子たちが喜びに充ち溢れたという、弟子たちのイエスの出会いの物語ばかりです。弟子たちはある種の深い宗教体験をしたのです。本当に死んだ人間が、生きている人間を変えることはできません。
時間がないのでキーワードだけにしますが、福音書が語る「宗教的問い」に対しての弟子たちが体験した「宗教体験」のキーワードは「イエスとの出会い」、「死んだはずのイエスと出会った。」ということです。
また、「イエスは死に留められていたわけではない。」空の墓の物語です。
そして「イエスは神によってその宣教が正しいと認められたのだ。」という、昇天物語です。
そして「自分たちがイエスを裏切ったにも関わらず、自分達はイエスに赦された。」という体験です。
「赦されただけではなくイエスが行った宣教を継続しよう、つまりイエスのミッションを継続するようにイエスから派遣された。」という内容です。
そしてさらに「イエスを突き動かしていたスピリット、霊を自分たちも受けた。」という体験です。
とにかく非常に深い宗教体験です。一言では言えない、言えないからこそ「出会い」だとか「イエスは死に留まっていない」とか、「イエスは神によって義と認められた」とか、「イエスによって自分達は赦されている」、「イエスに派遣された」、「イエスに漲っていた力を自分たちも与えられた」・・・いろんなキーワードを使いながら福音書には宗教体験が描かれているのです。これをキリスト教では「復活」と呼んでいるのです。

イエスの記憶を確認し伝えるための典礼

これは今も起こり得ます。まったく同じでないにしても、「プチ復活」というのでしょうか・・・。例えば自分が非常に困難なことに直面した時に亡くなったお父さんのことを思い出す。あるいは道を歩いていたら花をみつけて、「ああ、お母さんの好きな花だったなあ・・・、お母さんだったら今の自分を何というだろうか?・・・お母さんならこう言うに違いない。」とかですね。
あるいは亡くなったお父さんが愛用していた車を廃車にしようと思うのだけれども、「自分が病気の時にお父さんが真夜中に自分をこの車に乗せて何件も病院を回ってくれた・・・」とか、「自分が行きたかった学校に合格した時に両親と一緒にこの車で行った」とか、「自分がお嫁に行く時にお父さんがこの車で式場まで送ってくれた」とか・・・、車は車なのですけれども、その車がお父さんの愛を仲介してくれている・・・だから廃車にできません。
そういうようなことがあると思いますが、死んだ人間がこのように生きている人間に多大な影響を及ぼす、あるいは人生をさえ変えてしまう・・・。こういうことは我々、日常生活でも経験します。記憶を通じて・・・。
ですからミサの中で奉献文がありますね、最後の晩餐の繰り返しです、「これを私の記念として行いなさい」・・・「これは私のからだである」・・・「からだ」ですから「イエスの生き方」です、「意識」です、「考え」です。「いのち」を受けるわけです。「私の記念として」ということは「memory」、「記憶」ですね。記憶を通じて死者と交流できる、死者が人生に介入してくる・・・、これが復活体験なのです。
記憶を保持する装置として典礼があるわけです。ミサですね。だから毎週集まり、ミサによってイエスの記憶を確認し、体験していくのです。

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