7.アシジのフランシスコの平和の祈りについて

 私の勤めていた学校では、朝の祈りの時に「主の祈り」をとなえているのですが、火曜日だけは「フランシスコの平和の祈り」を唱えます。みなさんの学校の中でもこの祈りをとなえている学校は多いと思います。それを唱えればすべてをいのっているような「究極の祈り」の一つだと思っています。
 ところがこの訳は定まっていません。いろいろな訳があるのですね。それをちょっと比べてみましょう。

神よ、わたしを、
あなたの平和のために用いてください。
憎しみのあるところに、愛を
争いのあるところに、和解を、
分裂のあるところに、一致を、
疑いのあるところに、真実を、
絶望のあるところに、希望を、
悲しみのあるところに、よろこびを、
暗闇のあるところに、光をもたらすことができるように、
助け、導いてください。
神よ、わたしに、
慰められることよりも、慰めることを、
理解されることよりも、理解することを、
愛されることよりも、愛することを望ませてください。
わたしたちは、
与えることによって、与えられ、
すすんでゆるすことによって、ゆるされ、
人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。

こんな訳もあります。

わたしをあなたの平和の道具としてお使いください
憎しみのあるところに愛を
いさかいのあるところにゆるしを
分裂のあるところに一致を
疑惑のあるところに信仰を
誤っているところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇に光を
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように 
わたしたちは与えるから受け 
ゆるすからゆるされ 
自分を捨てて死に 
永遠のいのちをいただくのですから

 この二つの訳を比較して何か気がつきませんか。一番大きな違いは最後の部分だと思います。
 一つは「人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。」となっています。
そしてもう一つは「自分を捨てて死に 永遠のいのちをいただくのですから」なんですね。
 英語ではこうなっています。

LORD,
make me an instrument of Your peace.
Where there is hatred, let me sow love;
where there is injury, pardon;
where there is doubt, faith;
where there is despair, hope;
where there is darkness, light;
and where there is sadness, joy.
O DIVINE MASTER,
grant that I may not so much seek to be consoled as to console;
to be understood as to understand;
to be loved as to love;
for it is in giving that we receive;
it is in pardoning that we are pardoned;
and it is in dying that we are born to eternal life.

 この英文では「死ぬことによって永遠に生きる」という訳になります。つまり、日本語の二つの祈りはこの部分を訳者の考えによって意訳しているのですね。私のいた学校では。前の祈りを唱えていたのですが、若いシスターがこの訳はおかしいといって、この部分を削除してしまいました。その時は「そういうもんかな」くらいの意識しかなかったのですが、今となって考えるとこの部分は「死ぬことによって永遠に生きる」という訳の方が正しいと思います。
 「平和の祈り」を唱えていて、おそらくもっとも引っかかるところはこの最後のところだと思います。これってどういう意味なのかなといつも考えながら祈るのですね。それを一つの解釈へと導いてしまうのはどうかなと思うからです。
 この祈りはフランシスコ自身の作った祈りではないとされています。しかしフランシスコの精神と生き方を実によく表現しているということで20世紀になってひろまったもののようです。あるところには次のように記載されていました。

 この詩は、1913年に、フランスのノルマンディー地方で、「信心会」の年報『平和の聖母』(1913年1月、第95号)に掲載された。さらに、 1916年1月、バチカン発行の『オッセルヴァトレ・ロマーノ』紙で公認された。そして、第一次世界大戦の中、人々に広まっていった。
 第二次世界大戦が終わった1945年10月、サンフランシスコで開かれた国連のある会議の場で、アメリカ上院議員トム・コナリーがこの「平和の祈り」を読み上げたという。それ以降、この詩が広く知れ渡るようになったらしい。

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