暁星小学校校長  佐藤正吉先生 

養成塾には私の学校から一人の教員が参加しています。養成塾のあと校長室にきて情熱的に語ってくれます。短くても40分、長いときは1時間半ほど塾での体験を語ってくれるので私も大いに学んでいます。

私は3年前に本校の校長となりましたが、それまでは公立の小学校の校長でした。最近は私のように公立の学校からきた校長も増えてきました。
東京には1330の公立小学校があります。公立の学校は地名を学校の名前にするのがほとんどですが、公立は地区の子供達の教育をあずかるから、地名が校名になるのでしょう。古い学校には論語の名前からとった学校がありますけれど数えるほどしかありません。たとえば新宿区の愛日小学校、豊島区の仰高小学校というのがありますが、これらは中国の古典から名前を取っています。
また、公立では創立記念日ではなく開校記念日です。私学は「創立」で、これは重い意味を持っていると気がつきました。

私の学校でも玄関ホールに120余年の学校の歴史の年表がはってあり、子どもたちは毎日その前をとおっていて、本校の歴史と目指すものを意識するこになります。
そういう意味では、建学の精神は私学のいのちだと思っています。そのいのちがカトリックミッションスクールを支えています。

朝礼も祈りから始まります。「神を愛し、人を愛する」キリストの生き方を自分の生き方としようというカトリック学校の精神を、わたしも児童や保護者に折に触れてそれはどういうことなのかを話しています。「学校案内」にも、建学の精神や教育理念などをはっきりと明示しています。
「建学の精神の重さ」について話していこうと思います。ここにはカトリックミッションスクールとしての共通するものが多いと思います。

私の学校は、マリア会のシャミナード神父様がフランス革命の20年あとの1817年に設立しました。革命時の厳しい時代に出来上がった修道会です。2011年つまり来年が創立者の生誕250周年にあたり、シャミナード神父様が創立したその思いはなにか、あらためて学びたいと思っています。
そして1888年ヘンリック神父様たち5名がマリア会の暁星学園を創立しました。学園の母胎であるマリア会という修道会をどうつくったのかということが、現在の学校とのつながりがあると思います。
たとえば、「賢明な時代への適応」というのがマリア会の教育方針にあげられていますが、これは「新時代には新戦術を」という設立時の方針からきています。こういう合理的な側面をもっておられたシャミナード神父様が修道会の創立者でした。教育目標の社会性の育成ということとつながっています。これが現在の学校の中ではどういうふうに具体化しているのか、そこが問われています。

「カトリックの精神にもとづき、均斉ある人格を養成する」というのは「マリア会教育綱領」にかかれていることです。これは昭和38年に出版され「日本マリア会学校教育綱領」という本で示されています。
ここに「十全な人格の形成を目指す」と書かれています。「困苦や欠乏を耐え、進んで鍛錬の道を選ぶ気力のある少年以外はこの門を潜ってはならない」と本校の玄関に書かれているのですが、保護者の方々はこの言葉が好きですと言われます。「厳しさ」を求めているのですね。
現代は「厳しさ」を家庭に求めるのが難しい時代かもしれません。家庭は愛に結ばれているということなのでしょうが、実は厳しく育てるということは愛されていると感じてないとできないことなのです。マリア会学校の教育方針の特徴は「家庭的雰囲気」にあります。
「家庭的雰囲気」とはどういうものか、一番小さな素顔のままの生活でお互いを認め合い、励まし合うよりどころになっているところにうまれてきます。しかしそれだけではない、しつけることの厳しさも「家庭的雰囲気」には必要なのです。
本校では担任や教科を教えている先生だけでなく、学校にいる全ての教職員が一人の生徒に関わるという姿勢を先生方に求めています。家で我が子を叱るのと同じことです。
よく考えなさいという意味での正座をよく生徒にさせますが、これは自分の指導の中でこの「家庭的雰囲気」をどう表しているのか、先生方と児童の具体的な表れの一つだと思っています。

「建学の精神」を考えるとき、わたしは123年前の昔の築地明石町で開校したあのときの精神を想像します。それは、今どうなっているのだろうかと考えさせられます。
実は築地の創立の地に碑をたてる予定があります。外国人居留地のなかの学校としてつくられたのですが、それをどういう思いで始めたのか、子どもたちにも教員たちにも知って欲しいし、ヘンリック神父から学ぶことが学校のバックボーンになるのではないかと思います。

「建学の精神」が今それぞれの学校の中でどういう形で生きているのかをもう一回問い直して見たいし、見直してみる、振り返って見ることがとても大事ではないでしょうか。
今子どもたちにどう指導されているのか、それを建学の理念、精神とのかかわりでもって見直したいと思っています。学校運営方針を毎年年度初めに校長が明らかにすることにしていますが、これを建学の精神とからめて話します。そして学級経営欄に建学の精神との関係で指導の重点を書いてもらいます。
毎年、学級目標を定めて一覧にして、それを印刷して全員に配ることをしています。それによって自分以外の他の担任はどう具体化しているかをみて、自分のを見直す機会としています。
それぞれの学校の校訓が言葉としてだけでなく、どういう形で行われているのかをいつも振り返るようにすることが大切です。

来年から新学習指導要領が全面実施となりますが、その中で「道徳」に人間の力を超えた崇高なものに対する見方が強調されているところに注目しています。
教科のなかに道徳との関連を考えさせるよう「学習指導要領」にも書かれるようになりました。それをカトリック学校として考えると、それぞれの教科の中に建学の精神がどう表されているということになります。

<質問>
 −公立の学校から伝統ある古い学校にきて何を感じられましたか? そしてこれをどういうふうに改革しようとしているのかをお聞きしたいです。
<答え>
 公立の学校の最後は麻布小学校でした。古さという点では暁星より古い学校ですね。
 教員は公立の学校では6年で代わってしまうのですが、私立は退職までいます。ここがもっとも大きな違いかもしれません。
 そういう中で、力を入れていることは、情報を出すということです。職員朝会、職員会議などで話しをする機会はもとより、職員室でいろいろな先生に声をかけることに勤めています。
 ここには後から入ったものの強みがあります。この学校ではどういうふうにやってきたのかを教えてほしいということと世の中はこういうふうになっているということを知ってほしいのですね。
 たとえば先日中学生がホームレスに熱湯をあびせたという事件がありました。これは公立学校のこととせず、「本校の登下校はどうなっているのでしょうか」というように、本校の様子を振り返ってほしいと思う材料として取り上げることも大切なことだと思っています。大上段からの「改革」という構えではなく、自分の日々に写ったことを先生方に言うことで働きかけの第一歩が始まると考えます。

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